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6.ワタシは男に生まれたかったんじゃない






 ……トッタッタッタッタ。


「うん?」


 ドッシリトした重量を持つ男たちの職場に似合わない軽快な足音がドックに響いてきた。


 レースで随分痛んだラブリードラゴンのチェックに付き合っていたレミは降ろされたエンジンから顔をあげた。


「レミー!」


 尻尾があったら盛大に振ってそうだな。


 なんてことを思ってしまうほどその声には喜びが溢れていた。


「メリー。久しぶりだね、コッチ来てくれたんだ」


 ニコリと青年の笑みで迎えるレミ、半年振りの隣人に両手を広げて迎えてやる。


 メリーは当然のようにその両手の内側に飛び込む。


「でもよく入れたね? ここは特にチェックが厳しいとこなのに」


 至福の表情で再開を喜ぶメリーの頭をポンポンと叩きながら疑問に思う。


 ここはレース関係者以外入れない建物だし、このルディック宇宙産業のドックはそれこそガチガチのセキリティーで守られている。


 隣のドックとは厚い壁で隔てられており、物音一つ漏れてこない。


 各チームの期待を背負った飛行機は勝利への秘密でいっぱいなのだから当然だ。


「私が通した」


 レミの疑問に答えるように二人の男がドックに現れた。


「ハックマンそれに……おじさん!」


 ヨウッと右手を上げるのはメリーの親父ジャックだった。


 なるほど、いくらアメリカ人は開放的な人種だとしてもメリーの年でこんな遠くまでくるのは変だ、引率者はいるよね。


 と、レミは思ったがレミ本人はメリーの年のときにはすでに一人前に働いていたりする。


「おじさん、珍しいね。こんな都会に出てくるなんてさ。メリーにせがまれた?」


「ああ、こんなゴミゴミしたとこはご免だがね。一人ででも行くってんで、仕方なくな」


 ジャックがレミに抱かれたままのメリーの頭を小突いた。


「何言ってんのよ! 一人で行くって言ったらパパも連れてって言うから、連れてきてあげたんじゃないの!」


 レミの胸元から顔をのぞかせてメリーがジャックに食って掛かる。


「なっ? こんな奴だからよ」


 危なっかしいだろ?と言外に言うジャックにレミとハックマンそして何事かと集まっていたスタッフたちが苦笑する。


 真っ赤になってメリーが反論すればするほど笑い声が大きくなった。


「そうそう。レース見てたぜ、優勝おめでとさん。……娘は舟券とったよ」


 笑い終えたジャックがニヤッとした笑みでレミを祝福してくれた。


「あらまぁ、師匠が褒めてくれるなんて珍しい、嬉しいよ」


 普段と違うフワリとした微笑を浮かべるレミにスタッフたちが顔を赤らめる。


 普段より、女性らしくなっているレミに今更のようにそう言えば、「女なんだよな、それもトビキリの……」なんて思い出す奴が続出する。


 それを口に出してしまうとそれを言った奴はレミにシカトされるので誰も何も言わなかった。


 レミの二人を迎える雰囲気は明らかに違っていた。


 普段から肩を張っているとか、一本線を引いていると言うのではない。


 レミはこの職場の仲間を信頼しているしスタッフの方もレミを信頼している、このドック内が唯一、レミの素を出せる場所であったはずだ。


 それでも今まで男たちに見せていたのは少年のような、もう少ししっかりした青年のようなレミだった、しかしこの客人たちに向けるレミの姿は女性のものだった。


 威勢のいいのは相変わらずだが、かもし出す雰囲気と言うか艶と言うかなんとも丸い感じがする。


 しかも今はまだお祭りのお酒が残っている、レミの高潮した頬がなんとも言えない物に見えた。


 レミがその男どもの気配に気づくより先にメリーがレミをギュッと抱きしめて周りの男を威嚇した。


「おっと、どうしたの? メリーそんなにくっついて」


 レミが注意を向けるとメリーは歯を剥いていた顔を可愛らしい笑顔に変えた。


「ううん。久しぶりだから……」


 と、言いながら背伸びをしてレミの首に抱きつく。


「く~っ。愛い奴よのう、暫く会わないうちにまた可愛くなって」


 ガバッとメリーを抱き上げるレミはメリーの首と言わず頬と言わずに頬擦りする。


 反対を向いているレミに見えないところではメリーが男性スタッフたちにフフンと鼻を鳴らしていた。


 どうだ羨ましいだろう? と、その顔が言っている。


 それを見て拳を振るわせるやつ多数。


「なんだか良く判らない戦いがおきてしまいましたね」


 レミの周りで男たちとメリーが妙な場を作り出したのを呑気に見ていたハックマンが隣のジャックに話しかけた。


「家の娘はレミに惚れとるからな。こんなことはよくあることだ」


 あっさり言ってのけるジャックにそれで良いのか?と眉根を寄せるハックマン。


「レミも解かってるさ。最初に娘のことを相談したのはワシだからな、女には有るんだとよ」


「何がですか?」


「ガキのころは年上の同姓に憧れるんだと。いや、イカレルんだったかな。ま、男には解からん感情だ」


「なるほど、確かに男にそう言う感情は珍しいでしょうからね」


 その説明にハックマンも子供のころはそう言うものかも、と納得する。と同時に訝しく思う。


「しかし、それをレミエルに相談したんですか? 大佐。彼女もまだ21ですよ、まだガキの内に入りませんか?」


 ハックマンの問いをジャックは鼻で笑って答えた。


「あいつは小さな時からからずっと大人をやってるよ。ガキなんぞで居る暇はなかったからな」


 ジャックの声に底冷えするものがあった。


 レミには何かあるのだろうな、そう思ってもハックマンはそれ以上突っ込まなかった。


 人間聞かれたくない事など、生きたぶんだけ増えるものだ。


 それを聞かないで居るくらいの仁義はハックマンも心得ていた。


「まあ、レミが言うには後二年もすりゃ、ちゃんと男追っかけだすって言うから放ってんだけどよ」


 ガラッと雰囲気を変えてカラリと言うジャックに「そうだといいですね」と無難に答えるハックマンだった。


「ところで……レットはどこいったんですか?」


 姿の見えないメカニックチーフを訝しくおもう、レットは誰よりも長く仕事場に居ることからドックの主とも言われる男だ。


 ハックマンの疑問の声に睨みあっていた一方、男たちスタッフ陣から笑いが漏れた。


 皆が苦笑しつつ奥の休憩室に目を向ける。


 ハックマンが釣られるように奥を見ると、そこに居た。


 飲みすぎで倒れた大男、レットである。


 酒瓶を抱えて休憩室へのドアに背中を預けて丸々レットは熊と言うより陽だまりで眠る牛と言った感じだ、しかもホルスタイン種。


 思わず笑ってしまう愛らしさだ、普段の彼を知っていたなら微笑むくらいではすまないが、後が怖いのでだれもそれ以上の感想を述べていない、それなのに…。


「あら、カワイイ。お牛さんみたいね」


 悪気のない無邪気な感想、メリーがレミの肩越しに赤ら顔のレットを覗き込んだ。


 レミの口の端がヒクつく。


 周りのスタッフたちも。


 思っていても口に出せずにいたことをアッサリ言われたせいで今まで溜めていたものが急に持ち上がってきた。


「クッ……ッププ」


 誰が最初に耐え切れなくなったのか、漏れ出た笑いを口切にドックに爆笑が起こった。













「ねぇ、おじさん。この後どうする。下のバーにでも行ってみる?ワングラス、百ドルの酒を飲ませてくれるよ」


 スタッフたちに愛機を任せてレミは二人を家代わりのホテルに連れてきていた。


 遅めの晩餐までは起きていたメリーも物珍しい都会に疲れたのか、レミのベッドでぐっすりと眠っていた。


「ゲッ……なんて値段だよ、そんなモンじゃ酒の味がわからねぇんじゃないのか?」


 心底おぞましそうに身を震わせる。


 ジャックにとって酒とは浴びるほどに飲んでこそ、酒を飲んだという気がしてくるものだ。


 一杯の酒杯を眺めながらチビチビと舐めるようにして飲む酒など酒ではない。


「心配しなくても料金は会社持ちだよ、ちなみにお金は払い込んであるから向こう半年はいくら飲んでもタダ」


 面白がるようにジャックの反応を伺いながらレミ。


「なんだそれなら行こうぜ。壁の酒瓶全部開けてやる」


 予想どおりの答えに笑みが漏れる。











「ワシは一番高いウィスキー」


 オーダーを取りに来たウェイターがジャックの注文に振っていたシェーカーを取り落とした。


 高貴な伝統を誇るエルラントホテルに二十年勤めたウェイターもこんな注文を受けたのは始めてである。


「ボクはキールロワイヤル」


 まったく何時もどおりのジャックに苦笑しつつレミも注文した。


「なんだい? まだそんなモン飲んでんのかよ。レースは一人前になっても舌は変わらんようだな」


 仕方ないでしょ、ワタシはこれでも女の子なんだからさ、とは今は言えないんだよね。


 落ち着きを取り戻したウェイターが運んできた綺麗な色合いのカクテルに口をつけるレミ。


 うん、おいしいじゃない。


 隣ではジャックが瓶ごとでてこないウィスキーに眉を顰めながらもオンザロックを一息で飲み干した。


「わぉ、相変わらずいい飲みっぷりだね」


「オマエに酒を教えたのもワシだからな」


 カカカと笑いながら二杯目を受け取る。


 それも、また水を飲むように飲む。


 フゥッと息を吐くジャック、やっと人心地ついたらしい。


「……なあ、レミエル」


「んん、なに?」


 三杯目のグラス、ウィスキーに照明の光色が歪む様を眺めていたジャックが沈んだ声を出した。


「職場……辛くはねぇか?」


 ジャックには似合わない小さな声だった、この男なりの精一杯の気遣いが伺えた。


「大丈夫……現場の男はワタシの女を見てないよ」


 グラスの端っこに噛み付いてグラスから手を離す。


 唇に張り付いたようにブラブラするグラス。


「……惜しいな。最初からこうだったらよ。おまえももっと楽だったろうに」


 搾り出すようにジャックが呟く。


 しかし、ジャックとは反対にレミはクスクスと笑い出した。


 おじさんがそんな風にまで思ってたとはね。


  ワタシは屈伏するのが嫌いなだけ。


  何もする前から「お前は女だから」その言葉で括られるのが嫌いなだけ。


  女という物として扱われるのが嫌いなだけ。


「おじさん、ワタシ男に生まれたかったなんて思ったこと無いよ」


 笑い続けるレミに怪訝な顔をしているジャックの耳元に囁く。


「ワタシ、この柔らかい体好きだよ。綺麗な服を着るのも装飾品でオシャレするのも好き。もちろんお化粧するのも好き」


 意外そうなジャックがレミの笑いを誘った。


 まったく、おじさんもわかってないな。


 ワタシがなんでわざわざゴツゴツしてて硬くて臭い男なんて生き物に憧れなきゃならないんだよ。


 ワタシが憧れてるのは何時だって、綺麗な声で歌うあの人。


 抱きしめると折れそうなあの細くて、柔らかそうな体。


 女の人にしては低い、けれど美しくどこまでもよく響く声。


 そして瞳。


 ワタシのすべてを見通してしまうようなどこまでも澄んだ瞳。


 ワタシが欲しいものだ。


 あの人だけをいつも求めてる。


 何よりも求めてる。


 女性の体は不便なところも確かにある、でもあの人に近いこの肢体は……誇りだろうか?なぜか嫌いに思ったことは一度も無かった。


 姫がワタシを見て微笑んだから?


 そうかもしれない、あの人が笑ったからワタシは女でいるのかもしれない。


 なんて理由だろう。ワタシは現世で会ったことも無いのにあの人のために生きているのだ。


 レミは笑った、さっきよりも快活に。


 考え出した結論に満足して大きく笑った。


「ゼッタイ、貴方のまえに立ってみせる」


 


「ところでオジサン? いつまでコッチ居れんの?」


 笑い止んだレミが思いついたように聞いた。


「ワシはいつだって暇だよ。麦もトウモロコシも種さえ蒔いてりゃ勝手に出来るからな。メリーも今はハイスクールは休みだ」


 農業を営むものとしては最悪のモラルだったが、レミは気にした風もなく笑った。


「なら、暫くこっちにいなよ。暫くワタシも休みなんだ」


「うん。レースはどうした?」


「フライング休み。けっこう事故点も貯まってんだよね」


 レミが肩を竦めて笑った。









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