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5.テッペンと落ちた先




 巨大観戦スクリーンを備えたこれまた巨大なドームの天井がユックリと開いていく。


 いつもはフットボールの試合で盛り上がる会場は奇妙な静けさに包まれていた。


 ドーム内には収容人数のギリギリまで入っていた、しかし五万人ちかくの群集は皆一様に静まり返り雲一つない大空を見上げている。


 その手元には小さな紙切れが握られていた。


 ググッと力の込められた手の中で小さな紙切れは握りつぶされていく。


「着たぞ!」


 叫んだのは誰だったのか?


 静かに緊張が群集の中を走りぬけた。










 ……………………キーーンッ





 空気を伝わって低いエンジン音が必死で澄ませていた少女の耳に飛び込んでくるのには先の声から暫くたった後だった。


 耳の良い人ね、兎みたい。


 どうでもいいことを頭の端っこで考える。


 頭のほとんど能力は今だ現れない赤い飛行機を探すのに必死だった。


 先刻まで映っていたスクリーンも最終移動観測ポッドも先頭集団のあまりのスピードに振り切られてしまった。


 今、第二集団の様子が映し出されていたがそんなものに少女もこの観衆も興味はなかった。


 西の空から現れるはずの赤い飛行機!その姿をドームの陰と空の青さの間に見つけだそうと眼を凝らす。


「来た!」


 現れた飛行機に最初に叫んだのは少女だった。


「来たわ! パパっ来たわよ! レミが来たわ」


 赤い飛行機を内に内包するようにして五機の飛行機がドーム上空をぶっ飛んで行く。


 興奮状態のメリーが声の限りに叫びまくる。


 その隣ではメリーの父ジャックが眉を顰めてメリーの口を塞ぎにかかった。


「こら! レミ、レミと連呼するなと言ったろうが!」


 キョロキョロと周りを見渡すが、興奮の中にいるのはメリーだけではない。


 歓声と悲鳴があちこちで上がっている。


 映像が途切れてからほんの少しの間に脱落した、優勝候補の舟権が空を舞っている。


 一気に騒然となったドーム内でジャックはメリーの手を掴むとズンズンと人のいない方に歩き出した。


「すごいね~。レミ、また一着だったよ! ほんとすごいね!」


 興奮冷めやらぬメリーは未だ飛行機の消えた空の上を眺めたまま、父に引きずられるようにしてドームの端に連れて行かれた。


「おいおい。レミは集団の真ん中に居たんだぞ?あの中からは抜けさしてもらえんよ、このままゴールだろうな」


 落ち着いたところまで来るとジャックは、レミびいきのメリーに反論した。


「うそだ~。絶対レミが一番だったよ!」


 可愛い事を言う愛娘にそれ以上のことは言わなかったが、空の玄人であるジャックにはわかっていた。


 このレースでレミが勝つのは難しいだろうと…。


 レミの周りを囲んでやがった船、会社は全部違うがあれはまちがいなく協力して行き足を止めてたからな。


 密着状態で囲めば、パイロットは接触を恐れて無茶な軌道で飛べなくなる。


 そうなれば、周囲のバックストリームがほんの少しでも掛かれば一気に集団から落とされてしまう。


 レミは周囲の船の誘導どおりに飛ぶしかないだろ。


 あのまま飛べば、三艇よりほんの少し前にいた、ベリナスの機体が優勝するだろ。


 先頭集団の四艇の内、レミ以外は選手養成所出身者だ。


 ベリナスと組んでいると考えるのは夢見るお年頃を過ぎてしまったんだろうジャックとしては当然の考えだった。


 しかし、現在進行形で夢見るお年頃を行くメリーは無邪気にレミの優勝を疑っていなかった。


 なんと言っても、レースのオッズも見ずにレミに半年分のお小遣いを突っ込んだほどなのだから。


 そう思っているとき、正面の巨大スクリーンが不意に映像を切り替えた。


 その映像に再度、観衆が釘付けになる。


 ベガス郊外のゴール地点の映像だ。


 ゴールとは言え、着陸するのではない。


 上空に張られたビームを一番速く破った者が優勝するのだ。


 ズームアウトした映像が右を向くと画面の左から四艇が飛び出した。


「やっぱり、ベリナスが優位だな」


 メリーに聞こえないように口の中で呟くジャック。


 あまり、露骨に妨害工作をしていると競艇協議委員会に掛けられないのでベリナスもレミの横の機を押さえるような位置にいるが、明らかにマークが甘い。


 間違いなくベリナスのは振りだ。


 離れている分、互いの引き雲の影響は他の船より少なくすむ。やはり、優勝はベリナスだろう。









「ははははははっとおとお、俺が出し抜いてやったぞ! キイツ・レミエル」


 黒い飛行機レンバーグロウのコックピッドでベリナスが喝采を上げた。


 ベリナスは当初、世界中のメディアからナンバーワンレーサーになると予想されていた。


 養成所でも敵になるような奴はいなかった。


 ベリナスに比肩して来るのは軍から引き抜かれたエースだけだろうと思われていた。


 しかし、ベリナスを本当に蹴落としに掛かったのは軍人ではなく。


 どこからか出てきたキイツというパイロットだった。


 レース初日の鉄版レース、勝ち組に組まれたはずのベリナスはレミにも抜かれて三位に終わった。


 それからもレミと幾度となく戦ってきたが一度として勝てた事はなかった。


 それだけでも腹立たしいのに、あの女の面みたいな顔でベリナスの人気を攫ってしまった。


 童顔の甘いマスクで女性を虜にしてきたベリナスは同種の雰囲気をベリナスよりも強烈に纏ったレミの影に霞んでしまったのだ。


 それだけに、少々卑怯だろうと同期生たちに借りを作ろうとこのグレードレースを落とすわけにはいかなかった。


 思惑どうり、レミは三十分前も前からケージの中で大人しくしている。


 ゴールも目前、ベリナスは勝利を疑う事もなく、その甘いマスクを歪ませて笑い続けた。


 ゴール三キロ手前、ベリナスの隣を走るバルオアはある異変に気づいた。


 いつの間にか、機体のスピードが下がっている。


「なんだ!?」


 バルオアはスロットルを思いっきり握りこみながら叫ぶ、しかし彼が原因に気づいたのはレミの引き雲に飲まれ後方に飛ばされてからだった。


 三艇に囲まれていたレミは三角形のど真ん中を飛ぶことで荒れ狂う気流の流れを後方に流していたのだが、レース手前に来て隣にベリナスを置くバルアオに機体を沿わせていったのである。もちろん、気流の渦は真ん中にいてこそ反らせるものであるから、他の二艇の巻き起こす気流が容赦なくラブリードラゴンをバルアオの船に押し付けていった。そこを持ち直し、ギリギリのところまで船を寄せて走ったのはレミの腕でである。バルアオはその状態を維持するだけの腕がなかったので後ろに飛ばされたのだ。


 接触して大破するかもしれないとんでもないプレーである。


 バルアオが飛ばされたことで残りの三艇が明らかに動揺する。


 レミは二艇の気流を利用して勢いよくレンバーグロウに船を寄せた。


「なんだと!?」


 ビビッたベリナスがほんの少しスロットルを放した分だけラブリードラゴンの鼻先がレンバーグロウの前に出た。


 その瞬間、コックピッドにゴールを告げるブザーが鳴った。


「pipipipipipipipipipipipipipipipipipipipipipipipipipippipipipipipipipiipipipipipipi……」


 バルベスは呆然と陽気なブザーの音を聞いていた。











「だから言ったろ? お前のプレーはシビアやラフなんてモノじゃない。ただの軽業だって」


 横目で後方を伺えばキャノピーの奥に憎しみに揺れた瞳をした男が見えた気がした。


 イヤな目だ。


 そんな目をしているとアンタ惨めな人生送ると思うよ。


 すべてを諦めて、そのくせ何もないことを認められなかった下らない男と似た目だから。


 自分のことを見ぬことで何とか保ったエゴ、狂気を表したその相貌は身近な者に注がれる。


 家族なんか作らないでね、イデオロギーの最下位にいるのはいつも女と子供なんだから。









「第一回グレードレースMF記念優勝はキイツ・レミエル!!」


 下界でレースクイーンが派手に旗を振っている。


 派手なタキシードを着たコミッショナーがコミックショーを演じている。


 喧騒と陽気な音楽、喝采と悲鳴すべてを巻き込んで紙吹雪が空を舞っている。


 だれかがレミを呼ぶ声を聞いたきがした。










 一番喜んでるのはワタシじゃないな。


 表彰台にたち、二位、三位の選手と供にシャンパンを撒き散らしながらもレミはさめていた。頭からシャンパンを掛けられるとエリスの施した『男に見える化粧』とやらが落ちるかもしれないので、出来るだけ浴びせかける側にまわった。


 無数のフラッシュに光るレミは一週間に及ぶ、長丁場のレースにさすがに疲れが見えたが、少しこけた頬でも口の端をクッとあげてニコリと笑えば爽やかな笑顔に映った。


 表彰の終わった後はほとんと無礼講のお祭りである、最初にルディック宇宙産業のスタッフたちが表彰台を駆け上ってきた。


 先頭になって飛び込んでくるのは、レミのボスであるエリスだ。


 いつもと同じドレス姿の彼女だが、裾を端折って駆け上がってくる姿はとてもお嬢さまには見えなかった。


 熊のようなメカニックチーフ、レットを筆頭にほとんどが男くさいオッサンたちのあつまりであるチームの一応の長だとは思えないほどの美女だが、今の姿を見ればエリスをボスと呼ぶのに違和感を感じないだろう。


 満面の笑みでレミに抱きついたボスは男でもめったに浮かべないほどの豪快な喜びを全身で表現している。


 フライングボディーアタックのような抱擁にレミは表彰台の頂上から危うく転げ落ちるところだった、ギリギリでエリスを抱きとめると首に腕を回されてとってもディープなキスをされた。


 レミはなんとかそれを引き離そうとするがエリスのテクニックがそれをさせない、より一層密着してくるのだった。


 周囲にいるのは業界の男たちがほとんどだ、口笛を吹き鳴らし下品な喝采を送る。


 たまに女性の黄色い悲鳴も聞こえる。


 ただ、それも続いて抱きついてきたレットたちのお陰で終了した。


 何語か解からない叫びを上げてレミに抱きつくスタッフたち、女性の扱いではない。


 揉みくちゃにされるが、女性的な扱いで抱きついてこない彼らの手はレミにとってあまり苦痛ではなかった。


 そのまま、レットに抱き上げられて肩車された。


 満面の笑みでスタッフがレミにドンペリを渡す。


 それを見てレミも笑った。故郷の酒場に長い事放置されていた酒だ、成功して買いに行くと言った酒。何気にそのことを話したことがあった、誰かが気をきかしてくれたのだろうか?


 エッダ、酒場の親父さん、ワタシはここまで来たよ。


 借金も返せたし、それなりに故郷に胸を張れるようになったとも思う。


 でも足りないんだよ。


 どんなに速くどんなに高く飛んでもワタシはここにまだ居るんだ。


 ワタシの夢はどこにいるんだろうね?


 何時になったらワタシは会えるんだろうね?


 ワタシは高く高く飛んでも怖いよ。どんなに大地を離れてもワタシの根っこが大地に根付いてるんだ。


 この世界が嫌いなんじゃない、でもワタシはココじゃないどこか、ワタシの欠けた何かを埋める何かを手に入れたいんだ。


 ココじゃないどこかにワタシはワタシの本質を見つけたい。


 未だ、届かない夢。居るか居ないのか解からない私の歌姫。


 貴方に手が届くと思ったよ、でも手を伸ばしただけ貴方が遠くに思えるのはなんでだろうね。


 泣きたくなったレミは故郷のシャンパンをグッと呷った。










 キイツ・レミエルの優勝で沸き返る表彰台のある飛行場のレーンとは裏腹に、ドック内や、その上の建築物内にほとんど人気は無かった。


 一大レースの終了にこのレースに携わった者たちは負けてしまった選手もそのスタッフたちもその勝利者に惜しみない賞賛を送っているとともにお祭り騒ぎに参加しているのだ。


 静まり返ったドック三階のテラスに一人の男が居た。


 全面ガラス張りのテラスの前に佇むのはベリナスだった。


  二位と三位の男はベリナスではない。


 ほんの少しでは有るが、スロットルを放したベリナスよりレミの反対側を押さえていた彼らのほうがスピードで上回ったのだ。


 ベリナスは四位でゴールラインを割っていた。


 ベリナスの目の先、ガラスの向こうにフラッシュで照らし出されるキイツ・レミエルがいる。


 無言のままベリナスはガラスを力任せに殴りつけた。


 ギリッと歯がなり、赤い血がガラスを伝わり落ちる。


「くそ…………」


 苛立ちを示す歯軋りが周りに聞こえるほど響いている。


「俺にはもう……後がない」


 レースでは常に上位に立ってきたベリナスだが、このところ優勝していない特にレミと飛ぶときはまったくだ。


 しかもさっきのレースでかなりの反則点を取られてしまっただろう、金が掛かっている事だけにコミッショナーは厳しくベリナスを責めるだろう。


 優勝していたならどうという事も無かっただろうが、これでしばらくベリナスは大きなレースに出られなくなるだろう。


 飛び競艇開催から未だに半年、まだ半年なのにずいぶん差がついたものだ。


「これ以上…………追いつけなくなる」


 言葉尻は消え入るように弱々しかった。


 その時、同じフロアの端に一人入ってくる人がいた。


 着ている物はベリナスなら間違いなく捨ててしまうような汚れきったスーツだった。


 髪の毛は乱雑に伸ばし放題になっているのでその顔は解からなかったがその体つきから男性だと解かる、姿勢の悪さとフラフラとした歩き方で身長はわからない。


「よう! 荒れてるじゃないか? 兄弟」


 酒臭い息と擦れた声を出す男。


 弱々しかったベリナスの雰囲気が変わる。


「なんだ? 貴様はココは関係者以外立ち入れないところだぞ!」


 恫喝するようなベリナスの声には女性には見せない鋭さを秘めた覇気があった。


「うおっ。そんな怖い顔すんなよ。蹴落とされた可愛そうなオマエに好いことを教えてやろうと思ったのによ」


 怖がった風もなくニヤニヤ笑う男、どこにでもいる酔っ払いだろうか?


  ベリナスがそう結論を出そうとしたとき、進み来る男の顔に非常灯の淡い光が掛かった。


  浮浪者だろうと判断し追い出そうと思った瞬間、ベリナスは男の濁り切った瞳に飲まれた。


  男の眼光はその奥に別の生き物を宿しているようだ。


 近づいてくる男は明らかに危ない、それを理解していながらベリナスは動けなくなっていた。


「……くっ」


「そんなに構えんなや」


 身構えるベリナスに無造作に歩み寄る男はそのままベルナスに何事か囁いた。


 固まったベリナスを見て満足げに頷く男。


「なぁ、聞いてよかったろ?」


 男はそのままベリナスの横を抜けてフロアの反対側に消えていった。


 しかし、そのことにベリナスが気がついたのは暫くしてからだった。


 それくらい、男が今言った事は衝撃的だった。


 ベリナスの憂鬱を一瞬で歓喜に変えてしまえるかもしれないほどに。


 ハッと気づいて辺りを見回した時には男は消えていた。


 50代くらいの男に見えたが、うらぶれた姿は実年齢より若くも年老いても見えた。


 いったい何者だ?とも、思ったがそれがどうでもいいことだとすぐ気がついた。


 重要なのはあの男の言った事が事実かどうか?


 それだけだった。


「キイツ・レミエルが女だと?」


 もしこれが本当なら……これは旨く使えば、


「面白い事になる」


 先ほどの弱々しさが嘘のようにベリナスの表情に笑みが浮かぶ。


 ただ、その笑みには今までにない危ういものが光っていた。


 日の落ちた飛行場、機械の灯に照らし出されたレミ。


ガラス越しにその様を見るベリナス、彼の流した血がレミを赤黒く染めていた。









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