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4.上向く侍




「キイツはどうした?!」


 いつもどうりの野太い声、メカニックチーフのレットが脂ぎった顔をエンジンのしたからのぞかせた。


「今さっき出て行きましたよ! 雑誌の取材だって言ってましたよ」


「ち、またかい! 今週何度目だよ」


 部下の答えに顔を歪める。


「仕方ありませんよ。なんたってキイツさん、シーズン始まって以来勝率7.9ですからね。ランキング6位ともなれば扱いも大きくなりますって」


 部下はレットのふて腐れように苦笑する。大きな体で拗ねる姿は苦笑をさそった。


「そう言うけどよ。ほれ、なんと言うか。……選手とマシンとメカニックが一心同体になってこそだな、何かしらの奇跡がおきるんじゃないのか?」


「だから、ホントしょうがないですよ。次のG1だってキイツさんが優勝候補にあがってるんですから」


「そうそう、それにキイツさん。結婚したい男性ランキングでもハリウッド男優もベリナスの野郎も抜いて1位になったらしいですしね。そういうの女性誌ほっとかないでしょ?」


 口々にキイツのことを言うメカニックたち、彼らの口調はレミに好意的だ。


 彼らも最初は女性のレミを侮ったがそれを吹き飛ばす勢いのレミの勝利はメカニックたちを完全に納得させ、ついには味方としたのである。


「結婚ね~。新婚初夜にビックリだな」


 人の悪い笑みでニヤリとレット、ドックに爆笑が起こったのは言うまでもない。










 エルラントホテル、ベガス有数の超高級ホテルのロビーその奥まった場所のソファーにレミがいた。


 彼女の前には取材を申し込んできた雑誌社のスタッフがいた。


 初優勝と言うか、飛び競艇開催からの三ヶ月でレミは大人の付き合いと言うものを覚えさせられいた。


「空のサムライことキイツ・レミエル氏、今回『結婚したい男性ナンバーワン』に選ばれた感想はどうですか!?」


 瞳をランランと光らせ鼻の穴をプックリ膨らませてマイクをレミの前に突き出す雑誌記者。


 女性記者の彼女がレミエルに対して並々ならぬ関心を持っていることが一目でわかった。


 女性の勢いに押されて体が逃げ出しそうになるが、レミの背後には壁のようにハックマンが立っている。


 お目付け役という奴だった。


「光栄なことですね。女性ファンの期待を裏切らないようにしないと」


 出来るだけ自然な笑みを無理やり作りだす、レミの得意とするニヤリとした笑みやニンマリとした笑いではない。


 ハックマンとエリスにさんざん仕込まれた大和撫子スマイルである。


 母親譲りの黒瞳が長い睫毛にほんの少し阻まれていつもの元気の良い少年と言った雰囲気をなんとも儚げな美少年へと変貌させる。


 中世的な男性としてエリスがプロデュースしたレミはそのお蔭で異常なほど同姓の人気を集めた。


 それは別にそんなに嫌な事ではないのだが、と言うか綺麗なお姉さんに囲まれるのはレミ自身としてはとても気持ちのいい事なのである。


 しかし、猫をニ、三匹まとめて被っている今のレミは本来の自分自身と今の自分をどうしても比べてしまう。


 絶えず前向きに生きようと思って生きてきた彼女の人生ではあるが今このときは、ワタシ今なにしてるんだろ?と自問する瞬間だった。


 次々と浴びせられる質問に彼らの喜びそうな答えを甘い微笑み突きでくれてやる。


 嬌声を上げた記者が更に突っ込んだ質問をしてくる。


「キイツ氏は飛び競艇の記念すべき優勝者第一号となられましたが、今そのときのことを思い出すと何を思われますか?」


 無難な質問だ、何回聞かれたかわからないほど聞かれた質問でもある。


「そうですね。最初は夢を見ているような気になりましたけど、あれはただの一般戦ですからね。あれはこれから戦うG1のための登竜門みたいなもんだったんでしょうね」


「強気なお言葉ですね。それは次のG1の自信の表れととってもよろしいですか?」


 そこはスッと控えめな笑みで答えるレミ。


 しかし、口元になんとも言えぬ自信が見られた。


「自信有りというところですね」


 女性記者が大きく頷く。


「キイツ氏の理想の女性像? ……彼女にしたい人ってどんな人ですかね?」


 思わず苦笑する、そんなん女のワタシに聞かないで欲しいよ。


「そうですね。……ボクより年上がいいな。それで……」


 歌がとても上手で……


「声がとても優しくて歌が上手で……」


 ワタシをいつもあったかく包んでくれて……


「ボクをちゃんと見てくれて、理解してくれていること」


 貴方に会いたいそれだけを思えば生きていける。


 そんな力をくれる……


「その人がボクを頑張ろうって気にさせてくれるような人かな」


 ……ワタシの歌姫。


「そんな人いるのかな? って思いますけどね」


 ここでないどこか遠くを見ていたレミの瞳が急速にこの場に帰ってくる。


 恥ずかしそうに語り終えるレミに記者の頬が高潮していた。


 この人は誰かに恋をしている、何者も入り込めないくらい大きな恋を。


 それは、この場のみなが漠然と理解していた。












「えっとでは、今のところ彼女はいないんですね?」


 となりにいたサブの記者が聞いてきた。


 雰囲気を崩す男の記者を女性記者が睨みあげたが、自分の仕事を思い出したのか、すぐにマイクを向けてきた。


「ええ、今のところパートナーはいませんよ」


 作る気ないけどね。とは心の中に留めておいた。


「ずばりお聞きしますが、キイツ氏はセックスについてどういった意見をお持ちですか?」


 なんてこと聞いてくるんだ! 内心憤慨するがレミはやはりさわやかに笑った。


 ズイっと身を乗り出す男性記者、女性記者は恥ずかしそうだがその目は興味の色を示している。


 こう言うこと聞くための男かよ!


 男性誌よりは少ないが女性誌にもきっちり性を取り上げた内容は盛り込まれている。


 男も女も気になる内容はそのレベルはともかくとして変わりない。


「一人寝を寂しいとは思いませよ。でも自分がセックスレスだと思ってるわけじゃありませんし、オーガニズムを得るためには自分でやったりもしますしね。ただホントに触れたいと思う子がまだ近くにいないんですよ」


 サラッと凄い事を言うレミに女性記者だけでなハックマンも動揺したようだ。


 男性記者だけが面白そうにしている。


「貴重な意見だ。我々モテナイ男もこれで救われた気になりますよ。最高の男もオナニーはするって」


 下品な奴。今後、取材のときは女性以外の記者の立会いはうっちゃってもらおうかな。


「もう、アンタは黙ってなさい。すいません、礼節を小学校に忘れてきたみたいなやつだから」


 レミだけでなく、女性記者も耐えられなくなったらしい。


 セクハラを受けた女性のようにその秀麗な眉の間に皺を寄せている。


 そこから女性記者が再び正面に座りなおし、もう少し落ち着いた女性誌らしい質問が続いた。










「キイツ氏は三ヶ月前の飛び競艇開催でメディアに姿を見せられましたが、その前はいったい何をしていらっしゃったんでしょうか?」


 来たか! と、レミは心の中で叫んだ。


  背後のハックマンが緊張したのが解かる。


  いつか来る質問だとはわかっていた、なんといってもキイツ・レミエルなんて人間は居ないのだから。


「ボクは幼い頃に両親を亡くしましてね。なくなる原因になった事故にルディック宇宙産業が絡んでましてね。……もちろん誰の過失でもない止められない事故だったんですが、当時のエンジニック部門の部長さん、ちょうど父の上役のかたがボクの保証人になってくれたんですよ。それ以来ボクはルディック宇宙産業の小間使いとかやってたんですけどね。三年前から量産型代産航空機のテストパイロットやらしていただいていました」


 兼ねてより考えられていたレミの履歴をペラペラと喋る。


「まあ、その時の経験がボクの飛行テクニックの基本になってるんでしょうね」


 キイツ・レミエルの知られざる過去に女性記者は興味津々である。


 両親のことはお辛かったでしょうね、なんて言ってるがまさかこんな特種をポロッと漏らしてくれるとは思っていなかったのだろ。


 棚ぼたで手にはいった丸秘情報に上ずった声を上げた。


 こっちとしても都合がいいんだよね、とレミは思う。


 実際、レミのことを色々と嗅ぎまわられるよりルディク宇宙産業と言う繭に囲まれた場所にレミエルの幻影を作るほうが簡単なのである。


 エリスは実際にレミの仮の親子をルディック宇宙産業の過去の雇用目録に作り上げて殉職させてみせた。


 新型航空機のテストパイロットは特異な存在であるが、量産型代産航空機のテストパイロットはありふれた存在だ。誰も知らないレミエルというテストパイロットを作り出しても問題はない。


 ほんとワタシの家族なんか探さないで欲しいから……。


 あいつのことだけはいやだから。


 だれにも気づかれない小さな吐息をレミは吐いた。











 ホテルのエレベーターの中、レミは思い切り大きなため息をついた。


「どうした? 猫かぶりが疲れたのか?」


 ハックマンが数時間ぶりに口を開いた、この男は取材の始まりから終わりまで一言も喋らなかった。


 レミ個人のマネージャーのようなこともしているハックマンだが、細身に見えてなかなかに鍛えられた肉体をもつ彼はどちらかと言うならボディーガードのようだった。


「疲れるよ。あの小汚い男何さ? ハックマンが睨みを利かせてからは黙ってたけどあのまま続けられたら間違いなく殴ってたよ。ワタシは!」


「……よく判ったな。君はホントにするどい、後ろにも目があるのかい? レースでも360度見えてるような飛び方だけど」


 ハックマンが感心したように目を細める。


「そりゃ、あれだけ殺気だせば気づくよ」


 なんで殺気が解かるんだ?とハックマンが訝しそうにした。


 レミは暴力の気配に以上に敏感だ。


 以前、飲みに行った時など特に思った。


 祝勝会の二次会に下町の飲み屋になだれ込んだ時だ。折角みんなが席に着き注文を終えたところで急にレミは他所に行こうと言い出した。みんなが興ざめしたしたような顔だったが主役の言葉にしぶしぶみんなが従った。カウンターを出て地上への階段を昇っているとき、店の中から罵声と何かの割れる音、それに続いて銃声が響いた。


 翌日の新聞では三人が死んで重傷者多数、原因はちょっとした言葉の諍いだったらしい。


 なんで解かった?とレミに聞いてみたら彼女は


「なんとなく」


 普通のことのようにサラリと言いやがったよ。


 レットは最高のレーサーなんだからこのくらい出来ても不思議じゃないだろ、と言っていた。


 ただ、「なんとなく」と答えられたことに更に質問したところで本人にはうまく説明できない事はわかっているのでそのことは放ってある。


 ただ、レミの以上に発達したシックスセンスはなんとなく彼女の幼年期にあるような気がした。


 レミが避けている彼女の昔に。


「ねぇハックマン! 今度からは男性記者はダメだって言っといてよ。キイツ氏が気分を害されたので……とか言ってさ、どうだろ?」


 エレベーターのガラスに張り付いて下を見ていたレミがハックマンに振り返る。


「ん……ああ。煩わしいならそうする。しかし、そうなるとまた男からの風当たりが強くなるぞ」


 気がどこかに行っていたことを悟られないように、ハックマンとしてはとても珍しく冗談を言った。


「はは、かまやしないさ! 男に恨まれたところでまったく気にならないね!」


 男よりも男ぶりの良い女である。


 ハックマンが苦笑する。


「それより、すぐにドックに戻ろうよ。部屋に戻ってもすることないし」


 一応、会社に最高のホテルを用意されているレミだったが数えるほどしかこのホテルを利用していない、ほとんどドックの休憩室で寝ていた。


 エレベーターに乗ったのは一応、記者の手前格好を付けただけだった。


 何かとドックにいた方が都合のいいことは確かだったがレミは女性的な楽しみをほとんど満喫していなかった。


 20代の女性の中でも彼女ほどの高給取りはそんなにいないだろうに……普通の女性の夢見る夢をかなえようとはしなかった。


 もしかしたら、彼女の夢はお金では得られないものなのかも知れない、そう思うことがあるハックマンだった。


「そうだ。ハックマンどうせなら部屋よってこうよ。お土産に部屋の果物もってこう! メロンとかパイナップルとかさ」


 今もっとも注目されているレーサーのあまりの庶民派ぶりにハックマンは苦笑した。


「わからん奴だ」


 口の中の呟きはレミには聞こえなかった。










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