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2.ターニングポイント? レースへの誘い





「トビキョウテー? なにそれ?」


 ビールのジョッキをレミへと突き出しながら、ここ、酒場レベンホックの看板娘エッダが首を傾げた。


「んーーっうまい。……えっとね、こんどラスベガスで新しい賭け事はじめるんだって、つまりそれ」


「??? ……うん、つまり……なんなの?」


 まったく、要領を得ていない説明にエッダが再度質問。


「賭けレースだよ。飛行機のね♪……最新鋭の戦闘機ぶっ飛ばして客を集めるんだってさ」


 心底、嬉しそうなレミの声。


「しかも、賞金がこれまた凄いの! 小さなレースでも勝てば一万ドル。デカイのなら百万ドルくれるんだって」


 天にも昇らんという至福の表情だ。


「あっあ~~あれね。半年くらい前からテレビで宣伝してたわ。最後のスペシャルエンターテイメントってね」


「へぇ~そうなんだ。全然知らなかった」


「知らないって……」


「家にテレビないもん」


「ピッグにラジオが積んでるじゃない」


「周波数が違うから公共放送入んないんだ」


 あっけらかんとした声に、ため息を漏らすエッダ。


「まっててね、今にビールなんかじゃなくて、そこで埃かぶってるドンペリ飲んであげるから♪」


 二十年前にエッダの父の買ったシャンパンは田舎の者には高すぎてだれも手がでなかった。


 今では壁の飾りである。


「今から、冷やしといてよ」










「珍しいな。レミがラストまでここに居座るなんて」


 千鳥足で店を出て行ったレミに眉を寄せる、酒場の店主。


「父さん……。レミ、ベガスの賭けレースに出るんだって」


「ほ~っ。それまた珍妙だな。それって確かジャックの奴がこないだ断ってたやつだろ?」


「うん。たぶん」


「荒くれジャックが荒っぽすぎるってこぼしてたからな。そうとう危険だろうな。それにあのレースの出場条件って確か……」


「「男性限定」」


 二人そろってそのまま固まる。


「レミは知ってると思う?」


 恐る恐るといった感じで問う。


「知らないだろうな。あいつが男しかいない職場につくとは思えん」


「だよねー」


 二人そろってため息。


 親子はこれから起こるであろう、レミの不幸を哀れんだ。










 久しぶりに帰ってきた家の寝床にレミはなんとかたどり着いた。


 アルコールで回っている瞳の中で自分を支えるベッドは世界の中心を思わせる。


 ピッタリとベッドシーツにくっつく様に伸びをする。


 火照った体になんとも心地よい感触だ。


 寝床に横になって回想する。


 あの男、ルディック宇宙産業のスカウトマン、ロドリック・ハックマンを四日前に拾ったのはまったくの行幸だ。


 苦しめられたリトルボーイにキスしてやりたい。


 あれから選手登録とルディック宇宙産業とも契約をすませ、講習もすませたし最新の戦闘機にも乗ってきた。


 レシプロ機には出来ない加速感に感動した。


 初めて、静止軌道まで上ることも出来た、すぐ目の前に月がある。


 手を伸ばせば届きそうな近くに……もちろん錯覚だが初めて上に行った者は誰もがおもうことだろう。


「ありがと。ぜんぶ姫のお陰だね」


 その日はクスクスと漏れてくる笑いで夜遅くまで眠れなかった。














 綺麗な声。


 どこからか聞こえる声が私を誘う。


 ここじゃないどこか。


 ワタシは引き込まれるように浮かび上がる。


 耳に手をあてて、目を閉じる。


 そのままクルリと一回転。


 見つけた。


 瞼の裏にあの人を。


 キュッと体をしならせる。


 力をためる強弓のように。


 ワタシは飛んで会いに行く。


 ここじゃないどこか。


 陸も海も星も越えて。


 世界の果てまでも越えて。


 ワタシは貴方に会いに行く。













「レミーー!! 朝だよ。朝、朝。」


 レミの壊れかけた家のドアにとどめをさすような力強さでノックする少女が一人。


 三回のノック、(蹴り3発)のあと少女はあっさりとドアを開ける。


 合鍵を持っているのだ。


 かって知ったるなんとやら、少女は迷わず二階への階段を昇る。


 さらに、一つの部屋の鍵をカチリと開けると今度はノックせずに踏み込んだ。


 ベッドには今だ深い眠りにあるレミ。


「ふふふ。寝てる、寝てる」


 少女はベッドの上に顎を載せるようにして床に座り込む。


 ちょうど、寝崩れたレミの顔と30センチの近さになった。


「朝はセクシーなんだよね」


 昼間のレミは出来るだけ男っぽい格好をしている。


 清潔さとは無縁の姿だ。


 しかし、朝のレミはとても妖艶だ。


 エキゾチックとも言える。


 半開きの唇から覘く白い歯とピンクの唇がたまらない。


 同姓でも意識してしまうくらいに…。


 ユックリと顔を寄せる。


 あと少しっと、思ったとき。


「んん~っ。ロックゥゥ~」


 固まった。


 なんだ今の寝言は「ロック」?


 ……これは!……これは! ……男の名前かぁ~~?


 少女はパッとレミの上にかかっていたシーツを剥ぎ取る。


 下着しか着ていないレミの体が窓から降り注ぐ日の光を受けて眩しい。


 ちょっと赤くなりながらレミの体をジッと見る少女。


「んん……。さぶっ……」


 レミが体を震わせて腕で足を抱くようにしたときようやく、少女が叫んだ!


「レミっ!!」


 絶叫。


「うわぁっ! なんだ? なに? なにごと?」


 飛び起きるレミ、そのままジタバタ。


「メリー!」


「レミ~っ!」


 目の前に腰に手を当てたメリーがたっていた。


 メリーが朝に起こしに来てくれるのはいつものことだが……なんで怒ってるんだろ?


 顔は真っ赤だ、額から角が出てきそうなほど怒っている。


 普段は、可愛らしいメリーが鼻息も荒く詰め寄ってくるとは何事だろう。


「ロックってだれ?」


「………………」


 メリーが憤然としてそれだけ言ったがレミにはワケが解からない。


「はぁ? だれそれ?」


「寝言でレミが言った名前! ロックって男の名前でしょ」


「寝言……知らないよ。ロックなんて名前。だいたいワタシが男の名前なんか言うもんか」


「レミが言ってたの! 至福の表情で! そのうえ濡らして!」


 さすがにレミも赤くなって頭を掻く。


「濡らしてって……露骨だな。確かめた?」


 メリーがコクンと頷く。


 こちらもチョッと恥ずかしそうだ。


「ワタシは男がダメだっていつも言ってるだろ? 男みたいなごつごつした連中と抱き合う趣味はないって」


 メリーを抱き寄せて、耳元でそっと囁く。


「ホント?」


 別の意味で赤くなり、機嫌が直るメリー。


「ホント」


 覘きこむように見上げるメリーにウィンクを飛ばしてやる。


 とたん、花が咲いたようにメリーが笑った。


「そうなんだ。ヤッパリそうよね、ウン。レミっ朝ごはん出来てるよ。パパがすぐ来いって」


 そのまま、部屋を飛び出していく。


「……やれやら、騒がしい朝だね~」


 手ぐしで髪を撫で付けながらベッドを降りる。


 昨日、来た服にまた袖を通して、それこそ半年洗っていないジーパンに片足を突っ込む。


「おりょっ……まいったな」


 ジッパーを引き上げかけた手が止まる。


 メリーが怒るわけだ。


 思わず、苦笑が漏れる。


「まいったな。……ここんとこ夜はいつも姫に会ってるからな」


 しかし、男の名前を呼ぶとはね。


「最悪」











「ごちそうさま」


 パンと豆の煮込みで朝食をすませるレミ。


「相変わらず旨そうに食うな、オマエさん」


「なんで?美味しいじゃない、この煮込み。とくにコリコリとした噛み応えが最高」


「そうでしょ。そこら辺の火加減がむずかしいのよね。……なんで解かってくれないかな?パパは」


 嬉しそうなメリー。


「そうか?ワシには煮えてないだけに思えるんだが……」


 疑わしそうに皿の上の豆をかき混ぜるのはレミのお隣さん、ジャック。


「そういえば聞いたぞ。ベガスのレースに出る事にしたんだってな」


 メリーが食器を下げていったのを見計らったかのようなタイミングでジャックが言った。


「うん」


 簡潔な答え。ジャックに向き直りもせずにコーヒーを旨そうにすすっている。


「そうか……」


 レミの態度に気を悪くした様子もないが、彼の態度には何かが隠れていた。


「どしたの?」


「いや……そのな……オマエを飛行気乗りにしたのはワシだからな。腕の良さはわかってる……心配してるわけじゃないんだが。オマエも女だからちょっとな」


 なんとも歯切れの悪い言葉。


「元空軍大佐の荒くれジャック・ストンリーでも、弟子の安否を気遣うことなんてあるんだね」


 ほんとうに珍しいジャックの姿にレミが目を丸くする。


「そう言ってくれるな。このレースはそうとう危険だぞ。空中に浮かべた浮遊ポッドどうしを牽引ビームでつないでレース場にするってんだぞ。大レースにでもなりゃ地球何週もまわらなきゃならん。事故が起こったって真下で助けが待ってるってわけじゃないぞ。海にでも落ちたらそれこそたまらんわい」


「よく知ってるね~。Xファイル以外のテレビ見てるとおもわなかっ……………あ~~~っわかった!」


 ギクリとするジャック。


「なるほどね。なんでスカウトマンがこんな田舎にいたのか不思議に思ってたんだけど。そっか、なるほど。あれおじさんをスカウトに来たんだ」


 納得顔のレミ、なんどもウンウンと頷く。


「……まあな、断っちまったけどよ」


「それは残念。おじさんと一回勝負してみたかったな」


 斜に構えた瞳でニヤリと笑うレミはレーサーとしての肝がすわっているように見えた。











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