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15.大団円……そしてすべては丸くなる




 明るいベガスの空にボンっボンっとこもった音のする花火が景気よく打ち上げられた。


「さぁさぁ、今日はフライングモーターレースの第二期生たちが初レースを行う日だー。A級レーサーたちが参加できないこの新入生歓迎レース。普通だったら、ここは有望なB級レーサーや、超大物新人を上げるところだが、今回のレースはハッキリ言って鉄板だ! 俺の予想屋としての人生を賭けたって安心できる奴が来る!!


 そうだ。一般レースだってのに二万人も観客集めちまったすげぇ奴!


三ヶ月の沈黙を破り、G1ウィナー、レミエル・ストンリーが帰ってくる」


グレードレースの優勝戦なみに集まった観客たちをまえに予想屋の親父が自信満々に予想を打ち立てている。


レミエル◎、その他×。


はっきり言って、極端すぎるが親父は自信満々に叫んでいる。


だが、その予想に反する、叫びもどこ彼処で話されていた。


「今節のレミエルはまだ、レース感がもどっちゃいない。ファン心理としちゃ残念だが、彼女はけしだ!!」


「なにぬかしてやがる! 三流予想屋! レミエルちゃんが、第一回、飛び競艇の優勝者だってことわすれちまったのか?!! べらぼうめ」


「そうだ!問題なのは、レミエル・ストンリーの腕じゃない! ルディック宇宙産業のバックボーンを失ったとっからくる、機力の問題だぜ」


「ああ!! 全員わかってねぇぜ! 何が起ころうと優勝者は最強のC級レーサー、レミエルできまりなんだよ!」


 さんさん恐々、掴みかからんばかりに予想合戦を繰り広げているのは予想屋たちばかりではない。


 一般のお客さんたちから、明らかに舟券を買えない年齢の青年、少女たち。


 全員が勝つの、無理だのと言い合っていた。


 ただ、全員の頭の中心にいるのはまちがいなくレミだった。勝者はともかく、このレースの主役はレミで決まりだろう。







「レミ! オッズ見た~? すごいよ。すごいよ~」


「あれメリー。ここまで来ちゃったの? ……いいのかな」


 レース前に屈伸運動していたレミは愛する妹のフライングアタックのような包容を力強く抱き留めながら、隣にいたハックマンに聞いた。


「かまわないだろう。今、この国でもっとも人気と注目を集めてる君の妹を無下に扱える奴はいないだろうからな」


 そういうものかしら、と思いつつ首にぶら下がったメリーをあやすレミ。


 下から見上げてくるメリーの顔は、とても綺麗だった。傷一つ無くて、ツヤツヤと光っててピチピチしている。


「どうしたの? レミ。急にニコニコしだして」


「……なーんでもないよ。ちょっと私の妹って可愛いなーって思っただけ」


「きゃー」


 黄色い悲鳴をあげて喜ぶメリーはダブった二つの記憶のとおりだ。


 嬉しさがこみ上げてくるのは、こんな瞬間だったりする。このごろレミはなにもないところでの思い出し笑いが多くて自分でも困っているのだ。


 でも、唐突に幸せなことに気が付いたら笑っちゃうもんなのよね。


「ところで、メリー。パパは? 一緒に来たんでしょ」


「パパなら、変装して舟券買いに行くって。ほら、選手の家族は賭けに参加できないから」


 レミはその言葉に苦笑する。


 メリーは頭にカツラをかぶる仕草をしながら


「アフロだよ。こーんなに大きな」


 手を振り回して大きな丸を描く。


 その様に、レースの準備に追われていたみんなが笑った。


「よう嬢ちゃん。また来たのか」


 その笑い声に気づいたレットがレミのニューマシン、ピッグ三世号の羽の下からその大きな体を引き抜いて声をかけた。大きな顔に太い笑みを浮かべながら、それに返すメリーの言葉は


「あら、牛さん。お久しぶり」


 なんのことか解らずにキョトンとしたレットを放ってみんなが大笑いした。






「おい、ちょっと困るよ!君!」


 和気藹々とレース前の緊張感を楽しんでいたレミたちの耳に諍いの声が飛び込んできた。


「ほんの少しでいいんです。ちょっとだけ」


「駄目だったら、規則なんだ」


「あの子はいいんですか?」


「彼女は特別なんだよ」


 パイロットスーツに身を包んだ選手と静止する競艇係員。


「どーしたのー?」


 レミは興味を引かれて声をかけた。なぜなら、その選手はレミと同じ、黒い髪の女の子だったからだ。なんだか顔が似ているような気がしてならない、メリーよりもずっと似ている気がする。


 レミの声に、女の子が身を乗り出すようにして係員を突き飛ばした。


「あ、私。今節デビューする木津聖子です。あこがれのレミエル先輩に試合前に握手してもらいたく、そしたら私、この体の震えとかとまるんじゃないかって……」


 テレテレとした表情で聖子がしゃべりまくった。係員に喋らせる暇を与えていない。


 でも、レミは彼女の言葉をほとんど聞けていなかった。彼女の名前が引っかかる。


「…キヅ…木津…聖子さん。……もしかして、貴女のお母さんは木津麗美っていう人じゃない?」


「母をご存じなんですか!!?」


 係員の制止を振り切って駆け寄る聖子。レミは震えそうになる唇をなんとかうごかして聞いた。


「ええ、昔とってもお世話になったことがあるの。……ああ、彼女は覚えていないと思うけど。……あの、それで……麗美さんはお元気?」


 顔面筋をフル動員させてレミは笑い顔を作りながら聞いた。心臓が零れそうなほどにドキドキ言っているのが解る。


「母なら、父といっしょにこのレース見に来てくれてますよ。あ、あとでお会いになります?」


「いえ。いいの。……幸せそうならそれで……。ほら、握手しましょ。験を担いであげるわ」


 この瞬間、レミのお腹にほんの微かに残っていた赤い線が綺麗に消え去った。


 ニッコリと微笑んで聖子の手を取る。嬉しすぎてその肩を抱いてあげた。それから、心の中でありがとうという。……母だった人を幸せに生きさせてくれて。


「っっふふふ。あは、あはははははははは」


 手を振って聖子を送り出した跡でレミは突如として笑い出した。例の癖である思い出し笑い。幸せなのを実感して笑ってしまう奴だ。他人に変に見られてもかまわないと思えるほどに嬉しい。


「ああ! 気分サイコーー」


 レミはガッツポーズを決めてみんなに言った。精神状態は今までのレースの中でも一番だ。たとえ、これがグレードレースだったとしても今の自分なら負けないと断言できる。


「みんな! 今日はわたし絶対勝つわ! 舟券どーんと買っとくといいわよ」


 木津麗美の前でみっともないレースは出来ないと思った。








 公言道理。レミは復帰第一戦を勝利で飾ることになる。記憶上のこととはいえ経験している飛行時間が二倍に増えたレミに叶うレーサーは今、この空にはいなかったのだ。


 追記しておくなら、木津聖子も無事にレースを完走していた。女性パイロット第二号としては、その結果は大健闘といえるだろう。


 今後に期待の若手のひとりだ。






「んじゃ、私はダーリンとこに行くから、みんなは楽しんでてね♪」


 祝勝パーティー、二次会場。


 すでに宴会の趣旨などが見えなくなった地獄のような宴のせきでレミはスルッと席をたった。


 爆弾発言にいつもなら飛び跳ねるようにして集まってくる仕事仲間たちも、今は反応が鈍い鈍い。


「おー。いってらしゃーーーい」


 へべれけな男たちがウィスキーの瓶片手にレミを見送る。ちなみにレットはすでに夢の中だ。部屋のなかに散乱する空瓶の数をみれば、それも当然といえるだろう。


「あんまり、飲みすぎゃだめだよー」


「わかってまーすよー」


 ぜったい解ってない声で返事をする男たち。






 レミには二つの生活環境が出来上がっていた。昼間は男たちとともにレースに挑み、夜は愛しい男の元で暮らすのだ。


「私のダーリンって夜行性なのよね」とは、レミの言い訳。


 実際のところは夜行性になってもらったのである。レミはこっちの生活を捨てる気はなかったし、だからといってロックはこちらの世界に来れるほどの干渉行動を行えない。


 それなら、私は《通い妻》をやればいいじゃないの。っと思いついたわけである。





「じゃーね♪」


 パーティー会場のドアを後ろ手にパタンとしめた瞬間。レミはこの世界から消えた。





 現れたのは、初めて産まれた世界。大好きな人のいる部屋。


 時間は、この世界でもまったく同じで今は真夜中だったりする。部屋のベッドにはレミの意中の人が眠っていた。


「おはよう。ロック♪ 夜だよー起きてー。レミが来たんだよー」


 広いベッドで眠る深窓の令嬢のようなロックにレミは被さっていった。


 レミと同じか、それ以上に細いその首筋に抱き付いてキスを落とす。


「ムチュゥーっ」


 これが、このごろのレミの日課だ。


 彼女はこの時間に召喚され、眠るロックを唇で起こすのだ。天使の力に目覚めたレミはそのほとんどの力を捨ててしまったが、たったひとつだけありがたく使わせてもらっている。それは眠らなくてもいい能力。これのお陰で、ロックとは夜はずっといっしょにいられるってわけ。


「起きたね?」


 パチリと開いた大きな瞳を覗き込んでレミが囁く。


「うん。おきました。おはよーレミ」


「おはよーロック」


 にこにこ顔が止まらないレミにロックが不思議そうな顔をする。


「どうしたの?レミ。何かいいことがあったの?」


「あったよー。レースにも勝ったしね♪それと、他にもねー」


 ロックはレミの顔に喋りたくてたまらない、と書いているのを敏感に読み取った。


「ねぇ、いったい何なの?おしえてよ」


「実はね! ほら……」


 レミは恥ずかし気もなく、一気に服を脱ぎ捨てた。そしてロックの頭をお腹に抱き寄せ雨量にして見せてあげる。


 綺麗になったレミのお腹を。小さな胸のあいだからお臍の上にかけて走っていた赤い線がなくなっている。レミに残っていた最後の痼りがとれたのだ。


「レミ!?!」


 レミの喜びの意味がロックに伝わる。


「えへへ。今日は私の人生で二番目に一番素晴らしい日になったのです」


 ロックは微笑み返しながら、その綺麗なお腹を擦ってみた。


 綺麗な肌だった。真っ白で、それでいて生きて働いてる女の人の匂いをさせる肌だった。そこには、かつての悲劇の名残などまったく見られない。


「人生で二番目に素晴らしい日か、ボクもうれしいよ。……でも、それじゃ、最良の日っていつなのかな?」


 そんなことは解っているだろうに、ロックは片目をパチリと閉じて聞いて見せた。


 レミとロックの最良の日に、開いたロックの綺麗な瞳を。


 クスクスとふたりで笑いあった。


「おしえてあげるよ。じっくりとね……」


 でも、そのまえにもっと深いキスをしよう。この幸せを実感するために、深く深く抱き合おう。そう、夜は長いんだから……幸せをもっと先に残しておこう。


 ずいぶん巧くなったレミのキス、それに合わせるロックのキス。濡れ合った目で見つめ合うとますます幸せを実感してしまう。


「幸せって人生のスパイスね」


 レミの言葉にロックが微笑む。


「それじゃ僕らは二十年もののスパイスに巻かれてるんだね。……じっくり、味わわなきゃもったいない」


 レミの中で消えていく過去の悪夢たち、ロックのキスはすべてを消し去っていく。











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