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13.神さまの子供





 一緒に行こう。世界を変えに……。


「うん!」


 変えられる世界なら、私は変えたい。みんなが幸せになれる世界に……。








『レミ、聞こえてるかい?』


「よく聞こえるわ。ロック……まるで耳元に囁かれてるみたい」


 レミは地球に戻ってきていた。


 先ほどまで抱き合っていたロックは今、レミの横にはいてくれない。でも、今まで以上の一体感を感じれていた。


「草原は涼しかったけど……ここは熱いね。召喚されてたんだって今更ながらに実感しちゃうな」


 ガソリンスタンドに降り立ったレミは、ほこりっぽい空気に苦笑いした。まさにファンタジーな現象ではあるのだが、ロックの説明では私はもっとファンタジーな人間らしいのだから。


『レミ。君の転生先をちょっと操作するよ、記憶が多少混乱するだろうけどほんの少しのことだと思う。……時間には修正力っていうのがあるから、変わるのは君の産まれ先だけになるだろうからね。でも、多少の誤差でも君の二度目の人生の記憶がもう一つ増えるんだ。そのことは意識しておいて…………いいかい?』


「お願い!」


 さぁ、変えていこう。


 今から作る、幸せの物語を…。




 車に戻ってシートに横たわったレミの脳裏に激痛が走る。


「つぅ……」


 シートを力一杯握りしめ、耐えるレミ。脳みそに顎下からフックを引っかけられて引っ張られているような、どこを押さえれば痛みが薄まるのか、歯を食いしばればいいのか、それとも思い切り口を開いて舌を突き出せば楽になるのかまったく解らない。


 レミの経験したことのない痛みが、つま先から脳みその普段意識できない奥の部分までリアルに駆けめぐる。


 空気を貪るように吸い込み、それが終わるとまったく呼吸が出来なかったり、そうかと思えば、知らずに涙を零しながら犬のように息を荒げた。


『レミ。レミ! 頑張って! レミ』


 ロックの祈るような声だけを頼りに、レミが叫ぶ!


「負けるもんかぁぁぁあ! ……私はみんなで幸せになるんだ!!」


 だれも、悲しませない。私はハッピーエンドを手に入れてみせる。


『レミー!』


「ロックー!」










 …………あれ、ここどこだろ?


 気が付けば、私は世界の一番上から、下の世界を見下ろしていた。天井に寝っ転がって一つの部屋の中を覗いていた。


「あなた! 手を握ってて!! ……あなた!! どうなの? 私の赤ちゃんどうなの?」


「ああぁ、駄目だ。……勘弁してくれ。アリー。俺には無理だ」


「なに言ってんのよ?!! もぅ、空軍の少尉さんでしょ?! しっかりして……はぁーーっ」


「奥さん! 興奮しないで………顔が見えてきましたよ。引っ張りますから、そのとき思いっきり力んでください!! あぁ、それと旦那さん。倒れるんだったら、反対側に向けてたおれてくださいね」


 とても、にぎやかだ。こんなの知らない。私の産まれる時をこんなにたくさんの人が見ているのを知らない。ここには命がうまれることを喜んでる人がいる。私が転生するのを喜んでくれたのはロックだけのはずなのに。


「はぁーーあああ!! はっはっふーーっはっはっふーー。どうなの?! あなた! ちゃんと! 見ててね!! はぁーーああ!!」


 力強く握られた手。男と女が愛し合ってるのが解る、お互いを大事にしてる手だってわかる。真っ青の顔した男の人は、さっきから泣き言ばっかり言ってる。男の人って女の人より血に弱いってほんとなんだ。


「アリー、金輪際、ぜったいに俺はおまえに逆らわない!! だから、頼む。勘弁してくれよ」


「駄目よ!! ちゃんと見てあげて、赤ちゃんの生まれるところを」


「奥さん!! 今です、力んで!!」


「ふぅうーーーーーーーーー」


 女の人が思いっきり、叫んで。男の人が握った手を思い切り握り替えしながら、あの瞬間を見ていた。真っ青なのに、笑みが浮かんで涙が零れてた。






「おぎゃーおぎゃーおぎゃーおぎゃーおぎゃー」


 あ、私が泣いた。





「やった!! やったぞ!! アリーよくやった!! 女の子だ! すごく可愛い女の子だぞ!!」


 泣き笑いしながら、ジャックおじさんが…ううん、パパが手術室で飛び跳ねた。


「奥さん。元気な女の子ですよ」


 先生が手渡した私を、パパが抱き上げてくれた。


「こんにちは! 俺がおまえのパパですよ!! そんで、こいつがおまえのママだ」


 頬ずりし、キスをして私を抱いてくれた。寝たままのママに産まれたばかりの私の顔をのぞかせてくれた。ママは体を起こしてもらって私の目元にキスしてくれて、


「こんにちは。私たちの赤ちゃん。私がママよ。早速だけどお祝いの言葉をおくらせてちょうだい、私たちほんとに嬉しいのよ。私たちの赤ちゃん……産まれてきてくれて『ありがとう』」


 私が産まれたことを喜んでくれた。






 ─────ありがとう。






 ドン!!


 頭にすべての記憶が大砲の弾みたいに炸裂して爆ぜたのが解った。


『レミ! やった。よく耐えたね!! うまくいったんだ。歴史は変わった! ……レミ!? ……どうしたの?』


 興奮したようなロックの声。でも、暫く私は応えられそうもない。


 だって、どこからともなく溢れてくる涙が、私を喋らせてくれない。どこからともなく溢れてくる幸せが私に涙を零させてくれる。どこからともなく溢れてくる記憶が私を幸せな気持ちにしてくれるから。


 ああ、世界は、なんて暖かくて、なんて優しいんだろう。


『…レミ…悲しいの?……』


「ううん。…嬉しいの…」


 やっと、この世界を愛することが出来るとレミは思った。


 嬉しさから涙が溢れることに驚いて、そのことに嬉しくなって、また泣いた。








 この世界では車のラジオはレティーによって壊されていなかった。猛然と車を飛ばすレミの耳にも、彼女を最後まで戒めるものが届いてくる。


 あの凶荒事件は、歴史の変わった世界でもおこっていた。


 かつて、レミの父だった男はこの世界でも、自分の生き方を変えられなかったらしい。彼は前と同じように事件を起こし、ジャックに撃たれた傷から数時間後に死亡したらしい。


 ただ、レミはそのことについてまったく気にしていなかった。


 あの男は、今でもレミの記憶の暗部だ。ロックを得た今でも少しは感じてしまう男に対する本能的な恐怖はあの男からくるものだった。


 こっちの世界でも、ママを不幸にしたのは変えようが無い事実なんだから…もし生きてたなら…私が殺してやりたかった。


 第三の人生の記憶にはレミの母親だった木津麗美はまったく関わっていなかった。


 麗美とレミはもはや、まったく接点のない他人となったわけだが、


「私には記憶がある……」


 あの男とママが私を作るきっかけとなる出来事のまえにあいつはママを拉致したはずだ。そこはこっちでも起こってるはず。


「あんな奴、ぜったいに許せない!」


『あ~。レミ、男の一人として言わせてもらえれば、あれは男の中でも変種だよ。風上どころか、風下にも置きたくない男だ。あれを一般としては考えてもらいたくない』


「解ってる。ううん、このごろやっと解ってきた。ロックや、ジャック、レットそれから一緒に働いてるみんな。すごくいい人で男の人なんだよね」


 泣くようにして笑うレミ。


「なんだか、さっきから私泣いてばっかりだ」


『悲しみからの涙じゃないなら、ボクは泣くことを止めたりしないよ。いっぱい泣けばいい、重体の二人だって君の力なら癒せるんだからね』


「うん! 急いで、おばさんとこに戻らなきゃね」


 レミは底も抜けよ、というようにアクセルを踏み込んだ。








「レミちゃん! 大変よ! ジャックさんとメリーちゃんが!」


「知ってる! ラジオで聞いたから。おばさん、お金かして! 私、すぐに病院に行く」


 家の前に出てきていたレティーがレミに向けて大声で叫んでいた。彼女のすぐ前に急ブレーキで車を止めて、飛び出すレミ。


 ベガスからサウスダコタ行きの飛行機は何時出るのだろうか? 急がないと。


 レティーに抱きつくようにして、その手をとって室内に駆けこみ、財布の入ったバックを手繰り寄せる。


 とりあえずの荷物を引っ掻き集めるようにしていたレミに、泣きの入ったレティーの声が響いた。


「駄目なのよー。レミちゃん。今、飛行機はサウスダコタ方面には飛べないの」


「えっ……どうして?」


 悲しそうな顔でレティーはテレビを指さした。


『南部で突如として発生した低気圧は巨大な渦を巻き、今年、二十五号となるハリケーンを発生し……』


「なんでぇ……こんなときに……ロック?」


『……ボクも万能じゃないから』


 不味い。っと二人が心の中で目を見合わせる。二人が死んでしまってから私がサウスダコタに行ってもしかたないんだ。死んだら、終わりだ。天使だっていう私でも癒せない。


 死を司ってるのは神さまだから。


「どうしよう……」


 すべてを変えられると思ったのに、レミに無力感が押し寄せてきた。


 室内に静寂が満ちた。


 駄目だ、と三人が思ったその瞬間。


「それなら心配ねぇぞ!! 向こうに行く方法ならある!」


 正面玄関を蹴り開ける勢いでレットが飛び込んできた。その顔には会心の笑みが浮かんでいる。


「レミ。泣く必要はない! ほら、いつもどうりに勝ち気に笑ってろ」


 ドスドスと部屋を横切るとレミの背中を外へと押しながら、用意していた手荷物をヒョイッと背負った。


「レット! それってどういうことなの?」


 訳もわからないレティーの問いにレットはニカっと笑うと


「外に出てみな」


 と、だけ言った。








「こ、これって……私のピッグ」


 目の前には以前の愛機であった、鮮やかな赤の木造飛行機が止まっていた。


「でも……なんでここに?」


「私が運転したからな……」


 死にそうに細い声がどこからか聞こえてきた。飛行機の下にうずくまるようにして一人の男が倒れている。


「ハックマン! あんた、この子を飛ばしてきたの?!」


 レミの目が驚愕に見開かれる。まさかに、この危険な骨董品を飛ばせる人間が自分以外にいるとは思っていなかったのだ。


「ああ、なんどか死ぬかと思ったけどね……君には少し、借りがあるだろ?大きな借りがね。それが今回返せるかもしれないとおもうとね。無茶もしてみたくなる」


 フラフラの真っ青な顔だったが、それでもハックマンはニヤリと笑って見せた。


『これは、お釣りが来るくらいの恩返しになったね。レミ』


「うん。……ほんとに」


 涙ぐみながら、それでもレミは笑った。


「なに言ってやがる。俺がいろいろと弄っといてやったからだろうが……見てくれは今まで道理だが、スピード、エンジンの耐久性、粘り強さに安定度。どれもこれも格段にあがってんだからな」


 後部座席にレミの荷物を放り込みながら、レットが軽くハックマンを蹴飛ばした。同じく飛行機で飛んできたらしいが、レットは自分の調整したマシンに自信があるらしく、全く平気だ。


「レミ。飛行テストはたった今してきた、燃料は満タンだし、操縦席のなかには携帯食とペットボトルをつっこんどいた。……おまえなら、嵐なんぞ超えて飛べるだろ?」


 男臭く笑うレットに、レミは飛びついてホッペタにキスをした。


「サンキュー、レット。大好きだよ!」


『ああぁああーー!!』


 耳元に響く悲鳴を無視して、操縦席のタラップを上がる。


「レット、ハックマン。ありがとー。レティーおばさんも、私。行ってくるね!」


 一回、手を振ると、私は握りなれた操縦桿を握った。


『レミィーー!』


 地のそこからきこえるようなロックの恨みがましい声にレミは快活に笑った。


「妬かない。妬かない。ロックには私の全部あげちゃうからさ。そっちに行ったときのお楽しみね」


『うーー』


 レミは想像できるロックの顔に笑いながら、ピッグの計器に目を走らせていく。


 よし、完璧だ。さすがはレット、いい仕事するよ。


 ニコリと笑って告げる。


「じゃ、飛びますか。ロック姫」


『ボクは王子のほうが嬉しいな』








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