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12.召び続けた男の天使





 平原に風が吹いた。


 歌でつないだ通路を通って風が来る。


 ロックは真夜中の平原を、息せき切って走っていた。レミとロックが一つの体に住まわっていたとき、彼の体は両生体だった。それは、レミが女の性質を持っており、ロックが男の性質を持っていたからだ。


 ただ、あの事件で左目とともにレミを失ったロックの体からは女性の部分は消え去っていた。しかし、もともと女性的な骨格に産まれてしまった彼の体は成長しても、酷く儚い中世的なものであった。彼の恋しい人が小さかった頃に姫と呼び、女性と見間違うほどに……。


「はっ…はっ…っは…っは…はっ……は────────────」


 運動などほとんどしない彼にとって、だれにもわからないように屋敷を抜け出し、平原へと馬を走らせることはひどく困難で危険な冒険だった。


「……レミ。」


 しかし、ロックの顔には疲れの色は全く現れない。それどころか、きらきらと輝いてすら居るのだ。


「ボクの歌声よ。レミを優しく包んでおくれ、そして連れてきて……ボクの大切な半身を」


 ロックの喉から零れる歌声が、高く低く、世界に響く。


 こっちだよ。


 だいじょうぶ、なにも怖いことなんか無いから。


 そんな子供をあやすような優しい召喚の歌。


 ロックの瞳が歓喜に彩られる。


 光が、小さな光が集まって人の形を取りだしたのだ。


「レミ!」


 空中で輝く黄金の光に包まれた彼女に手を差し出す。ゆっくりと、まるで綿のようにレミはフワッとロックの手の中に収まった。


「レミ…レミ……」


 その手の中にある確かな温もりに涙が溢れた。レミの転生をしってから二十年が過ぎただろうか。この日をどんなに待ったことだろう。どれほど、なくした半身を想って泣いただろうか。


 嬉しさで溢れる涙があるなんて知らなかった。







 誰かがワタシを抱いてる。


 だれだろ?女の人かな?……ちがう、これは男だ!ママを不幸にした男とおなじ人種だ………でも、なんでだろ…この手は、ぜんぜん不快じゃない。


 さわったことあるよ。知ってる、この手の持ち主を知ってる。


 夢であったことある人だ。ワタシが大きくなってから、初めて恋をして抱かれた人だ。現実には絶対にいない、ワタシが受け入れられる男の人。


 たしか…名前は……ロック。


 そう、ロックだったはずだ。


「レミ。……目を覚まして」


 目を覚ます?


 そうか、これは夢の中だもんね。夢じゃなきゃ、ワタシは男に触れられない、あいつみたいに母さんを扱う、男なんかに触れたくもない。


「レミ。もう夢を見る必要もない。君は手に入れたんだよ。起きて!」


「……ここは夢じゃないの?」


 薄目をあけたレミは、消えるはずのロックの姿がまだ映っていることに驚いた。


「まだ、意識が混乱しているんだよ………大丈夫。すぐ、ぜんぶ理解できる。君は思い出したからこそ……ここに来れたんだから」







「ゆっくりと頭を整理して…、ボクは君が現実では『姫』と呼んで神聖視していた女性像。夢の中では、君が愛してくれた男性としての『ロック』だよ……。」


「生まれ変わる前、僕らは一つの体に住まう兄弟。ダブルだったんだよ」


「生まれ変わった君は、人の子として生きてた。ボクは君に何度呼びかけてみたけど…うまく世界に干渉できなくて、うまくいかなかった」


「でも、君がボクのことを思い出してくれたお陰で、君を召喚することが出来たんだ」




「……わかるかい?ボクの言ったことが」


 ゆっくりと語ってくれたロックの言葉がレミに浸透していく。


「うん……」


 コクンと頷いた彼女の瞳に涙が溢れてきた。


「ロック。わたしの恋人で…わたしの半身」


「そう、ずいぶん昔に引き裂かれたね」


 ロックの手がゆっくりと動いてレミの頭を撫でる。


 レミが思い出すことを許したことで、夢での逢瀬が思い出されてくる。ロックは抱いてくれながらよく、髪を優しくすいてくれた。


 ロックの指の感触にいつも浸っていたっけ。


「う……わぁああああ。ロックゥ……」


 レミは泣きながらロックに抱きついた。


「レミ。レミ。会いたかった。会いたかったよ」


 確かめるように、力一杯抱きしめる。お互いの細い肢体を力一杯ぎゅうぎゅうと抱きしめ合った。


 互いの額を付け合わせて、泣きながら微笑んで、また泣いた。


 すべてが、遠い昔の始まる前に戻ったような気がして……レミは泣きながら笑った。


 泣き濡れながら口吻を交わす。長く、何度も何度も、互いの吐息が混じり合うほどに。


 これが現実であることを確かめたくて、二人は体の深い部分で抱き合いたかった。








 心地酔い、ロックの腕の中。何時までも、そこに身を委ねていたかったが、レミの良心がそれを許さない。


 バッと両手を突き出して、ロックとのあいだに隙間を作る。


「レミ……?」


 どうしたの?というロックの表情に涙が零れそうになった。


「ロック。ワタシ、ロックにあえてとても嬉しい。それこそ死んじゃいそうなくらい嬉しいんだよ。今までずっと会いたくて、会いたくてたまらなかったんだもん。でも、素直に喜べないよ」


 レミの手が自分の腹部に当てられる。


「見て。これがワタシの罪。ずっとロックに背負ってもらってたワタシの罪なんだ。これがある限り、ワタシはロックの側にいられない」


 レミの言葉に反応するように、スッと傷口が現れる。


「罪? 何が罪だって言うんだい? なにも悪いことなんかしていないよ。ボクらはね。……それにもし、なにか罪を犯していたとしても、もう十分苦しんだじゃないか?! 救いがあってもいいころだ」


「ワタシは、母親を二人も不幸にしたわ。そして、家族だと想っていたジャックおじさんとメリーを今不幸にしている。これが罪じゃなくてなんなの!」


 痛みを伴う告白だった。


 レミの心臓が激しく痛む、とても一人だったら口に出来なかっただろうこと。ジャックおじさんにも言えなかった、ワタシの罪。


 言えたのは、ここにいるのがロックだからだろう。


「レミ。それは罪じゃない」


 ロックがとても穏やかな顔で言ってくれた。


 誰かに言ってもらいたかった言葉。でも、それをそのまま受け入れることは出来ない。


「それに、ボクは絶対に認めないけどね。もし、それが罪だったしても。その罪は……償えるよ」


「え?」


「ボクとレミの母はね。不幸なんかじゃなかった。……あの事件の後リハースト家の第一子はボクだけということに落ち着いたからね。彼女は父の与えた金で、優雅に暮らしていたよ。子供のことなど忘れたようにね。─────ほら、これで一つめの罪が消えた」


 ね?っと言うように茶目っ気たっぷりで微笑むロック。


「ほ、ほんと?」


「ああ、悲しいが僕らの母はとても図太くて自分が中心の人だったからね。罪の意識もなかっただろう」


 レミはその言葉にほっとした。自分が殺されたのだから、妙な気もするがレミのことで母が気にとめていなかったと言うことが彼女の心のそこにあった重い物を取り去った。


「よかった」


 ロックは泣き崩れるレミを複雑そうにみつめていたが震える彼女をしっかりと抱きしめることは忘れなかった。


(あの女に罪の意識をかんじる必要なんかこれっぽっちもないのに……レミを殺したやつなんかに……)


 内心では、その思いが激しかったがレミの前ではその思いを隠そうと想った。


 チラリと落とした目の先のレミの傷跡。ほんの少しではあるが、ちいさくなっているような気がした。


「そして、二つ目の罪。これは修正できる罪だ」


「どういうこと?」


 さっきまでは慰めの言葉と信じていなかったらしいレミだったが、瞳を輝かせて聞いてくる。


 ロックはニコリと微笑んで応えた。


「あっちの世界にとってレミの転生はイレギュラーだったのさ。……不自然なことが起こった場所にははっきりとその痕跡が残る。そこはこっちからも干渉しやすい世界になるんだ。木津麗美さんのお腹にレミが入ったって事実をほんの少しゆがめてやれば、木津麗美さんの不幸は消えるよ」


「それって……どういうこと?」


「事実をねじ曲げるんだ……つまり、レミは木津麗美以外の人間から産まれたことにすればいい。できれば、今現在では亡くなっている女性で、レミの存在を暖かく迎えてくれる家庭がいい。レミを心から愛してくれて、君を絶望させる男が家族の中にいない家庭がね。そして……ボクにはその家庭に思い当たるものがある」


 レミが安心して女性を出すことができたロック以外の男のいる家。


「もしかして……それって?」


 レミの声が期待に震えた。幼かった頃に何度そうだったらと思い描いたことだろうか。


「そう、君の大好きなお隣さんの家庭さ。うまいことにジャックさんの奥さんであるアリーさんはもう何年も前に亡くなっている。まさに理想的さ」


 女の人みたいな綺麗な顔と声で夢みたいなことを語るロックにレミはただただ驚いていた。


「そんなこと出来るの? そんなことして大丈夫なの?」


「大丈夫。ボクはレミの悩みも全部知ってたからね。それを大丈夫にする方法もずっと考えててたのさ。それとも、レミはジャックさんをお父さんって呼んだり、メリーを妹って呼ぶのはいや?」


「そんなことない! そんな素敵なことは知らないもの」


 その返事に、ロックはニッコリと微笑んだ。






「そして、最後の罪。今、すごい怪我を負ってる二人だけど、これはボクには手が出せないんだ。でも、大丈夫だから、そんな泣きそうな顔しないで」


 レミの瞳から零れた涙をロックが指でぬぐってやった。


「ボクにはできなくても、君になら出来るんだよ」


 ニコッと微笑んだロックの顔が今までで一番嬉しそうにレミを見つめていた。


「最後の罪はレミが消すんだ。レミの天使の力でね」







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