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10.過去が今に追いつくとき 後編

注意!!残酷描写あり。





 スキャンダルの後にレミが変わったことと言ったら、この二つが大きいだろう。


 一つは内面的なこと。


 彼女は明らかに丸くなった。今も女性らしいとは言えないがそれでも女らしい配慮などを仲間たちにするようになった。


 以前、彼女の隣人が来たことがあったがそのときの雰囲気に似ていなくもない。


「ニコッと笑ったらもう最高!」「伸びた黒髪が首筋に掛かっててそれがたまんない!」「瞳が神秘的」「痩せた肢体にあの活き活きとした表情がエキゾチック」「俺、こないだお昼にサンドイッチ作ってもらった!」「ァ、俺も」「なにぃ~、俺知らないぞ!」


 などなど、若いメカニックたち(ギリギリ20代)にはとても受けがよい。


 もう一つは外面的なこと。


 レミはマスコミに出なくなった。


 あれ以来、レミの所在は不明のままだ。


 砂漠の隅にぽつんとたっている小さな工場でレミがレース復帰をねらっていることを知るものはいない。


 スキャンダルでかなりへこまされたから怖いというのではない。もちろん、すこしは有るかも知れないがほんとのところは女とばれたからだ。


 女であると認めたからには、みんなは女の自分を求めてくるだろう。


 レミ自身、気心の知れたものになら以前より女を外に出せるようになってきていた。


 でも、テレビで出すのは怖い。


 どんな人がレミを見ているかわからない、知らない誰かがレミを女として見ているかがわからない。


 それが怖い。


 男という種に絶えず感じる恐怖、それを見抜かれるのが怖かった。










 何時もどうり埃っぽいサウスダコタ、両側をトウモロコシ畑に覆われた都市部からの道を一人の男が歩いてきた。


 薄汚れた外套を着込んだ男だ。


 男の横を朝から何台かの車が通ったがだれもこの男を乗せようとは思わなかった。


 気のいいことが最高の取り柄のような田舎の人間たちが、これは危ない、と思わせるほど男の瞳は暗かったのだ。


「変わってないな、うぜぇほどの田舎だ。くそったれが」


 都会よりもゆっくりと時の流れるこの町は男だけが年を食ったような気分にさせた。


 どこまでも堕ちていっていまう男をあざ笑っているように思えた。


 濁った目がこの町を写すたびに苦虫を噛み潰したように男の顔を歪ませる。


 この土地を離れて十年だ、男にとって無意味に長かったこの時間もこの田舎ではたいした時間ではないようだ。


 それが、虚しいのか、悲しいのか、それとも、怒っているのかも男にはわからなかった。


 体の奥底から漏れ出してくる、暗い笑い声すらも自分の意志で出しているのかわからなかった。


「ここにいるんだろ?なぁ……トラッシュ」


 搾り出すようなしわがれた声。


 生きることに疲れきりながら死ねるだけの気概もない男。


 屍のように生きてきた男に唯一の感情を与えたのはレミだった。光を求めて焔に飛び込む蛾のように男はレミを執拗に追っていた。


 そして、男はついに来てしまう。


 レミがもっとも隠したかった過去への扉。




 その日、ジャックは珍しく寝坊した。


 過去にアメリカの兵隊をやっていたジャックはもちろん朝の寝起きはかなり良い方だった。


 ただ、昨日は願掛けのための禁酒が解けたので、ついつい調子に乗って深夜を回ってもレベンホックに居座ってしまった。


 禁酒の理由はジャックのもう一人の娘、レミに対するものだった。


 居所がつかめなかったレミから昨日になってようやく連絡がきた。


 手紙には一言「ワタシは大丈夫です」と、書かれているだけだったが周りに連絡を遣せるくらいには回復したと納得した。


 太陽も天頂をまわったころに起きてきたジャックは今日の畑仕事を止めることにした。


 日中のくそ暑い中で泥にまみれて働くのは遠慮したい。


 基本的にジャックは朝早くに起きて涼しいうちに仕事をして、昼には仕事を切り上げるのだ。


 二日酔いと言うほどではないが、ボーっとした頭で台所に辿り着くと、水道から飛び出る赤茶の水で顔を洗った。


 はっきりとした意識で家の様子を伺うと娘のメリーがいないことに気づいた。


 当然のことだがメリーはハイスクールにいったのだろう。


「……もうすぐ帰ってくるな」


 壁に吊ってある時計を眺めると学校も終わりの時間になっていた。


 ジャックがこのとき家を出ていれば、隣家の異変に娘より先に気がついたかもしれなかった。












 レミ! 帰ってきたんだ!

 

 開かれた隣家の扉を見てメリーが小躍りした。


 レーサーになってからレミは忙しくて生家に帰ってくる暇はなかった。


 スキャンダルの中でレミが苦しんだことはメリーの想像にも難しくなかった。

 

 そばに居て力づけてやれなかった自分を歯がゆく思っていた。こっちに帰ってきてくれないかと何度も思っていた。


 そのことが、メリーに隣家の異常を気づかせなかった。


 子犬のように飛び込んだレミの家。扉の取っ手が壊れていることにメリーは気が付かない。


 階段を派手な音ともに駆け上がるメリー、階段のマットに残されたレミの元は違う足跡の大きさに気がつかない。


「レミ! お帰りなさい!」


 部屋の中にレミが居ることをメリーはまったく疑っていなかった。


 勢いよく飛び込んだレミの部屋。


 しかし、そこにレミ以外の誰かを見つけてメリーは凍りついた。


 扉の対面、窓の下に置かれたベッド。そこには項垂れたように頭を抱えた男が座っていた。


 男は下を向いたまま、ブツブツと何事か呟いている。


 メリーが小さく息を呑んだとき不意に、人の気配に気づいたように顔を上げる男。


 逆光で男の顔は見えないはずなのに、メリーは男の目が光ったような気がした。


「あ、あんた誰よ?! ここはレミの家よ。勝手に上がりこまないで!」


 刺激したら危ない、なんとなく解ってはいたがメリーの向こう見ずな性格が災いした。


 男がいま、もっとも求めている名前をメリーは言ってしまったのだ。


「麗美? ……トラッシュ、あのゴミはやっぱりここに居るのか」


 表情の浮かんでいなかった顔が奇妙に歪む。嬉しそうに、可笑しそうに、そして泣きそうに。


 ゆっくりと男が立ち上がった。


 メリーは男の視線に縫いとめられたように動けなくなっていた。


「教えろ。……あいつはどこに居る?」


「ヒィッ」


 大きくも激しくもない男の声、淡々とした質問とアンバランスな男の表情にメリーが小さな悲鳴をあげた。


「いつ帰ってくるんだ? おれの娘は?」


 伸ばされた腕がメリーの肩に掛かった。


「い、痛い。……放して!」


 男の指がメリーの柔らかい肢体にめり込んでいく、悲鳴をあげるメリーにかまわず男が意味のない質問を繰り返す。


 ただの独白のようなものもあった。


「ゴミがよ。俺が上手く生きられないのに、なんでテメェが上手く生きてるんだ?不公平だろが」


「止めて……痛いの! 助けて、助けて!」


 突き刺さった爪がメリーの肉を突き破っていく、それでも止まらない男の凶行にメリーがポロポロと涙を落とした。


 赤い血が白いブラウスを斑に染めていく。


「教えろ。あいつはどこだ?おまえがレミとか呼んだ女だ」


 知っているだろう、なら教えろ。


 男の目がメリーに問いかけていた。


 メリーの瞳に涙がたまる。


 この男がだれかは解らない、でもこの人は怖い人で悪い人だ。この人はたぶんレミにひどいことをする。なら……。


 何も言わない。


 必死で涙を抑えてメリーは男を睨んだ。


「なんだ? オマエ。オマエみたいなガキまで俺をそんな目で見やがるのか? ……何様だ!」


 メリーの瞳に何を見たのか、男が突如として激昂した。引き金になったのは真摯にレミを思ったメリーの心、男にはもたらされない感情だった。


 大きな拳が小さなメリーに振り下ろされた。


「ひっぃぁあああああああああああああああああああああああああああ」


 肩を掴まれたままのメリーは避けることもできずにまともに頭を殴られてしまった。


 人形のようにメリーの身体がグニャリと揺れた。


 整った鼻筋が潰れてドロッした赤いものが殴りつけた男の顔に飛び散った。


「ぅわぁああああああああああああああああああああああああああああ」


 ハイスクールの友達たちに比べるとほんの少し低い鼻、でも東洋系ダブルのレミに似た鼻はメリーの自慢だった。


 その鼻があった所を両手で抑える。潰れて壊れた鼻筋を探すように指で口の上を撫でた。


 メリーが痛みに絶叫を上げるさまを陰鬱に眺める男、被虐心を満たすようにさらに殴りつける。


 何回殴ったろうか?押さえつけていた左手を離れてメリーの身体が後ろに吹き飛んだ。


「はぁっはぁはぁはぁはぁ、はぁあっあっあっ」


 壊れて捨てられたコッペリアのように奇妙な形をしたメリーが床に倒れていた。


 メチャクチャに殴られたメリーはあちこちがグチャグチャで、握られていた肩も関節が外れていた。


 呼吸の荒い男がそのメリーを満足そうに見つめていた。


「そうだ。女なんてみんなこうあるべきなんだよ。だまって男に仕えてろ」


 荒い息のまま男が動かないメリーの身体にのしかかって行く。


 赤く染まった服を下着ごと乱暴に引きちぎった。まだ小さな胸がホロッと零れた。


 欲望に染まった瞳で白い肌を見て男が剣呑に唸る。メリーの傷口に手を押し付けて血を絞り出すと彼女の乳房に塗りつけた。白い部分を隠すように血を塗りつけていく。


 気を失ったままのメリーが激痛に呻き声をあげた。


 苦渋に歪んだのかも知れないがそれを表す表情をメリーの顔の肉からはもう読み取ることができなかった。


「メリィーーーーーーーー!!」


 メリーに被さっていた男がガバッと跳ね起きる。


 誰かがこの家に入ってきた、凄まじい足音をたてながら階段を駆け上がってくる。


 娘の悲鳴に気づいたジャックだ。


 悪行を見つかったときの人間のそれ。焦ったように目を泳がせたが、ついでニヤリと笑うとメリーが開けたドアを蹴り閉めた。


 閉まる瞬間にジャックの頭が微かに男の視界に写った。


 イラつくんだよ。なに心配してますって声だしてやがる。


「たかが女だろ? 木津麗美もトラッシュも……わからんのか!!?」


 絶叫とともに男が腰から抜いた拳銃が火を吹いた。


 コルトパイソン、今では骨董品もいいところの拳銃だったが、さして部厚くもないドアをぶち抜くには十分だったらしい。


 ドアの向こうに人を撃った確かな手応えを感じて男が笑う。


 さらに弾が無くなるまでドア越しの相手を撃ちまくった。


「ははははっ……女のことなんか気にしなけりゃテメェも撃ちかえせてたのになあ」


 構えた銃を下ろして男が穴だらけになったドアを開ける。


 案の定、そこにはジャックが倒れていた。


 床にできている血だまりがだんだんと大きく広がっていく。


「ショットガンもって勇ましいが……間抜けだな。ははは」


 嘲りながら男がうつぶせに倒れていたジャックを足で引っ掛けてひっくり返す。


「は、お隣さんのジャックさんじゃないですか? もしもし? 生きてたら答えてくれよ、あのゴミはどこだ? 生意気にも人間さま並みの名前を勝手に名乗ってるトラッシュはどこにいるんだい?」


 体中に穴の空いたジャックの体を小突きながら男が聞く。


「……ぉまぇ! ぅごほっ……ビルゲ…ツ…テメェ…むすめになに……しやがった」


 血の泡を吹きながら、ジャックはこの世でもっとも嫌っている男の顔を十年ぶりに見上げた。


 前に見たときよりもより一層イヤな男になっていた。これが自分と同じ男であることに歯軋りする。


「そんなに睨まないでくれよ。ジャック。……奥の娘にはまだ何もしてないぜ。ちょいと小突き回しただけだ」


 ニヤニヤと笑いあげる男、ビルゲーツ。


「昔はよくオマエにぶん殴られたよな、痛かったぜ。ほんとによ」


 凶相をさらに歪ませながらビルが傷口をかき回した。


 噴出す血にジャックが唸る。


「はははは、気分いいぜ。ここ十年で一番だ。……はは、ジャックゥ、トラッシュの居所教えてくれよ。今すぐ会いたい気分なんだ」


「だ…れが…いうか!」


「へっ、そうかい。なら言いたくなるまであんたの娘で遊ばせてもらうぜ。そうすりゃ、言いたくもなるだろう?」


 昔からジャックはビルの言うことを聞かない男だった、それを今から変えてやろう。哀願して俺に縋るがいい。


 心のそこから楽しそうにビルはメリーに手を伸ばした。


 背後には、死にかけのジャック。死ぬまで見てるがいいさ。今からあんたの娘も壊してやるぜ。


 みんな一緒に底までいこうや。


 もちろんテメェもなトラッシュ。





  バンッ





 何の音だ?豪く素っ気の無い音だな。


「エリーも…レミも…ワシのたい…せつ…なかぞく…貴様などに触らせるか!」


 バンッ


 なんだ?後ろを振り向こうとしたら掴んでいたメリーの髪の重みが消えた。


 なんだ?右手を見る。腕が千切れていた。肘から先は髪を掴んだままだ。


「なんだよ……黙って死んでろよ」


 痛がりもせずにビルがジャックを振り返る。


 ジャックはショットガンを構えたまま固まっていた。衝撃で気を失ったか、失血で死んだか。


 どうでもいい、とビルは思う。


 熱くも冷たくもなれずにいる自分。二回音がしたから腕以外にもどこか撃たれただろうな、そう思っても傷を調べようとも思わなかった。


 ただ。


 やりたい事の仕上げはしないとな。


 ニヤリと笑うと、ビルは窓際のベッドに再び座りなおした。


「パパからの最初で最後のプレゼントだぜ」








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