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幾夜の星

作者: fmn
掲載日:2026/02/01

タイトルとストーリーでおわかりのとおり、この作品の元ネタは、落語「幾代餅」です。

初めてこの噺を聞いたのはJALの機内プログラム。飛行機の中なのにボロ泣きしました。

それ以来、この噺が大好きです。

星辰塔の麓には、日が暮れるころから人が集まり始める。

商人、職員、旅人、そして貴族の従者たち。

彼らの手には、それぞれ星の形を模した灯りがあった。


星灯を捧げることは、この国では珍しい習慣ではない。

星辰塔が建てられた頃から続く古い慣例と伝えられており、星に願いを託すための、最も一般的で、最も直接的な方法とされている。

供物台には、献納者の名前と願いごとが記された、さまざまな星灯が並ぶ。

宝石をちりばめ、数晩は消えぬほどの魔力を有した豪奢なものもあれば、形も歪で、すぐに暗くなってしまう、子供が作ったような小さなものもある。

記録官はそれらを淡々と受け取り、価値の大小を顔に出すことはない。


エリシアは、その夜も星辰塔の最上階で星図を確認していた。

星詠みの巫女とは役職ではない。星を詠むために選ばれ、人生を差し出した者に与えられる尊称だ。

エリシアの星詠みの巫女としての一日は、儀式と観測と記録、そして次の儀式への準備で埋め尽くされている。

私的な時間などほとんどなく、塔の外へ出ることも稀だった。


その日も、彼女は塔の最上階の窓辺に立ち、供物台を見下ろした。


「今夜も……」


視線は、いつも同じ場所へと向かう。

供物台の端、豪奢な星灯の列に埋もれるようにして、控えめに輝くひとつの光。

それは宝石など使われておらず、光量も強くない。

だが、毎晩、同じ時刻に灯り、同じ速さで静かに減光してゆく。


その星灯を刻んでいるのが、カイル=ノクスだった。

王都外縁の下町にある工房で、彼は星刻職人の見習いとして働いている。

日中は街灯の修理や護符用の灯りを作り、夜になってから、ようやく自分の仕事に取り掛かる。


星灯を献納する者は多い。

裕福な商会は、競うように豪奢な星灯を献納する。

最近では、南街の大商人ギデオンが、純度の高い火晶を使った星灯を寄進し、数日消えぬ光で人々の話題をさらった。


「見たか、ギデオン商会の星灯。あれなら星詠み様の目にも留まる」


そんな声を、カイルは何度も聞いた。

彼の星灯は、それと比べればいたって地味なものだ。

光も控えめで、目を引く装飾もなく、一晩で消える。

それでも、彼は、同じ形を刻み、同じ手順で魔力を込める。

一晩で消えるから、翌日にはまた作って献納する。

それは、願いというよりも、祈りに近かった。


星辰塔では、塔主補佐のヴァルドが、供物の一覧を確認していた。

「また、この星灯か」

記録には、毎夜同じ仕様の星灯が記録されている。

献納者欄は空欄。

金額換算もできない。

ヴァルドにとって、星灯は権力の道具だった。

誰が、何を、どれだけ捧げたか。

それが重要なのであって、無名の安物には意味がない。


その夜、供物台の前では、小さな騒ぎがあった。

ギデオンの従者が、数人の記録官を伴って現れたのだ。

彼らの手には、宝石と火晶がふんだんに使われた、ひときわ目を惹く豪奢な星灯があった。


「今宵は我々の商会にとって特別だ。我が主は、この星灯が最上段にて献納されることを望んでおられる」


記録官は困ったように「献納された星灯は記録順に並べられることになっています」と答えた。

供物台の最上段の端には、既に控えめな星灯がひとつ置かれていた。

従者は、それを見て鼻で笑った。

「あのような粗末な星灯、我が主の星灯と比べるべくもない。補佐殿も常々、無名の献納に意味はないとおっしゃっておられるではないか。補佐殿を呼んでくれ」


現れたヴァルドの指示のもと、その星灯は、供物台から降ろされた。



翌朝、エリシアは星図に違和感を覚えた。

供物台を見下ろすと、いつもあるはずの星灯が、そこになかった。

胸の奥に説明のつかない感覚が広がる。

それは、喪失に近かった。


その日の評議は、いつもより早く始まった。

評議の場で、エリシアは誰の顔も見ずに星図板を広げ、一点を示した。

「昨夜、星の運行に『欠落』が生じました。

 原因は星ではありません。誤ったのは、人の側です」

エリシアの声は静かだった。

「昨夜、供物台の配置を変更しましたか?」

唐突な問いだった。

記録官のひとりが、思わず視線を伏せる。

ヴァルドが代わりに答えた。

「はい。献納の整理を。より高い価値の星灯を上段に……」


「価値とは、何を基準にですか?

 金額ですか、希少性ですか。それとも『誰の名前が刻まれているか』でしょうか?」


エリシアは、そこで初めて顔を上げ、まっすぐにヴァルドを見た。

星灯の献納を、旧くから伝わる慣習に過ぎないとみなしていた役人たちは震えあがった。

ただの慣習ではなく、真に星辰運行のための捧げものであったとは。


評議は、その場で中断された。

ヴァルドは、評議が終わった後もその場に立ち尽くしていた。

表情は平静を装っていたが、内側では別の感情が渦巻いていた。

彼にとって、星詠みの巫女は「国家資産」であり「権力」であった。星灯はその象徴であり財産だった。

護るべきもの、管理すべきもの。

そう思っていた。自分は管理する者として選ばれたのだと。


ヴァルドは、国にとっては重要だが、星辰塔とは無関係の部署へ異動となった。

「私は、間違っていたのか」

そう自問した瞬間、彼は気づいてしまう。

自分のそれは、巫女や星辰を、自分の管理下に置きたいという「欲」でしかなかった。

自分は間違えた。星を、巫女を、見る資格など最初からなかったのだ。


供物台を整理した記録官は、次の夜、供物の一覧を見て、手を止める。

あの星灯が、戻ってきていた。

寄進者の名はなく、いつもどおり、供物台の端で控えめに灯っている。

彼は、何も言わずに、星灯を記録した。

それが、彼にできる唯一の祈りだった。


エリシアは、記録官を呼び、問うた。

「この星灯を献納した者の情報は?」

「寄進者はいつも空欄です。ただ、この者は下町の星刻職人見習いであると覚書を記録しております」


それから、エリシアは異例の行動を取った。

護衛を最小限にし、視察として下町へ向かう。

星辰塔の役人たちには、それは看過できないことだった。

「危険です。星詠みの巫女様ともあろうお方が、なぜそのような場所へ」

エリシアは構わず馬車に乗り、告げた。

「星がそこにあるからです」


カイルは、その日も工房で灯りを刻んでいた。

戸口に、見慣れぬ美しい影が立つ。

「あなたが、あの星灯を刻んでいるのですね」

「……はい。ただの見習いです」


エリシアは、工房の棚に並ぶ灯りをひとつひとつ見た。

豪華ではないが、正確で誠実な灯り。

間違いない。星と同じだ。


数日後、正式な召喚状が工房に届き、工房は上を下への大騒ぎとなった。

見習いの取るに足らぬ若造が、星辰塔付属工房への配属を命じられたのだ。

親方は我が子のことのように喜び、カイルを励まし、道具を誂え、独り立ちを祝って送り出した。


カイルが星辰塔の職人となってから、しばらくのこと。


その夜は、儀式も観測もない、星辰塔にとっては珍しく静かな夜だった。

塔の工房では、翌日の準備に向けて、最低限の灯りだけが灯っている。

大きな星灯は既に消され、残っているのは、カイルの作業台の上の、小さな星灯ひとつ。

カイルは、星灯の縁を整えながら、視線を上げずに言った。

「今日、下町で、噂を聞きました。

 『星詠み様に取り入ってうまくやった職人』って。

 笑われていました。分不相応だと」

エリシアは、彼を見る。

「それで、ここに来たことを後悔しているの?」

「いいえ。だから、言っておきたくて。

 正直に言います。

 俺は、立派なことを考えてるわけじゃないです。

 星辰塔のことも、わかった気になれるほど賢くもないし、学もない。

 でも、ここに来たことは、後悔していません。

 俺の光が、巫女様の光であってほしい。

 もし、それが巫女様にとって重荷になるなら、俺は下町に戻ります。

 でも、星灯は、俺の手が動く限り変わらず灯し続けます。

 あなたが星を詠むその時に、変わらぬ灯りを捧げたいです」


言い切ったあと、カイルは、星灯を丁寧に作業台に戻した。

エリシアは視線を落とし、星灯を見つめている。

やがて、彼女は、そっと星灯を手に取った。

「星辰塔では、星を詠む者と、星を刻む者は、同じ責を負います。

 この星灯には、あなたの名と、私の名を刻んでください。

 笑われるなら、一緒に笑われましょう」


カイルは息を呑んだ。

星灯は、静かに輝いていた。


次の夜、星辰塔の記録には、初めて、星灯に2つの名が並んだ。

翌朝、王都はいつもと変わらぬ朝を迎えた。

市場ではパンの香りと果物売りの呼び声が混じり、下町では職人が店を開ける。

ただひとつ、いつもと異なるのは、供物台の前で交わされる噂だった。


「聞いたか?星詠み様が、星灯に名を出されたそうだ」

「職人の名と並べて、ご自分の名を刻まれた」

「星詠み様は、職人の仕事をきちんとご覧になっておられる」

「派手な話じゃないな。でも、ずっと同じってのは、案外難しいもんだ」


職人は、値段によらず星灯をきちんと削るようになった。

商人は、いつもより丁寧に星灯を扱うようになった。


エリシアは、塔の最上階の窓から王都を見下ろしていた。

いつもの場所に、いつもと同じ、控えめな光。

それを確認してから、彼女は星図に向き直る。

星は、正しく巡っていた。


星詠みの巫女エリシア=ルミナスの名は、後世、特別に華やかな逸話とともに語られることは少ない。

戦を止めた予言も、奇跡を行った星詠みもない。

カイル=ノクスの名もまた、語られることはない。

彼は星刻職人長として、塔の工房に長く籍を置いた。

後世の歴史学者は、この時代を次のように記している。

「この時代、星詠みと星刻職人の間に、稀に見る信頼関係と協働関係が存在した。

 星辰観測の精度と判断の一貫性は、王国の政策決定に安定した指針を与え、長期に渡る王国の平和と安定を支えたと評価されている。」

幾代→永遠→エリュシオン→エリシア

ヘブライ語Cale(心からの)→カイル ノクスは夜

ゲルマン語vald(支配、力)→ヴァルド

ギデオン(旧約聖書の士帥)強いビジネスマンのイメージ

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