ここは、『外地』の終わり。その先に『魔界』があるとされる闇の壁の、手前。魔王の居城と目される岩山の麓。
最凶最悪の魔将軍『冒涜者』が万単位の魔物を率いて守る死の荒野『魔城の前庭』である。
対する人間の軍は十万人規模。横に長く隊列を組んで、横陣を展開する。騎士も兵士もほぼ歩兵で、戦馬に跨る騎兵の一団と、大きな荷車を引く馬車も随行する。
「全軍! 歩行速度で前進!」
号令を合図に、全軍が前進を開始する。鎧をガシャガシャと鳴らし、歩調を揃え、横陣の隊列のまま進む。目指すは、魔物の軍である。
最前列は、大盾を持つ騎士たちが並ぶ。その重装金属鎧の背を追って、騎士兵士、騎兵、馬車が続く。
魔物の軍も、魔将軍『冒涜者』が無数に立ちあがらせた土人形と共に、魔物どもが動き始めた。
数万に増えた魔物の軍勢が、人間の軍に向かってくる。奇声めいた咆哮を発し、土煙をあげる。
人間の軍も、接敵まで前進を続ける。
隊列の中央は、この『魔城の前庭』の攻略を長く任される最大騎士団聖高潔騎士団、四万だ。
その右に連なるのが赤薔薇騎士団一万。左に連なるのが、オレのいるゲシュペンスト騎士団一万。と聞いた。
「総員! 身構えろ!」
野太い低音で、号令があがった。
もう、魔物どもの表情まで見える距離だ。
どいつもこいつも、人間という獲物を前に赤一色の目を見開き、大きく裂けた口から濁った涎を垂らす。赤黒い体を歓喜に躍動させ、我先にと、醜悪な体躯を前へ前へと押し寄せる。
ガッシャーンッ!、と拉げるような金属音で、騎士の大盾と魔物が衝突した。あっちでもこっちでも、たくさん、たくさん、無数に、そこらじゅうで、衝突した。耳に痛いぐらいの、音、呻き、怒号、叫び、咆哮が、轟いて、轟いて、轟いた。
◇
戦場の喧騒を、オレは隊列の最後尾で見守る。規模が巨大すぎて、呆然としてる。
オレの名は『新実 健二』、中二男子。『少女が武器に残した強い記憶』で戦う魔法使い、『心剣士』だ。
「この戦場の、最強のアーティファクト『滅魔の剣』がある凡その地点は、把握できてるわ。そこまで戦線を押しあげたら、ワタシが正確な位置を割り出すから」
美月の説明を、虚ろに聞く。
美月は、宝物捜索系の最上級魔法使い、『アーティファクトシーカー』である。
「最低限の作戦目標は、『滅魔の剣』の回収よ。回収したら、健二が持つの。可能であれば、その場で魔物の討伐に移行して」
「……聞けば聞くほど、行き当たりばったりの滅茶苦茶な作戦だな?」
オレは、率直な感想を口にした。
「そうよ。だから、権力者が保身のために強行した無責任な愚策、って言ってたでしょ」
美月も、率直な批判を口にした。
オレは、オレの見せ場まで後方で温存だ。迂闊に前に出て怪我でもしたら間抜けだ。
見る間に、戦闘の激しさが、増す。まずは一つ角、二つ角が交じり、土人形が押し寄せる。大盾の騎士が跳ね飛ばされ、金属片と悲鳴と血飛沫が舞う。
「でも、敵の戦力は無尽蔵、って話だったろ?」
不安も、増す。
まだこれに、三つ角と四つ角が追加される。倒しても倒しても、『冒涜者』が土人形として復活させる、って話じゃなかったか?
美月が答える。場慣れして、冷静を保つ。
「確かに、『冒涜者』の強さは異常だわ。魔物の角から土人形を作るし。『冒涜者』本体も不死身らしいし」
それは、絶望的にチートだな。
「でも、制限がないわけじゃないわ。土人形の作成にはクールタイムがあり、遠く離れた角は土人形にならず、土人形はオリジナルより弱い」
美月が、きちんと予習してきた澄まし顔で説明した。
「だから、倒した魔物の角は、遠方に捨てに行くか、前方に投げるの。隊列の中や後方で土人形になったら、大変だものね」
◇
戦場のあちこちで、火球や氷塊が飛び始めた。石柱が突き出し、風が巻きあがった。
各騎士団が、魔法使い隊を投入したようだ。
「ホーリブル総指揮官殿は、序盤で一気に戦線を押しあげるつもりのようだね! ならば、僕らも遅れは取れないな!」
リヒトがジェントルマンな癖のある声音で、号令を発した。
リヒトは、ゲシュペンスト騎士団魔法使い隊の隊長である。マッチョ男で、こんな戦場でも目立つ白銀の軍服をはち切れそうに着こなし、少し長めの白銀の髪をして、右目にかかる前髪をファサッと掻きあげる。『屈強な兵士の記憶』で戦う『心剣士』でもある。
「三つ角が接敵!」
兵士が叫んだ。赤黒い長毛の大猿みたいなのが、土人形どもを掻き分け、大盾騎士の列に突っ込んだ。
「おぉっと?!、まずはあの三つ角を倒そうか! 攻撃を集中してくれたまえ! 僕も行こう!」
リヒトが冷静に指示を出した。
戦い慣れてる。リヒトはもちろん、他の騎士も兵士も慌てず騒がず、冷静である。
大猿みたいな三つ角に、火球、石礫、ボウガンの矢が降り注ぐ。
三つ角は長く太い腕を振りまわして、大盾騎士たちを弾き飛ばす。
魔法と弓矢の援護を受け、リヒトが長剣で斬りかかる。足元の長剣を拾って斬りかかる。また別の長剣を拾って斬りかかる、斬りかかる。
「キッキッキィーッ!」
甲高く咆哮して、三つ角が消えた。
やった! 大猿みたいな三つ角を倒した! かなり凄い!
「三つ角だけでいい! 急ぎたまえ!」
「任せろ!」
騎兵の一騎が、荒野の土を抉る勢いで、前線とは逆方向に駆け抜けた。今倒した三つ角の魔物の角を、遠くに捨てに走るのだろう。
「なるほどな。あんな感じか」
オレは理解顔で、遠ざかる騎兵を見送った。
◇
遠ざかる騎兵を、大きな土人形が弾き飛ばした。土人形が、騎兵のところに唐突に現れた!?
「不味い! クールタイムが終わった! 土人形が増えたぞ!」
あちこちから報告があがった。
不味い! つまり、隊列の後方に三つ角の土人形が現れた、ってことだ。
「いけないな! ここは、この僕が」
「オレがやるっす!」
オレはリヒトの宣言を遮った。三つ角の土人形へと走った。
「今のうちに、土人形の性能を体感しておきたいっす!」
「ならば! 新実君にお任せしよう!」
大猿みたいな三つ角の土人形も、オレの方に駆けてくる。長い腕に握った拳を地面に突き、短い脚で荒野を蹴り、風に靡く長毛みたいに土を逆立てる。
オレが選ぶ武器は、騎士の長剣。騎士だった父親を三つ角に殺され、仇討ちを誓って自らも騎士となった少女のものだ。その少女自身も三つ角に殺され、断末魔に三つ角への怨嗟を叫んだ。
オレの感情が、少女の記憶に強く引っ張られる。少女の記憶とオレの現実が、ゴチャゴチャに混じる。
「こ、ろ、し、て、や、る!」
殺意に呑まれた暗い瞳で、憎悪の涙を流し、三つ角を睨みあげる。全力で、三つ角へと駆け込む。
振りおろされる大きく太い拳を、前屈んで、一気に踏み込んで避ける。頭上に風圧を感じながら、腰だめに構えた長剣で、三つ角の丸い出っ腹を突き刺す。
剣先が数センチ、出っ腹に刺さった。たった数センチしか、刺さらなかった。
でも、問題ない。
数センチ、刺さった。この『少女の記憶』は、魔物を斬ったり刺したりするものじゃない。コイツは、『三つ角を討つために練りあげた殺意』だ。
刺さった剣先から、三つ角の丸い出っ腹にヒビが入った。ヒビは、瞬く間に、三つ角の全身へと広がった。全てのヒビから血飛沫みたいに土が噴いて、三つ角の土人形だったものは、崩れた土塊へと成り果てた。
最後に、一瞬、少女が笑った気がした。少女の記憶とオレの現実が、混じったのか。
「助かった、少年! 後は任せろ!」
転がる角を騎士が拾った。戦馬に跨り、前線とは逆方向に駆け出した。
「お願いするっす! 新実 健二、『心剣士』っす!」
オレは大きく手を振って見送った。
土人形は、確かに、オリジナルより弱い。三つ角の魔物は、こんなザコじゃない。
そして、オレは強い。適切な武器を行使できる『心剣士』は、こんなにも強い。
大丈夫だ、問題ない。オレは戦える。勝てる。
オレの中に、そんな実感が湧きあがった。自信を、持てた。
心剣士
第24話 EP05-03 土人形/END