オレの名は『新実 健二』。内地では、中学校に通う中学二年生の、ごく普通の男子だ。
外地なら、人が武器に残した強い記憶で戦う魔法が使えて、『心剣士』と呼ばれる。
内地で、退屈な日常を過ごす。ときどき外地に行って、バイト感覚で魔物を狩る。
今日は外地で、小さな戦場の討伐作戦に参加してる。
中学校の放課後に直接来たから、中学校の制服、半袖のワイシャツに黒のスラックスに黒のスニーカーのままである。腰には、愛用の小剣をさげる。
「良さ気な武器が落ちてればいいけど……」
オレが聞いた人間の軍の作戦は、単純である。
ここの敵ボスが最近、三つ角から二つ角に代わった。要するに、比較的弱い魔物に代わった。絶好の好機と、この二つ角を討伐して、戦線を森の奥まで押しあげる算段だ。
小さな前線で、魔物の数は少数だが、人間の軍の規模も小さい。それを更に、部隊は小隊単位で敢えて分散させる。草原に広く展開して、魔物を誘き出す。
魔物は、好戦的で人間に敵意剥き出しだ。人間側が少数と見れば、仲魔に先を越されては堪らんと、獲物を横取りされてなるものかと、辛抱できず森を出て襲ってくるだろう。
人間の軍は、小隊が連携を取って、誘き出された魔物を包囲して各個撃破すればいい。
魔物は本来、誰かの命令に従うような性分はしていない。単独でしか動かず、協力せず、助け合わず、力を合わせない。
しかし何故か、『魔王』の存在のみが、凶暴な魔物どもに集団行動をせしめる。最低限ながら、群れを形成させる。
らしい。知ったこっちゃないが。魔物が徒党を組んで侵攻してくる、それがオレたちにとっての全てだ。
じゃぁ、部下の一つ角が各個撃破される状況で、敵ボスの二つ角はどうする?
アホな部下どもは、命令を聞かない。愚かにも罠にかかって、次々と倒されていく。
自分なら負けない、と考える自信過剰なヤツなら、自ら前に出る。集団を任されるなら、ちょっとは知恵があるだろうから、人間の部隊のいないルートを選んで横か背後に回り込もうとする。
そこで、魔法使いの出番だ。
小隊のいないルートに、少数でも二つ角を倒せる魔法使い隊で待ち伏せする。運好く敵ボスとエンカウントできた隊が、敵ボスを討伐する権利を得る。
単純な、悪くない作戦だ。今回は運が好い。
あの若めのオッサン騎士は、信用してやってもいい。久しぶりに、気分良く戦えそうだ。
◇
「今回は、本当に運が好いぜ」
思わず口に出た。
眼前に、二つ角の魔物が立ちはだかる。
体高は大人の約二倍、逆関節の二足歩行で、肌はツルっとして赤黒い。耳が尖り、吊りあがった目は赤一色、薄汚れた牙に、性格の悪い笑みみたいな顔をしてる。毛のない頭には、一本の根元から二股に分かれた大きな角がある。
オレが任されたルートは、戦争に巻き込まれて放棄された村か? 茫々の草むらから、割れたレンガや木材石材、柵の残骸が覗く。
土を踏み固めた道も草木にヒビ割れ、刃の欠けた剣が何本も突き立つ。金属板が散乱し、骨片が半端に土に埋まる。
錆び具合や荒れ具合から、数年前からの戦場だと推測される。どうでもいいことだが。
どうやら、敵ボス討伐の特別報酬はオレのものだ。
「……これがいいか」
オレは、突き立つボロボロの剣から一本を選んで、引き抜いた。一般兵が持つような、安っぽい長剣だ。長く野ざらしで、刃が欠けて錆びて土に塗れて、人間すら斬れるか怪しい。
だが、問題ない。
オレは、人が武器に残した強い記憶で戦う『心剣士』だ。
魔物は強い。硬い皮膚、鋭い爪、尖った牙、高い身体能力を持つ。
一つ角ですら、人間より強い。訓練を積んで武装した人間が数人掛かりで互角。二つ角以上は、並の人間じゃぁ太刀打ちできない。
だが、問題ない。
オレは、並の人間じゃぁない。
オレの前に、思念を残した少女の幻影が現れた。
後ろ姿を見るに、年の頃は十歳かそこら、長いピンク髪で、地味な色のワンピースを着る。細い腕でヨロヨロと、オレが持つのと同じ長剣を、けれど野ざらしになる前の鋼の光沢の刃を、構える。
少女は長剣を構えて、目の前の魔物に、絶望的な力の差に、立ち向かう。
だが、問題ない。
これは、あの少女の記憶だ。数年前に、この場で起きたであろう、少女の物語だ。
◇
少女は健気にも、三つ角の魔物に立ち向かう。
小さな体で、長剣をまともに振れるわけもない。か弱い身で、巨躯の化物が怖くないわけもない。
でも、逃げない。蹲らない。目を閉じず、魔物を睨みあげる。
所詮は人間の少女だ。肉体は弱い。でも、心は、驚嘆するほどに強い。
少女の記憶の魔物は、三つ角だ。この二つ角の前のボスか?
二つ角より、さらに大きい。逆関節の二足歩行で前傾して、四足の獣に近い体躯で、赤一色の丸目で、上から見下ろすように覗き込み、背中が盛りあがる。角ばった額には、一本の根元から三股に分かれて、緩く曲がった角がある。
少女の記憶とオレの現実が混じる。気を抜くとゴチャゴチャになる。どっちがどっちか分からなくなる。
少女が、恐怖に震える顔で、無理に微笑して、振り向く。
「だ、大丈夫だからね」
その背後には、誰か守りたい人がいたのだろう。震える脚で、震える腕で、震える微笑で、それでも逃げ出さずに、守り通そうとしたのだろう。
三つ角の魔物が、赤黒く太い脚を、大きな足の赤黒い蹄を振りあげる。
二つ角の魔物が、赤黒く太い腕を、大きな手の、白い鉤爪を振りあげる。
少女の記憶とオレの現実が混じる。
「おねえちゃん……」
背後から、小さな女の子の、か細く震える声が聞こえた。
……そうか。この少女は、妹を守ろうと、こんなにも恐ろしい魔物に立ち向かったのか。
オレは無造作に、ボロボロの長剣を翳した。
「大丈夫だよ、ミツキ。大丈夫だからね」
少女が振り返って、微笑んだ。
もう、震えていなかった。優しい微笑みだった。
妹が怯えないように、との心遣いだったのか。妹だけでも助かると、希望が持てたのか。
今となっては、分からない。これは、数年前の、この少女の記憶でしかない。
三つ角の魔物の、赤黒く太い脚が、大きな足の赤黒い蹄が踏みおろされた。
二つ角の魔物の、赤黒く太い腕が、大きな手の白い鉤爪が振りおろされた。
ギィィィィィッン、と甲高い金属音で、ボロボロの長剣が、二つ角の魔物の大きな鉤爪を、容易く受けとめた。
二つ角の魔物が、露骨に驚いた。狼狽えた。動揺した。
たった一人の人間相手に、ボロボロの剣で、自慢の鉤爪を受けとめられて、ショックだったらしい。
自信過剰なヤツほど、予想外の事態には動きが悪くなる。コイツは、動揺しすぎて、動きが止まっちまってる。
このチャンスを逃すほど、オレは温くない。まぁ、二つ角程度なら、動きが良かろうが悪かろうが関係ないが。
「アンタのボス相手でも折れなかった心だぜ? アンタに折れる道理がないだろ?」
頭上の枝でも斬るように、欠けた刃を横滑りさせる。
白い鉤爪が切れ落ちて、滑らかな断面を晒した。
ボロボロの長剣を振りあげ、縦一文字に振りおろす。
二つ角の魔物の赤黒い体が、縦に両断された。左右に割れ倒れて、地面に落ちる前に消えた。
魔物の角だけが、残って転がる。
魔物を倒すと、なぜか消滅する。どうでもいいことか。なぜか、角だけが残る。
残った二股の角を拾う。大きさが、小剣ほどもある。
この角が、討伐の証明となる。
今回は、本当に運が好い。
オレは、その大きな角を握り、頭上高く掲げた。日差しが、角にギラギラと赤黒く反射した。見あげて、高らかに宣言した。
「オレこそは心剣士! 新実 健二が敵ボスを討ち取った! オレたちの勝ちだぜ!」
家に帰ったら、気持ちよく武勇伝を語れそうだ。
心剣士
第02話 EP01-02 二つ角/END