第12話 EP02-07 ユーナベルムの王女
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
ユーナは、石造りの暗い廊下を歩いていた。走る気力は、なかった。疲れて、足がフラついて、歩くことすら覚束なかった。
闇には、悲鳴と呻きと血の匂いが満ちる。心には、恐怖だけがある。
怖い! 怖い! 怖い!
いっそ、死んでしまった方が楽だろうか? と、さえ考えてしまう。
でも、死ぬのは、もっと怖い! 魔物に引き裂かれて死ぬなんて、絶対に嫌! 死にたくない!
あの兵士が魔将軍に屈しなかったから、ユーナは運好く死ななかった。
この先は、魔将軍に狙われて生き残れるなんて、甘い考えだと子供でも分かる。どうせ死ぬなら、いっそ今ここで、死んでしまった方が楽だろうか?
あぁ、でも、あの兵士が守ってくれた命を。自死で捨てるなんて暴挙が、できるわけがない。
涙に視界がボヤける。足が震える。
何かに躓いて、暗い石床に両膝をついた。廊下に、たくさん何かが転がっているのは、気付いていた。それが何かは、敢えて認識しないようにしていた。
だって、認識してしまったら、その場から動けなくなる気がしたから。
「……そんな、まさか」
その何かは、たくさんの何かのうちの一つは、ユーナと仲の良い侍女の、お気に入りの髪飾りをつけている。不器用で、包丁でよく指を切る娘なのに、細い手に兵士用の小剣を握っている。
あの兵士だけじゃなかった!
とっくに逃げたと思っていた。城から避難して、無事に脱出したと思っていた。まさか、侍女たちまで、戦闘経験なんてあるわけないのに、ユーナのために命懸けで魔物と戦っていたなんて、思いもしなかった。
「うぅぅっ……」
ユーナは蹲って、レースの手袋で顔を覆って、声を押し殺して泣いた。この城で自分が何者か、今、ようやく理解した。
◇
だって、もう、こうするしかないじゃない。と、心の中で繰り返す。
森と空の境から、朝日が昇る。
ユーナは、城壁の屋上を歩く。足がフラついて、縁から落ちてしまいそうに危なっかしい。
胸には、まだ、灰色のジグザグの柄の納まる灰色の幅広の鞘を、大事に抱える。
夢なら良かったのに。朝に目が覚めてくれれば良かったのに。
朝日に照らされて、破壊された町を見おろす。炎と、黒煙と、魔物が、あちこちに見える。
これは、酷い悪夢ではなくて、最悪の現実なのだ。
「見つけたぞ、敵の将よ」
背後から、禍々しい声をかけられた。
◇
いっ、いっいっいいいいいっ、いっ、五つ角! まっ、まっ、魔将軍だっっっ!!!
オレは、視界の下端に集中して、自分の胸を確認する。
大きい! 胸元の開いたドレスで、胸の谷間が見える!
大丈夫! これは、少女の記憶だ!
オレの名は『新実 健二』。中二男子。人が武器に残した強い記憶で戦う、『心剣士』である。
心剣士の魔法を行使すると、どうしても少女の記憶とオレの現実が混じる。今なんて、少女の記憶に強く引っ張られて、判別が難しくなっちまってる。
少女の記憶だから、問題ない。もしもオレの現実なら、魔将軍との遭遇は、オレの人生が終わるところだった。
……いや、でも、待てよ? これは少女の記憶だけど、オレの背後に魔将軍がいない保証は無くないか? 記憶と現実の両方に魔将軍が同時にいても、全く矛盾は無いよな?
「そういう主義でな。この手で直接、討ち取らせてもらう」
禍々しい声の最悪の告白に、オレは慌てる。フラつく足で、声から逃げるように歩く。城壁の屋上の縁が近くて、落ちてしまいそうに危なっかしい。
いや、歩いてるのはオレじゃない。記憶の中のユーナ王女だ。逃げたいオレの意思と、ユーナ王女の動きが、偶然にも一致しただけだ。
殺しにくる魔将軍から逃げる、って行動は、ほぼ全人類に共通してそうな気もするが。
だって、もう、こうするしかないじゃない。と、心の中で繰り返す。
ユーナ王女が、縁から足を滑らせた。銀髪と白いドレスを靡かせて、落下した。
◇
ユーナは、下を向いて落ちない。上を向き、朝空を見て、落ちる。
「自害などさせぬ!」
魔将軍が禍々しく笑い、追って飛びおりてきた。
日陰にあって、姿は判然としない。凄まじい威圧感だけがある。
ユーナの思考に、走馬灯めいて思い出が巡る。景色が、ゆっくりと、上へと流れる。
舞踏会にデビューした夜。記念日の祭典。騎士団のパレード。
侍女たちに頼んで、こっそり町に買い物に出た日。露見して、皆で一緒に侍従長にお説教された。仲の良い侍女に、誕生日プレゼントをあげたかった。
伝家の宝剣の教官は、父王だった。ユーナは基本的な使い方しか教えてもらえなかったけれど、たぶん子供心に父や兄たちと同じ場所にいたくて、二人の兄の稽古を見学することが多かった。
あったわ! この記憶よ!
「柄の握り方は、こうだ。精神力を、ここからここへと流す」
ユーナは、宝剣を抜いて、灰色の鞘を放る。父の教えの通りに、ジグザグの柄を両手で握る。父の教えの通りに、精神力を流し込む。
父の言葉は、こう続く。
「この使い方は、絶対にしてはいけないと、心に刻みなさい」
戦い方なんて、知らない。戦闘訓練を受けたこともない。運動だって苦手だ。
魔将軍に、正攻法で勝てるわけが、ないじゃない! 正攻法が無理なら、正気じゃない方法しかないじゃない!
ユーナは、真っ直ぐに魔将軍を見据えた。涙は無かった。景色が高速で、上へと流れた。
「わたくしは! ユーナベルムの!! 王女です!!!」
目を見開き、全身全霊を宝剣に込めて、渾身の力で、大きく振りきった。
狼の顎のような異形の刀身から、狼の牙のような、灰色の魔力の奔流が溢れる。その灰色は、大口を開けて、魔将軍を喰らう。
優雅さの欠片もない。破壊するだけの暴力の塊。周囲の全てを無差別に貪る狂気。
灰色の牙が、城壁をも抉った。牙を突き立て、食い千切り、大穴を開けた。
城壁の大穴から、朝日が差した。景色が真っ白に染まるほど、眩しかった。朝が来たと、不思議と、安堵した。
◇
「あはっ、あははははっ!」
オレは、大笑いした。笑わずにはいられなかった。
服は、いつもの中学校の制服、半袖のワイシャツに黒のスラックスに黒のスニーカーだ。これは、オレの現実だ。
「ちょっと、健二! 何を笑ってるのよ!? 落ちちゃうわよ!」
美月が必死の形相で、城壁の屋上に俯せて、城壁からぶらさがるオレの腕を掴み、喚く。
美月は、オレと同い年くらいの少女だ。ピンク髪のショートヘアで、年相応に可愛くも、芯の強そうな凛々しい顔立ちで、声が澄んで高い。体は軍人にしては華奢で、黒の半袖の軍服に、黒のミニスカートを穿いて、素肌の腕脚が細く伸びる。
「笑ってないで!、早く自力で登って! ワタシの手、プルプルしてる! 落ちちゃう!、落ちちゃう!」
「だってさ、美月。これが笑わずにいられるかっての!」
オレは大笑いした。笑ってる場合じゃない気もした。笑わずにはいられなかった。
確たる証拠はない。オレが、そう思いたいだけだ。
ユーナ王女の安否は分からない。状況的に、死んだと考えるのが妥当か。
でも、ユーナ王女は、この地の魔将軍を討伐した。もしかしたら命と引き換えに、ユーナベルムの人たちの思いを背負って、その思いに見事に応えた。一年前、この地に、英雄譚に謳われるような英雄がいたのだ。
オレだけが見た! あぁ、あの瞬間! ユーナ王女は、紛うことなく、ユーナベルムの王女だった!
心剣士
第12話 EP02-07 ユーナベルムの王女/END
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