第11話 EP02-06 ユーナ王女
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
オレの名は『新実 健二』。人が武器に残した強い記憶で戦う、『心剣士』だ。
防具なんて持ってないから、いつもの中学校の制服、半袖のワイシャツに黒のスラックスに黒のスニーカーで敵地にいる。腰には、愛用の小剣をさげる。
ここは、一年くらい前に『魔将軍』に攻め落とされた『ユーナベルム城』の廃墟だ。
大穴の開いた城壁と超大きい城の間の野原で、無造作に転がる灰色の柄を拾おうと前屈む。
ちょっと躊躇する。
一国の伝家の宝剣だから、名称すら秘匿されて、情報は皆無だ。能力やリスクだって分からない。
……迷っても意味ないか。
オレは緊張して、そのジグザグとした形状を握る。雰囲気の荒々しさに相応しく、手触りがザラっとしてる。
姿勢を戻し、美月に見せる。
「こりゃぁ、刀身が根元から折れてるぜ。どうする? これだけ持って帰るか?」
折れた刀身は、一センチほどしか残っていない。柄の中に茎はあると思う。
美月が悩ましげに、灰色の柄を見つめる。
「目的のものは、それだけど。これほど損壊していると、戦果にならないかも。作戦に見合う成果を、城の中まで探索したいところではあるわね」
「オッケー。じゃぁ、オレが、この武器に残った記憶を見てやるよ」
オレは、格好いいところを見せてやろうと、安請負した。
「そんなこと、できるの?」
「コイツを、ユーナ王女が握ったことがあれば、その記憶を見られる。宝物庫とか、アーティファクトの保管場所とか、王族なら知ってるかも知れない」
ユーナ王女とは、ユーナベルム拠点の最高責任者の娘である。俗称的に、ユーナベルム城の王の王女、王族の一員とも言える。
ユーナ王女は、灰色に近い長い銀髪の、十五歳の少女だ。色々な雑誌に、ときどき写真が掲載されていた。
儚げで清楚な美少女で、胸が大きくて、ナイスバディだった。いかにも王女様な、煌びやかながら清らかな、白いドレス姿が多かった。
正しく、王女様だった。男子人気が圧倒的だった。ユーナベルム城の陥落で生死不明の行方不明になって、どれほどの人が涙しただろうか。
「あぁ、あの。お飾りみたいに座ってるだけの、お人形さんみたいな王女様ね」
美月が、何故だか棘の感じられる口調で答えた。自立心が足りない、男に媚びてる、と女子受けが悪かったのは否定しないが。
何だか怖くて、美月の決定を待たず、オレは『心剣士』の魔法を行使した。
◇
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
オレは、石造りの暗い廊下を走っていた。
走ってる?
闇には、悲鳴と呻きと血の匂いが満ちていた。
オレの心には、恐怖だけがあった。荒い息で、息苦しさで、震える足で、涙にボヤける視界で、それでも、恐怖から逃げたくて、ひたすら走っていた。
恐怖してる?
不味い。
少女の記憶とオレの現実が混じる。気を抜くとゴチャゴチャになる。どっちがどっちか分からなくなる。
少女の記憶に強く引っ張られて、ゴッチャになったのかも知れない。
だが、問題ない。こんなときには、究極の識別方法が、ある!
オレは、視界の下端に集中して、自分の胸を確認した。
うおぉっ?! 大きい! 胸元の開いたドレスで、胸の谷間が見える!
これは! 間違いなく! 少女の記憶だ!
「ひぃっ?!」
悲鳴をあげて、少女が立ちどまる。暗い廊下の壁面に鏡があって、白いドレスの銀髪の少女が映る。
雑誌で見たことある。ユーナ王女で間違いない。怯え、震え、泣いている。
胸に、灰色のジグザグの柄の納まる灰色の幅広の鞘を抱える。
迂闊! 谷間に気を取られて、見落としていた。
すぐに、記憶を辿ろう。
王冠を戴く中年の男から、その灰色の武器を受け取った。これを持って逃げろ、と。ユーナだけでも生き延びろ、と。
ユーナ王女は頷く。命に換えても、伝家の宝剣は守ってみせます、と。
中年の男は、最後まで守ってやれずに済まないと、心苦しげにした。
◇
ユーナ王女は、暗い廊下を走る。心には、恐怖しかない。
魔物の襲撃と、城に魔物が侵入した、とは聞いた。それ以外は、知らない。
二人の兄が戦死したであろうことは、察していた。生きていれば、どちらかが、この宝剣を手に魔物と戦うからだ。
怖い! 死にたくない! 魔物に引き裂かれて死ぬなんて、絶対に嫌!
ユーナは、ユーナベルムの平和の象徴として、大切にされてきた。王女として傅かれてきた。
王族として宝剣の基本的な使い方は教えられたけれど、魔物を討つための使い方は知らない。戦闘訓練も受けていない。戦いは二人の兄に任せて、優しく微笑む美しい淑女であれ、と望まれてきた。
結果、今は、ただ逃げている。宝剣を守ろうなんて意識は、黒胡椒一粒ほどもない。二人の兄の死を悼む余裕も、父の覚悟を憂う冷静さも、ありはしない。
まだ宝剣を抱えているのは、危機に瀕したときに身を守ってくれるかも知れないからだ。誰のためでもなく、自らのためでしかないのだ。
だから、恐怖に、目的地もなく、ただただ、逃げている。
怖い! 怖い! 怖い!
「……っ!?」
ユーナは慌てて、廊下に並ぶ太い石柱の一本に身を隠した。進行方向の壁際に、何かが、いた。
恐怖に、全身が引き攣る。石柱に背中を張りつけ、恐る恐る覗く。
暗い廊下に、壁に背を凭れて、軽装金属鎧の兵士が座り込んでいるのが見える。暗くて、生きているのか死んでいるのか、……兵士と目が合った。生きている!
兵士は、動こうとしない。もしや、負傷しているのだろうか? 自分でも、止血程度なら、できるのではないだろうか?
ユーナは、立ちあがって石柱の陰から出ようとした。出来なかった。怖くて、躊躇って、足が竦んだ。
兵士が、ユーナを見ていた。ユーナに気付いて、しかし、何もせず、声も出さず、ユーナを、見ていた。
「おい、そこの人間」
兵士の前に、何かが立つ。背が高く体格のいい大人の男のサイズの、禍々しい闇色の鎧を纏った何か。
人間だと勘違いできれば、兵士を任せて、この場を去れるのに。暗くて、よくは見えないのに、人間ではないと、魔物だと、常軌を逸した強さの魔物だと、何故だか、分かる。
◇
いっ、いっいっいいいいいっ、いっ、五つ角! まっ、まっ、魔将軍だっっっ!!!
暗くて見えない! 額の角が見えない! 角度的に、後頭部しか見えない!
魔将軍が人語を解するのは、周知の事実だ。驚くに値しない。情報的価値もない。
情報的価値は、魔将軍の外見的特徴にある。四体の魔将軍のうち、どれが『ユーナベルム戦場』の大ボスなのか。特定できる情報を持ち帰れば、大きな戦果と、高額の特別報酬が期待できる。
……暗くて見えない! あっ、こら! 目を背けるな!、柱に隠れるな!
……ユーナ王女が目を逸らしてしまった。魔将軍が見えなくなった。
◇
「答えろ。宝の剣とやらを持つ、この地の将は、どこにいる? 最後の生き残り、銀の髪に白いヒラヒラした鎧の奴だ」
魔将軍の禍々しい声が、壁に背を凭れた兵士に聞いた。
ユーナを捜していると、すぐに察した。
魔将軍は、無感情に続ける。
「知っているならば、答えろ。正直に答えれば、この場は見逃してやろう」
「……知って、どうする?」
兵士が、苦しげな呼吸で、聞き返した。
「決まっている。軍の将として、敵の将は、この手で直接討ち取る主義だ。ついでに、宝の剣とやらも貰ってやる」
ユーナは息を呑んだ。レースの手袋で口を押さえて、悲鳴を堪えた。
怖い! 嫌だ! 死にたくない!
あの兵士は、ユーナがここにいると知っている。命惜しさに、教えてしまうかも知れない。いいえ、魔将軍に恐怖し、きっと、教えてしまう。
「ユ、ユーナ王女様は……」
兵士が、苦しげな呼吸で、答える。
ユーナは、恐怖に耐えられず、手で耳を塞ごうとする。でも、何も聞かずに死に怯え続けるのは、もっと耐えられなくて、耳を塞げない。
「ユーナ王女様こそが! この国の宝と知れ!」
最後の力を振り絞った、兵士の誇らしげな声だった。剣を抜く金音が鳴った。
ユーナは手で耳を塞いだ。目をギュッと瞑った。
怖かった。自分にそんな価値はないのに、と心の中で繰り返すしかできなかった。
心剣士
第11話 EP02-06 ユーナ王女/END
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