眼前に、二つ角の魔物が立ちはだかる。
体高は大人の約二倍、逆関節の二足歩行で、肌はツルっとして赤黒い。耳が尖り、吊りあがった目は赤一色、薄汚れた牙に、性格の悪い笑みみたいな顔をしてる。毛のない頭には、一本の根元から二股に分かれた大きな角がある。
魔物とは、人間を殺そうとする、人間の敵だ。
人間とは異なる姿形で、最大の特徴は頭の角である。一本の根元から一本の角が伸びる一つ角から、一本の根元から角が六股に分かれた六つ角までいる。角の分かれが多いほど強い。
軍隊で例えるなら、一つ角はザコの雑兵、二つ角は小隊長、三つ角は指揮官、四つ角で司令官、って感じらしい。五つ角は『魔将軍』と呼ばれる。六つ角は唯一『魔王』のみが確認されている。
そして、ここは、人間の軍と魔物の軍が小競り合いを繰り返す前線の一つ、と聞いてる。見た感じ、戦争に巻き込まれて放棄された村か? 茫々の草むらから、割れたレンガや木材石材、柵の残骸が覗く。
土を踏み固めた道も草木にヒビ割れ、折れたり刃の欠けた剣が何本も突き立つ。金属板が散乱し、骨片が半端に土に埋まる。
錆び具合や荒れ具合から、数年前からの戦場だと推測される。どうでもいいことだが。
「……これが、いいか」
オレは、突き立つボロボロの剣を引き抜いた。一般兵が持つような、安っぽい長剣だ。長く野ざらしで、刃が欠けて錆びて土に塗れて、人間すら斬れるか怪しい。
だが、問題ない。
オレは、人が武器に残した強い記憶で戦う『心剣士』だ。
魔物は強い。硬い皮膚、鋭い爪、尖った牙、高い身体能力を持つ。
一つ角ですら、人間より強い。訓練を積んで武装した人間が数人掛かりで互角。二つ角以上は、並の人間じゃぁ太刀打ちできない。
だが、問題ない。
オレは、並の人間じゃぁない。
オレの前に、思念を残した少女の幻影が現れた。
後ろ姿を見るに、年の頃は十歳かそこら、長いピンク髪で、地味な色のワンピースを着る。細い腕でヨロヨロと、オレが持つのと同じ長剣を、けれど野ざらしになる前の鋼の光沢の刃を、構える。
少女は長剣を構えて、目の前の魔物に、絶望的な力の差に、立ち向かう。
だが、問題ない。
これは、あの少女の記憶だ。数年前に、この場で起きたであろう、少女の物語だ。
◇
オレの名は『新実 健二』。内地では、中学校に通う中学二年生の、ごく普通の男子だ。
外地なら、人が武器に残した強い記憶で戦う魔法が使えて、『心剣士』と呼ばれる。数ある魔法の中でも、かなり強いらしい。
内地で、退屈な日常を過ごす。ときどき外地に行って、バイト感覚で魔物を狩る。
今日は外地で、小さな戦場の討伐作戦に参加する予定だ。
「外地前行き~。外地前行き~」
中学校の放課後に、外地行のバスに乗る。
終点で降りるから、最後尾の窓際の席に座る。ガラス越しに夏の日差しが、ちょっと暑い。
イヤホンを付けて、スマホで音楽を聞く。流行りのアニソンが多い。
古ぼけてボロいバスが、荒いエンジン音で走り出す。
ボンヤリと窓の外を眺める。
白くキレイなビル街の景色がある。徐々に、マンションや民家の閑静な風景に変わる。
混んでいた道路は、交通量がどんどん減って、いつの間にか車もバイクも見なくなる。
ついには景色が、灰色に荒れたスラム街になる。それは内地の際まで続くらしい。
整備されたアスファルトの道も凸凹の土になって、バスがガタゴトと揺れる。道沿いの林からは、セミの声が鳴り響く。
スマホが動かなくなって、イヤホンを外して、学生カバンに突っ込む。
外地が近い。この辺りは、もう電子機器は動かない。
外地は、車も動かない。
「終~点~。外地~前~。外地~前~」
内地の終点でバスを降りる。馬車に乗り換えて、目当ての前線基地を目指す。
石畳の街道を、二頭引きの幌馬車に揺られて進む。ガッタンゴットンと、バスよりも酷く揺れる。冗談抜きで、喋ると舌を噛むから、誰も一言も発さない。
皆無言で声はないけど、オレと同じく報酬目当ての、鋼の武器や金属鎧で武装した大人たちが十人ほど、ギュウギュウ詰めで同乗してる。ガチャガチャ煩いし汗臭いし息苦しい。中学校の制服、半袖のワイシャツに黒のスラックスに黒のスニーカーのオレは、ちょっと目立って恥ずかしい。
堪らず外を眺める。文明から隔絶された農村や田園の、寂れた風景が広がる。これはこれで気が滅入る。
しばしの我慢で馬車に揺られて、前線基地に着いた。馬車を急いで降りて、小走りで離れて、白い雲の塊が浮かぶ夏の青空の下に深呼吸した。
ついでに、立地を確かめよう。
人間側の前線基地は、見晴らしのいい高台の更地に、土色の天幕が並ぶ。前線基地から坂を下った先には、荒れ果てた村や草原を挟んで、地の果てまで広がってそうな深い森がある。
よくある光景だ。
魔物側の陣地は森の中にあって、森の際辺りで両軍が衝突する。単独行動を好む魔物どもは、視界の悪い森の中でゲリラ戦を仕掛けてくることが多い。
逆に、集団戦を得意とする人間は、遮蔽物もあって集団行動を取りやすい村落や草原を戦場にしたがる。基本的に多勢じゃないと勝ち目がないから、するしかない、ともいう。
◇
「そこの少年! 『心剣士』殿と見受ける!」
全身金板鎧のオッサンが、よく通る低音で声をかけてきた。鎧をガチャガチャと鳴らして、駆け寄ってきた。
「新実っす。一般魔法使い枠で登録したっす」
いかにも前線の騎士っぽい、無精髭でボサボサ金髪の、オレの親より年下であろう若めのオッサンだ。体格がいいし、顔に大小の傷痕があって、大剣を背負って、戦場で叩きあげてきた感じだ。
「心より歓迎する。自分は、騎士のレオンだ。ここの指揮を任されている」
ゴツい金属籠手と握手を交わす。金属の凹凸が手に痛い。
第一印象、指揮官としては悪くない。このタイプの方が、オレは好きだ。
小さな前線なら、我が身を戦場に置き武器を振るうリーダーが多い。魔物との戦闘がどんなものか、その身を以て知る。
大規模な戦場だと、偉ぶるだけの太っちょとか、プライドだけは高い年寄りとか、安全な後方に陣取る司令官がほとんどだ。無謀な作戦や下策で被害ばかりが大きい戦いだって、いくつも見てきた。
「隊長! 今回の作戦に参加する『心剣士』様って、その少年ですか?」
「話には聞いておりましたが。『心剣士』がいるとは、心強いですな」
他の騎士兵士たちも集まってきた。
パッと見て、誰も彼も男女ともに体格のいい戦士系だ。
魔法使い系は痩身かポッチャリが多い。この騎士団に戦闘向きの魔法使いがほとんどいないだろうことは、事前情報とこの様子だけで容易に予想できる。
一人一人と握手する。装備品は、金属鎧、革鎧、長剣、戦斧、円盾、クロスボウ、といったところか。
前線の小規模な部隊としては、装備は整ってる。
外地では、火薬すら機能しない。爆発物どころか、銃器も使えない。
鋼の刃物とか弓矢とか貧弱な、そんな装備で強靭な魔物を倒せるのか?、と聞かれれば、こう答えよう。
大丈夫だ。問題ない。
外地に出た人間は、理由は全く不明だが、魔法が使えるようになる。魔法という、内地には存在しない、内地では使えない武器を得る。
魔法には、戦闘に使えるものも、使えないものもある。人一人が使えるようになる魔法は一種類だけで、何が使えるかは、使えるようになって初めて分かる。
オレが使えるようになった魔法は、人が武器に残した強い記憶で戦う『心剣士』だった。数ある魔法の中でも、戦闘に秀でた、最強クラスのものだった。
心剣士
第01話 EP01-01 心剣士/END