旧遺跡への道
陽が落ちると、街の空気はがらりと変わった。
昼間の雑踏と喧騒は鳴りを潜め、代わりに酒と煙草と、獣のような笑い声が石畳の路地にこだました。
イストランの夜は、無秩序に包まれていた。
街の奥、ひと気のない馬屋の裏手。
三人の影がひそやかに集まっていた。
レオン、カイ、リィナ。
旅支度を終え、必要最低限の装備だけを身につけた三人は、すでに言葉少なだった。
「……馬は、使わないのか?」
リィナが問う。
「道が細い。途中で捨てる羽目になる」
レオンの答えは簡潔だった。
彼は荷を背負ったまま、背中に剣を吊るしている。
リィナは頷き、荷のバランスを調整し直す。
カイは何か軽口を言いかけたが、レオンの雰囲気に飲まれて口を噤んだ。
やがて三人は、月の下を歩き始めた。
街道を外れた獣道を進む。
空は曇りがちで、月明かりはわずか。
草木の影が黒く伸び、風はなく、虫の鳴き声すら遠い。
リィナは軽快に歩いていたが、何度か足元の石に足を取られた。
そのたびにバランスを崩しそうになる。
「……慣れてるはずなんだけどな」
「この道、歪んでる。足元も少し柔らかい」
カイが呟いた。
「下に、空洞がある」
レオンの言葉に、リィナは驚いた顔をした。
「どうして分かるの?」
「踏んだ音が浅い。水音も混じってた」
レオンはそう言うと、立ち止まった。
数歩先、茂みの切れ間にぽっかりと口を開けた石段が現れていた。
苔に覆われ、半分崩れかけたその入口。
古代の遺跡にはよくある構造だが、誰かが最近通った痕跡があった。
草が踏み倒され、地面には微かな靴跡が残っている。
「……誰かが入った?」
「恐らく。戻ってきてはいない」
レオンがそう断じる。
カイが鼻を鳴らす。
「……よく分かるな、あんた」
レオンは答えず、鞘から剣をわずかに抜いた。
金属音が、夜の空気に沈んだ。
その音が、戦いの幕開けを告げていた。
レオンが剣を抜いたのと同時に、空気の質が変わった。
静寂の中に、何かが潜んでいる気配。
虫の声すら止まり、森が一瞬、息を呑んだような静けさに包まれる。
リィナとカイもその異変を感じ取り、反射的に後ろへ下がった。
レオンが目を細める。
「……来るぞ」
その声と同時に、石段の奥から何かが這い出してきた。
それは人型だった。
だが、常人のそれとはかけ離れていた。
手足は細長く、関節が反対に曲がり、全身を覆う皮膚は灰色に乾き、ところどころひび割れている。
「……探索者の成れの果て、か」
カイがぽつりと呟いた。
レオンは一歩前に出ると、剣を構えた。
影のように無音で地を滑る異形。
その一体が、まるで匂いを嗅ぐように首を傾け、レオンに向かって走り出す。
カイが弓を構えようとしたが、間に合わない。
しかし次の瞬間、剣閃が夜闇を切り裂いた。
レオンの一撃が、異形の胴体を断ち斬っていた。
呻きのような音と共に、体が崩れ落ちる。
「……早っ」
カイが息を呑む。
だがその直後、奥からさらに三体の異形が現れた。
リィナがすかさず矢を放ち、一体の脚を射抜いた。
転倒した個体に向かってカイが追撃の矢を放つ。
残る二体がレオンに襲いかかる。
一体は跳躍し、頭上から振りかかる。
レオンは迷いなく剣を横に振り払った。
異形は空中で胴体ごと切断され、地に落ちる前に動きを止めた。
もう一体が背後から迫る。
レオンは一歩前に踏み込みながら、背中の鞘を利用して相手の顎を打ち上げる。
体勢を崩した隙に、振り向きざまの剣が首を断った。
沈黙。
地面に転がる異形の残骸。
「……これで全部か?」
カイが矢をつがえたまま問いかける。
レオンは耳を澄ませ、周囲を見渡す。
「ああ。しばらくは動きはないはずだ」
リィナが弓を背に戻し、ふうと息を吐いた。
「こんな連中がいるなら、戻ってこられなかったのも納得ね」
カイが地面を蹴る。
「ったく、あんなのがうろついてるなんてな……。しかも夜中に」
レオンは黙って剣を拭い、鞘に収める。
その所作はどこか静かで、慣れきったものだった。
「奥に進む」
「……了解」
三人は再び歩き出す。
苔むした石段を一歩ずつ踏みしめながら、古代の闇へと足を踏み入れていく。
その奥に、どれほどの影が潜んでいるのか。
それを知る者は、まだ誰もいない。




