4.男爵令嬢の赤裸々な告白(自爆魔法)
「悪役令嬢がふざけてんじゃないわよっ! キャンディス・ウナファータが赤ん坊? そんなわけないでしょ、私は知ってるのよっ! あなたが悪役令嬢キャンディスよ!!」
正直ステイシアは驚いていた。
エレーナ・メイルスキー男爵令嬢のことを色々な意味で見くびっていた。頭お花畑の残念お嬢様だと思っていたのだが、まさか彼女まで沈黙魔法を打ち破ってくるとは予想外だった。腐っても魔法塔の学徒、魔法の実力は本物だということだ。
そして、ステイシアには何よりも見過ごせないことがあった。
「おぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
キャンディスがギャン泣きである。これはいけない。ステイシアはウナファータ侯爵家の一員として妖精守として身構えた。
妖精は純粋だ。人から向けられる感情に敏感でよく表情に表れる。嬉しい、楽しい感情を向ければよく笑うし、逆に悲しみや怒りといった負の感情を向ければ泣いてしまう。妖精も人の赤ん坊と何ら変わらない。それ故に異常だった。キャンディス・ウナファータがここまで泣き喚く事などかつてない。
つまり、それだけの純粋な悪意がキャンディスに向けられているということだ。
エレーナ・メイルスキー男爵令嬢は危険だった。
「本当に残念な人ですわね。悪役…令嬢? 聞き慣れない言い回しですが、文字通りの意味でよろしいのかしら? 爵位が上の高位貴族に礼儀も弁えず、悪態をつくその姿勢、呆れを通り越してある意味関心してしまいますわ」
「うっさいわね、そもそもなんであんたはここに入学してないのよっ! 悪役令嬢がいないから何もかもがメチャクチャよっ!」
エレーナは聞いてもいないのにペラペラと勝手に語り始めた。
『ヒロイン』『恋するキングダム2』『攻略対象』『ゼノン・マジカ・ライシャール第一皇子』『ウィリアム・フィアンマ公爵令息』『ミサンダ・スタムディン侯爵令息』『アンドリュー・アンドラス辺境伯令息』『死神レイン』『悪役令嬢キャンディス・ウナファータ』『ザウバマギ魔法学園』『生徒会イベント』『メルモー』『魔法祭第一皇子暗殺未遂事件』『魔王の右手』『卒業パーティー』『婚約破棄』『断罪イベント』……他。
彼女の妄言としか思えない言葉の数々に、周りの者たちは皆戸惑いを隠せない。トゥノレーとステイシアも正直な所、エレーナが何を言っているのか正しく理解は出来ていなかった。しかしながら、分かったこともあった。
「つまり何? メイルスキー男爵令嬢、貴方はここをザウバマギ魔法学園だと勘違いしていたの? 笑えない冗談ね?」
「勘違いじゃないっ! だって私はヒロインなのよ! 私は学園で皆に出会って結ばれるんだからっ!!」
「いい加減にしなさいっ! メイルスキー男爵令嬢、君の妄言のせいで今日魔法塔は二人の優秀な学徒を失います。これ以上醜態を晒すのはやめなさい」
学園で皆に出会って結ばれる? なんて馬鹿馬鹿しい。彼女は自分の言葉の意味をちゃんと理解しているのだろうか? 彼女は大勢の前でこう言ったに等しい、下位貴族の令嬢が高位貴族のご令息達を誑かすと。夢見がちな少女では済まされない、なんて愚かな発言だろうか?
トゥノレーは本当に残念に思う。ミサンダもエレーナも間違いなく魔法塔を代表する優秀な学徒だったのだ。だと言うのに、一体いつから変わってしまったのだろうか? かつてはこの様な醜態を晒すような愚かな子達ではなかったというのに。
「中々に面白い話をしてるじゃないか? なあトゥノレー、私も混ぜてもらっても構わないかな?」
突如話に割って入ってきたのは一人の男だった。数人の兵士を引き連れて、音吐朗々に声を張る堂々とした佇まい。赤毛の貴公子、帝国の第三皇子殿下の登場であった。
アパティア・マジカ・ライシャール第三皇子。
長兄のゼノン第一皇子は早々に皇太子に任命、次兄のストア第二皇子も外交官としての手腕を見せたため、皇家もこれで安泰だ、と皇族としての責務などなんのそのと自由気ままに魔法研究に没頭した問題児。
魔法塔の位階は金。
彼もまたトゥノレーと同じ精鋭の魔法使いである。
そして、トゥノレーが伝達魔法で応援を呼んだ人物その人であった。
その場にいた帝国貴族が次々と最上級の礼を取る。トゥノレーもステイシアもお手本の様に綺麗な礼でアパティアを出迎えた。
そんな中、エレーナだけは悪い意味で変わらない。えっ、イケメン!知らない誰? もしかして隠しキャラ? などなど、またしても一人でブツブツと異様な光景を作り出していた。
「殿下、お待ちしておりました。私の知らせが届いていないのかと心配しておりました」
「くくっ。トゥノレー、君が緊急事態と言うからどれほどの珍事かと思えば、これはなかなかのものだな?」
「お恥ずかしい限りです」
「トゥノレー、君だけが責任を感じる必要はないさ。同じ魔法塔の学徒ということは私の後輩でもある」
「あなたっ! 皇子様なんでしょう!? ってことは隠しキャラよね。ねぇ、皇子様。私を助けてっ! 皆に虐められてるの!!」
アパティアとトゥノレーの会話に問答無用で割って入るエレーナ。下位貴族の娘が皇子殿下に許可もなく話しかけるなど不敬極まりない。
トゥノレーも伯爵位ではあるが、魔法塔では同じ金。研究者として対等であり、アパティアからも魔法塔では普段通りに話し掛けるよう言われていた。彼から直接話をする許可をもらっているのだ。トゥノレーとエレーナでは事情が違う。
それを分かっていない。貴族としてのルールも守れないエレーナに、周りは皆呆れを通り越して、ただただ呆然とするしかなかった。
「私も聞きたいことがある。この際だ、エレーナ・メイルスキー。君の不敬は今は置いておこう。それでなぜ私が君を助けないといけないんだ?」
「そんなの当たり前でしょっ! 私はヒロインなのよっ! 皆にいじめられてるのっ! そこの悪役令嬢が私の研究を盗んだのよっ!!」
「ハハハッ! トゥノレー、この女の言ってることはさっぱり分からん。これは中々の化け物ではないか?」
「ひどいっ! なんでなんで、皇子様でしょっ!! 私を助けてよ!!」
「いいだろう! 私には君がいじめられているようには見えないが、そこまで言うなら私直々に公正な調査をしてやろう。その上で正しく処罰すると約束しよう。あぁ、キャンディスとステイシア、ウナファータ侯爵家のご令嬢方の嫌疑に関しても同様にだ」
アパティアの言葉にエレーナは勝ったと渾身の笑みを浮かべた。ほら見ろ、勝つのは私。ヒロインの私なのだと。悪役令嬢キャンディス・ウナファータは断罪されるのだ、とエレーナが赤ん坊を抱えた侯爵令嬢に目をやった瞬間、兵士達の剣が一斉に抜き放たれ、彼女の首へと突きつけられた。
「っ!?」
「さて、エレーナ・メイルスキー男爵令嬢。君にはとある嫌疑がかけられている」
アパティアは魔法の杖を抜き、エレーナへ向けながら彼女の罪状を告げた。
「国家叛逆罪の疑いだよ、メイルスキー男爵令嬢」
「はっ?」
全くもってエレーナには身に覚えのない話だった。
「待って、待って、待ってっ! 叛逆罪? なにそれ?」
「私も先ほどの話は聞かせてもらったが、兄上含め、高位貴族の令息達の詳細などよく調べられていて驚いたよ。それこそ身近な者しか知らないような秘密まで。メイルスキー男爵家にはよほど優秀な間諜がいるのだろう」
「っ!? そんなの言いがかりだわ! 間諜ってスパイのことよね? そんなの知らないわよ。皆の事だって、ゲームをやり込んだのと設定資料で知ったのよ! 濡れ衣よっ!!」
「ハハハッ! 君は本当に驚くほど怪しい言葉がポンポンと出てくるね。ゲームに設定資料…ね、隠語か何かかい? もちろん、それくらいの事で疑ったりはしない。それだけならちょっと結婚相手探しに躍起になっているご令嬢がおいたしたという可愛らしい話さ」
「ならなんでよっ!」
「君が自分で言ったんじゃないか。『魔王の右手』って」
「へっ?」
「我が帝国の英雄グラン・グロス・グレトエラが五百年前に封印した魔王の右手。それが皇城にあるとなぜ知っている?」
魔王の右手。
それは五百年前、魔王戦争時代の負の遺産だ。勇者パーティーに倒された魔王は死後も、存在するだけで災いを周囲に撒き散らす強力な呪物と化していた。そのまま放置すれば遠くない未来で大災害を引き起こしてしまう。それを回避するために勇者パーティーは魔王の死体を胴体、右手、左手、右足、左足の五つに分けて封じることにしたのだ。
大魔法使いグランが封じたのは魔王の右手だった。秘密裏にライシャール帝国に持ち帰り、皇城の奥深くに封印された右手は、代々皇族にのみ伝えられ、厳重に管理されてきた。
その極秘事項をエレーナは、封印されているモノも場所もピッタリと言い当てたのだ。アパティアは彼女の行いを夢見がちな少女の妄言として捨て置く訳にはいかなかった。この女はペラペラとある事ない事口にしたのだ、右手の封印を解くと。
「右手の封印を解いてどうするつもりだ? あれは存在するだけで世界を蝕む毒そのものだぞ」
「ちっ、違うっ! 右手がないと復活する魔王を倒せないから」
「ほうほう、魔王を復活させる? 連れていけっ! 魔族とつながっている可能性がある。男爵家も交友関係含め徹底的に洗い出せっ! それと至急、父上に連絡を!」
「待って、皇子様! 違う、私は何もしてない! 私はヒロインなのよ、私がいないと魔王を倒せない!!」
「世迷い言を。未来視の技能か何か知らないが、君の情報源、背後関係がどうなっているのかしっかり調べさせてもらう。……魔族の間諜か、それとも世間知らずの夢見がちな少女なのか、どちらにしてもこうなった以上、楽には死ねないよ、エレーナ嬢」
「嘘、嘘よっ、いや、嫌っ、いやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
まさに急転直下の解決劇。婚約破棄から始まった騒動は思わぬ疑惑と新たな火種を残して終着した。
アパティアの指示で兵士たちに連行されていくミサンダとエレーナ。エレーナは最後まで支離滅裂な発言を繰り返し、叫び続ける。トゥノレーはそんな彼女の姿にやりきれない気持ちを抱くのであった。