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1.婚約破棄

初投稿です。

 

 アモルリーベ一の魔法大国、ライシャール帝国。かの国は魔法使いの総本山で、魔法を究めんとするエキスパートが世界中から集まる魔法の最先端国だ。

 その中心地、ライシャール魔法塔で、本日魔法の学徒たちによる由緒正しき魔法研究の発表会『グレトエラ魔法学会シンポジウム』が開催されていた。

 ライシャール魔法塔の創始者であり、魔王戦争にて勇者パーティーの一員として魔王と戦った伝説の大魔法使いグラン・グロス・グレトエラの家名を頂戴し、発足した魔法学会は日々の魔法研究の成果を世界中に発信している。



『探究に貴賤なし。魔法よ、大平のためにあれ』



 偉大なる大魔法使いグラン・グロス・グレトエラの言葉である。

 その思いを胸に後世の魔法使い達は魔法を研鑽してきた。大魔法使いの五人の弟子から始まった小さな研究会は、今や世界中の人々が注目する巨大な研究発表の場だ。

 このシンポジウムでより良い評価を得ることは、魔法使いとしても貴族としても、とても栄誉なことであり、世界で活躍する足がかりとなる。

 そんな素晴らしき日に、場違いな声が響き渡ったのは、研究発表午後の部の開始を告げる鐘の後であった。



「キャンディス・ウナファータ侯爵令嬢、貴様の醜い心根と悪事の数々には愛想が尽きたっ!! 今日、この場を持って宣言する、この私、ミサンダ・スタムディンとキャンディス・ウナファータとの婚約を破棄するとっ!!」



 神聖なる研究発表の場、壇上で金髪碧眼の少年がとある令嬢との婚約破棄を堂々と宣言した。黒衣のマントを翻し、壇上の上でビシッと指をさし示す姿は物語から出てきた王子のようである。

 しかしながら、その場違いな発言はただただ周りを戸惑わせるだけだった、お前は発表会の場で何をしてくれてんだと。

 そして、壇上から指さされているのは午前中も最前列で聴講していた御令嬢、黒髪三つ編みに円縁眼鏡、いかにも私できますって感じの知的な装いの少女であった。

 少女も最初こそ困惑した表情を見え隠れさせていたが、黙ったままミサンダを凝視する。ミサンダもまた彼女を指さしたまま沈黙を続けていた。

 長い沈黙。

 ざわざわとしていた周りもただならぬ雰囲気に口を噤み、発表会の場は嫌な静寂に包まれていた。



「おほん。…スタムディン侯爵令息、あー、そのだな、婚約者殿となにやらすれ違いがあるご様子。しかしながら、ここは神聖なる研究発表の場である。君達のことを考えると、誠に、誠に遺憾ではあるが、直ぐ様発表を開始するように」



 終わりそうにない沈黙に、にらめっこ。耐えかねて声をかけたのはトゥノレー・パーゲンセン伯爵。魔法塔教授で位階は金。本年度のグレトエラ魔法学会シンポジウムの責任者である。

 学徒たちからは愛称を込めてパー先生と呼ばれており、魔獣大好き人間な同僚からは『よりにもよってパー先生って、クゥアッパーだww』と、東の最果てにある島国の水棲魔獣と比べられ、からかわれる苦労人。ツルッパゲがチャームポイントな58歳独身だ。

 トゥノレーは突如公衆の面前で婚約破棄を言い渡された少女、キャンディス・ウナファータ侯爵令嬢に同情していた。

 魔法学一筋で独身を貫いてきたトゥノレーには、貴族のしがらみを深い所まで推し量るのは正直難しい。

 ミサンダとキャンディスの二人はおそらく政略結婚なのだろう。お互いに愛し合っていなくとも家のため、国のために結婚する。それは貴族ならよくあることだ。そう、貴族の義務の一つなのだ。例えミサンダがキャンディスに何か不満があったとしても、どんな事情であれ、このような場で淑女を辱めていい免罪符になりはしない。

 幸いトゥノレーの位階は金。本来ならばただの伯爵が侯爵家のご子息に物申すなど許されることではないが、ここは天下の魔法塔。魔法使いの総本山は実力社会、全ては位階順に尊ばれる。今、この場でミサンダ侯爵令息に注意できる人物は魔法塔教授であるトゥノレーだけだった。

 だがしかし、トゥノレーが差し向けた水は、残念ながらミサンダには何一つとして伝わっていなかった。



「パー先生…いや、トゥノレー教授。お言葉はありがたく受け取ります。ですが、ですがっ! 私の発表の前に今、この場で明らかにしなければいけない悪があるのですっ!!」


「いえ、スタムディン侯爵令息。そうではない、そうではないのです。この場はあなただけの物ではありません。何より彼女をいたずらに辱めるようなことは…」


「ご安心ください、教授。すぐに終わります。エレーナ嬢、前へっ!」



 はいっ! と元気よく聴衆の中から出てきたのはピンク色の艷やかな髪にくりっとした目、ニコニコと微笑む姿は天真爛漫という言葉がよく似合う女の子だった。



「彼女はエレーナ・メイルスキー男爵令嬢。魔法塔で大変優秀な魔法探求の学徒だ。キャンディス、貴様はあろうことかエレーナ嬢の研究成果を盗み、自身の成果と偽り発表することを画策したなっ!!」


「私、今日という日を本当に楽しみにしていたんです。ですが……キャンディス様が昨日、私が魔法塔の空き教室で発表用の資料の最終確認をしているところに現れて、すべてを奪っていったんですっ! 下賤な貴方にはこの研究はふさわしくないって! 本当に怖かった」


「あぁ、エレーナ嬢。泣かないでおくれ、知的な君に涙は似合わないよ。キャンディスっ! 私は同じ探究の輩として、元婚約者として貴様の醜い在り方を情けなく思う! これほどの悪事、もはや魔法塔に居場所はないと思えっ! 発表会の後、学長達へ貴様の除籍処分を嘆願するっ!! 貴様は間違いなく魔法塔を追放されるだろう!!」


「ミサンダ、私のことを思ってくれるのは嬉しいわ。でも、そこまでする必要はないわ。キャンディス様が盗んだ私の研究を返してくれて、ちゃんと謝罪してくれたら私は十分よ」


「あぁ、エレーナ。君はなんて慈悲深い女性なんだ。やはり私にふさわしいのは君のように知的で慈悲深い女性だよ、僕と結婚してほしい」


「まぁ……喜んで。ミサンダ、愛しているわ」


「ありがとうエレーナ、愛しているよ。皆、聞いてくれ! 今日は素晴らしき日だ。私、ミサンダ・スタムディンはエレーナ・メイルスキー男爵令嬢と新たに婚約するっ! 今日は私たちの新たな門出だ、盛大に祝ってほしい!!」



 もはやお互いのことしか目に入っていない、と見つめ合う2人の男女。公衆の面前でイチャイチャと抱き合う貴族令息令嬢の姿に沈黙は破られた。ざわざわと研究発表に相応しくない不躾な喧騒はどこまでも加速する。

 あっ、ダメだこれ、トゥノレーは己の失敗を悟った。魔法塔でトゥノレーは教授であり立場は上だが、相手は腐っても侯爵令息だと下手に出たのが失敗だった。穏便に済ませようと思ったのが大間違い、魔法でも何でも良かった、目の前のバカ貴族はぶん殴ってでも止めるべきだったのだと。

 どこぞの男爵令嬢が加わってからはまさにノンストップ。ここは市場か何かの特売所かと言わんばかりの恥の叩き売りである。

 ミサンダ侯爵令息はグレトエラ魔法学会シンポジウムが正しく外交の場であるということを全く理解していなかった。そのへんの学園の生徒が卒業論文を発表するのとは訳が違う。魔法塔の魔法研究とは文字通り魔法学の最先端研究、民間の生活魔法から軍用魔法までありとあらゆる専門分野を探求する。中には世界中から国家予算級の投資が行われている研究もある国家間ビジネスなのだ。

 この場に聴講に訪れてるのは世界各国の重鎮、高位貴族がほとんど。そのような場で婚約破棄など帝国の恥さらし以外の何物でもない。

 だと言うのにミサンダとエレーナは止まらなかった。真偽はともかく研究の盗用という魔法塔始まって以来の不祥事。エレーナの侯爵令息令嬢への身分を弁えない態度の数々、はっきり言って帝国貴族の品位を貶めている。その上、侯爵令息と男爵令嬢の公開プロポーズに婚約宣言、正直褒められたものではない。

 トゥノレーの胃は限界寸前だった。キリキリと万力でねじ切られるような痛みに気絶しそうなほどだ。

 とは言え、現実逃避をするわけにもいかない。トゥノレーは手元にあるミサンダの配布資料に目を落とし、もう必要なくなるだろうと簡潔に必要な言葉をさらさらっと記入した。



『緊・急・事・態』



 伝える言葉はこれで十分。自分の首一つで済むといいのだがと不安を胸に折りたたんだ資料に魔法をかけた。

 音もなくトゥノレーの手元の資料は真白の蝶へと変化した。伝達魔法だ。ひらひらと真白の蝶はこの場を治められる高貴な御方の元へと飛んでいく。

 あとはミサンダとエレーナを拘束するだけ、とトゥノレーが腹を括ったその時だった。

 よろしいでしょうか、と手を挙げたのは件のキャンディス・ウナファータ侯爵令嬢だった。



「私からも一つよろしいでしょうか?」


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