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 扉を開けてまず一番最初に目に入ったのは、ピンク色の髪の毛だった。まるで、春先に咲く花のような鮮やかなその色味に、私は一瞬目を奪われる。

 この方が、聖女様……。

 少し俯いたまま口の端だけ上げている聖女様とは目が合わずに、私は初対面の方の顔を一方的に見つめてしまっていたことに気付いて慌てて視線を逸らした。


 タージェル様、とお付きの男性に紹介されたご老人は、神聖教会ではこのグランデュクス王国で一番階級が高いのだと朗々と説明される。

 その後もタージェル様は一言も口を利かず、神聖教会の法衣をまとった男性がかわるがわる神聖教会の素晴らしさと、その素晴らしい神聖教会とタージェル様の認めた聖女様の偉大さを語ってくださった。

 ……高位貴族として、お年を召した方のこうした長いお話は慣れているけど、メイソンさんとサッチェさんは大丈夫かしら?

 私はチラと心配がよぎる。お二人共気の利く方だから大丈夫よね。メイソンさんのお家は客商売もやってらっしゃるし。

 でもレオン様が上手く取りなしてお話をまとめてくださって、予想していたよりも短く済んで安心したわ。


「聖女よ、本当に世話係と護衛を付けなくていいのか」

「はい、大丈夫です」

「遠慮はいいのだぞ? 慣れない環境で過ごすなら必要だろう」

「いいえ、大丈夫です」


 神聖教会の方の口調は心配しているようだったが、明らかに世話係を付けたがっているのが見て取れた。反して聖女はそれを拒絶しているのがよく分かる。

 神聖教会の方が言う「世話係」は聖女様の他に一人だけいる、法衣を着た女性の事らしい。それに、護衛なんて話……。

 初耳の話題に、私は思わずレオン様の顔を見た。レオン様は、少々ため息を堪えたようなお声で神聖教会の方達に言葉を重ねる。


「前もって話したが、この学園には継承権のある王族以外護衛は認められていない」


 そうよね、外部の方を世話係として帯同するなんて、この学園では許されてないわよね。

 もちろん、上下関係のある家同士などで、どなたかの学園生活のサポートをしている学生はいる。けれどこの学園の生徒である事が前提で、家から侍女や執事、もちろん護衛も、連れて来る事は禁じられている。


「我らは神聖教会、その教会の認めた聖女だぞ?!」

「特例が認められて当然で……」

「でしたら、護衛や世話係が認められる民間の学園を選べばいい」


 しかし、レオン様はきっぱりとこれを断った。神聖教会の方達はそれからもいくつか反論をしたが、レオン様は受け入れる事はなく、最終的に彼らは不愉快そうなお顔をしたままだが、聖女様をお一人で学園に通わせることに同意した。


 若干のいざこざはあったものの、神聖教会の方達はこうして退室していった。生徒会室の扉が静かに閉まる。

 私達は、改めて聖女様に意識を向けた。先ほど全員自己紹介はしたが、これだけの人数ですし、きっと一度では名前も覚えきれないわよね……。

 世話を頼まれた中では私が一番身分が高いから、私が最初に声をかけるべきだろう。


 薄っすらと微笑み、俯く顔。さらりとかかるピンク色の髪を失礼にならない程度に視界に入れる。フェリシアーナ様。私は先ほど神聖教会の方がご紹介くださった名前を口の中で反芻した。


「あ~~~良かったぁ、あのオッサン達帰ってくれて」


 一瞬静寂が支配した生徒会室内。響いた声の主がフェリシア―ナ様である、私がそう理解する前に、彼女はボスンと空気が動くほどの勢いでソファに腰を下ろして背もたれに身を投げ出した。

 改めての挨拶をする間もなく、こちらが声をかける前に椅子に座ったその姿に、私は驚いて目を見張ってしまう。メイソンさんとサッチェさんも、固まってしまっている。この学園に入るために、貴族と接する事を想定して教育を受けてきた彼女達にも大きな驚きを与えたようだ。

 しかしそれ以上が顔に浮かぶ前に私は気を引き締めた。違う常識の中で生きてきた方だという事は前もって分かっていたではないの。


「あの、改めましてフェリシア―ナ様、私はユリア・イシュ・テネブラエと……」

「ねぇ! お貴族様って綺麗な顔の人ばっかりなんだね!」


 ソファの前に立った私は、着座したフェリシア―ナ様に改めての挨拶を口にしている途中で、今度こそ固まってしまった。

 彼女の視線は私を通り過ぎ、後ろにいるレオン様やお兄様、エリオット様を順番に眺める。

 まるでその態度は、観劇にでも来た幼い子供のような調子だった。


「すごぉい、かっこいい人ばっかり♡」


 今度は勢いよく立ち上がると、駆け足で私の横を走り抜け、迷いなくレオン様の隣に近付いて腕に触れようとしている。一拍遅れて事態に気付いたエリオット様が慌てて身を割り込ませ、しかし女性を手荒く遠ざける訳にもいかず、背中でレオン様を押しのけた形になってしまった。


「え、どうしたの? でも君もかっこいいね! 鍛えてるんだ? すご~い腕触って良い?」

「ひっ」


 むんずと両の二の腕を掴まれて、エリオット様の口から悲鳴が漏れる。今年の剣術大会優勝候補と目される方でさえ、想定外の事態らしい。


「この人はすごい綺麗……男の人だよね? なんか美人って感じ」

「……」


 お兄様は笑顔で硬直したまま、一歩後ずさった。首の横に流している長い銀髪に触れようとしていたフェリシア―ナ様の手が宙を空振る。


「ちょ……と、いきなり何をなさってるの?!」


 誰もが混乱して、状況を受け止めるので精一杯になっていた状況に、イザベラの一喝が響いた。そこでやっと、事態を目で追うだけで一杯一杯だった我が身に気付く。

 フェリシア―ナ様は、ほんの少し目をすがめると、挑戦的な笑みを浮かべてお兄様の腕に抱き着いた。


「え~~、ヤダ、怖~い」

「うっ」


 イザベラの首筋に力が込められる。……イザベラは、私のお兄様が初恋ですものね。彼女が余程の怒りを抑え込んでるのがすぐに分かって、それが発露する前に、と私は二人の視線の間に割って入った。


「あの、フェリシア―ナ様。異性の体に触れるのは、マナー違反とされていますわ」

「……は?」

「ですから、お兄様から離れていただいて……今後は、礼節を守った距離を取っていただければと思います」

「……そうだね。こうした振る舞いは適切ではないので、フェリシア―ナ嬢、少し離れていただけないだろうか」


 手で押しやる事で女性の体に触れてしまいう事になる、あるいは強引に身じろぎして振り払うような紳士的でない振る舞いをすべきでないと考えたらしいお兄様は、非常事態に大変混乱しながらも笑顔で丁寧に諭した。

 女性に大変人気で、多くの方から秋波を送られているお兄様だが、このような方を相手した経験はないのでしょう。だって、私も見た事ないもの。慰問で訪れる孤児院の子達だって、手首から先以外の体の部位に勝手に触れてきたりはしないし。

 で……でも。平民の常識は私には分からないけど、この学園で過ごす以上、貴族階級を前提としたマナーや常識を学んでいただかなければならないわ。


「そんなぁ。かたっ苦しい。リシアでいいよ! ユーリスだっけ?」

「それは承知しかねます」

「しかね……何?」

「できません、ダメです、という意味です。呼び捨てや愛称で呼ぶのは家族など親しい者に限ります。私の事は、テネブラエ公爵令息と呼んでください。フェリシア―ナ嬢」


 お兄様にはっきり拒絶されて、フェリシア―ナ様は面白くなさそうな顔で、抱き込んでいたお兄様の腕をぞんざいに放り投げる。

 やはりお兄様にとってまた衝撃だったようで、再び顔をこわばらせている。ひとまず、離れてくれて良かったわ。


「はぁ……ここでもうるさい事言うんだ。めんど……せっかくあの連中から自由になる時間が出来たと思ったのに……」


 彼女はつまらなそうにそう言うと、こちらが何か言う前に再びソファに腰を下ろした。背もたれに身を預け、足を組み、立ち尽くしている私達をぞんざいに眺める。


「こ、この学園に通うと言う事は、この学園のルールに従っていただく事になります」

「そうだ。勝手は許さないし、今後はこのような規律を乱す行為は控えてもらう」


 震える手を握りしめ、なんとか声を出した私を庇うようにレオン様が前に出る。

 しかし一人の少女に、男性を盾にして意見を言うのは違うと考えて、私は改めてレオン様の横に一歩踏み出した。しかし真正面から睨まれて、私はつい目をそらしてしまう。

 

「あたし、聖女なんですけど? 教会が認めた、聖女」

「それは知っている。だからこそ、試験なしに編入を受け入れたのだ」


 貴族の位を持った家の子息令嬢でなければ、本来だったら筆記試験と面接が必要になる。警備の優れた環境である必要性など、今回はそういった事情を鑑みて学園が編入を許したのだ。

 しかし聖女の特別扱いが思ったより効かないと感じたらしいフェリシア―ナ様は「チッ」っと口で音を立てながら横を向いた。

 何かしら……? 今の音、彼女の口元からしたけど、小鳥の鳴きまねのような……。


「まぁいっか。じいさんとオッサンばっかの教会の中に閉じ込められてるよりはいいし」

「……君の事は、正式に神聖教会に抗議を入れさせてもらうよ」

「別に良いけど? 何言われたって、聖女の力を持ったあたしに罰を与えるとか、教会がする訳ないし」

「は……」

「それで、この国って教会の事に国は口出せないんでしょ? あたしを……教会の大切な聖女様を、勝手に処罰するなんて事したら大問題よね?」


 得意げな顔をしたフェリシア―ナ様を、レオン様が冷ややかに見下ろす。


「……神聖教会も、グランデュクス王国法の下で運営されている」

「法? そんな分かりやすい犯罪とかする訳ないじゃん」


 愉快だ、といった様子で、彼女はピンク色の髪を揺らしながらキャラキャラと笑った。

 私は……言葉は通じるはずなのに、話が理解できない。今までに遭遇した事のない人を前にして、恐ろしさに近い、何とも言えない感情を抱いていた。

 自分の意見をハッキリ口にするイザベラでさえ、言葉を失ってしまっている。


「……」


 しかし、もちろん溝は埋めるつもりで、そのために世話係として力を尽くすつもりだったが、このような些細な事ですら「当り前」が違うとは。こういった事があとどれだけあるのだろう。

「平民の中でも、あの方はちょっとおかしいですって!」

 後でメイソンさん達にそう教えてもらうまで、私は気が遠くなるような思いを抱いていた。


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― 新着の感想 ―
ああ、テンプレート「あたおか聖女」ですね。
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