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異質な聖女


「聖女様がこの学園に通う事になるとは……どういう事なのでしょうか?」


 私はイザベラの言葉を受けて、レオン様の顔を見た。

 このグランデュクス王立学園に、「聖女」が転入してくる――私も今しがた聞いたばかりの知らせだった。詳しい話を聞くちょうどそのタイミングで、この生徒会室にイザベラがやって来たのだ。


 聖女や聖人といえば、テネブラエ公爵令嬢として一通りの知識を学んだ私も、歴史の中でしか存在を知らない。通常、神聖教会の認める功績のある方が亡くなった後に授けられる名前だ。「聖リュクス勲章」など、かつての聖女様達の名を元にした勲章を授かっている方達はいるけれど、聖女様そのものとは話が違うだろう。

 その聖女様が、私達の通う学園に通うとは、どうにも理解しづらい事だ。ここは、貴族としての知識を学び人脈を作る学び舎。

 平民も多いが、将来の文官や政務官など、貴族と関わりの深い方達がほとんど。日ごろ、国とは距離を置きたがり干渉を嫌う神聖教会が、「聖女」と公に認めた存在を預けたいとなぜ思ったのだろうか。

 しかも今回の転入はレオンハルト様によると、神聖教会主導で行われたという。


「その聖女の力に目覚めた少女は元平民で、同年代の友人との学園生活を望んでいるらしい」

「……まぁ、たしかに、聖女様が通うとなると、民間の学校に行かせるわけにはいきませんものね」


 レオン様の言葉に、イザベラは納得したように頷いた。

 たしかに、貴族の子女が通うこの学園の出入り口は警備員が常に見張っており、敷地を囲う塀にも結界が施されている。そして一部の生徒が利用する寮も敷地内にあり、卒業生や保護者であっても、在籍している学生と教員以外は自由な出入りが出来ないよう管理されていた。安全を確保した上で、聖女様に学園生活を味わってもらうなら、このグランデュクス王立学園しか選択肢はないだろう。


「そこで、教会の方から叔父上に依頼があったんだ。その後、俺とユーリスに直接指示を出されている。その、編入してくる聖女様の世話役を頼みたいと」

「アシュベル様から……なるほど。生徒会としてお受けするんですね」

「そういう事だ」


 その話を聞いて、私は思案した。教会が、この王立学園の校長を務める王弟のアシュベル様にそう依頼したという事は政治の世界ではもう話が通っているのだろう。

 それを、聖女様と同性である私とイザベラにしっかりと周知させたのだ。

 もちろんこの場合のお世話も、普段私達が侍女や使用人に頼んでいるものをさせる訳ではない。学園に入った後の人間関係や精神面で、聖女様をしっかりとお守りするようにという事だろう。

 ただでさえ貴族と平民が同じ空間で長時間過ごすと言う事で、毎年何らかの問題は起きると聞いている。それは今まで生きてきた常識が違う事に由来するトラブルがほとんどだ。

 神聖教会に認められた聖女様とはいえ、我々とは過ごしてきた環境が大きく異なる。ご不便を強いる事のないように、よくよくお心を配らないといけないわね。


「王立学園に入学する事を考えて小さい頃から教育を受けていたならともかく、教会が聖女に見出すまで平民として暮らしていたなら色々不都合も出て来るだろうしな」


 レオン様の言葉に不安が胸を占めた。


「……私が貴族であるせいで、気付けない事があったらどうしましょう」

「ん? どういう事だ?」


 思わず口をついて出て来た言葉に、レオン様が疑問を投げかける。


「たしかに、平民としての常識に我々よりも精通している者を世話係に入れた方がいいかもしれないね」

「なるほど」


 私の心境を言語化して汲み取ってくださったお兄様がそう言葉にした。イザベラも、「さすがユーリス様」とほれぼれとした表情を浮かべている。


「それでは、生徒会の補佐に在籍している特待生から2人ほど女性を選出しよう。ユリア、選んでおいてくれるか」

「かしこまりました」


 私は、頭の中に該当者を思い浮かべてどなたが相応しいかを思い浮かべる。やっぱり、話しやすくて良く気が付く方が良いわよね。商会の会頭の娘さんで話題の多いメイソンさんと、何かと用事に気付いて先回りしてくるくる動いてくれる、サッチェさんに打診してみる事にしよう。

 生徒会から平民に発行される用事は給金が発生するし、学園での評定にもプラスになる。また、何よりメイソンさんのように、生徒会に所属する高位貴族との縁自体を喜ぶ方も多い。


「ありがとう、ユリアにはいつも負担をかけるな」

「お気になさらないでください。お力になれたのなら嬉しいですわ」


 私がそう言うと、レオン様は嬉しそうに笑った。

 心から幸せそうに微笑む彼に対する罪悪感がチクりと胸を刺す。嘘は吐いていないが、私は今わざと自分の事だと誤解するように本心を口にしたからだ。力になれて嬉しいと言って思い浮かべたのは、レオン様ではない。

 私が誰にも言っていない、この胸だけに秘している本当に愛している方の顔。


 レオン様にはこんなに深い愛情を向けていただいているのに、同じものを返せなくて本当に申し訳ないと思っている。けれど、それは一生隠し通すつもりだ。

 元々、私が本当に愛している方とは結婚が出来ない。だから王家から婚約者に望まれるまでは、想いを胸に秘めたまま神に仕えるつもりでいたのだけど……。

 レオン様の指名とはいえ、国から王太子の婚約者として定められたのだ。貴族令嬢として生まれた者の義務として役目はきちんと果たすわ。この想いだって、生涯誰にも話したりはしない。


「レオン殿下。聖女様ってどんな方なのですか?」

「さぁ……歳はユリア達と同じ、これまで平民として生きていた……俺と叔父上もそこまでしか知らされてないんだ」


 何とも不思議な話だ。私は思わず、聖女について尋ねたイザベラと顔を見合わせてしまった。そのような、世話を依頼した学園側にまで情報を秘する理由があるのだろうか? 聖女と認めるに至った理由も聞かされていない。


「ええ? それだけ? 聖女と認められた経緯とか、いえ、それより、聖女様のお名前は?」

「神聖教会のする事だからね……」


 仕方がない、とでも言うようにお兄様が小さくため息をついた。

 たしかに、あちらも我々の知らぬ常識で動いている組織ではある。


 生徒会室内の空気は、やがていつも通りに通常業務に移行した。私も、決済の途中だった書面に手を付ける。次は……学園の備品についての申請書か。候補の購入先ごとに添付された資料に目を通していると、イザベラが作業をしながら声をかけて来た。


「ねぇ、ユリアは……聖女様ってどんな方だと思う?」


 そう言われて私はふと考えた。

 どんな方なんだろう? 同い年の平民の方、としか聞いていないので、想像もボンヤリとして形にならない。何となく、平民に多い黒かこげ茶の髪のシルエットを想像するが、形になる前に霧散して消えてしまった。

 聖女だなんて、歴史に出て来る存在で、神聖でどこか触れてはならないとすら感じていた。神聖教会と我々貴族の距離の取り方の問題だけではなく、やはり聖女と言う名前には神々しさを感じるのだ。

 たしかに、治癒魔法を独占していた大昔とは違って、今の神聖教会に、国への大きな影響力はない。しかし、未だ多くの信者を抱え、平民の生活に根差していると考えれば、神聖教会が聖女と認め送り出した存在に対して、言いようのしれない畏れを感じた。


「私は、神々しい美少女だと思うわ!」


 隣で腕を組んでいたイザベラが、はっきりとした口調でそう言った。


「まだお会いもしてないのよ?」

「聖女様って言うからには、ユリアみたいな妖精と見間違えるような容姿をしているんじゃないかしら」


 イザベラの想像は私を置いてけぼりにして進んで行ってしまった。子供の時からこうなのだから。私は思わずクスリと笑った。


「たしかにユリアは、法衣でも着ていたら聖女と見間違えるだろうね」

「もう、お兄様まで」


 完全に気が逸れて、私は書面の数字をチェックしていた手を止めてしまう。二人して何を言ってるのだろう。


「イザベラ、それはどうだろう」

「ほら、生徒会長様に怒られてしまったわよ、イザベラ」

「妖精と言うのはピクシーのようなイタズラ者もいるだろう。ユリアには似合わない。精霊と例えた方がいいんじゃないか」


 レオン様まで真面目な顔でとんでもない事を言い出したせいで、四人でくすくす笑っている生徒会室にやって来たエリオット様に、大変怪訝な顔をさせてしまったのだった。




 神聖教会から聖女様がやってこられる、その日。

 私達は生徒会室で神聖教会からの一行をお待ちしていた。聖女様についてのお話を快諾していただいたメイソンさんとサッチェさんも一緒に並び立つ中、「どんな方だろうか」と考える。同年代の友人と共に学びたいと希望されたのなら、やはり社交的な方なのだろうか。でもいきなり違う環境に来ては、緊張してしまうわよね。

 私はいつも幼馴染達の中にいて、皆に甘えて聞き役になってしまう事が多いけど、頑張って話しかけたいわ。


 だからこそ、神聖教会の神官に連れられてやってきた聖女様の振る舞いは、私にとって予想外の事となったのだった。

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ユリアの好きな人が誰なのか、あらすじと合わせて何とな〜く察したけどそこからどういう結末になるのか…新連載の更新もとても楽しみにしています!
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