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前編

 リックとアリーは、仲よしだ。小さい頃から仲よしだった。


 王都にある家は、お隣同士。と言っても、どちらも貴族なので敷地は広い。とっても広い。「勇者と聖女」ごっこをするには、もってこいの広さだ。


 リックとアリーが出会ったのは、まだ二人が六歳の頃のこと。


 敷地の境界にある生け垣の下だった。「生け垣の下のほう」なんかじゃなくて、文字どおりに生け垣の下。やんちゃで冒険心にあふれた二人は、生け垣の両脇から、まるで相談したかのように同じ位置で穴を掘っていたのだった。


 掘っている土の向こう側から、小さい手がニュッと出てきたときの驚きと言ったら! リックは驚きのあまり、息がとまるかと思った。


「誰? 誰かいるの?」

「わたしはアリーよ。あなたはだあれ?」

「僕はリックだよ」


 名乗り合えば、もう友だち。そして、穴の向こうに友だちがいると思えば、ますます穴掘りにも精が出るというものだった。


 こうして二人は、まんまと秘密のトンネル作成に成功した。


 出会った二人は意気投合し、すっかり仲よくなった。そしてそのまま、ずっと仲よしだった。二人が顔を合わせれば、いつでもすぐさま「勇者と聖女」ごっこを始める。これほど楽しい遊びは他にない。


 残念ながらリックは勇者ではなかったし、アリーも聖女ではなかったけれども。


 リックの家には本物の勇者がいて、アリーの家にも本物の聖女がいた。リックの弟アーサーが勇者で、アリーの姉エリザベスが聖女なのだ。面白いことに、四人は全員が歳が同じなばかりか、誕生日までもが同じだった。アリーと姉は、双子だ。ちっとも似ていないけれど。


「リックとアーサーも双子なの?」

「違うよ」

「双子じゃないのに、どうしたら同い年になるの?」

「僕は庶子だから」


 聞いたことのない言葉に、アリーは首をかしげた。


「ショシって、なあに?」

めかけの子ってこと」

「メカケ?」

「うーんと……。お母さまとは違う、別の女の人から生まれた子なんだよ。その女の人が死んじゃったから、仕方なく引き取ったんだって言ってた。だから、けがらわしい子なんだって」


 アリーはムッと眉間にしわを寄せた。


「リックは、けがらわしくなんかない!」


 思わず大きな声を出してから、ハッと気づいて自分の服を見下ろす。


「そりゃ、今日はちょっと泥んこだけど……」

「けがらわしいっていうのは、そういう『汚れてる』のとは意味が違うと思うよ」


 急に勢いを失ったアリーに、リックは吹き出した。だけどリックの説明は、アリーにはよくわからない。リックはときどき、難しいことを言う。同い年なのに。


 どう違うのか問いただそうとしたアリーの後ろから、声がかけられた。メイドのハンナだ。ハンナはふくよかな腰に両手を当て、呆れた顔をする。


「おやおや、アリーお嬢さま。泥だらけじゃないですか。これじゃ、おやつは差し上げられませんねえ」

「えええ!」


 抗議の声を上げるアリーに、ハンナは笑った。


「食べたかったら、手をきれいに洗ってらっしゃい。顔も忘れずに洗うんですよ」

「はあい。リック、いこう!」


 リックはいつも、アリーの家でおやつを食べる。おやつどころか、三食とも一緒のことも多い。どうやらリックは、家で「いない子」扱いされているらしかった。わざと食事を抜いているわけではなくとも、存在自体が忘れられている。だから食卓に席がない。食事だって用意されるわけがなかった。


 そんな家族の中でただひとり、リックを気にかける者がいた。兄のネイサンだ。二つ上の兄は、子どもなりに一生懸命に上の弟のことを気にかけた。子どもなので、たいしたことはできなかったけれども。それでも弟の食事が心配で、食卓からこっそりパンやおやつをナプキンに包む。それを部屋に持ち帰って、リックに渡した。


「今日はこれしか持ってこられなかった。少なくてごめんね」

「ううん。兄さまがいなければ、何も食べられなかったもの。ありがとう」


 リックがアリーの家で食事ができるようになって、誰よりも安堵したのはネイサンだったかもしれない。


 秘密のトンネルが完成した後、リックを初めておやつに誘ったとき、ハンナは頬に両手を当てて「まあ!」と悲鳴を上げた。


「いったい、どこの子ですか! 身なりは立派なのに、どうしてこんなにやせっぽちなの!」


 身なりが立派なのは、ネイサンのお下がりを着ているおかげだ。ハンナはリックから境遇を聞き出すなり目を据わらせ、鼻息も荒く宣言した。


「うちでアリーお嬢さまと一緒にご飯をお上がりなさい。あたしにゃ、それくらいしかして差し上げられませんがね。子ども二人分のご飯くらい、あたしにだって何とでもしてみせますとも」


 実を言うと、アリーも存在を忘れられがちな子どもだった。忘れられがちなどころか、どうやら両親の視界にも映りにくいらしい。同じ部屋の中にいても、気づいてもらえないことが少なくなかった。


 アリーの窮状に真っ先に気づいたのが、古くから家で働いているハンナだ。


 とはいえ、ハンナにできることは限られている。古くから働いているだけで、彼女は下働きのメイドにすぎないのだ。主人に意見することなど、できるわけもなかった。


 だから彼女は、自分にできることをした。


 下働きのメイドにだって、子どもひとり分の食事を用意するくらいなら、わけはない。使用人仲間の料理人ビリーに事情を話せば、快く協力してくれた。こっそりと使用人用のまかないを取り分けておいてくれる。おかげで、アリーは食事に不自由することがなくなった。


 ビリーは料理人の中では下っ端だから、食材を自由に使うことはできない。けれどもお茶の席のために作る菓子の中から「失敗作を処分する」と称して取り分けておき、おやつを確保してくれた。


 貴族の子女としてはなかなかサバイバルな日々を送るリックとアリーだが、最初からこれほどないがしろにされていたわけではない。


 もっと小さい頃はどちらの両親も、不自由しない程度には世話をしていた。貴族なので自分で世話をするわけではないものの、少なくとも使用人にきちんと世話をさせていた。


 二人が両親の視界に映らなくなってしまったのは、神託により勇者と聖女が明らかになってからだ。


『グリフィス伯爵の末息子が勇者、ホルスト伯爵家の跡取り娘が聖女である。神の遣いが眠りにつく間、くれぐれも二人を大切に慈しみ、守り育てるよう』


 自分たちの家から勇者と聖女が出たことに、両家はわきにわいた。そして神託を全うすべく、アーサーとエリザベスの世話に全力でかかりきりになった。


 ことがことだけに、王家も強い関心を示す。そして惜しみなく援助した。幼い勇者と聖女を守ることは、すなわち国を守ることにつながるのだから。王子や王女たちはもちろんのこと、国王夫妻までもがたびたび両家を訪れた。


 勇者と聖女が生まれるということは、ただめでたいだけの出来事ではない。勇者や聖女が必要とされるほどの災厄が待ち構えている、という意味でもある。


 勇者と聖女が生まれるのは、数百年に一度。魔がはびこり、魔王と呼ばれる存在が生まれるときだ。ただの魔物と違い、魔王を倒すことは人間の手には余る。かといって魔王を放置しておけば、人間は滅亡する。そんなときに地上には勇者と聖女が生まれ、天からは勇者たちの成長を見守るために天使が遣わされるのだ。


 しかし勇者たちがまだ幼いうちに、天使の力が弱まってきた。勇者たちを守るために、力を使ったせいだった。


 このまま完全に力を失うと、天使は消えてしまう。そして勇者と聖女を教え導く者がいなくなる。天使が遣わされるのは百年に一度までと決まっているから、悠長に次の天使を待っているわけにはいかなかった。だから天使は、力を取り戻すために眠りにつくことにした。まだ五歳だった幼い勇者と聖女を、人間たちに託して。


 これは、過去から何度も繰り返していたことでもあった。


 勇者と聖女が生まれるとともに天使が遣わされ、力の弱まった天使が眠りにつく間は、人間が勇者たちを守り育てる。絵本にもなって、子どもでも知っているほどよく知られた話だ。


 勇者と聖女の成長に手を貸した者には、天使が目覚めたときに幸いが訪れると言われている。


 だからリックの弟アーサー、アリーの姉エリザベスのもとには、絶えず世界中から王侯貴族が訪ねてきた。少しでも勇者と聖女が成長するためのかてを与えようと。誰もがこぞって存在自体を褒めそやし、甘やかす。


 アーサーとエリザベスは、リックとアリーの存在には気づいている様子だった。けれども勇者と聖女は常に大人たちに囲まれ、ひっきりなしに話しかけられる。そのせいでリックとアリーは、この二人とはほとんど話をする機会がなかった。


 貴人たちの来訪時、ネイサンに伴われてリックとアリーも挨拶をする。ネイサンが二人を紹介すると、その一瞬だけ二人の存在を思い出すらしい。グリフィス伯爵夫妻は目をまたたかせて、変な顔をした。幸いなことに、夫妻は二人を追い出したりはしなかった。おかげで挨拶が済めば、来客用の菓子が食べ放題なのだった。


 ネイサンがアリーも一緒に誘うのは、彼女が自分の家では誰も誘ってくれないと知っているからだ。リックが彼女の家で食事をさせてもらっていることへの、礼の意味もあった。


 来客たちも伯爵夫妻と同様、二人の挨拶が終わったとたんに二人が視界に入らなくなるらしい。けれどもごくごくたまに、話しかけてくる者がいた。


「きみたちが勇者と聖女のご兄弟かい?」

「はい、アーサーの兄のリチャードです」

「エリザベスの妹のアリシアです」


 二人が礼儀正しく自己紹介をすると、話しかけてきた青年はニコニコと愛想よく二人に尋ねた。


「勇者どのと聖女どのにしか、贈り物を持ってこなかったんだ。ご兄弟がいるとは知らず、失礼した。おわびに、きみたちからはリクエストを聞こう。何がほしい?」


 リックとアリーは、顔を見合わせた。こんなことを聞かれたのは、初めてだ。二人はしばらく頭をひねりながら考えたが、やがて首を横に振った。


「ごめんなさい。何も思いつきません」

「気持ちだけで十分です。ありがとう」


 このとき二人の耳に、周囲の大人たちからのささやき声が聞こえてきた。


「おやおや。ハズレ王子ときたら、ハズレの子たちにこびを売っていらっしゃる」

「大事にすべき相手もわからないとは嘆かわしい。まあハズレ同士、気が合うのかもしれませんがな」


 リックとアリーは、顔を見合わせて不愉快げに眉根を寄せた。自分たちのせいでこの優しげな青年の悪口を言われるのは、まったくもって不本意だ。アリーは王子さまにそっとささやいた。


「わたしたちに話しかけるのは、もうやめたほうがいいですよ」


 ところが青年は、にっこり微笑んで励ますように二人の肩を叩く。


「大丈夫。何をしようが、何もしまいが、陰口を叩く者は叩くものだ。だったら僕は、したいようにするよ。心配してくれて、ありがとう」


 何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。けれども青年が楽しそうにウインクしてみせるものだから、二人は一緒になって笑ってしまった。


 この王子は、三番目の王子エドワード。才能豊かな二人の王子を兄に持つ。


 一番目の王子は子どもの頃から並ぶ者のない賢さで知られ、二番目の王子は剣を持たせたら誰もかなわないほどの強さで知られる。三番目の王子には、特に目立った才能がなかった。いつもただニコニコしているだけのエドワード王子は、周りから「ハズレ王子」と陰で笑いものにされていたのだった。


 三番目の王子はそのまましばらく二人とおしゃべりしてから、にこやかに「後で何か送るね」と手を振って去って行った。


 そして数日後、本当に贈り物が届けられた。アリシアには「勇者と聖女と、眠れる天使」の絵本が、リックには世界地図帳が。どちらも二人の宝物になった。

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