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黒の王女と無色の王子

作者: 藤田菜


「ノワ王女、ご準備はよろしいでしょうか? お約束されていた隣国の王子が到着されました」


執事長が分厚い扉を叩きながら私を呼ぶ。


「ええ、まもなく。広間で待っていただいて」


鏡台に向かって、黒真珠のピアスを耳につける。

まとめあげた黒い髪、黒い瞳、そして黒いドレス。

首にかけたブラックダイヤモンドのネックレスは、私の一番のお気に入り。

見慣れた、いつも通りの私の姿だ。


「――お待たせして申し訳ありません。この国の第七王女、ノワと申します」


慣例通りにドレスの裾を持ち上げて挨拶をすると、同時に広間で待機していた執事とメイドが頭を下げる。


顔を上げると、椅子から立ち上がった王子と目があった。

物語に出てくるような、まさしく絵に描いたような王子さまだ。柔らかそうな髪に、大きな瞳。そして柔和な微笑みと、力強そうな体つき。

お姉さまたちがこの場にいたら、みんな虜になっただろう。


「お初にお目にかかります、ノワ王女。隣国第一王子、クラルと申します。お噂通り、とても美しい姫君だ」


王子は私のそばに歩み寄り、跪いて手に口づけをする。

どんな噂を聞いたか知らないけれど、きっとその噂は私のものではないはすだ。


「……お褒めにあずかり光栄ですわ。ではさっそくですけれど、この国の現状をお話しいたします」


王子は優雅な仕草でもって、私を椅子までエスコートする。


隣国が第一王子を公の場に出したのは、今日が初めてだ。これまでは王子の美しい容姿に狩りの腕前、聡明さが噂に上るばかりだった。

それだけ出来た王子であるのになぜなのだろうと思っていたが、今日実際にお目にかかってその理由がわかった気がする。

クラル王子は完璧するぎるのだ。公の場にひとたび出たならば、婚姻話は後をたたず、傾国すらしかねない。

しかし今日この場に現れたということは、次期国王としてそろそろ外交も学ばねば、というところだろうか。


「まあ、お話しするまでもなく……見ての通りの状況ですわ。みなさまがこの国に到着された時からお気づきの通り、この国は今、色というものがございません」


クラル王子は神妙な顔つきになり、そばに控えていた付き人たちは、不安そうに互いに顔を見合わせる。


「あれから幾日経ったでしょうか……私どもの国に、ある日黒衣の魔女が現れました。魔女は王家の者をさらったうえに、この国から色彩を奪っていったのです――元々この国の色彩は、私たち王家が司っておりました。ですがあの日以降、色彩の全てが魔女の支配下にあるのです」


この広間にも色は無い。透明というわけではないが、黒と茶色を混ぜたような、濁って淀んだ濃淡しかないのだ。

金縁にえんじのビロードが貼られた椅子も、磨かれた銀食器も、輝く燭台すらも、全てに色が無い。


「でも、みなさまはご心配なさらないで。みなさまはこの国の人間ではありませんから、国外へ出たならば、みなさまの色は元に戻ることでしょう」


私がそう言うと、付き人たちは露骨に安堵の表情を浮かべた。

それはそうだろう、不安だったに違いない。この国に入国したら、突然色を失ってしまったのだから。元の色は知らないけれど、付き人たちの鎧や兜もきっと輝いていたのだろう。

それに王子だって――お召し物だけではなく、髪や瞳もきっと素敵な色だったに違いない。


「噂には聞いていたのですが、まさか本当だったとは……心中お察しいたします。家族だけでなく色を奪われるとは、さぞお辛かったことでしょう」


王子は心痛な顔をして、私の瞳を覗き込んだ。

そんな風に私のことを見てくれるなんて。王子は元々の私を知らないのだから、その心配も当たり前なのだけれど。


私の国では、王家一人一人が色を司っている。

国王は金色を、女王は銀色を。つまりは私のお父さまとお母さまたち――二人は金とも銀ともつかぬ、きらめく髪と瞳を持っていた。いつも暖かく私たちを抱きしめて、この国の色を取りまとめてくれていたものだ。


そして第一王女、ルーお姉さまは赤色を。

炎のように燃える瞳で薔薇を育てながら、この国の赤を統べていた。


第二王女、フルお姉さまは青色を。

海のように澄んだ瞳でよく空を見つめながら、この国の青を統べていた。


第三王女、ヴェールお姉さまは緑色を。

森のように深い瞳で萌える草木を踏みしめて、この国の緑を統べていた。


第四王女、ジョーヌお姉さまは黄色を。

雷のように輝く瞳で小麦畑を描きながら、この国の黄を統べていた。


第五王女、ヴィオお姉さまは紫色を。

オーロラのように揺れる瞳で蝶を愛で、この国の紫を統べていた。


第六王女、フランお姉さまは白色を。

雪のように儚い瞳で雲を追い、この国の白を統べていた。


そして、第七王女である私は黒色を。

夜のようだと忌まれたこの瞳、闇のようだと嫌われたこの髪の毛。お姉さまたちはみな、お父さまとお母さま譲りのきらめく髪だというのに。

もっとも、私は自分の色このが好きなのだけれど。


魔女はお父さまとお母さま、そしてお姉さまたちをさらっていった。さらわれなかったのは私だけ。黒衣の魔女ですら、私の持つ黒色に興味はなかったのだろう。


「私は明日、魔女の元へ参ります。さらわれた家族と、奪われた色を取り戻しに。ですから大変申し訳ないのですが、今日は城でお休みいただいて、明日にはお立ちいただけたら……――」


魔女から全てを取り戻せる確証はない。王子には大変失礼であるけれど、今この国に接待をしている時間と余裕はないのだ。


「魔女のところへ? 王女自ら?」


クラル王子は驚いて言った。


「ええ。城の兵どころか姉の婚約者である近隣国の王子たち……みなが魔女の元へ行ったきり、戻ってこないのです。どうにか逃げ帰ってきた者によると、魔女は奪った色を使って人々を虜にするのだとか」


城の残りの兵は少ない。どこまで魔女に敵うかわからないけれど、今指揮のできる王族は私しかいないのだから仕方がない。


「そんな……危険すぎる。微力ではありますが、僕でよければ是非ともお供をさせてください。これでも剣の腕には自信がありますから」


王子はまっすぐな視線を私に向ける。忌まれたこの瞳を、こうも真正面から見てくれるなんて。

王子は私が色を奪われたものだと思っているから、この黒色を憐れんでいるのだろうけれど。もしも色を取り戻し、私の周りが美しい色ばかりになったなら、きっと今のようには見てくれない。


―――――――――――――――――――――


明くる日。

クラル王子の決意は固く、何度お断りしても護衛に付き添わせてくれと聞かなかった。


「さあ、参りましょう。ノワ王女」


私の手をとり、付き人たちを率いてくれる。


とてもありがたいことではあるけれど、魔女の虜になってしまわないかと心配だ。

話せば話すほどまっすぐで聡明で、まっさらで透き通った心をお持ちの王子さま。もしも色を取り戻すことができたなら、今の私が本来の姿なのだと知ったなら、こんな風に優しくはしてくれないのだろうけれど。


魔女は国のはずれの森の中、荒れた古城に住み着いていた。

城を守る魔法も兵も、何もない。城へ足を踏み入れたなら、虜にできる自信があるのだろうか。


「あら、性懲りもなくまた来たの? 誰が来ようが、何度来ようが同じこと」


城に入ると、魔女の笑い声がこだました。


「あら……誰かと思えばノワ王女。私、あなたの色には全く興味がないのよね。お帰りいただいてけっこうよ。でもその横の王子さま……あなたは帰っちゃいけないわ。私と一緒にこのお城で暮らしましょう」


どこからともなく現れたのは、今までに遣わした兵たちだった。

みなの瞳はどこかおかしくて、私たちに剣を向けてくる。


「王女をお守りしろ!」


クラル王子が剣を取り叫ぶと、付き人たちも一斉に呼応した。


「なるべく傷つけないようにしろ! きっと魔女に操られているだけだ!」


王子はこんな時でもお優しい。私はなるべく足手まといにならないように隠れながらも、魔女の居どころを考える。


――この古城にも色はないけれど、きっと魔女のいるところには色があるはずよ。


城内を見まわすと、大階段を上った先の先、廊下の奥のほうから輝く光が漏れ出ているのが見えた。


「クラル王子! あそこに光が漏れているところがありますわ! きっとあの奥に、魔女やみんながいるはず……!」


剣を交わす王子に向かい、私は大きな声を出した。執事長がこの場にいれば、なんてはしたないのだと叱られてしまう。


「よし、行こう! みな、あとは任せた!」


王子は応戦していた兵を柄でひとつきすると、私の腕をつかんで走り出した。

目をやると、王子の周りの兵はほとんとが気を失っていた。私の国の兵たちだって、しっかり鍛錬はしていたのだけれど。仰っていた通り、剣の腕前もすばらしい。


私たちが光の漏れる部屋の扉を開けると、予想通りに黒衣の魔女はそこにいた。


「あら、思っていたより来るのが早いわね」


魔女はもう黒衣ではなく、雪のように白いドレスに身を包んでいた。金とも銀ともつかぬ髪、オーロラのように揺れる紫の瞳、そして炎のように赤い唇をしている。さらに輝くトパーズのピアスと、深いエメラルドのネックレス、澄んだサファイアの指輪まではめている。


「お父さまとお母さま、そしてお姉さまたちはどこ? みんなから奪った色を返して!」


私がそう言うと、部屋の奥から幾人かの殿方が現れた。


「それはできないよ、ノワ王女。だってもう、この国の全ての色は彼女のものなんだ」

「ああ――君の持つ黒色以外は、だったね」

「彼女は全ての色が似合うだろう? こんな美しい人、見たことがない」

「あなたがたは、お姉さまたちの婚約者だった……――」


みな、先立って魔女を討ちに向かった近隣国の王子たちだ。


「そうよ。でももう、婚約は解消ですって。色のないあなたのお姉さまたちには、みんな興味がないそうなの。この国で色があるのは、もう私だけ。王子もみんな私の虜。黒色のあなたは、元から誰からも見向きもされなかったでしょうけど」


高笑いをする魔女のそばに、王子たちが跪く。王子たちも先ほどの兵と同じく、瞳がどこかおかしくなっている。


「ねえクラル王子、あなたはご存じだったのかしら? そこのノワ王女は、私が色を奪う前からその色なのよ? 闇夜のように真っ暗な瞳で、烏みたいに汚い髪の毛。でも、私は違うわ。ほら見て?」


魔女が手を伸ばすと、手のひらからまばゆく輝く宝石が湧き出した。ダイヤモンドにルビー、サファイア、トパーズ、エメラルド。アメジストに真珠まで。こぼれ落ち床に転がる宝石たちを、跪いていた近隣国の王子たちがうっとりと眺める。


「これだけじゃないわ」


魔女はさらに、瞬きをするたびに瞳の色をころころと変えた。紫から金、金から緑、緑から赤……お姉さまたちと同じように、悔しいけれどとても綺麗だ。


「……ノワ王女、魔女の言っていることは本当なのですか? 王女は元から今の色だと……――」


ああそうだ、魔女の宝石や瞳に目を奪われていたけれど、クラル王子に本当のことを言わなければ。


「……黙っていて申し訳ありません。本当ですわ。私は元から黒色を司る者……私は魔女から色を奪われてはいないのです。ですから魔女から色を取り戻そうとも、私の色は変わりません」

「――……そうだったのですね」


クラル王子はそう言うと、魔女に向かって剣を抜いた。


「……?! なぜ私に剣を向けるの?! なんで私の虜にならないのよ!」


魔女は焦った声を出して、今度はさまざなものを出して部屋の中を彩った。

真紅の薔薇に、孔雀の扇、羽ばたく蝶々、輝くシャンデリア。国中の色が集っているように、部屋の中は色とりどりに彩られていく。


それでもクラル王子は目もくれず、剣を構えて魔女に向かう。


「なによ!」


魔女が命じると、魔女を囲んでいた王子たちが立ち上がり、クラル王子に向かってきた。いつのまにか、手に手に剣を持っている。

王子たちの剣は魔女が出したもの。磨かれたばりのように鋭い刃で、柄は金色に輝いている。


「その輝きも何もない剣で、僕たちに敵うものか」

「彼女に指一本触れさせはしない!」

「君も早く、彼女の虜になりたまえ」


クラル王子の剣の腕はたしかだけれど、他の王子たちだって剣術をしっかり嗜んでいる。これではさすがに多勢に無勢だ。


クラル王子をお助けしなければ――何かないかとあたりを見回すと、ちょうど先ほど魔女が出した大粒の宝石たちが転がっていた。


「そうだわ!」


まばゆく輝くその宝石たちを拾い、窓をめがけて一気に投げる。

大粒の宝石たちは、見事に窓を叩き割った。色の無いこの国で、色の無いこの空で、その宝石たちはきっと大変に目立つはず。


「……?!」


魔女たちが窓の割れた音に驚いた時、割れた窓から一気に黒い塊が押し寄せてきた。

それはバタバタと羽音をたて、鋭いくちばしで室内の宝石を咥えていく。


「みんなお願い、クラル王子の手助けを!」


私はその黒い塊――烏たちに向かって、そう懇願した。烏たちは、きらきらと光るものに目がないのだ。この国ではしばらく見ていなかったはずだから、こうしてすぐに飛びついてきてくれた。

烏たちは私の声を聞くと、咥えた宝石を近隣国の王子たちめがけて投げつけていく。私の司る、美しい黒色を羽ばたかせながら。


「うわっ、なんだ!」


突然の攻撃に、近隣国の王子たちの手が緩む。クラル王子はその隙を見逃さず、あっという間に王子たちを圧倒した。


「すごい……」


思わず見惚れてしまう剣さばきだ。近隣国の王子たちの剣のほうが輝いているのに、クラル王子の剣のほうが、なぜだか美しく見えてしまう。


「なによ、みんなして役立たずなんだから!」


倒れた王子たちを見て、魔女は苛立ちながら言った。


「なんなのよ、なんであんたは私の虜にならないの?! あんただって、なんで色を取り戻そうとしてるのよ?! 黒色のあんたにとって、色の無い世界は理想的でしょう? きれいな色の姉たちのことだって、疎ましく思っていたくせに!」


お姉さまたちが疎ましい……? たしかに私は忌まれ嫌われていたけれど、自分の黒色と同じくらいに、お姉さまたちの色だって好きだったのだ。

お父さまとお母さまはいつも言っていた。色に優劣などはい。全ての色があってこそ、彩りになるのだと。


「……そんなこと、思ったことないわ! 私は烏の黒い羽を美しいと思うけれど、白鳥の白だって同じくらいきれいに思うわ。空の青も炎の赤も森の緑も、トパーズの黄色もアメジストの紫も、みんなきれい……でも、私が何よりも美しいと思っていたのは、色じゃないの。私が好きだったのは、返して欲しいのは、その色を愛でていたお姉さまたち――」


そうだ、お姉さまたちも私と同じように、自らの司る色を一番に好いていた。そんな好きな色を愛でているお姉さまたちは何より美しく、とてもきれいだったのだ。


「私が大好きなみんなを返して!」


そう叫んだ時――一本の鋭い矢が、魔女の胸元に突き刺さった。


「ああっ……!」


魔女の胸元から、みるみるうちに血が流れていく。その血は不思議に虹色で、金と銀とが混ざっている。


振り返ると、弓を携え微笑むクラル王子がいた。


「実は、剣より弓矢のほうが得意なんだ」

「……本当、お噂通りですこと」

「噂なんて嘘ばかりだと思っていたが……たまには信じてみるものだね。噂通り、美しい姫に出会えたのだから」


王子は弓をおろし、こちらへ歩み寄ってくる。


その間にも魔女の血は流れ続け、あっという間に部屋の床を埋め尽くす。

その代わりに、魔女の身体は少しずつ縮んでいき、部屋を埋め尽くしていた色とりどりのものも消えていった。


魔女の血が王子の足元へつたうと、王子の姿にも色が戻っていく。王子はお父さまとお母さまのような、金と銀が混ざり合う美しい髪と瞳をお持ちだった。

それでもなぜだろう。色が戻ってもなお、王子はどこか透明で、そのお心のように透き通って見える。


虹色の魔女の血が窓から外へと流れると、それはまるで絵の具のように、この国を元のように彩っていった。

空は青く澄み渡り、森の緑は深く濃い。


「クラル王子、ご無事ですか?! 我らに今、色が戻りました!」


下で剣を振るってくれていた王子の付き人たちが、ちょうどその時部屋へと入ってきた。


「ああ、何よりだ。あとは王と妃、姫君たちを……――」


王子がそう言うさなか、魔女が背にしていた後ろの扉が開く音がした。魔女は血を流し切ったのか、すでにその姿が消えている。

扉から現れたのは、恋しくてたまらなかったお父さまとお母さま。


「お父さま、お母さま……!」


私がかけよると、お父さまとお母さまは優しく抱きしめてくれた。きらめく髪と瞳も、魔女にさらわれる前と変わらない。


「ノワ……」


さらにその扉から、お姉さまたちが姿を現した。


「お姉さまたち! 良かった、ご無事で……」


お姉さまたちも魔女にさらわれる前と変わらない、美しい髪と瞳だ。


「ノワ、ごめんなさい。私たち今まで……」

「さっきのあなたの言葉、全部聞こえていたの」


お姉さまたちが私の手を取り、そして抱きしめてくれる。全部聞かれていたなんて恥ずかしいけれど、お姉さまたちがこんなに私の目を見てくれるのは初めてのことだ。いつもは私を避けているのに。なんだか嬉しくて、思わず瞳がうるんでしまう。


「国王陛下、女王陛下、そして姫君たち。ご無事で何よりでございます」

「ああクレル王子……! 君にはなんとお礼を言っていいかわからない。父君にも改めて礼を申し上げに行かせて欲しい」


お父さまがクレル王子に向かい、深々とお辞儀をする。


「とんでもございません。お役に立てたのであれば光栄です」


クレル王子も礼をすると、再び私たち姉妹のほうへとやってきた。


「あれが噂の第一王子……?」


お姉さまたちが色めき立つのが伝わってくる。いまだ意識を戻していないとはいえ、お姉さまたちの婚約者たちの前なのに。けれどクレル王子の優美さは、たしかに目を見張るものがある。


「陛下。このような場で僭越ながら、あの話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


お父さまが王子に対してほほえみ頷くと、王子は私の前に跪いて、優しく手を取り口づけをした。まるで色が戻る前と同じように。


「ノワ王女。僕と結婚してください」

「えっ……?!」


驚く私に王子は言う。


「元よりこの国を訪れたのは、この婚約話について話すため。実を言うと僕はこの話に後ろ向きだったのですが……あなたの姿を見て気が変わった」

「でも、私は……――」


私は自分の色が好き。でも色とりどりのお姉さまの中に混じった私は、どうしたって見劣りしてしまっているだろう。


「……僕が今まで公の場に出なかった理由――それは、生まれつき僕の世界に色が無かったからなのです」

「色が無い……?」


そんなことはない。色の戻ったクラル王子は、どこに出しても恥ずかしくない彩りをしている。


「そう。僕は生まれながら、全ての色が同じに見える。景色も食べ物も、もちろん宝石も。ただ濃淡があるばかりで、魔女が色を奪う前も後もそれは変わりません」


魔女が色を奪ったこの国のような色合いが、王子の見えている世界なのだろうか。だから魔女が出したまばゆい宝石にも、王子は動じなかったのだ。


「でもあなたのその髪や瞳の色は、なぜだかとても魅力的に見えてしまう……そのわけが、さきほどのあなたの言葉を聞いてわかりました。僕はその色をまとい、その色を愛でているあなたを愛している……だから、とても美しく見えるのです。色を知らない僕だけれど、あなたといると世界が美しく彩られるようだ」


王子は私の瞳を見ながら、続けて言う。


「危険をかえりみず、みなを救いたいと思うその優しさ。魔女を倒しみなを救うその機転。出会ってからまもないけれど、僕はすっかりあなたに恋をしてしまいました。僕はあなたの色をもっと知りたい。色を知らない僕でよければ、結婚してはくださいませんか」


王子は再びそう言った。

抑えていた涙が頬を伝う。私は王子の手に手を重ね、どうにか言葉を絞りだす。


「クラル王子……私は王子と反対なのです。私の世界は生まれつき色にあふれておりましたが、王子といると全ての色が無くなってしまう。王子がどこまでもまっすぐで気高く、透明な輝きを放っていらっしゃるから、全ての色があせてしまうのです。それは私が、王子をお慕いして申し上げているからなのでしょう――こんな私で良いと言ってくださるならば……私にもっと、色の無い世界を見せてくださいますか?」


王子が力強い腕で、私をぎゅっと抱きしめる。

その優しい腕の中で私は、お父さまとお母さま、そしてお姉さまたちからの祝福の声に包まれた。


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