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09.ヒトリ鬼ゴッコ






 その日、侍女頭は王宮の役人を引きつれ廊下を歩いていた。彼女が勤める離宮は、世間から隔離された場所である。第四王子が、死ぬまで過ごすためだけの空間は、いつしか社交界で話題にすらあがらなくなった。とはいっても、貴人が暮らしていることには変わりない。歴史ある建物といえば聞こえはいいが、年月を経たぶん至るところが老朽化してきている。侍女頭は、離宮内を巡りながら、役人へ修理箇所を説明した。王子の寝室から順に説明をはじめ、渡り廊下にでたとき、若い女の笑い声が聞こえた。


 ふと目をむけると、庭でお茶を楽しんでる第四王子を侍女数人がかこみ、楽しそうに笑い声をあげている。


「はっ、お気楽でけっこうなことですね」

 馬鹿にしたように役人がいった。侍女頭は役人を睨みつけ、その口を黙らせる。「不敬だ」と憤慨するとともに、そんなに簡単なことじゃないのだと内心でひとりごちた。


 正妻のもとに生まれ、れっきとした継承権をもつ第四王子。生まれながらに誰よりも美しかった彼は、両親から寵愛をうけ育った。しかし、王宮では政治的な思惑が渦まく。第一王子が毒殺され、第三王子が事故で意識不明になったとき、誰よりも愛された彼は離宮へと閉じこめられた。政治的に利用するでもなく、手の届く範囲に隠した国王陛下の判断は、我が子可愛さゆえだったのだろう。だが、齢十歳の子どもが突然社会から隔離され、限られた使用人だけと過ごすことになった。月に一度、国王夫妻が訪れる以外は客人もいない。

 それから十年、第四王子は今年二十歳になるがいままで泣き言もわがままも言わず、常に笑顔で過ごしてきた。生きるためだけに自由を奪われてなお、国王夫妻の前で子どものように振る舞う。侍女頭は、その健気な姿に胸を打たれた。いまだって、年頃の侍女をはべらせてはいるが、性的な雰囲気はひとつもない。ただ、彼はまわりが喜ぶように楽しそうに過ごしているのだ。


 侍女頭はもう一度、役人を睨みつけると、健気な王子のために修理を早くさせねばと足を踏み出した。






――――――――――






「ばあや、すこし散歩してくる」

 第三王子は侍女にそう告げると、足取り軽やかに歩きだした。すれ違う使用人たちに明るく声をかけると、彼らは笑顔を浮かべて挨拶を返す。そうして庭に出ると、近くに誰もいないことを確認してから走りだした。離宮の敷地からでるわけではない。彼の目的は、庭にはえる大きな木に登ることだ。貴人の行為としては褒められたものではなく、落下の可能性を考えれば見つかれば即座にとめられる。実際のところ、たまに抜け出しては姿を隠す王子の行動は、使用人のなかで知らぬものはいない。ただ不幸な王子が少しでも自由になれるならと、目をそらすことは暗黙の了解であった。


 うろに足をかけて木に登る。それほど高くない位置にある太い枝にのると、幹に背を預け、瞳を閉じた。

 広葉樹の葉が風にふかれざわざわと音をたてる。小虫が身体にのぼり、首から顔に向かい小さな足を動かした。風を感じ、緑の匂いを吸いこむと、彼は自分が自然の一部なのだと感じられた。自分の感情など、大いなる自然からすればささいなことだと思える。


 王子には、この時間が必要だった。

 たくさんの人から愛をうけて育った自覚がある。だから、彼も人々を愛した。愛を返すことは簡単だ。笑顔で、うつむかず、いつだって優しくいればいい。そうすれば、皆の顔にも笑顔が浮かぶ。

 ただそれでも――――さびしさが常につきまとった。愛されていることを感じるがゆえに、この歳になっても両親を求めてしまう。「ほんとうは毎日会いたい」と、素直に告げたい一方で、拒絶されたときの悲しみを天秤にかける。すると勇気がでず、両親の前で子どものように無邪気に笑うことしかできないのだ。

 その葛藤を自己処理するための、しばしの時間が流れた。


あまり遅くなると心配をかけると、王子が瞳を開けたときだった。


「さびしそうな顔をされていますね」


 突然女の声がした。驚いて声の方向をみると、いつの間にか隣の枝に黒髪の女が座っている。

 その顔をじっとみるが、王子に心当たりはなかった。しかし、この敷地に入れるとすれば新しい使用人なのだと察しはつく。


「そうかな。僕にはきみのほうがさびしそうにみえるよ」


 王子はそういって微笑んだ。大抵の人は、他人に自分をうつすことを知っている。さびしい、怒っている、楽しそうと相手を形容するときは、だいたい自分がそうなので同調して欲しいときなのだ。


「そうなのかもしれません」と、女はいった。

「面白いことがあれば、さびしさも忘れられてるでしょうか」

 その問いに、王子はあいまいに微笑んだ。彼の経験からすると、その答えは『いいえ』だ。面白い本を読んでも、楽しい話を聞いても、伝えたい人がそばにいなければさびしさは余計に増す。


 女は一呼吸おいてから、「不思議な話があるんです」といった。


「題名をつけるならば――――」


――――【ひとり鬼ごっこ】でしょうか、そういって女は語りだした。






――――――――――


 それから七日後の夜、王子は自ら作ったぬいぐるみを見つめていた。ぬいぐるみは二体、両親である王と王妃を模して作られている。侍女に聞きながらはじめて作ったぬいぐるみは、お世辞にも上手とはいえない。ぎこちない縫い目と不格好な形。それでも、両親を思いながら作ったそれは、王子にとってなんともいえぬ愛着を抱かせた。


 七日前、黒髪の女から聞いた『ひとり鬼ごっこ』という遊び。その内容は悪趣味極まりないが、手順通りにすすめると人形が動くのだという。ずっといい子でいた反動からか、非道な遊びにいたずら心をくすぐられた。


 午後三時。月明かりに照らされた部屋で、王子はぬいぐるみに言葉をかけた。


「最初の鬼は僕だから」


 繰り返して告げると、用意した水のはった桶にぬいぐるみをいれる。

 部屋の灯りをすべて消して手もとの燭台のひとつだけ灯りを残す。それから、目を瞑って十秒数えた。

 十一秒目に目を開けると、十五歳の誕生日に父から貰った宝石のついたナイフをもち「みつけた」と告げる。


 王子は一瞬ためらったが、震える手でナイフを強く握り、両親の人形をそれぞれ刺した。


 罪悪感で痛む胸をおさえながら、

「次はあなたたちが鬼だから」と繰り返し告げる。


 最後に、水差しにはいった塩水を口に含むと、クローゼットのなかに隠れた。


 これで最初の手順は終わりである。


 暗闇のなか、人形を刺した感触を思い出し、王子は身体を震わせた。人形をつくっただけでも、心が随分みたされた。なぜそこで止められなかったのかと、後悔しながら頭を抱える。鈍い頭痛がした。「いまからでも、中断して人形を縫おうか」そう、王子が思ったときだった――――


 背筋がぞっとした。異変を感じると同時に、かすかに水の滴る音が聞こえた。耳をすませると、ざらっと硬い粒が落ちる音が部屋の中を移動している。鼓動がはやくなる。恐怖か、期待か。高鳴る感情で体温がどんどんあがっていく。そっとクローゼットの隙間から外を覗くと、月明かりに照らされたぬいぐるみが動いていた。


 王子の心に、強い衝撃が走った。


 幼い頃、友人としたかくれんぼ。楽しかった遠い日の記憶だ。それを人形といえど、両親が自分を探している。なんども夢想し、いつしか鍵をかけて隠した両親への願い。


 彼は目を閉じ、両親の優しく微笑む顔を思いだした。愛されていた。十分に愛を感じた。けれど、もっと自分をみて欲しかった。身の安全よりも、一緒にいる時間が欲しかった。


 ゆっくりと目を開けると、隙間から人形が目の前に立っているのがみえた。避けた腹から麦がこぼれおちる両親の人形は、手をつないで微笑んでいる。


「…………ああ、僕をみつけてくれたんだね」


 王子は口から塩水をこぼし、涙を零しながら笑みを浮かべた。






 そして、クローゼットの扉がゆっくりと開いた――――――――

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