07.杉沢村伝説
男は山を登っていた。かろうじて道らしき跡はあるものの、生い茂る草木が男の行く手を阻む。鉈を振りながら、男は活力にみちた声で吼えた。
「待ってろよ、スギサー村!」
――――――――――
その男は、自称冒険家である。未開の発見や、秘境の絶景を求めて全国を旅している。旅の道中で手に入れた珍しいものや、拾った鉱物を売って生計をたてているので、世間からするとただの旅人だ。冒険家として手記を自費出版しているものの、まったく売れず、やはり自称の域をでなかった。
そんな男が今回目指している場所は、スギサワという名の廃村である。
酒場出会った女に『不思議な話があるんです』と話をもちかけられたのがきっかけだった。
かつて発狂したひとりの者が、村人全員を殺したといういわくつきの場所だという。
「なんと、おぞましい……! やりきれんな!」
鼻息を荒くして憤慨する男だったが、そのあとの話をきいて冒険心がくすぐられた。その村は、地図にのっておらず場所が不明なのである。偶然たどり着いた者によると、惨殺された村人が無念から現世にとどまり、いまでも村を徘徊しているという。
在るのに無い村。悲惨なエピソードだが、物語性も十分にある。男は翌日、スギサワ村を目指してさっそく旅立った。無計画にも程があるが、偶然にも道中、出会った商人からスギサーという廃村の話をきいた。発音が少し違う気もしたが、男にとっては些細なことだった。
『ここから先へ立ち入る者、命の保証はない』
村の付近にたつという不穏な看板。商人からおおよその場所をきき、忘れ去られた道を歩くこと二日、男はようやくその看板をみつけた。
「おお! おおおおお! あったぞ! あった!!」
男の叫び声が、黄昏時の山中に響く。
そこからしばし歩くと、木製の門のような建造物を発見した。その横にある岩をみて、男は驚愕した。まるで頭蓋骨のような形をしているのである。
「ここには、名のある彫刻家がいたに違いない……」
うんうん頷きながら、男は門をくぐる。しばらく歩くと朽ちた家屋がみえてくる。じっとなかをのぞいて観察したものの、なんの面白みも感じられなかった。何軒か同じような家を通りすぎたころ、ある建物の前で足をとめた。柱に、濡れた真っ赤なしみをみつけたのだ。男はとっさに指で拭い、匂いを嗅ぐ。
「なに、ただの血痕か。苺のひとつやふたつ、ないものかね」
残念そうにつぶやく男は、腹が減っていた。
しばらく村を見てまわるが、あるのは朽ちた家ばかり。死霊が出る気配はない。しばらくして、ある大きな屋敷をのぞくと、それはあった――――。
「おまえ、そこにいたのか!!」
男の視線の先には、大きな木に柑橘の実がなっていた。急いで駆けより、鉈をふろうとしたとき――――背後に気配を感じた。とっさにかがむと、男の頭があった場所を斧が通過した。
「うわあああああああ!!」
男は叫ぶ。恐れていた事態がおきた。柑橘の実が、地面に落ちて潰れているのだ。
「人の敷地に勝手にはいる愚か者め! おれが成敗してくれるわ!」
自分のことは棚にあげ、男は鉈を高くかかげた。斧をもった人物は即座に走り出し、その背中を男は追いかけた。もときた道を戻るように、男は全力で走る。家屋のかどを曲がったとき、男はとっさに足をとめた。目の前には崖壁があり、行き止まりだった。人が隠れる場所はない。
「ふん、おれの強さに慄いたか」
鼻を鳴らした男は、これ以上みるものもないと村の入り口を目指した。
不思議な形の木の門をくぐって数歩歩くと、ふとあることに気づいた。
「潰れてない部分なら食えるよな」
男が振り返ると、そこに門はなかった。
「おん? もうそんなに歩いたか?」
不思議がりその場にとどまった。そのとき、男の耳が、がさがさと葉のこすれる音を拾った。とっさに音の方向をみる。葉の隙間から一瞬、獣の身体がみえた。
「肉!おれのめし!」
男は先ほどまでの疑問を忘れ、肉を求めて山中を走り出した。