06.足売リ老婆
「ねぇ、お母さん。街で素敵なブローチをみつけたの。きっとお母さんに似合うわ」
「まあ! 外でも母のことを考えてくれるなんて、なんてあなたはいい子なの! 朝ご飯を食べたら一緒にみに行きましょう」
仲のよい母娘のようすをみて、その少女はためらいがちにいった。
「私も、行きたい――――」
「だめよ。あなたが家から出ることは許しません」
少女の言葉にかぶせるように、彼女の母は冷たくいいはなった。母の背後に隠れて、少女の妹が嘲笑を浮かべている。少女は悔しい思いで歯噛みした。
――――――――――
その少女は裕福な家庭で育った。器量がよく、甘えるのが得意な彼女は、両親はもちろん、たくさんの人に愛されて育った。自身が美しいという自覚があったからこそ、不器量で根暗な妹には憐みを感じていた。
「あなたはお父さんに頼んで、早く婚約者をみつけるべきよ。その顔では、恋愛なんてとても無理。行き遅れてしまうわ」
妹にそういったのは、姉として心配からくる言葉だった。妹が七歳の時に十五歳上の婚約者ができれば、これで安心だと祝福した。
少女自身は、父から婚約のはなしをきいても、全て断った。美しいのだから焦る必要などない。いつか素敵な男性と運命的な出会いをして結婚するのだと、夢みていた。
しかし、少女の幸せな生活は、一年前に終わりをむえかた。友人と街あるきをしていた際、馬車の事故に巻き込まれたのだ。命はとりとめたが、轢かれて潰れた左足は根本から切断しなければならなかった。必死に痛みに耐える少女に、母はいった。
「片足なんてみっともない姿、世間にはみせられない」
その言葉どおり、少女は屋敷からでることを禁止された。急いで少女を嫁にだそうと、母は縁談を探すがいっこうにみつからず、次第に愛情も冷めていった。それと同時に、少女のかわりに、今まで冷遇していた次女を溺愛するようになった。
少女の妹は、そのことに優越感を覚え、姉を蔑み嘲笑うようになったのだ。
家からでることが叶わないのに、そこに居場所のない少女は、日に日にやつれていった。美貌にかげりがさしていくことが、さらに少女の心を追い詰めた。
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母と妹が出かけ静かになった家の中で、少女はぼうっと部屋の隅をみていた。
「どうせなら、足だけじゃなくて心臓も潰してくれればよかったのに…………」
「お辛いのですね」
少女が声のしたほうをみると、見知らぬ女がたっていた。新しい家政婦なのだろうと思ったが、艶のある綺麗な黒髪が目につき、とっさに少女は目をふせた。
すると、女は鈴の鳴るような透きとおった声でいった。
「不思議な話があるんです」
耳心地がよいその声に、少女はつい耳を澄ませた。
「題名をつけるならば――――」
――――【足売り老婆】でしょうか、女の言葉に少女は顔をあげた。
「足が売ってあるの?」
「普通は売っていません」
そうだろうと、少女はまたうつむいた。もし売っているならば、両親が買ってくれるはずだ。
少女が静かになると、女は話を続けた。
『足はいらんかえ』
突然ひとに、そう声をかける老婆がいるという。普通の人は、奇妙な問いかけに断りをいれる。しかし、『いいえ』と答えると老婆に片足を奪われる。
その先に予想がつき、思わず少女はたずねた。
「では、『はい』と答えたら…………?」
「もうおわかりでしょう。足をつけるのです」
普通の人は三本目の足は必要としていない。足を減らしたり増やされないためには、『私はいらないので、⚫︎⚫︎のところへいってください』と他人のもとへ老婆を誘導するのだという。
「わたしは足が欲しいわ! みて、いまの私には右足しかないの! ねぇ、その老婆にはどこにいけば会えるの!?」
少女が感情的に声をあげるが、返事はなかった。あたりをみまわすが、先ほどまでいた女の姿はない。
揶揄われたと、そんな風には思えなかった。少女が、そう思いたくなかったのかもしれない。
壁に手をつき、ゆっくりながらも屋敷のなかを探す。玄関の前をとおると、見慣れた初老の家政婦をみつけ声をかけた。
「ねぇ、黒髪のひとをみなかった?」
「黒髪……? なんの話です?」
「黒髪の家政婦がいるでしょう?」
「家政婦は私と、私の姉だけですよ」
「うそをつかないで! わたし、みたんだもの!」
かわいそうに、気が狂っちまったと家政婦はぼそりとつぶやいた。少女はその言葉にいらだち、家政婦を突き飛ばした。バランスを崩し家政婦とともに、少女は尻もちをついた。当たりどころが悪かったのか、家政婦は腰を押さえながらうめいている。少女は家政婦よりも、黒髪の女の行方のほうが気になった。
屋敷のなかにはいなかった。いまなら母も妹もおらず、外に出ても追いかけてくる人はいない。そう判断し、少女は近くにたてかけてあった杖をつかむと、とめる家政婦を無視して外へと飛びだした。
少女は慣れない杖をつかいながら、必死に家のまわりを探した。すれ違う人に「黒髪の女の人をみなかった?」と声をかけるが、みな少女の足をみると、問いには答えず虫をみるような目をむけた。
心に傷をつくっても、少女は歩みをとめなかった。昔は五分で歩けた道を、三十分かけてまわった。杖を握っていた手のひらは、まめができ、潰れて血が滲んでいる。痛みを無視し歩こうとしたもの、ひさびさに歩いたせいで足の力がつきた。近くにあった草の生い茂る空き地に入り、座って息を整えた。
「はやく追いかけなきゃ。足さえあればすべてがもとに戻る」
ひとつ吐きだしたひとりごと。すると少女の苦しい思いが呼応して、口から溢れだしてとまらなくなった。
「足があれば、お母さんが愛してくれる」
「足があれば、美しくいられる」
「足があれば、妹がもとに戻る」
「足があれば、夢が叶う」
「足がなきゃ――――――」
――――――ひとじゃない。
ひととして認めてもらえず、愛をなくした少女は号哭する。だが、ひとつだけ、願いが叶ったことを少女はまだ知らない。
――――――――――
「なんてこと! あなたまでそんなことになって!! あなたたち姉妹はどうして母親を苦しめるの!」
激昂する母になじられ、すすり泣く少女がいた。にぎわう街の片隅で座りこんだ不器量な少女は、好奇の目にさらされている。その少女のスカートから、三本の足がのぞいた。