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04.夢ノ結末






「バラを一輪ください」


 Aは、頬を染めて一輪の花を差しだした。

 Aは、大工の息子である。父譲りの大きな身体と力が自慢の彼は、自身も父のもとで働いている。

 そんな彼が花を買う理由はひとつ――――花屋の店員に惚れているからだ。ポニーテールが似合う明るく元気な女性。仕事終わりにせっせと通い、花を選ぶふりをして、彼女の笑顔をこっそりとみる。それがAにとって日々の潤いだった。


 しかし、彼女を狙っているのはAだけではない。彼女の魅力に気づいた男たちが、Aと同じく足しげく通っている。店内にはむさ苦しい男たちが、入れ替わり立ち替わり訪れる。花屋が繁盛して彼女も嬉しいだろうと頭ではわかっているものの、いつ先をこされるかわからない。Aの心中は穏やかではなかった。


 公園のベンチで、買ったバラを見つめながらAはため息をついた。


「できるならば、彼女とデートがしたい。付き合いたい。結婚したい」


 バラ相手には思いを口にできるのに、断られたらどうしようと思うとAは勇気をだせずにいる。意気地なしである自分に呆れ、またため息をついたときだった。


「お悩みのようですね」


 その声に驚いて顔をあげる。いつの間にかAのとなりに女が腰かけていた。女の艶のある黒髪は長く、肌は陶器のように滑らかで白い。花屋の彼女とはまた別の美しさがある。ついみとれていると、女が静かに笑みを浮かべた。とたんに恥ずかしくなり、Aはうつむいた。


「不思議な話があるんです」


 鈴のなるような透きとおる声で女はいった。なんの脈絡もなくAは戸惑うが、美人相手に気の利いた会話をするほうが難しい。Aはおとなしく耳を傾けた。


「題名をつけるならば――」


――――【夢の結末】でしょうか、そういって女は語りだした。


 とある女が夢をみた。問題なのはその内容だ。見知らぬ男に殺される夢だったという。夢というのはたいてい色々な記憶がまざっていて、起きてみれば違和感のある内容だと気づく。


「その夢はいつもとは違いました」


 場所は近所の売店。そこにいくまでの道中も、店内も、すべてが現実と一致していた。見知らぬ男に刺されたときの痛みや、血が吹きでる様子があまりにもリアルで、起きてしばらく身体の震えがとまらなかったという。

 それから数日もすると、女は夢のことを次第に忘れていった。ある日、女がその売店に寄ろうとしたときだった。店の入り口から、夢で見た男が店内にいるのをみつけた。女は恐怖し、全力で家まで走って逃げた。家につきドアを閉め鍵をかけた瞬間、




「夢と違うことするじゃねぇ!」と男の声が聞こえた。




 Aはその話の恐ろしさにぞっとした。力自慢のAですら怖いのだ。女の身であれば、さらに恐ろしかっただろう。ふと手もとをバラをみると、萎れている。強く握ってしまったのだろうかと、Aは花に申し訳なく思った。その後、彼女は無事だったのかと気になり顔をあげると、女の姿はいつのまにか消えていた。怪談話にあわせたにくい演出だと、Aはひきつった笑いを浮かべる。

 他人を恐怖させるという女の目的は達成されたのだろうとAは思った。見ず知らずの他人を巻きこむとは、かなり肝がすわっている。


「俺も、見習おうかな」


 とくに話を聞いてもらったわけでも、言葉で励まされたわけでもない。ただ、黒髪の女の自由な行動力に感化された。「よし」と気合いをいれるようにつぶやき、Aは花屋に戻って彼女をデートに誘った。

 手に花はない。萎れたバラはポケットのなか。あるのは切実な恋心だけ。緊張で顔がこわばりながらも一生懸命に言葉を選ぶAをみて、花屋の彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。「喜んで」と返事をもらうと、Aはあまりの嬉しさから、店内で悔しそうな顔をするライバルに、思わずハグをしてしまったほどだった。





――――――――――






 その夜、Aは夢をみた。

 花屋の彼女とデートをする夢だった。


 演劇をみてからお茶を楽しみ、公園の池でボートに乗ったあとレストランでディナーを楽しんだ。彼女はいつもにまして可愛らしく、最初から最後まで至福の時間だった。その後、彼女を家に送る最中に、Aは少しふらつきを感じた。酔ってしまったようだ。ふらつく足取りをみて彼女は心配し、「わたしの部屋で少し休んでいって」といった。Aは断る理由もなく、むしろ大喜びで頷いた。


 部屋に入ると、彼女は「お茶をいれてくるわ」といってキッチンへむかった。男はソファに腰かけ、幸せに浸りながらまどろんでいると、突然、後頭部に強い衝撃を感じた。意識が飛びそうになりながらも、Aはなんとか振り返った。そこには見知らぬ男がたっていた。男はふたたびハンマーでAを殴りつけた。顔面を強打し、Aは床に倒れ込んだ。血がどくどくと床に広がっていく。Aは意識が遠のくのを感じながら、最後に彼女の無事を祈った。






――――――――――






 Aは、起きてまず頭をさわった。出血も痛みもない。そこでようやく、夢のなかで殺されたのだと気づいた。現実と混同してしまうほど、あまりにリアルな夢だった。

 なぜあんな夢をみたのかは、想像がつく。黒髪の女から奇妙な話をきいたせいだ。いつもなら、嫌な夢をみたというだけの話だが、今回は違った。これは予知夢なのではないか、とAは考えた。あの黒髪の女は、花屋の彼女を救うために現れた天の使いで、これは天啓なのだと解釈した。

 彼女を救うためには、あの男を捕まえねばならない。名前もわからない、顔だけ知る男を街中で探すのは難しい。夢のとおりにデートをする必要があると考えたAは、デートプランを綿密に練ることにした。





 憧れの彼女とのデート当日。

 花屋の前でAが待っていると、彼女は現れた。清楚なワンピース姿で、トレードマークのポニーテールにはリボンが結んであった。いつものエプロン姿もよいが、私服姿の特別感にAは思わず感極まった。同時に、あの夢でみた彼女の姿とまったく同じなことに、夢の信憑性を感じた。大丈夫だ、夜までは問題ないと自分に言い聞かせ、Aはひとまずデートを楽しむことにした。

 巷で人気の観劇をみたあとは、人の賑わうカフェテラスで観劇の感想をいいあう。しばらくしたら近くの公園を散歩し、ボートに乗る。自然を満喫したあとは、予約しているレストランでディナーだ。すべてが夢と同じだった。そうとわかっていても、Aはこの時間がなにより楽しかった。

 ディナーの途中、Aは夢と同じタイミングを見計らって席をはずし、トイレで吐いた。レストランで予約したときに、店員にあらかじめ自分のワインをジュースとこっそり変えるようお願いをし、それは成功した。だがあのふらつきがアルコール以外の可能性もある。念には念をいれ、酔っているふりをしながら席に戻った。

 帰り道、わざとふらふらしながら歩く。彼女が「わたしの部屋で少し休んでいって」といった。Aは大喜びで頷くと同時に、警戒心を高めた。いよいよだ。彼女の家には不審者がすでに潜伏してるだろう。


 部屋に入ると、彼女は「お茶をいれてくるわ」といってキッチンに向かった。Aはソファに腰かけ、まどろむふりをしながら耳を澄ませる。すると、かすかな足おとが聞こえた。その瞬間、Aは振りかえり胸もとから取りだしたハンマーを横なぎに振った。手応えがあった。そこには夢で見た男が、ハンマーを持ってうめいている。

 Aが頭をめがけてもう一度ハンマーを振りおろすと、男は膝から崩れおち意識を失った。念のため、ポケットにいれていたひもで男の足首を縛る。


 これでひと安心だと、Aは安堵からため息をついた。

 彼女を救った達成感に高揚しながら、Aはキッチンへとむかった。扉をくぐると、彼女は驚いた表情でたっていた。男が倒れた瞬間、大きな音がしたから不安なのだろう。Aが彼女のもとへと歩みよる。大丈夫だ、部屋に不審者がいるが拘束した。そう伝えるべくAは口を開いたとき、腹に痛みがはしった。


 視線をおろすと、Aの腹部がじっとりと血で濡れている。


「…………え?」


 彼女の手には、血にまみれた包丁が握られていた。


「なんであなたが生きてるの? 夢と違うわ」


 想定外の言葉に、Aは呆然として彼女をみつめた。


「まあ、どっちでもいいか」


 彼女は興味なさそうにつぶやくと、Aの首に包丁を突き刺した。


 血がふきだす。床に倒れ、Aは意識が遠のいていくのを感じた。準備もむなしく、夢と同じく死んでしまう。ただ、夢とは違った部分もある。彼女の無事を確認できてよかった――――Aは満足そうな表情を浮かべ、静かに絶命した。

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