10.【幕間:異端ノ摘発】
陽が落ちてしばらく経った。王都のはずれはこの時間、闇に支配されている。王都といえど、街灯があるのも商店の建ち並ぶメインストリートまでだ。すえた匂いの漂う貧民街では月以外に明かりはない。建物のかげからは、じっと息をひそめるような生き物の息づかいがきこえる。ときおり地面には、生きているのか死んでいるのかわからないようなものが転がっていた。「いやな場所だ」と、ルイスは顔をしかめてつぶやいた。
さっさと終わらせようと、足ばやに目的地へとむかった。そして着いたのは、一軒の古びた宿。すでに異端審問官の部下たちが、ランタンを手に周囲を囲んでいる。
ここの地下で、異端教団が活動していると情報をつかんだ。彼らはゴキブリのようにしぶとく、根城を叩いてもいつのまにか増え、いたるところに息をひそめている。王国の歴史からみれば、粛清がさかんな時期もあったが、いまとなってはテロ行為がない限りしらみ潰しに摘発したりはしない。
今回の件は、めずらしく上層部からの指示だ。ルイスがまとめた報告書にも記載した『悪魔召喚』。それをみて上司は鼻で笑ったが、数日後に第四王子殿下が不審死をしてから話がかわった。王国内でも限られた人のみが立ち入ることのできる離宮で、みるも無惨に殺された殿下。そのかたわらには、手づくりの両陛下をもしたぬいぐるみがあったという。悲惨な事件の数日前には、やはりあの黒髪の女が目撃されていたことが判明した。殿下を寵愛していた両陛下は嘆き、事件の早急な究明を望まれた。それから、予算と人員を総動員し、悪魔召喚をおこなうこの場所をつきとめたのだ。
「そろそろ時間だ」とルイスはいった。部下のひとりに扉を開けるよう指示をだすが、押しただけでは開かない。なかから棒で固定し閉められているようだ。部下の男はランタンから背に持った斧に持ちかえると、その扉をめがけて振りおろした。打撃音とともに扉に穴があく。それを合図に異端審問官たちは建物のなかへと入っていった。
外へ残った部下に、ねずみ一匹逃さぬよう指示をだし、ルイスも遅れて建物のなかへと入る。食堂にある地下室の階段をくだると、むわっとした甘い匂いが鼻についた。果実のような甘さではない、生臭さを感じる甘い悪臭は異端教団ではよく用いられる。ルイスは袖で鼻をおさえながら、騒がしい声の聞こえる部屋へと入った。
ルイスがついた頃には鎮圧と捕縛はすでに終わっていた。ぐるりと部屋のなかを見まわすと、それだけで邪悪な思想をみてとれた。部屋の床には祭壇をかこむように大量のろうそくが灯されており、その祭壇には装飾をほどこされた頭蓋骨がいくつも並んでいる。鹿や牛にまぎれて、人骨のようなものもあった。ガラスの器に入った赤黒い液体が、ねっとりとした動きで水面をすらしている。
部屋のなかで拘束されているものたちをみると、肩口から腕を切り落とされ泡をふいている者がひとりいたが、ほかは出血程度だ。
ルイスは一度手を叩くと、短く指示をだした。
「みんなよくやった。撤退するぞ。押収班、記録班は現地に残り、あとは護送だ」
指示に合わせて、ぞろぞろと人が動きだす。
それを見ながら、ルイスはひとつため息をついた。この部屋も、護送される異端教徒も、何度もみた光景とかわりなかった。黒髪の女とは関係ないと、ルイスの勘が告げる。しかし、ルイスの仕事はここまでだ。尋問や拷問はまた別の担当官がつく。残っているのは、押収品の確認と報告書の作成だけ。もう一度ため息をつくと、ルイスは足どり重く歩きだした。
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それから一週間後、ルイスは上司からその後の進展をきいた。
結果として、黒髪の女の情報は得られなかった。
それと同時に、彼らの悪魔召喚については事細かに調べがついたという。悪魔というのは、契約のもと強大な力を授ける。目には目を、歯には歯を、邪には邪を――――人外への対抗策という上層部の判断で、秘密裏に悪魔召喚が可決されたそうだ。
「召喚には犠牲が伴うというが……」
ルイスはもらしたつぶやきを、消し去るように頭をふった。末端の自分が考えても仕方のないことだと、意識をきりかえる。普段の捕り物とは違い、先が見えない。視界にもやがかかったような気持ち悪さを抱えながらも、それを無視するように、ルイスは目の前の事務仕事に集中した。