四日目
何で? 何で何で何で何で、何で!
『明ちゃん、大丈夫?』『症状が急激に悪化!』『落ち着いて、深呼吸して!』『今までがおかしかったんだ、ストレスで一気に……』
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――
『刑事の三輪です、お母様のことについてですが――』
――昨日午前一時頃、心臓麻痺で亡くなられています。
母さんが死んだという事実は、僕の心を急激に蝕んでいった。
たった一人の家族を、神様はとうとう奪っていったのだ。こんな残酷なことは他にない。
周りの音が小さく聞こえる。首元が熱くなり、体が重く、世界が緩慢になり、意識が薄れていく。その様を医者やカウンセラーや先生が顔をひそめて覗き込んでくる。
――母さん、何で僕より先に死んじゃったの。
そして意識が途絶えた。
ピッ、ピッ、ピッ、と一定間隔で音が鳴る部屋で僕は覚醒した。その音の正体は、心電図の音だとすぐに分かった。
沢山の波打つ線、一つ一つが何を意味しているのか分からない。ただ、ついに症状が顔を出したんだなと、改めて認識するだけだった。
沢山の管に繋がれた自分を視認し、とうとう何も出来ずに終わってしまうのかと、ため息を吐いた。体はだるい、考える気力がわかない、息するだけで辛い。もうだめだな、これは。
「明ちゃん。その、大丈夫?」
カウンセラーが隣にいた。常在してくれていたのか、本を片手に持っていた。
そして言葉の節々から感じられる、なんと言えば良いのか分からないような、言葉を探す感じ。
明らかに気を使われている。母さんが亡くなったから。
「はい、あの」
「な、何?」
「気にしないでください……。母さんの葬式っていつなんですか」
「え? えっと、もう明後日には……」
「僕が行くことって、無理ですよね」
「う、うん」
口籠って頷く。それを見た僕は、やっぱりと天井を見上げる。何も考えることず、ただボーっと。
ロックウールの穴がまるで人の顔をしており、不気味に感じる。
「母さんはもういないのか」
やっぱり現実味を感じない。漠然とした気持ちで、最初こそは動揺したがそれまでだった。こんなにも冷徹であっさりとしてしまっている自分に驚く。
自分の感情が分からない。別に中二病を患っている訳では無いが、今の感情を言葉に出来ないのだ。
だから、僕は僕のことが――
――嫌いになってしまっていた。
※ ※ ※
「明……」
カウンセラーと入れ替わりで先生が入ってきた。
もちろん顔を曇らせている。そして、口籠るその姿は気を使っている感じで、カウンセラーと同じだ。
「先生……」
「ん?」
「いや、えっと。学校はどうですか?」
「何だよ、その質問」
「何となく、皆はどうしてるんだろうって」
『皆』ではなく『潤羽』のことだけど。入院した時に喧嘩してそれっきりだから、やはり気になるのだ。
「皆元気にやってるぞ、まぁ少し暗くはあるかもしれないけどな」
違う、潤羽のことを話して欲しい。学校ではずっと一緒にいたわけではないけれど、放課後はほぼ毎日一緒だった。そこを見てくれていないとは、担任失格だな。
「潤羽は、どうしてます?」
「潤羽って、凜憧のことか。凜憧だったら……心配ない」
何なんだろう、その曖昧な返答は。だけど先生の顔は少しいたずらっぽい顔をしており、髪の毛を意味もなくいじっている。これは明らかに何かある。
僕のせいで潤羽が元気なかったり、もしかしたらいじめられてたり……。潤羽に限ってそういうのは無いとは思うけれど、やはり心配になる。
僕はジッと先生に疑いの目を向ける。
「な、何だよ」
「何か隠してませんか?」
「いやー、別に?」
目が泳いでいる。腰が引けている。怪しい。
「ま、元気そうで良かった! クラスの皆には安心するように言っておくから、な!」
と言うと、そそくさと出ていってしまった。
となると、また一人だ。
体が重く、気力が出ず、それながらに暇で何かをしなければと言う義務感がある。
しかし、かなり装備が増えてしまった。今の僕には、はたして自由が与えられるのだろうか。
教会の七不思議検証もまだ一つだけしかやっていない。他六つを試してないし。まず、まだ七つも噂を聞いていない。
病院に来てたった四日、しかし残り時間を考えたらもう四日目だ。
七不思議を見てみたいのもそうだが、潤羽と試合にも出たいし、優勝したい。やり残したことはたくさんある。
でも、果たして僕に、それらを叶える資格があるのか甚だ疑問だ。
不自由な身であるからではない、母さんを亡くしたのに何も感じない僕だから、何かをしたいと思う資格があるのか疑問なのだ。
――他の人の為に残りの時間を使うんじゃなくて、自分がやりたいことをやりなさい。
ふと先生の言葉が横切った。
「明ちゃん、先生は帰られたのね」
「あの」
「何?」
「教会の七不思議についてもっと知りたいです」
考えすぎても仕方がない。今はやりたいことをやる。それが僕だから。
「うん、けど今あなたは安静にしておかなくちゃだし、私も仕事があるから」
「じゃあ明日」
「明日、明日。うん、明日話そっか!」
少なくとも残り三つは聞き出さないと、七不思議にならない。明日、たっぷりと時間を使わせてもらおう。と僕は決心した。