表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

三日目


 何となく静かな朝だった。何かが足りなく、それが何だろうと模索するがなかなか出て来ない。

 しかしこの感じは絶対に何かある時の感覚だ。


――何だろう、何なのだろうか。あ。


「母さん来てないな」


 今はもう正午前と、一日の後半に差し掛かろうとしている時間帯だ。昨日も一昨日も、母さんは仕事のはずなのに朝早くから会いに来てくれている。それなのに休みの日に来ないなんてことはあるのだろうか。ふつふつとした感情が渦巻くのを感じる。


「あら、明ちゃん。今日はお母さん来ていないのね」


 と、横からひょこりと出てきたのはカウンセラーだ。カウンセラーは、昼食の乗ったお盆をテーブルに置くと、最近では感じたことのない空腹感に襲われた。明らかに症状が無くなっている。

 お盆の上に並べられた食事がキラキラとして見えて、質素なはずの病院食であるにも関わらず、今の僕にはご馳走のように見えた。

 一口食べるか食べないかのいつもの僕とは違い、がっつくように食べている僕を、目を皿のようにしてカウンセラーは見ていた。

 本当はこの顔を母さんがしてくれることを望んでいたはずなのに、今はどこで何をしているのだろうか。

 

「今日は明ちゃん元気ね、お母さんにも見せてあげたかったな」


 カウンセラーは腕に抱える紙にスラスラと文字を綴りながらに言う。ずらりと並ぶ項目に僕は目を回しながら、「そうだ」と言葉を紡いだ。


「教会の七不思議の話って……」


「あー、ちょっと待ってねー」


 カウンセラーはガリガリと紙に文字を殴っていき、「よし!」という晴れた声とともにこちらに向き直った。


「あー、えっと七不思議のことだよね」


「はい」


「七不思議って言っても噂で色々追加されたりとかあるから、今は七つ以上存在しているのよね」


「その中で確信めいたものっていうのは」


「んー、確信めいたものといっても、検証とかしようとは思わないからなぁ。よく聞くのはお祈りしたら元気になるってのかな」


 まさに僕が今検証しており、偶然にもその通りになってしまったものだ。


「明ちゃん、教会でお祈りしてた? なーんてね」


「そんな、夜に出歩ける体力なんて、僕には無いですよ。はは」


「そうよねぇ、明ちゃんのさっきの食べっぷりも、自覚症状が極めて少ない明ちゃんならではなのかもね」


「そんなのがあるなら、病院やるよりも宗教作ったほうが上手くいきそうですよね」


「ハハッ! それは確かに。そして、他にはねー。あ、椅子が増えてたり、女神像の目が動いたりが有名かな」


「ありきたりな怪談話っぽいですね」


「あ、女神像の足を撫でたら一ヶ月前に戻れるとか」


「なんか妙に具体的ですね。それに足を撫でるって変態趣向っていうか。よくやる人いるな」


「あくまで噂だから、本当にやっている人がいるかは分からないけど、ねっ」


 と、話は終わりと言うように、思い切り椅子から立ち上がると、「またね」と手を降って扉奥へ消えていった。カウンセラーの話はかなり面白い。

 今日の話を聞いて、次は何を試してみようかと頭の中で妄想をする。何をしてもワクワクするこの気持ち、病気中であろうとも、今の体が元気なのであれば試したくなるのは必然なのだ。

 冷蔵庫に入れてある食べかけのプリン、それにバナナを食べ尽くす。

 すると、扉の方から視線を感じ目を向けると、先程出て行ったばかりのカウンセラーの姿があった。


「お、明。元気そうじゃないか」


 そのカウンセラーのまた後ろに、頭をモサモサとさせた担任の先生が登場してきた。

 相変わらずやる気が感じられない風貌に、笑って返してみせる。


「じゃあ明ちゃん、私はこれで本当に戻るからね。バイバイ」


 ぺこりと頭を下げる先生。先生は僕の方に向き直ると、ただでさえモサモサしている髪を搔き上げながら、先程までカウンセラーが座っていた椅子に腰を下ろす。


「いやぁ、お前のお母さんに今から来ても良いかって電話しようとしてたんだけど――」


「――忘れてた、と」


「いや、まさか! お前がヤバいっていうのに、忘れるわけ無いだろ」


「じゃあ、電話をかけようとしたけど?」


「おう、したんだけど、ずっと電話に出てくれないんだよ。だから、もういいやって看護師の人に通してもらったってわけ」


「そうだったんですね」


「でも、お前が今は元気そうで、先生は嬉しい。笑った顔、良いじゃないか」


「はい、これから一ヶ月笑っていようかなと」


「お、良いな。俺もお前を見習わないとだな」


 いつものことだが、いつも以上に覇気が無い気がする。いや、そうなのだ。

 現実味を感じていない僕だが、多少なりとも危機感を持っているつもりだ。死ぬ前に家族や潤羽にしてやれることはないか。

 このまま漠然とした気持ちで無駄にするのは、非常にもったいない。そんな僕に同情してか、やはり皆僕をかわいそうな目で見てくる。これだけはどうにも慣れ得ない。


「あ、先生。母さんが電話に出ないって、本当ですか?」


「あ、あぁ。最初に電話かけたのが朝で、正午回った時と、病院入る前にもしたな」


「結構してますね」


「生徒とはいえ、親の許可なく病室にお邪魔するっていうのもな。でももう時間がないからな……」


 先生は神妙な面持ちをする。それほど休日に予定を入れているのかと、先生のくせにと意外に思った。


「今日休みじゃないんですか?」


「俺じゃなくて……。お前、自覚足りてないんじゃないか?」


「そう、かもしれないです。そろそろ死ぬって言ってもここまで症状がないと、どうにも」


「そうだよなぁ」


 先生が腰を上げた。帰るのかと聞くと、「あぁ」と短い返事をして――


「お前はお前らしくあれ。今も、これからもな」


「なんですか急に」


「いや、他の人の為に残りの時間を使うんじゃなくて、自分がやりたいことをやりなさい。それが、先生にとっても、クラスメイトにとっても、もちろんお母さんの為でもあるんだからな」


 そう言い残して、先生は早々に病室を立ち去ってしまった。先生の言葉、キザっぽく聞こえたが、少し自分の生き方について楽に考えられるようにはなった。他人の為に時間を使うのは、自分がやりたいことをやりきった後でいいだろう。

 取り敢えずは七不思議について調査をしたい。


「それにしても母さん、何してるんだろ」


 時計の針が三時、五時、七時と進めども進めども来てくれない。いや、きっと家事しているのだろう。もしかしたら仕事に呼び出されでもしたのかもしれない。

 夜には来てくれるだろう。だって母さんが僕に会いに来てくれないなんてことは、絶対にないのだから。


 その日、母さんは一度も顔を見せに来ることは無く、僕はため息一つ残して布団を被った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ