二日目
「‥‥‥! ‥‥たさん! 永田さん!」
今朝方、おばあさんが亡くなった。
「永田 英子さん。七時十六分、御臨終です。」
医師、看護師共々、合掌をする。
カウンセラーが来たが、特に亡くなったんだなと思う以外どんな感情を抱けば良いのか分からなかった。可哀想や、悲しくなることなんか別に無い。
しかし、昨日の教会へのお祈りのお陰だろうか。チラッと見えたおばあさんの顔は、どこか幸せそうな顔をしており、安らかに笑って眠っていた。それを見たら、憐れむ視線を向けれないのは僕だけじゃないはずだ。
「うん、特に問題はないかな。お疲れ様、明ちゃん」
と、カウンセラーが立ち去ろうとする。
けれど、昨日のおばあさんの話が気になって、噂について聞いてみた。
「あー、教会の七不思議よね」
「七、不思議?」
「そう、その元気になるっていうのは七不思議の一つなの」
七不思議とは、学校の七不思議が最も知られているだろう。夜な夜な、音楽室のピアノが鳴り響いたり、肖像画の目が動いたり、二宮金次郎の銅像が動き出したりするものだ。そして七つ全て知ってしまうと死ぬと言われている。
「それ、面白そうですね」
「あ、でもあなたは安静にしていないとだめよ、自覚症状が少ないだけで患者なんだから。でも七不思議について知りたかったら、いつでも聞いてね。今日はもう無理だけど」
そうだ、つい忘れてしまいそうになる。僕は今、末期の癌患者なのだ。
しかし、暇を持て余した僕の体は、今は動きたいと考えている。そう、七不思議を確認してみたい。僕にとってそれはオアシスになり得るものだった。
「七不思議、何があるんだろう」
今知っているものは、『祈れば次の日元気になる』だけだ。噂通りなら、倦怠感や食欲不振を抱える僕が教会に祈れば、次の日だけその症状がなくなるはずだ。
成功や失敗はもはやどうでも良い。大事なのは暇を有意義な時間にしてくれるかどうかだ。今日それを試しに教会に足を運ぶとしよう
※ ※ ※
「明、明日は先生が来てくれるそうよ」
「へぇ」
昨日開けた焼きプリンを一口食べて、カレンダーを見た。今日は金曜日で、明日は土曜日。生徒なんかの為に、貴重な休みを費やしてくれるとはありがたいことだが、別に来てくれても話すことはない。
いや、潤羽のことが脳裏に浮かんだ。明日は潤羽について聞いてみるとしようか。
「明日はずっと一緒にいれるからね」
「うん」
母さんの目元には少し隈が見えた。僕のせいで大変なんだろう。
僕にとって母さんはたった一人の家族だ。一番大切な人なのだから、倒れられてしまうと困ってしまう。
※ ※ ※
深夜、また教会を訪れた。夜の病院なだけあって、道中ビクついていたが、七不思議というオアシスを目の前に、暇を持て余したこの体は我慢ならなかったのだ。
昨日おばあさんと訪れた教会。今夜はステンドグラスに月光は刺さっておらず、まるで教会が眠っているかのようだった。
月光の無い教会は薄暗く、まさに今、肝試しをしているのだと心が躍る。
長椅子と長椅子の間を歩き、ついに祭壇前まで足を運んだ。祭壇後ろの女神像は柔らかな瞳をしている。マジマジと見つめていると、ふと目が動いたと思う程、緻密で繊細な造りをしていた。
――祈れば、元気になれる。
女神像に手を合わせ、祈る。
祈る……祈るって、どう祈ればいいのだろうか。
『元気にしてください』? それとも、『おぉ、女神よ』と崇めるのだろうか?
もし祝詞であれば分からないのだけれども。
おばあさんは何を考えて祈っていたのだろうか。そう言えば、夫さんが亡くなった日の為と聞いた。
大切な人を想って、だから元気になりたい――と。
ならば僕は、日に日にやつれていく母さんをこれ以上見たくはない。だから元気になって少しでも安心させたい。これを理由に祈るって見るのはどうだろうか。
以上を心のなかで復唱する。すると――
「何も起きない」
何か神聖な力を感じたり、体がフワッと軽くなったり、とりわけ目立つ効果はない。
病は気からという言葉がある。それと同様に、もしかしたら信じ込んだ人間が、信じ込みすぎたあまりに元気になってしまったのではないだろうか。無理矢理な答えだとしても、神の慈悲などよりは理に適った答えだろう。
今の自分はシュレディンガーの猫。元気になるかは明日にならねば分からないもので、答えを急がなくても良いだろう。本当なら元気になるし、嘘なら日常がまた始まるだけ。
そうであるならば、浪漫がある方を信じた方が有意義であろう。
今日はこれを楽しみに安眠するとしようではないか。