結婚、三人目①
早朝、一番早起きなラランが寝坊した。
約束せずとも朝食を一緒につくる。
今朝もそのつもりで俺はキッチンで待っていたけど、彼女は姿をみせない。
「珍しいな」
ラランも寝坊するのだろうか?
しばらく待っても一向に現れないことに違和感を抱いた俺は、彼女の部屋をノックした。
ノック三回、返事はない。
「ララン? もう朝だぞー」
返事はない。
物音もなく、静けさだけが返ってくる。
違和感は増して、俺は勢いよく扉を開けた。
そこには……。
「……いない?」
誰もいなかった。
ベッドの上は布団が翻り、眠っていた形跡はある。
窓が開いていることにも気づいた。
扉を開けた音に気づいたカナタとジーナが目覚め、部屋から顔を出す。
「タクロウ?」
「どうかしたのか?」
「ラランがいないんだ。部屋を見たらこんな感じで」
カナタは目をこすりながら覗き込む。
「ホントだな」
「窓が開いている……まさか、逃げたのか?」
ジーナも部屋の様子を見て考察する。
俺も同様のことを考えた。
ベッドは使われた形跡があるし、不自然に窓が開いている。
この状況だけなら、窓から逃げ出したと考えるべきだろう。
ジーナが続ける。
「設けた期間もあとわずか。難しいと考えて逃走は……ありえるな」
「そんな素振りは見せなかったぞ?」
また明日と寝る前に挨拶を交わした。
あの言葉は嘘だったのか?
すでに逃げることを決めていたとしたら、心から悲しくなる。
「俺は違う気がする。逃げたんじゃなくて……だとしたら――攫われた!?」
カナタとジーナが目を見開く。
その直後、開いている窓から人影が入り込む。
瞬時に気づき、カナタとジーナは身構える。
現れたのは見慣れない小柄な少女だった。
首に巻いている茶色いマフラーが特徴的で、俺と同じく髪は黒い。
どことなく、日本人っぽい雰囲気があった。
もしかして俺と同じ異世界からの転生者か?
「誰だあんた!」
「――! 待てカナタ! 彼女は姉上の部下だ!」
「え? そうなのか?」
「ああ。名前は確か……ニーア」
少女の名前はニーア。
ジーナ曰く、アイギスの伝令役をしている騎士の一人らしい。
名前的にも日本人じゃないし、転生者ではないのか。
少しガッカリした俺の耳に、衝撃の言葉が聞こえてくる。
「ラランは誘拐された」
「――!」
「誘拐だと? どういうことなんだ?」
「犯人はアダムスト。昨日の夜、この部屋に数名が侵入し、ラランを攫っていった」
彼女は淡々と説明する。
それを聞いた俺は、彼女に尋ねる。
「アダムストがどうしてラランを?」
「理由は不明」
「ちょっと待てよ! 誘拐って、それを見てて放置したのか!」
カナタが怒りをあらわにして、ニーアを睨む。
彼女は一部始終見ていたのだろう。
俺も疑問は抱いていた。
ニーアは怒るカナタの視線にも動じず、淡々と返す。
「ニーア一人じゃ対処できなかった。それにラランを殺すつもりはなかったみたい。不用意に敵対して、彼女が危険に晒されるのを避けた」
「ん? よくわからないんだけど、そんなに強いのか?」
「三人ともかなり手練れ。レベルは不明、おそらく50近い」
レベル50……今の俺じゃ確実に歯が立たない。
ジーナとカナタならギリギリ……。
「選択肢は二つ。このまま騎士団の応援を待つ。その場合、最低でも一日はかかる」
「一日……その間にラランに何かあったら……」
「もう一つ、ここにいる人間だけで、ラランを救出する。場所はニーアが知ってる」
「――!」
二つ目の選択肢の提示に、俺の心がざわつく。
相手は高レベル。
普通に戦っても勝ち目はないし、そんな連中が複数いる場所に乗り込むなんて自殺行為だ。
わかっている。
賢い選択なら、待つ方がいい。
それでも……。
「助けにいこうぜ!」
「カナタ」
「行こう。ラランを放っておくわけにはいかない」
「ジーナ……」
「わ、私は怖いので留守番をしてますよ」
この空気がよめない馬鹿は無視するとして、俺の愛する嫁たちは、俺と同じことを考えてくれていた。
「危険な賭けだぞ?」
「いつものことだろ!」
「ああ、私たちならやれるさ。これまで通りに」
「――そうだな」
「あ、あれ? これもう行く感じになってますか? 私の意見は無視ですか?」
「決まった?」
「ああ。助けに行くよ!」
「ちょっとタクロウ! 無視しないでくださいよ!」
喚くサラスを無理やり引っ張り、俺たちはララン救出へと乗り出す。
◇◇◇
ポツリ。
冷たい水滴が頬を流れる。
「ぅ……ここ……どこだよ」
ラランが目を覚ますと真っ暗な部屋の中にいた。
地面は固く、日の光もない。
ラランは周囲を見ながら推測する。
「洞窟……いや遺跡か? ――!」
彼女は遅れて、自身の手足が拘束されていることに気がついた。
手は後ろで錠をかけられ、足も鎖で繋がれている。
「ふんっ、こんなもん私の魔法で……あれ?」
「無駄だ。それはただの手錠ではない。魔法を阻害する魔導具だ」
「――!」
明かりが灯る。
予想通り、そこは遺跡の中だった。
石畳と石の壁に囲まれた部屋に、青白い灯りがついて周囲を照らす。
現れたのは黒い鎧を全身にまとった騎士だった。
「なんだお前? お前が私を攫ったのか?」
「そうだ。部下に命令させた。あえて光栄だよ、栄誉騎士ララン」
「……」
(こいつ……強いな。立ち姿が普通の人間じゃない。私よりレベルは上だし、下手したらアイギスよりも……)
内心でビビりながら、心を保つためにラランは口を開く。
「誰だよお前! さっさとこの手錠を外せよな!」
「威勢がいいな。外すかどうかは、お前の返答次第だ」
「返答?」
「そうだ。お前を栄誉騎士ララン、我々アダムストの一員にならないか?」
ラランはアダムストを知っている。
栄誉騎士である彼女には、騎士団で集められた情報を見る権利がある。
「アダムスト……咎落ちの集団か」
「咎落ちは利用しているだけだ。我らは解放者、一緒にされては困るな」
「解放者? だったらまず、私を解放してくれないか?」
「言っただろう? 返答次第だと」
「私に騎士団を裏切れってことだろ? そんなことして私になんのメリットがあるんだ? 私は自分にメリットがない誘いには応じないぞ」
「くくっ、この状況で強情なことだ。その威勢、悪くないぞ」
「……」
自身より圧倒的に強い相手。
加えて手足は拘束され、頼みの魔法は封じられている。
絶体絶命の中、彼女は助かる方法を模索していた。
(どうする? 一旦こいつの話に乗るのもありか? いや、仲間になったところで安全とは限らないんだ。ここは話で時間を稼ぐしかない)
「私に何をさせたいんだ?」
「お前は優れた魔導士なのだろう?」
「……お前らのために魔導具を作れってことか。悪いけど、そういうのは騎士団で間に合ってるんだよ」
何かないかと思考を巡らす。
言葉で誘導し、黒い騎士の隙を伺う。
(ダメだこいつ、まったく隙がない……)
「本当にそうか? お前は騎士団に不満を抱いているはずだ」
「――!」
「我々に協力すれば、今以上に自分の研究へ没頭できる。必要なものさえ用意してもらえたら、後は好きにして構わない。資材も設備も、望むものを提供しよう」
ラランの心がわずかに揺らぎ始める。
騎士団への不満は図星であり、それゆえに何度も逃げ出している。
可能なら自分の好きな研究をしていたい。
それが許される環境を、日々求めていた彼女にとって、この誘いはまさに……。
「吉報ではないのか?」
「……」





