同じ穴ってことですね①
俺たちは王都を目指し、馬車を走らせる。
馬車は街で借りて、操縦はジーナがしてくれていた。
騎士の訓練で馬や馬車を扱うこともあるそうだ。
他三人は誰も馬車の操縦なんてできないから、ジーナがいてくれて本当に助かったよ。
徒歩だと王都まで、二週間ほどかかるらしいからな。
「さすがにそんなに歩きたくない」
「ですねー」
「お前が飛べたら全部解決したんだけどな」
「無理ですよ。飛べてもこの人数をかかえてなんて絶対に嫌です! 私だけ疲れるじゃないですか!」
「サポート役なんだからそれくらいやれよな」
「私は運び屋じゃないんですよ!」
賑やかな馬車の中、荷台に座っている俺とサラス、そして……。
「スゥ……」
「よく寝れますね。こんなに揺れているのに」
「サバイバル生活が長かったからじゃないか?」
カナタは俺の肩にもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てていた。
街を出発して数分後には寝ていただろうか。
早朝、俺の叫びで普段よりも早く起こしてしまったから、まだ眠かったのだろう。
カナタは眠りが深く、一度眠ってしまうと中々起きない。
この感じは、たぶん一時間は起きないだろうな。
「寝かせておいてやってくれ。どうせまだ時間がかかる」
ジーナの声が先頭から聞こえてくる。
俺は馬車の荷台から少し顔を乗り出し、ジーナのほうを見る。
「悪いなジーナ。俺たちも運転できたらよかったんだけど」
「気にするな。体力には自信がある。この程度苦ではないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ジーナにばかりまかせっきりも申し訳ないからな。俺にも運転の仕方教えてくれよ。そしたら交代で休めるだろ?」
「――! そうだな。そうしよう」
ジーナは嬉しそうに微笑んでくれた。
ただの当たり前の気遣いだったから、そんなにも幸せそうな顔をするとは思わなかった。
「誰かに何かを教えるのは初めてだ。ワクワクするな」
「そうなのか?」
「ああ。大抵のことは姉上に教わったし、姉上は私よりずっと優秀だったから。騎士団でも、姉上はよく他の騎士の指導をしていたよ。私はそれを見ているだけだった」
ジーナは羨ましそうに語る。
彼女のお姉さんへの感情は、一言では表せないほど複雑なようだ。
憧れ、畏怖、劣等感、他にもありそうだな。
「咎落ちのこと、手紙で報告はしてるんだよな? 俺と結婚したことは手紙に書いたのか?」
「いいや。報告はあくまで騎士団に対してだ。プライベートな事情まではさすがに書けない」
「あ、そういうことか」
「うん、それに、姉上には結婚のことを、ちゃんと自分の口で伝えたいんだ。姉上がなんと言うかは私にもわからないから、少し不安だが……」
「ジーナ……」
それは俺も不安だった。
正直ちょっと殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしているが、ここは男らしく頼りがいのあるセリフを言うべきだ。
俺は一回咳払いをして気持ちを整える。
「おほんっ! 大丈夫だ! もしもの時は、俺が誠心誠意ジーナへの思いを伝える! それで納得してもらおう」
「タクロウ……ああ。頼りにしているぞ」
「どんどん頼ってくれ! 頼れる夫に!」
「戦闘面じゃおんぶに抱っこだから、こういう時に格好つけないと威厳がないですね。あ、威厳なんて最初からなか――あひゃひゃひゃひゃ!」
余計なことを言うやつは成敗だ。
◇◇◇
街を出発してから五日が経過した。
街を見つけたら立ち寄り、宿を探して一泊する。
なければ野宿を交互に繰り返して、少しずつ旅の疲れが見え始めてきた。
馬車は朝日に背を向けて走っている。
操縦しているのは俺だ。
「いいぞ。その調子だ」
「お、おう! 慣れると意外と簡単だな」
「タクロウの覚えが速いんだ。騎士団でもこんなに早く乗りこなせるのは珍しいぞ」
「そうか? なんか照れるな」
旅の途中でジーナから馬の扱い方を教えてもらった。
最初はちょっと怖かったが、乗り始めてみると結構簡単で、それに楽しい。
元の世界じゃお金がなくて車の免許すら取得できなかったけど、異世界には免許がないから乗り放題だ。
なんだかすごく得した気分になる。
「いいなー。あたしも練習したら乗れるようになるか?」
「もちろんだ」
「そうだぞ。俺が教えてやろう!」
「やったー!」
「すぐ調子に乗りますね。ちゃんと前見ないとだめですよ!」
呆れながらサラスが忠告してきた。
もちろん前は見ている。
「大丈夫だって。この先何もない草原……ん?」
「どうかしたか?」
ジーナが身を乗り出す。
ここは草原の一本道で、見晴らしがいい。
ずっと先に何かが見える。
まだ遠くてハッキリとは見えないけど、俺たちと同じ馬車だろうか?
薄っすら煙が立っているように見えるんだが……。
「こういう時こそあれだろ!」
俺は両目を大きく見開き、『千里眼』スキルを発動させた。
このスキルはレベルが上がったことで新たに覚えたレンジャー固有スキル。
遠いところを見ることができたり、暗い場所もナイトビジョン感覚で見ることができる。
スキルを発動したことで、少し離れた先の景色が見えるようになった。
「やっぱり馬車だ。でも様子が変だぞ?」
「何が見えるんだ? タクロウ」
「馬車から煙が上がってる」
「――! モンスターに襲われているのか?」
ジーナが慌てる。
俺もモンスター被害かと思ったが、その姿が見えない。
代わりに馬車を取り囲んでいるのは……。
「男たちだ」
「――それって咎落ちじゃないのか?」
カナタが口に出す。
俺も同じことを考えていた。
馬車の近くで行商人らしき男が二人、震えながら隠れている。
囲っている咎落ちらしき男は八人。
武器を構えていた。
その切っ先が向いているのは、行商人や馬車ではなく、彼らを守るように立ちふさがっている一人の女性に対して。
どこか高貴な雰囲気を醸し出す黄金の髪と透き通る青い瞳。
手に持っているのは杖だ。
魔法使いだろうか?
しかし人数差があり、じりじりと距離を詰められている。
「まずいな」
このままじゃ女の子が襲われてしまう。
俺は三人に状況を伝え、馬車の速度を上げる。
「助けないと!」
「わかってるよカナタ。でもここからじゃ当てられない」
援護したいが距離が遠い。
千里眼のおかげでマジックボウの射程は伸びたけど、さすがに遠すぎた。
マジックボウは距離が離れるほど精度が落ちる。
馬車や隠れている行商人がちょうど障害物になっている。
ミスって彼らに当たったら最悪だ。
「せめてもう少し近づいて、狙いやすい角度なら……」
「ならば私に任せてくれ!」
そう言ったのはジーナだった。
彼女の指示に従い、俺は馬車を急停止させる。
俺とジーナは馬車を降りる。
ジーナは盾を斜め上向きに構えて、しゃがみ込んだ。
この時点で大体察した。
「乗れ! タクロウ!」
「え……まさか――」
「時間がない! 私たちも後で追いつく!」
「あーもう! わかった任せろ!」
俺は意を決して彼女の盾の上に乗った。
「よし! 行くぞ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
予想通り、彼女は盾を思いっきり持ち上げて俺を吹き飛ばした。
ジーナの筋力によって上空へと跳び上がった俺は、涙目になりながらも襲われている人たちを見下ろす。
「この角度なら!」
咎落ちだけを狙える!
俺は空中で落下しながら、マジックボウを構えた。





