■第6話 三メイドと脱衣と採寸
皇帝陛下が合図をすると、食堂で立ちまわっていた三人のメイドさんたちが整列した。
黒いワンピース、襞付きの白いエプロン、エプロンと共布のモブキャップという可愛らしい装いは、まさに私が抱いていたメイド像の通りなのだが、三人とも揃って無表情であり、その背筋はピンと伸ばされ、一分の隙も無い所作、なんというか軍隊所属の精鋭の趣がある。間違ってもドジっ子メイドではないことは断言できる。
「ではリーニャをよろしく」
「「「承知いたしました」」」
声を揃えて応じた三人のメイドさんたちに連れられて、よく分からないままに食堂を退席する私を、皇帝陛下は「いってらっしゃい」と手を振って見送った。
麻袋以降、本日初めて皇帝陛下の視界から離れたわけだけれど、皇帝陛下との近接戦からやっと解放された安堵もあれば、初めて訪れた城において唯一の顔見知り(?)がいない状況に置かれた心細さもあり、なかなか複雑な心情だ。
「「「こちらです」」」
案内されたのは、なんだか可愛らしい調度品で統一された部屋だった。立派な衣装棚、大きな鏡が付いた化粧台、天蓋付きのベッドまである。貴族のお嬢様の私室といった雰囲気だ。
三人のメイドさんは扉を閉めると、改めてという風に私の前に整列した。そして一糸乱れぬ動きでお辞儀をすると、向かって左から順番に名乗りを上げた。
「ライズです」
「セットですの」
「シャインですわ」
そして、最後は声を揃えて「よろしくお願いいたします、リーニャお嬢様」と言った。無表情メイドさんたちから醸される精鋭兵士感および人生初のお嬢様呼びに気圧されつつ、慌ててお辞儀を返す。
「よ、よろしくお願いします……」
ライズさん、セットさん、シャインさんは、それぞれ髪色が赤、黒、金とバラバラであり、顔立ちも似ていない。なので姉妹ではないのだろうけれど、揃ってきりりとした無表情、感情の分からない平坦な声のせいか、似ていないのにそっくりさんな三人だった。
「我ら陛下直属部隊『三メイド』、本日付けでリーニャお嬢様を担当いたします」
「次はリーニャお嬢様のお着替えを手伝うように、と陛下の指示ですの」
「この光栄な任務、命を賭して完遂しますわ」
説明を始めるライズさん、セットさん、シャインさん。三人揃ってやはり無表情ながら、業務に対する熱い思いを感じる。しかし「三メイド」て。皇帝陛下のネーミングセンスなのだろうか。
そしてお着替えのお手伝いに命を賭して欲しくはないのだが、そんな突っ込みを入れる間もなく、三メイドは華麗な連携であれよあれよと言う間に私からガウンと寝間着を剥ぎ取っていく。もはや動きの素早さが素人のそれではない。
食堂での三メイドの立ち回りを思い返す。紅茶のおかわりが欲しいなと思った瞬間には、音もなく傍らに立っていて、適量を注いでくれたり。ちょっと口元を拭きたいなと思った瞬間には、いつの間に背後に立っていたのか、さっと布巾を差し出してくれたり。こちらの気配を敏感に察知し、己の気配は完璧に消す。本職は暗殺者か何かですかと問いたい。
人の手で衣服を脱ぐのに慣れていないので逃げ腰だった私は、謎の手練れ感満載の三メイドに、あっという間に部屋の隅っこに追い詰められた。靴下も奪われた。
「なぜお逃げになるのですか」
「下着が残っていますのに」
「後は下着を剥ぐのみ」
「下着は自分で脱ぎますから! 下着は自分で脱ぎますから! というかなぜ下着まで!」
必死に言い募ると、三メイドは「承知いたしました……」と無表情ながら残念さを滲ませる様子で諦めてくれた。残念がるんじゃない。すべすべと大変肌触りがいい上等な下着一式を手渡され、急いで間仕切りの陰に隠れて着替える。
出会ったばかりのメイドさん(×3)に部屋の隅っこに追い詰められ必死に衣服を守るという謎の時間を過ごした結果、まだ午前中だと言うのに早くも疲労困憊状態である。いやものすごく着心地の良い下着だけども。裾に繊細なレースのあしらわれた可愛らしいドロワーズだけども。普通に着替えさせてくれ。
「お待たせしました……」
姿を現すと、メイドさんたちは手に巻き尺を持って待ち構えていた。
「お着替えついでに採寸させていただきます」
と、三メイドのうち赤髪の女性、ライズさんが巻き尺を手に私の各箇所の寸法を計り始める。黒髪のセットさん、金髪のシャインさんも「失礼いたしますの」「失礼いたしますわ」とそれに続く。
「あの、何のための採寸でしょう……?」
まさか今日着る衣服を今から作る訳じゃあるまいと思って訊ねると、三メイドは手を止めて、平坦ながら興奮の滲む声で言った。
「花嫁衣装のためです」
「花嫁衣装の仮縫いのためですの」
「花嫁衣装の作成指示も受けていますわ」
「……。……。そうですか……」
あのね皇帝陛下、仲良くなるところから始めると言った人間が、速攻で結婚式の準備を始めてるんじゃないよ。
「仕立てには最低でも三か月はかかります」
「早く結婚式ができるように今から取り掛かりますの」
「陛下の花嫁に相応しい至高の一着を仕立てなければですわ」
一応、挙式の決行までに最低でも三か月は猶予があると分かって安心、いや安心できない、普通に短い、展開が早い。つくづく迅速な対応能力を発揮するところを間違えている皇帝陛下だ。
「「「リーニャお嬢様の花嫁姿を見れば、陛下もきっとお喜びになるでしょう」」」
三メイドはそのとき初めて、不動の無表情を僅かに綻ばせた。皇帝陛下を喜ばせることは、彼女たちは心からの望みなのだ。
「……」
花嫁衣装を語る口振りの熱心さにも、採寸の手付きの慎重さにも、皇帝陛下から与えられた使命を完遂するという、強い想いが溢れている。
彼女たちが心からの忠誠を捧げる主人に、私は到底、釣り合わない身だ。身分も能力も容姿も、飛び抜けたものは何一つない。なんだか申し訳なくなってきた。
「リーニャお嬢様、元気がありませんね。はっ、まさか」
「お腹いっぱい食べた後にお腹周りを採寸されたことを気にして」
「最大値で計った方がいいのですわ、乙女心は分かりますがここは堪えて」
「いえあのその点は全く気にしていないのでお構いなく……」
顔に出したつもりはなかったのだけれど、他人の機微を敏感に察する能力を如何なく発揮する三メイド。考察が若干ずれているけども。
「ではなぜしょんぼりとされているのでしょう……」
「朝食時は幸せいっぱいのご様子でしたのに……」
「ここ天国、みたいなご様子でしたのに……」
「……あの。三メイドのみなさんは、陛下が連れてきた私を見て、どう思いましたか……?」
こんなことを聞かれても返答に困るだろうけれど、つい、口にしてしまった。
彼女たちの大切な主人が求婚相手として連れて来た女性が、寝間着でお腹を鳴らしてやって来た、ごく普通の娘なのだ。いや寝間着なのも空腹だったのも朝一で連行した皇帝陛下の責任だけども。
ともかく、彼女たちが望む人物には程遠いに違いない私を見て、驚いただろう。それはきっと、悪い意味で。
「正直とても驚きました」
「事前に聞いてはいましたが」
「入城される姿を見て驚愕しました」
思った通り、三メイドは私を見て驚いたらしい。けれど彼女たちの「驚き」は、私が覚悟していたようなものではなく。
「あの陛下にお手を取られて、平静としていられるなんて」
「婦女であれば、誰もが頬を赤らめ瞳を輝かせ恍惚となるところを」
「むしろ死んだ目で、断頭台に向かうかの如き重い足取りで歩む勇姿」
「……。えっと……?」
「陛下と朝食をとる姿も圧巻でした」
「陛下には時折おざなりな目線を寄越すのみで」
「陛下を前にしてなお食事にのみ集中するあの胆力」
三メイドは、それは深い敬意の籠もった目で私を見た。
「感服いたしました」
「敬服いたしましたの」
「心底心服いたしましたわ」
「……」
褒められているのかどうかの判断に困る内容だったけれど、めちゃくちゃ褒められているらしい。
「あ、ありがとうございます……?」
城に入って来た私の様子と、改めて聞くと不敬極まる朝食風景の、どの辺に敬意を感じてくれたのかはよく分からなかったけれど、皇帝陛下を大事に思う彼女たちをがっかりさせてしまわなかったことだけは分かって、ひとまず安心した。いやほんと何が彼女たちの琴線に触れたのかは分からないのだけども。
「さて、採寸は完了いたしました」
「いよいよ楽しい衣装選びですの」
「お好みのものをお選びください」
無表情な三メイドの雄弁な瞳が、さあここからが本番だと言わんばかりに光った。