■番外編2 よいこの童話 リニャデレラ
・本編とは無関係です。
・地の文と登場人物の台詞に著しい乖離があります。
・シルヴィスがただの明るく元気で健やかなヤンデレです。
上記の点にご留意の上、お楽しみください。
昔々あるところに、リニャデレラという娘がおりました。
リニャデレラは毎日、意地悪な継母と義理の姉たちに虐められておりました。
「ちょっとリニャデレラ」
「この掃除の結果は何かしら」
「もはやプロ並みの腕前じゃない」
「そ……そんな、褒め過ぎです。ライズお姉様、セットお姉様、シャインお姉様」
今日も家じゅうの家事を押し付けられたリニャデレラ。掃除を終えた彼女を、町で買い物を楽しんできた姉たちが嘲笑います。
「さっさと来なさいリニャデレラ」
「いい子のあなたにはケーキを買ってきたわ」
「ほら早く座りなさい今お茶を淹れてあげるから」
「これは二時間並ばないと買えないモンブランじゃないですか……! っ、ふ、うう……ありがとうございます、お姉様たち……!」
姉たちに意地悪をされて、しくしくと涙を零すリニャデレラです。
「あらあら泣いてどうするのリニャデレラ」
「ほんと感激屋さんなのだから全くもう」
「可愛いが過ぎる妹なんだからもう」
これがリニャデレラの日々です。
ある日、意地悪な継母がリニャデレラに言いました。
「リニャデレラ。俺は金儲けがしたいんだ」
「口を慎みましょうお母様」
「今度、王子が城で舞踏会を開くらしい。金持ち連中が集まる。鴨を狩るチャンスだ」
「発言をオブラートに包みましょうお母様」
「うちにも城からの招待状が来た。というわけで俺と娘たちは舞踏会に行く。お前は留守番だ」
「えっ……。そんなの酷いです」
煌びやかなお城の舞踏会は、国中の娘たちの憧れです。留守番を言いつけられたリニャデレラは、どうか連れて行って欲しいと懇願しました。
「招待状を見てください、『料理長渾身の料理多数』ですよ? 『焼きたてパンケーキのイベントブースあり』ですよ? 『別に張り切って作ったとかそんなんじゃない』という料理長のやる気みなぎるコメント付きですよ? お願いですお母様、連れて行ってください」
「駄目だ。リニャデレラに社交界はまだ早い。お前、騙されやすいもん。心配だ」
リニャデレラの懇願に、意地悪な継母は全く取り合いません。姉たちも「そうよそうよ」と、口を揃えます。
「悪い虫が寄って来るに違いないもの」
「こんなに可愛い子を出すなんてできないわ」
「料理は持参したタッパーに詰めて持って帰るから」
「うう……分かりました。一番大きいタッパーでお願いします……」
「悲しい顔をしないで」
「狩りはお姉様たちに任せなさい」
「前菜からデザートまで詰めてくるわ」
継母と姉たちに反対され、リニャデレラは泣く泣く留守番を受け入れました。
さて、舞踏会当日。
「んじゃ、いってくるわ」
「「「いってきます」」」
「いってらっしゃい、お母様、お姉様たち」
継母は着飾った姉たちを連れて、意気揚々と城へ行ってしまいました。
「お姉様たち、あんなにたくさんのタッパーを持って行ってくれるなんて。お城の料理、楽しみ……」
ひとり家に残ったリニャデレラの顔は暗く沈んでいます。
「よーし、今日はポメコの耳掃除と爪切りとブラッシングをして有意義に過ご……」
「こんばんは、リニャデレラ」
と。
誰もいないはずの家で、リニャデレラに声を掛ける者がいます。
「ひっ」
驚いて振り向くと、銀色の髪に赤い瞳をした、それはそれは美しい魔法使いが立っていました。
「ああ可哀想なリニャデレラ。この魔法使いが舞踏会に連れて行って差し上げましょう」
「おおおおおお断りします」
親切な魔法使いの申し出に、リニャデレラは大喜びです。
「おやリニャデレラ、なぜ二メートルも距離を取るのですか。そこまで警戒しなくてもいいでしょう。割と傷つきます」
「いや初対面の相手に名前と住所を特定されていたら警戒するのが普通です」
「初対面……。昔、森で俺を助けてくれたことをお忘れなんですね。……まあそれは置いておいて、もちろん名前と住所以外にもいろいろと調査済みですからお気になさらず」
「お気になる案件が増えたのですがっていうかどこから入って来たんですか」
「普通に玄関です」
「鍵は」
「ピッキングを少々」
「魔法使いとは」
「さあ、おいでリニャデレラ。この善良で心優しく一切の不審点がない魔法使いが純粋な親切心からあなたを舞踏会に連れて行って差し上げます」
「け、結構です。間に合ってます。お留守番します。それに舞踏会に行けるようなドレスもありませんから。お誕生日にお姉様たちが見立ててくれた素敵なドレスは、先日うっかり醤油を零してしまったのでクリーニングに出してますし……」
「ドレスの心配なら要りませんよ」
魔法使いが杖を振ると、リニャデレラの地味な装いが、たちまち素敵なドレスに早変わり。
「リニャデレラのことを想って、養蚕して絹糸を紡ぐところから手作りしたドレスです」
「重いです」
「おや、重たかったですか。極力軽くなるように仕上げたのですが……そんな繊細なリニャデレラも可愛いです」
「重量の話ではないです」
「ドレスの着心地はどうですか?」
「サイズがぴったり過ぎて怖いです」
「それはよかった。ああ、ガラスの靴も良く似合っていますよ。ガラス職人に弟子入りした甲斐がありました。気に入りましたか?」
「サイズがぴったり過ぎて怖いです」
魔法使いの手で素敵な淑女に変身したリニャデレラは、顔を綻ばせました。これなら、城の舞踏会に出ても恥ずかしくありません。
「では舞踏会へ行きましょう。料理長渾身の料理があなたを待っています。料理長渾身の料理が」
「う……っ。でも、お姉様たちが持って帰ってくれますから。きっと冷めても美味しいですから」
「冷めても美味しい料理は出来たてならもっと美味しい、というのがこの世の摂理です」
「う……っ。でも、お姉様もお母様も、私が舞踏会に出ると心配しますし」
「ばれなければいいのです。心配させるのが心配なら心配させなければいいだけの話です。ところで早く行かないと焼きたてパンケーキのイベントブースが終了しますがいいんですか?」
「あ……あなた悪魔ですか……っ!」
「いえ、見ての通り善良な魔法使いです」
ドレスまで用意してくれた心優しい魔法使いに感謝しながら、リニャデレラはわくわくと外に出ました。ガラスの靴が、きらきらと輝きます。
「あの……用意していただいて何なのですが、このガラスの靴、重くて歩きにくいです……。お城まで歩けそうにないです……」
「まあ逃走防止の魔法込みの靴ですからね。心配は要りません、馬車を出しますから」
「あの今とても不穏な言葉が聞こえたのですが」
「リンゴよ馬車になれー」
魔法使いが杖を振ると、真っ赤でつやつやして美味しそうなリンゴが、お洒落な馬車に形を変えました。これにはリニャデレラもびっくりです。
「馬車はポメコに引かせましょう。来い、ポメコ」
「きゃん!」
「安全運転で走るように。いいな」
「きゃん!」
「人ん家の犬をいつのまに調教したんですか」
「馬車よ進めー」
さすがは魔法の馬車、小さな小さなポメコの力でも、すいすいと走りだしました。
ああ私、とうとう舞踏会に出られるのね。リニャデレラの胸は期待でドキドキしています。
「はあ……。舞踏会でお姉様とお母様と鉢合わせたら、なんて言い訳をすれば……」
「大丈夫ですよ。兄さ……エオルス王子は今頃、舞踏会の余興としてビンゴ大会を開いているはずです。皆さんビンゴの掛け声に集中していますから、リニャデレラが途中入城しても誰も気づきませんよ」
「でもやっぱり、お留守番を放棄した罪悪感が……あっ、ガスの元栓閉めてないかも」
「ガスの元栓ならちゃんと締めておきました。裏口の施錠も確認済みです。留守宅に泥棒が入らないように魔法で結界を貼っておいたので防犯に抜かりはありません。宮廷魔術師が束になって攻撃しても破れない結界なのでご安心を」
「えっ、それは何から何まで……。ありがとうございます。私、てっきり魔法使いさんのことを紛うことなき不審者だと思っていましたけれど、もしかして、ただの親切な方だったり……?」
「はい、ただの親切な魔法使いです」
少し心が軽くなったリニャデレラに、魔法使いはパンフレットを渡しました。
「これは?」
「城で振る舞われる料理の一覧です。パンケーキのトッピング一覧も載っています」
「わああ……」
フルカラー挿絵付きグルメパンフレットに夢中のリニャデレラは、軽快に走るリンゴの馬車が、目的地であるはずのお城をさらりと通り過ぎてしまったことに気が付きませんでした。
勤勉なポメコはご主人様の命令通り、安全な速度と交通ルールを守りつつ、森の奥深く、そのまた奥深く、魔法使いの屋敷へと、リンゴの馬車を誘います。
「珠玉の料理の数々……! 素敵ですね。最高ですね。早くお城に着かないかな……」
うきうきと心を弾ませるリニャデレラに、善良で心優しく一切の不審点がない魔法使いは、にっこりと笑いかけました。
それはもう、輝くような笑顔で。
「もうすぐ着きますよ。美味しい料理はすぐそこです」
「はい!」
こうして――。
到着した魔法使いの自宅で求婚されたり断ったり素敵な晩餐をご馳走になったり求婚されたり逃走したりデザートを振る舞われたり逃走したり捕まったりとりあえず婚約は保留で交際から始めるという条件を呑むことで十二時までに家に帰してもらう権利を勝ち取ったり無事に帰宅できた翌日にガラスの靴を持った国の兵士たちがやって来て案の定サイズがピッタリだったのでお城に連れていかれたりそこで魔法使いと再会したり。
そんな、とっても平和で心温まる素敵な波乱の日々が、幕を開けたのでした。
「よいこの童話 ~リニャデレラ~」 おしまい
というわけで番外編その2でした。
ただの親切で善良な魔法使いと出会えてよかったね、リニャデレラ!
さて、書籍版が本日発売されました!
三つ編みシスターが銀髪の皇帝に壁際へ追い詰められている、心温まる平和な表紙が目印です。
活動報告(2024/8/1)に書影を載せていますので、ご興味ある方はぜひ覗いてみてくださいね。
去年の4月に始めた連載から今日に至るまで、たくさんの方に見守っていただき、温かい感想もいただき、愛に溢れたツッコミもいただいた、とても楽しい連載でございました。
本作を応援してくださった皆様に、心からの感謝を申し上げます!




