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懺悔室バイトをしていたら、皇帝陛下に求婚されました  作者: 棚本いこま
第3章 バイト先に皇帝陛下の兄が挨拶にきました

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■第16話 弟の話


「シルヴィスはさ、小さい頃から無駄を嫌う子だったんだよね。何か目的がある時は、いつだって最短の道を選ぶんだ。そしてそれを実現するだけの早くて的確な判断ができる。その判断に自分の感情を挟まない。たぶん、そうしないと生き残れない立場だったから、自然とそうなったんだろうね。感情って殺し過ぎると死ぬんだね」


「……」


「とにかく、情緒よりも効率優先に、とても合理的に物事を考える奴だった。分かりやすい例で言うと、食事は栄養さえ取れればいいから味はどうでもいい、みたいな感じ」


 お城の庭園で、皇帝陛下と花を眺めた時のことを思い出す。目を楽しませるだけの庭の存在意義が分からないと言った彼のことを。


「そんな奴がさ。ある日、リンゴの目利きの本なんか読んでたんだよ」


「……リンゴの目利きの本?」


「リーニャちゃんを捕獲、間違えた、初めてお城に招待するって決めた日からだろうね。リンゴの目利きの本を真剣に読み始めてさ。なんかリーニャちゃんを誘き寄せるのにリンゴがいるらしくて。使うのは最高のリンゴじゃないと駄目なんだって言って、自分で相応しいリンゴを選ぶって言って、仕事の合間に読んでるんだよね。あと、よく分かる犬の調教みたいな本も取り寄せて、実際に白くてふわふわな子犬の躾も始めてた」


 それらの場面を思い出したように、エオルスさんはくすくすと笑う。


「今までのあいつだったら、もしいいリンゴの選別が必要だったり、子犬の躾が必要だったり、そういう状況になってもさ、そういうのは得意な人間に全部任せて、その分の時間を別の仕事に回してたと思うよ。素人が一から勉強始めて取り組むより、それが一番効率的で最短だから。でも、リーニャちゃんに関することだと、違うんだね。自分でリンゴを選んで道に並べないと、気が済まないんだね」


 エオルスさんは嬉しそうに、噛み締めるようにそう言って、柔らかな眼差しを手元に落とす。


「自分の気持ちとか一般的な人情とか、そういうのを排して効率的に物事を進めるのは、皇帝としてはとても立派なことだと思うよ。百を救うために十を殺すことに躊躇いがない冷徹さとか、争いの芽を片っ端から摘んで回るわ敵は即断で屠るわの印象とかが強すぎて、血染めな感じの異名は付いちゃったけどね。実際、シルヴィスはよく国を治めてる。とっても誇らしくて、自慢の弟」


 ゆっくりと視線が上がり、再び目が合う。


「でもさ、お兄ちゃん的には、ただ皇帝として立派であり続ける姿よりも、せっせとリンゴの山に向き合ってるあいつを見てる方が、ずっと嬉しいんだよ。好きな女の子のために次のおやつは何にしようって真剣に悩んでる姿を見てると、ああよかったって思うんだ」


 エオルスさんは真っ直ぐに私の目を見つめたまま、優しく言った。


「シルヴィスにもっと非効率なことをさせてやってよ、リーニャちゃん」


「――……」


 皇帝陛下が。

 合理的に物事を考える皇帝陛下が。

 自分でリンゴを選んで道に並べるという、傍から見ると意味不明で非効率なことをする、その唯一の相手が。


「……わ、……」


 エオルスさんに応える言葉を探していると、教会の扉が開く音がした。

 振り返ると、「戻ったぞー」という呑気な声と共に、神官様が帰ってきた。


「ん? おお、サボりの常連」


「神官さん、こんにちはー」


 エオルスさんは人懐こい笑顔で手を挙げて、神官様に挨拶をした。


「おたくの可愛いシスターとおやつ食べてました」


「こら礼拝室でおやつ食うんじゃありません」


「神官さんもシュークリーム食べます?」


「え、俺の分もあるのか。気が利く常連だな」


 エオルスさんは籠から三つ目のシュークリームを出した。神官様は快く受け取って、「桃のクリームかあ。洒落てんなあ」と、さっき自分で注意した礼拝室での飲食を実行に移す。


「リーニャちゃん、今日は話せて楽しかったよ。またね!」


 エオルスさんはてきぱきと片づけを済ませると、引き留める間も無く、「じゃ、お邪魔しましたー」と、風のように軽やかに去っていった。


「……」


 エオルスさんから受け取った、皇帝陛下からの招待状をもう一度見返す。時候の挨拶と招集日時とおやつが記された手紙。私に宛てて綴られた、綺麗な字。


「恋に落ちた」せいで仕事の効率が悪くなったという皇帝陛下の姿が、リンゴの目利きの本を読んでいる姿が、次回のおやつに悩む姿が、頭の中に浮かんで。


「どうしたリーニャ。顔が赤いぞ」


「えっ。……さっ、さっき食べたシュークリームの美味しさの興奮が冷めやらぬだけです」


「ああ、確かにあれは美味しかった」


「じゃあ、あの、バイト終わったんで着替えたら帰りますねお疲れさまでしたさようなら」


 逃げなくてもいいのだけれど、なぜか逃げるように帰ってしまった。


 皇帝陛下からの招待状を大事に持って家に帰る間も、家に帰ってからも、エオルスさんから聞いた話を何度も思い返しては、皇帝陛下のことを考えてしまう。


 さっきから頬が赤い。熱がなかなか収まらない。悪寒は無いけれど風邪の初期症状に違いない。こじらせて今週のお茶会を欠席したら、たぶん皇帝陛下は落ち込む。それは、よくない。


 今日はいつもより早く寝て、さっさと風邪を治そう。



~用語解説~

・リーニャ日記

 初期の頃は「好物:リンゴ」のようにリーニャに関する情報を淡々と記すのみだったが、徐々に「リーニャのお腹の音が可愛かった。」等、シルヴィス自身の感想が書かれ始め、最近では「リーニャが昼食に出たキッシュを見てうっとりした顔で『料理人さん愛してる』と呟いた ~ (2000字程の文章) ~ 絶対に許さない。」といった、情緒豊かな長文が記されるようになった。

 一級機密文書扱いのため、無断で閲覧・持ち出し等を行った者は良くて処刑、悪くて処刑、犯人がリーニャの場合に限りシルヴィスの住居に終身刑である。


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― 新着の感想 ―
[一言] おにいちゃん弟の黒歴史ストーカー日記盗み読みしてるんだろうな…してるよね…!! 出来ないかな…したいだろうな…フフ…
[良い点] なんかうるうるしちゃったよお兄ちゃん!! お兄ちゃんのおかげで恋に対する純粋さを失わなかったのかなって思ったり 日記を楽しみにしてます笑
[一言] 短編で面白かったお話が、連載版があると知り一気に読みました。本当に個性的な面白いキャラクター達ですね。早く続きが読みたいです。
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