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懺悔室バイトをしていたら、皇帝陛下に求婚されました  作者: 棚本いこま
第1章 懺悔室バイト初日に皇帝陛下が懺悔にきました
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■第1話 前日、初日


「なあリーニャ、うちで一週間ほどバイトしねえか?」


 と、顔なじみの神官様が放った一言がきっかけだった。


「お店のお手伝いがあるので」と断ろうとしたが、父母に「うちのことならいいから神官様のお手伝いしておいで!」と送り出されてしまった。


 パン屋を営むうちの父母、コール夫妻は、この若干お口の悪い神官様を大変に尊敬している。何かとお世話になっていることもあるし、うちの常連客でもある。何より、孤児だった私がコール夫妻に引き取られたのは、この神官様の手引きだ。


 下町の小さな教会に向かいつつ、今回のバイトについて神官様が話し始める。


「リーニャ。俺は金儲けがしたいんだ」


「口を慎みましょう神官様」


 神官様が堂々と言ってはいけない言葉ランキング第1位は「神は死んだ」、第2位が「金儲けしたい」である。


「うちの教会がボロいの知ってんだろ。雨漏りが酷くなってきたから修理したいんだが、金がない。そこで寄付金を集める企画を思いついた」


 教会に着いた。神官様は私を中に通し、小さな部屋の扉を顎で示す。


「題して『シスターの懺悔室(ざんげしつ)』だ」


「はあ……」


「懺悔室は前からあるんだが、使ったことがなくてな。せっかく部屋があるわけだからこれを使って寄付金を集めようと思ったんだが、如何せん、俺も忙しい身でな。というわけでリーニャ、お前には懺悔室で話を聞くシスターになってほしい」


「私、シスターの修行的なものをしたことないんですが」


「神官の俺が任命すれば今日からお前もシスターだ。お前はただ椅子に座って、やって来た人間の懺悔を聞くだけ。簡単なバイトだろ。どうだ。やるか?」


「まあ、時給が出るなら……」


「よし。勤務は明日の朝からだ。それまでに懺悔室は整えておく」


 というわけで、私は(にわ)かシスターとなって懺悔室でバイトをすることになったのだった。





 懺悔室バイト一日目。


 この教会はあまり人が来ない。今は神官様も出掛けており、とても静かである。

 初めて着るシスター服で席に座り、果たして来るのか分からない来訪者を待つ。バイト初日で緊張するが、神官様の言った通り、座って話を聞くだけだ。気楽に行こう。


 と、懺悔室の扉がノックされた。

 記念すべき初めてのお客様である。


「来た……」


 懺悔室はとても小さな部屋で、来訪者側とシスター側は組木の衝立(ついたて)で仕切られており、お互いの姿は見えない(てい)になっている。


 なお、「見えない体」というのも、実はこの衝立、あちら側からだと私の姿は見えないが、こちら側からは組木の隙間から、相手の姿がそれなりに見えるようになっているのだ。


 神官様曰く、「懺悔する側は話を聞く相手の姿が見えない方が気楽だし、聞く側はもしかしたら殺人鬼が懺悔に来るかもしれないんだから、相手の姿が見えたほうが安心するだろ」とのことだ。


 というわけで、相手からこちらの姿は見えないと分かっているけれど、なんとなく居住まいを正して、「どうぞ」と入室を促す。


「……こんにちは」


 本日の来訪者第一号は若い青年のようだ。

 衝立越しに相手の姿を見て、息を呑んだ。


 え。

 皇帝陛下?


 下々の身である私は、皇帝陛下を直接見たことはないが、その特徴くらいは耳にしたことがある。


 冷たい刃の色を思わせる銀髪。

 地獄の業火を思わせる赤い瞳。

 一目で誰もが心奪われる美貌。


 上記の三拍子が揃った青年が目の前にいるわけだけど、なぜ下町の教会に皇帝陛下が来るんだ。ただ同じ特徴なだけの一般市民だと思いたいが、この国で銀髪は王家の人間にしかいない珍しい髪色だし、赤い瞳は現皇帝以外には聞かないさらに珍しいものだし、一般市民説は儚く消えた。


 なお、噂されるほどのその美貌に関しては、申し訳ないのだけれど、「バイト初日の初接客の相手が皇帝」という重圧の方が勝ってしまって、心奪われる余裕がない。もっと冷静な時に鑑賞させてほしかった。


「……あの、こういうところ初めてで。普通に話し始めたらいいのでしょうか?」


「えっ!? あ、はい、どうぞ!」


 私が呆けて何も言わないものだから気を遣わせてしまった。あろうことか皇帝陛下に気を遣わせてしまった。いけないいけない。彼は今、皇帝という身分を抜きに、一個人として懺悔しに来ているのだ。こちらも懺悔室の俄かシスターとして、立派に職務を全うせねば。


「神は全てをお許しになります。安心して、あなたがお抱えになった罪をお話しください」


 マニュアル通りの台詞を口にしつつ、自分に言い聞かせる。相手は通りすがりに懺悔室に来た一般人、迷える子羊、ただの一般人。よし!


「俺を裏切った者を一族ごと殺したことがあります」


 待って。

 重い。

 懺悔室バイト初日に聞く懺悔じゃない。


 しかもそれ、知ってる……。確か六年くらい前、まだ即位する前だから彼が皇帝ではなく第三皇子だった頃、当時十六歳の彼は、彼の派閥に反乱を起こそうとした臣下を惨殺、その一族も速やかに処刑した。そんな現皇帝の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。


 帰りたい……。


 いけない、予想外にヘビーな懺悔内容に白目を剥いてしまっていた。あちら側からこちらの姿が見えなくて本当に良かった。気力を振り絞り、膝の上に置いてある「懺悔室マニュアル」の紙に目を走らせる。


 マニュアルその1、懺悔者が一通り話し終えるまで、真摯に耳を傾けること。


 真摯に。真摯に耳を傾けなければ。


「俺は多くの部下を指揮する立場にいまして。裏切り者には厳罰を、それがこの国の方針です。裏切った部下は見せしめのため、惨い殺し方をして晒しました。その一族を根絶やしにしたのも、残せば必ず復讐を考える者が出て、無益な争いの火種になるからです」


 あのね神官様、私、懺悔室バイトを引き受けた時は、もっと軽い懺悔が来るんだと思ってたんだ。

「ママの大切な花瓶を割っちゃったの」とか、「弟のプリンを食べたの」とかそういう、ほのぼのした感じ、重くて「不倫してます」とか、そういうのが来ると思ってたんだ。

 まさか帝国の権力争いで奸臣惨殺の話が来るとは思ってなかったんだ。

 時給、上げろ?


「シスター。多くの命を奪った俺の行いを、神は許すでしょうか」


 血染めの皇帝は、その所以となった殺戮に心を痛めているようだった。それは、驚くようなことではない。人を殺すのが大好きだから殺し回ったという人間が皇帝だったら、今頃この国はこんなに平和じゃない。

 かつては方々の領地で争いの絶えなかったこの国が、現在のほほんと穏やかなのは、彼が皇帝の座に就いてからだ。


「陛……、ん、んん、あなたの行いを、神は咎めません」


 マニュアルその2、懺悔者を全肯定すること。


「裏切り者には厳罰を、それは国民すべてが知っている帝国の方針です。指揮する立場の人間がその方針を蔑ろにすれば、部下に対する求心力は失われ、その組織は瓦解するでしょう。また、裏切った本人のみならず、その一族も処したことは、確かに非情な判断ではあります。ですが、無益な争いを生まないためというその理由の、どこに非情さがありましょう」


 全肯定するぞという職務の気持ちと、平和を作った彼の所業を断罪する気にはなれないという個人的な気持ちで以て、滔々とシスター的な口調で考えを述べたら、衝立の向こうの皇帝陛下は目を見開いて、茫然としていた。


 やばい。なんかまずいことを言ってしまったかもしれない。

 皇帝陛下を相手に一介のシスターが生意気な口を利いたと気分を害したかもしれない。


 ハラハラしていると、やがて皇帝陛下の口元に微かな笑みが浮かんだ。


「優しいんですね、シスター」


 心なしか、話し始めに比べて明るい声であり、懺悔室に入って来た時に比べて顔色もよかった。話して元気になったのかもしれない。うん。溜め込むのはよくない。


「いえいえ、私は神の御心を伝えているまでです」


 マニュアルその3、さりげなく寄付を勧めること。


 マニュアル3だけ赤いインクで下線が引かれて強調されており、さりげなくという指示が全くさりげなくなかった。


「では、あの、よろしければ寄付を……」


 しがないバイトの身である私は、商魂たくましいバイト長(神官)のマニュアルに従うしかないので、さりげなく寄付を勧めようとした。が、言い切る前に、じゃりんと音を立てて寄付箱の上に巾着が置かれた。


 じゃ、じゃりん?

 え、何、今の重そうな音……。


「シスター、ありがとうございました」


「あ、いえいえ、またのお越……」


 言いかけて、懺悔室で「またのお越しを」は変だし、そもそも皇帝陛下に再びお越しいただきたくはないので、慌てて「お気をつけて」に言い直した。


 皇帝陛下が教会から去ったことを確認してから、恐る恐る巾着の中身を確認する。金貨が惜しげなく詰まっていた。


「ひえ……」


 見たことのない大金に怯えながら、巾着の中身を寄付箱に移す。皇帝陛下のポケットマネー、恐るべしだ。


 バイト初日の初接客が皇帝陛下でしかも内容が重いというハードワークに神様が憐憫を垂れたのか、以降、懺悔室に人は来ず、座っているだけで楽に勤務時間が終了した。結局、本日の来訪者は皇帝陛下だけである。


「おつかれー。今日の売り上……寄付はどんな感じだった?」


 うっかり売り上げとか言っちゃっている神官様がわくわくと寄付箱を覗き、「え、すげえ」と歓声を上げた。


「寄付金すげえ集まってるじゃん。客いっぱい来たのか?」


 いいえ皇帝陛下おひとりです、とは言えず、曖昧な笑みを返した。




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