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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第1章
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心境の変化



「花瓶あるかしら?」

「持って来ますね、少々お待ちください」


 パールが持って来た花瓶は2つ。どっちがいいかな…と両手に持って考える。


「(………はっ!?お嬢様、まさかその花瓶でご自分の頭を…っ!!)重いでしょうお嬢様!?私達がお持ちしますからっ!!」


 いや…膝の上に乗せてるんだから重くはないけど。

 まあいいわ。ベッドに腰掛けて、エマとパールが少し離れた所に花瓶を持って立っている。


「んー…そっち。エマの持ってる丸い花瓶にするわ」

「はい、ではお花を生けておきますね」



 さて…この後どうしましょう。

 叔父様は1週間滞在するって言うし…と思考を巡らせていたら、誰かが扉をノックした。


「その…トアです」

「トア様?」


 まさか来るとは思わず驚いた。

 扉を開けると、彼は裾を握り締めて立っていた。


「あの…外に行きませんか?」

「外に?」

「伯父さんから聞きました。イグリットさんはここに来てから、ずっと屋敷で過ごしていると」

「ええ、まあ…」

「僕はここに来る度、よく近所の子と遊ぶんです」


 え。島は平民と貴族が随分近いのね?

 王国では酷い場合、平民を家畜扱いする貴族もいるもの…


「大人は弁えてますが…子供同士はそんなものなんです。

 あの、無理強いはしませんので…」


 トア様は気まずそうに顔を逸らす。

 貴族令嬢が、平民と一緒に外で遊ぶなんて…なん、て…


「分かりました、支度しますね」

「…!はい、では玄関で待ってます!」


 彼はパアァ…と顔を明るくして走って行った。

 ここは王国ではなく、私はただのイグリット。郷に入っては郷に従え、ってね。



 シャツとハーフパンツに着替えて、背中まである髪はポニーテールにして部屋を出る。

 玄関に行くと、トア様も最初のラフな格好に戻っていた。


「お待たせしました」

「あ…」


 …?彼は何を固まっているのかしら。変な格好だった…?

 確かに貴族女性がズボンを穿くなんて、王国じゃ非常識だったけど…パールは「これで平気です!」って言ってくれたのに。


「その…さっきのドレスもお美しいですが、今の格好も可愛らしいでひゅ」

「…ありがとう、ございます?」

「………行きまちょう!」


 ……トア様、首まで真っ赤。

 ちょっと…可愛いかも。



「ねえ、トア様」

「ふぇいっ!?」

「私のことは、イグリットとお呼びください。どうか敬語もなしになさって」


 美しいとか、可愛いとか…お世辞だってのは分かってる。

 レディを褒めるのは紳士としてマナーだもの。

 本当に可愛いっていうのは、アウロラのような娘を指すものよ。


 でも…緊張しながら褒められて、なんだか嬉しい。

 流暢に社交辞令を言う人よりずっと信用できるわ。


「ぼ、僕のこともトアと呼んで!えっと…いとこに、なる訳だし…」

「うん…トア」

「……………」


 トアはふにゃりと笑ってくれた。

 その笑顔が…演技かもしれないなんて。疑ってしまう自分が嫌になる。


「…どうしたの?イグリット」

「いいえ…」


 お母様大好きなお父様は、信頼できる。

 だけど他の人は…エマもパールも、いつか私を裏切るんじゃ。みんなみんな…


 だって…みんな、私を見捨てたんだもの…



「……ット、イグリット!」

「あ…っ」


 気付けばトアに両肩を揺さぶられていた。


「具合が悪いの…?無理はしないで」

「いいえ、大丈夫…。だけど…やっぱり遊ぶのは…」


 やめておく、と言いかけて。



「あーっ!トア様、来てたんですねー!!」


 え?どこから声が…あっ。

 屋敷を囲む柵の向こうに、数人の子供がいる…?みんな獣人の子だわ。


「やっぱり、あの馬車そうだと思ったんだよー」

「そちらは誰ですかー?」

「み、みんな待ってて!イグリット、君は部屋に…イグリット?」

「「お嬢様?」」


 子供は3人。それは、いいんだけど。1人…



 めっちゃ首長いのがいるわ…

 あの子キリンかしら?なんで…肩までは普通の子供なのに…首だけ……



「……ふ……んふふ…っ!」


 ちょ…アンバランス、すぎて…っ!

 駄目よイグリット、人の容姿を笑うなんて、失礼なんてレベルじゃないわ。



「綺麗な子だねえ、お嬢様かな?」


 ぶっっっ!!!!

 キリンの子が…首を傾げて…っ!分度器欲しい…角度測りたい…!

 首の長さと肩から下が同じじゃない?2頭身ってやつじゃない?それ生活しづらくない?



「わああっ!?蜂だー!」

「「ぎゃーーー!!」」


「ぶーーーっ!!!!」


 キリンの子が、首をぐわんぐわん振って、横の2人をふっ飛ばした…っ!!



「……あっははははは!!!あは、んははははっ!!!」

「イ、イグリット…?」

「ごめ、ちょ…っ!ひぃーーーっやはぁははっははは!!!」


 とっても些細なことなのに、面白くて仕方ない!



 こんな風に、大声で笑うなんて初めて!

 だって淑女は必ず口元を手か扇で隠して、小さく「うふふ」と笑うべきで。


「げほっ!ごほおっ!!んふふ…ぶわははははっ!!!のほほほほっ!いやむり!!」


 無理、微笑んでなんかいられない!!

 私は地面に転がり笑い続けた。

 笑いすぎて咳き込むし涙は出るし。

 トア、エマ、パールがオロオロとしているけど、ごめん止まらない!

 地面をバンバン!と叩いて手も痛くなるし、服は汚れるけど!



 結局私が落ち着くのに、30分かかったのである…




 *




「大丈夫…?」

「なんとか…」


 冷静になれば…どうしてあんな大笑いしてたのか理解不能ね。

 トアの助けを借りて、ヨロヨロと立ち上がった。


「何がそんなに面白かったの?」

「なん…だろう…?」

「ええ〜…?」


 そんな困り顔されても、本当に説明できないのよ。

 でもエマは微笑んでる…ちょっと、いやかなり恥ずかしいわ…



「それより…」


 柵のほうに目を向けると、変わらず3人の子がいる。

 もう長い首を見ても笑わないわ。


「彼らが一緒に遊んでる子?」

「うん。左からキリエ(キリン)、ターニャ(狸)、マイク(熊)だよ」


 私はこほん、と咳払いして彼らに歩み寄る。

 どうやらみんな10歳前後みたいね、新参者の私に興味津々みたい。


「初めまして、私はイグリット。貴方達の領主の娘よ」

「はじめまして!イグリット様は人間ですか?」

「ええ。私も仲間に入れてもらえる?」

「「「もちろん!」」」


 3人は満面の笑みで答えてくれた。よかった…

 女の子であるターニャが手を伸ばし…そっと取った。温かい…


「みんな、イグリットはここに来たばかりなんだ。今日は町を案内してあげよう」

「「「はーい!!」」」


 わわっ!みんな元気いっぱいに走り出す…もちろん私も。

 チラッと後ろを向けば、狼騎士が2人こっそりついて来る。護衛はいるわね。よし。




 ガヤガヤと、町は活気が溢れている。


 いらっしゃーい! 安くしとくよっ! そこの別嬪さん、寄ってってー! もうひと声!


 呼び込みの声が新鮮だわ。あれは値切りってやつかしら?

 そして獣人が多い…人間もちらほらいるけど、化けているだけかも?

 キリエも今は人間の姿だ。やっぱりあの長い首は不便らしい…


 それにしても、いい匂い…何か屋台で食べてみたいなぁ。でもお金を持って来てないのよね。


「エマ、パール。お財布ある?」

「うふふ、お嬢様。お金の心配はご無用ですよ!」

「?」


 パールは得意満面だけど…ああ、ツケかしら?


 私達は大通りを堂々と歩く。

 みんな、トアの姿を見ると目を輝かせた。


「お久しぶりです小領主様!おや、そちらのお嬢様は…もしや!領主様のご令嬢ですか!?」

「そうだ。彼女はイグリット、みんな覚えておくように」

「「「おおおおおっ!!」」」


 え、何?思わずトアの背中に隠れる…あ。

 尻尾触っちゃった、いけないいけない。


「ねえトア、尻尾を仕舞ったほうがいいわ。うっかり触っちゃうもの」

「………いや、事故だし、いいよ、うん。化けるの、少し疲れるから、さ」


 そうなの?キリエは「そいやっ」と簡単に変化してたけど…個人差があるのかしら?

 でも本人が言うんだからいいわよね。偶然を装ってモフってしまおう。



「(……触ってる。可愛い…)」


 モフモフ。お父様の尻尾よりやや硬いけど、大きくて温かい。

 思いっきり抱き着きたい…我慢我慢。

 ん?トアの尻尾が私の腰に絡みついた。本人気付いてないのかしら?

 なんだか領民が騒ついてるわ。


「おい、小領主様が尻尾を触らせてるぞ…」

「てことは、まさか」

「イグリット様は小領主様の…!?」


 

 私はこの時まだ、獣人の特性を理解しきっていなかった。

 事故で触れていいのは1度だけ。それ以上を許すのは…特別な存在だと公言しているようなもの。

 トアのように高貴な者は、避けられない人混みでは人間に化けるものなのだ、と。



「(きゃあ!ついにトア様に春が…!)」

「(わ〜、トア様顔ゆるゆるだねえ)」

「(イグリット様は全然見てないけど…)」

「(これは…!旦那様にお知らせしなきゃ!)」

「(仲良しですねえ)」


 私と同様に、人間のエマだけは事の重大さを理解してなかったけれど。


「(お腹が温かいわ…なんだか安心する)」

「お嬢様ー!よかったらこちら、持って行ってください!」

「え?」


 青果店の前を通ったら、猪店主が紙袋いっぱいにリンゴをくれた。

 彼を皮切りに、みんなが「これも」「あれも」「それも」と品をくれる!?


「わわ、持ちきれないわ」

「お手伝いしますねぇ」


 そう言って子供達が、ひょいっと荷物を持ってくれた。

 す、すごい。私が両手で抱えていたのに、ターニャまであんなに軽々と。


「ジュースいかがですか!?」

「美味しいホットドッグありますよー、辛いの平気ですか?」


 モゴモゴ。大通りを抜ける頃には…手だけじゃなくて口もいっぱいだわ…



 公園があるというので、トアと並んでベンチに腰掛ける。


「…………」

「?イグリット、どうしたの?」

「…外でこうやって食べるの、初めてだから」


 マナーも何もない、まるで平民のように…

 子供達も口元や手を汚しながら、美味しいねー!と笑顔で食べている。


 その姿は貴族から見たら汚らしいのだけど…とっても魅力的。

 生きてる…って感じがするわ。



「んー…イグリット、見てて」


 トアは私に見せるように、大きく口を開けてホットドッグにかぶりついた。

 いいのかしら?はしたなく、ないかしら?


「あー……む」


 真似して私も…美味しい。

 誰の目も気にしない、食事が楽しいなんて…初めて。


 殿下と同席しても、マナーばかり気にして味なんて分からなかった。

 より美しい所作を要求され、常に微笑み…


「かんらっっっ!!?」

「あ、当たりだね」


 ヒーーーッ!!口から火が出そう、何これ!?


「あのおじさん、たまーにカラシ爆弾仕込んでるんですよー」

「当たったらもう1個貰えますよ。ほら、イグリット様の包み紙に印が!」

「水、みず〜〜〜!」

「お嬢様、ジュースですっ!!」


 ごくごくごく と一気飲みしてしまったわ。ぷはー!


「げほっ…あははっ」


 食事中に大声出して、変な顔もしちゃった。

 でも誰も気にしない…むしろ笑顔になってくれる。


「ふふ、じゃあ貰いに行きましょう」

「「「は〜い!」」」



 ヒールではなく、ぺったんこの運動靴で。

 コルセットで絞めない、緩い服で。

 私はトアやみんなを連れて走った。



「……お嬢様。やっと笑ってくださいましたね」


 後ろから追いかけてくるエマが、そう呟いて涙を流している。



 ちょっとずつだけど、私。

 前に進めている気がするわ。



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