モブの独白
こんにちは、俺は2年生のモブです。
名前はあるけど、読者さんの前で呼ばれる事は無いと思うんで省略します。
これから学園祭の目玉、ミスコンが始まります。参加者リストを拝見し、すっ飛んで参りました。
俺の最推しは…クールビューティー・獣人の姫イグリット様です。
あの臓腑まで凍えそうな視線で射抜かれたい。形のいい唇から紡がれる、心地良い声で罵ってもらいたい。そしてヒールで踏んで欲しい…ぽっ。
けれど親しい人の前では、無邪気な少女のように笑うんです。そのギャップに天に召される輩が続出。俺も何度か逝きかけて、その度にひい祖父様に蹴り帰されました。
ファンは「自分にもその笑顔を向けて欲しい!」勢と、「あそこは自分が足を踏み入れてはいけない神聖域だ!」に二分されています。俺は後者。
そろそろ始まるかな…。特設ステージの前に、多くの男が集まって今か今かと待ちわびる。
数分後…綺麗にドレスアップした女性達が入場した!
次々に自己紹介をしていくが、とある1人がマイクを握ると観衆が沸いた。
わああああああっ!!!
「……こんにちは、イグリットと申します」
キターーーッ!!ああ、今日も不機嫌絶好調…!
そして本日の装い!島のドレスはコルセットを使わない、自然派らしいんだけど。今日は程よく締められ、胸や腰回りを強調し…適度に筋肉のついた健康的な腕や足を見せてくださり、とっても素敵です。
髪は女性にしては短めだけど、似合ってるのでオッケーです。むしろ俺、短い子のほうが好きかも。
…俺もユリシーズ君の葬儀には参列した。そこで泣き腫らした顔のイグリットさんが、自分の髪を棺に入れているのを偶然見た。彼らは…本当にただの幼馴染みだったのかな…
いいや、それは俺が知っていい事じゃない。
俺にできるのは応援だ!今すぐ叫びたい、こっち向いてー!!思いっきり睨んでー!!罵ってー!!とお願いしたい!!
まあ不可能なんですけどね。
「……チッ…。あぁ…予想通りだ。あ゛~…耳障り…」
「まーまー。でも確かに、この大声は耳がいてーや」
……………………。
俺の真横に…推しの旦那様である、トア君が立っております。その隣にイケメンオーラ全開のギリアム君。身長俺と同じくらいなのに、足長え…
可愛い系のトア君、妖艶なギリアム君の組み合わせパねえ。と騒ぐ女子をよく見掛けます。
トア君は不機嫌を隠そうともせず…腕を組んで指をトントンしています。しかも頭の上に超デカイ蜘蛛が…ギリアム君はサソリ、怖いです。
意図して隣になった訳じゃないんです。成り行きというか…人の波に押されて、あれよあれよと。
気付けば人混みの中にぽっかり空間があり、そこに俺と2人が。周囲が俺に、同情的な目を向けている気がする。
逃げればって?いや無理。人垣に塞がれてるし…何よりここはステージの真ん前!!特等席で、声は出せないけど心の中でエールを送ります!!
「…あれ?ジャンヌは?」
「ここよ~…」
1人増えた。とっても気の強い美少女ジャンヌさんだ。フラフラ歩いてきて、ギリアム君の隣に立った。高身長彼氏と小柄彼女…お似合いすぎです、ご馳走さまです。
「ちょっと…!」
「んー?」
「……んもう」
ギリアム君は自然にジャンヌさんの腰を抱いた。
はわぁ~、イケメンは行動もイッケメェ~ン。頬を染めて、もじもじしながら彼にもたれるジャンヌさんもかわえぇ~。
「ジャンヌは出なかったの?」
「だって…ミスコンで、マスクは駄目って言われて…」
「「ああ~…」」
マスク?ああ、今も3人が付けてる黒マスクね。そんな彼らの視線は…イグリットさんの隣に注がれる。
「アウロラ・ファロンでーす♡ファロン公爵家の娘でぇーす!」
…ふくよかな彼女が隣にいるせいか…益々イグリットさんが細く華奢に見える。
俺は参加者のアピールを聞く傍ら、獣人3人の会話が耳に入る。
「ハアアァ~…!やっぱりイグリットの美しさはレベルが違うね。彼女が視界に入るだけで、世界の全てが輝いて見えるよ」
その気持ち分かるわー。トア君はうっとりとイグリットさんを見つめている。
「評価は投票数で決まるのよね?」
「イグリットがダントツなのは目に見えているけどね。1億万点を送りたい」
「ちびっ子が使いたがる単位じゃねえか」
…ぶふっ…ゲフンゲフン。彼らはイグリットさん以外興味無いようで、世間話をしている。
「ちなみにトア、私は?」
「うーん…90点」
「は…?おいトラ…ジャンヌが100,000,000点中90点って言いてえのか…?」
「違うよ、100点満点中。それとトア」
「そうか…ならいい」
結構高得点だ…
「他の女子は違いが分かんないから、全員50点。まあ女性に点数を付けるのは悪趣味だし、テキトーだよ。
僕にとっては有象無象でも、誰かにとっては掛け替えの無い1人なんだから」
いい事言ってるのに、有象無象は酷いんじゃないですかね。
「ふーん。アウロラは?」
「マイナス273点」
絶対零度じゃん。つまり彼にとって最低の評価…という事は分かりました。
そうこうしているうちに、イグリットさんのアピールタイム!彼女が一歩前に出ると。
「イグリットー!僕はここだよ、頑張って!」
「イグリットかわいー!!もう優勝だわっ!」
「頑張れよー!綺麗だからな、自信持て!!」
3人が元気いっぱいに声援を送る。すると…ずっと無表情だったイグリットさんが、こっちに照れたような微笑みをくれた…!
あ、俺死んだわ。
魂が肉体を離れると、ひい祖父様に「80年早いわ!!」ってビンタされた。
戻ってみればイグリットさんのアピールが終わっている。聞けなかった…残念。
が。次の人が前に出ると、ニコニコだった3人がスンッ… となった。
「アウロラの可愛いとこは全部!だってパパがいつも言ってるもの、いっぱい食べるところも魅力的だって!!それとそれと」
「今何時?今日の舞踏会も昨日と同じ時間だっけ」
「そだね。まだ2時だから余裕あるよ」
「じゃあ昨日食べれなかったクレープのリベンジよ!」
「オレはバナナカスタードかな」
「私はいちご系」
「僕はどうしよ。メニュー見ながら決めようっと」
すげえ堂々と、ファロン嬢のアピール無視しとる。自由っつーか…公爵家を恐れる必要が無い…少し、羨ましいかも。
ミスコンは進み、お次は…女性達がランダムに渡されたカンペのセリフを読む。心を込めて…面白そう。
みんな「もうっ、お寝坊さん!」とか「あのね…大好きだよっ!」といった胸キュンなセリフを…考えたの誰ですかね?ちょっと…ビミョー…
イグリットさんはその間…カンペを睨んでる?なんだろう、そんなに恥ずかしいのかな…?
順番が回ってきたイグリットさんが、こほんと咳払いした。そして…
ヒールをカツン!!と踏み鳴らし、腕を組み。まるでゴミを見るかのような表情で、観客を見渡した。すうっと息を吸ったかと思えば…
「跪きなさい、この豚野郎」
ザンッ!!!
えーーーっ!?一瞬にして、観客の半数がその場に膝を突いた!!なんてこった、隠れ豚野郎がこんなに!!!
俺?そりゃ反射で腰を落とす寸前だったけど。隣をずっと意識していた緊張からか、辛うじて立っています。
「え、何こいつら?僕のイグリットに敬意を示すってんならまあ、いいけど。
それ、下心だよね?まさかイグリットに…直接触れたいとか、思ってる…?」
「ひいいいいっ!?め、滅相もございませんっ!!自分はただ、イグリット様のお姿を拝謁する以上は望みませんっ!!(本当はビンタして欲しいけど…)」
「ねえ、誰が名前を呼んでいいって許可したの?イグリットの神聖な名前が穢れるじゃん」
あわわぁ。トア君が、近くで跪く男子生徒の手を踏んづけてグリグリしてるぅ。俺、ギリギリセーフ!
ミスコンはついに最終局面、投票のお時間です!
「ま、イグリットが優勝なのは目に見えてるけどね~?」
トア君の独り言が周囲に響く。書け…と言われている。まあ俺は、最初からそのつもりですけど。
では…ん?
「……………………」
……見られてる。トア君が…じいいいぃ…っと俺の手元を。『イグリット』と書きかけて。さっきの彼の発言を思い出し。考えた末、俺は…
『テルトラント夫人』と書きました。
横目でチラッと見ると、トア君がにこーーーっ!と弾ける笑顔を見せた。俺、またしてもセーフ!
友人からよく「空気が読めない」と言われる男だが、やる時はやるんだぜ、俺。
結果は…イグリットさんの優勝!
観客が歓声を送り、獣人3人は大はしゃぎし、ファロン嬢は地団駄を踏んでいます。ステージ抜けそう。
イグリットさんがエスコートに指名したのは、当然トア君。永遠に幸せでいてください。
そんな舞踏会で…
「あっ」
「きゃっ!?ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ」
あちゃあ。すれ違った令嬢の飲み物が、俺の服にこぼれちった。丁度いいから、そろそろ帰ろっかな~と思っていたら。
「これ、どうぞ」
「へ?あ、ありがとう…ございます…?」
「いいえ。返していただかなくて結構ですので」
これは夢ですか?なんとイグリットさんが…俺にスッとハンカチをくれた。そのまま4人で連れ立ち、会場を後に…
俺はハンカチを手に、呆然と背中を見送った。やり取りを見ていた全員、ポカンと口を開いていた…
「ねえイグリット。なんで彼にハンカチを?」
「……過去に数度、顔を合わせた事があってね。名前は忘れてしまったけど、彼は完全なる傍観者だった。
アウロラに肩入れして、私を酷い扱いする事もなく。ユリシーズのように、唇を噛んで耐えるでもなく。あの人にとっては…私もアウロラも有象無象だったのよ。それでね…
私がアウロラに、ドレスにジュースを掛けられた事があったの。アウロラは大袈裟に泣いて「ごめんなさい!わざとじゃないの!」って謝るから、まるでそこに立っていたイグリットが悪い、って空気になってね。
居た堪れなくなって、逃げようとしたんだけど。その時」
『どうぞ。なんの役にも立たないかもしれませんが』
「ってハンカチを差し出してくれたの。それが彼」
「……………」
「ドレスが汚れて泣きそうになっている女の子がいる…ってだけで、動いてくれたの。嫌われ者を助けて、自分が仲間外れにされる…とかどうでもいいみたいだった。
反対に、私がどれだけ周囲から冷遇されても庇ってくれるでもない。目の前で暴力とか受けていたら、やめろと言ってくれたかもしれないわね。
そういう人なのよ。味方じゃないけど敵でもない。
私は1度助けてもらった。だから…私も1度だけ助けた。…それだけよ。
私にとって。嫌いじゃないけど好きでもない。けど無関心でもない…そんな相手」
「……そっか」
俺は自室に戻り、ハンカチを見つめる。
なんとなく…使わず、そっと引き出しに仕舞った。
間近で見れてラッキーだったな~!と喜ぶ気分にもなれず。とっとと布団に潜りました。
周りから見た4人はこんな感じ、な回
イグリット:ケモサーの姫
トア:イグリットが関わるとヤベー奴
ジャンヌ:ドーベルマンの魂を持つチワワ
ギリアム:抱かれたい男No.1(男女問わず)




