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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第3章
35/36

モブの独白



 こんにちは、俺は2年生のモブです。

 名前はあるけど、読者さんの前で呼ばれる事は無いと思うんで省略します。



 これから学園祭の目玉、ミスコンが始まります。参加者リストを拝見し、すっ飛んで参りました。

 俺の最推しは…クールビューティー・獣人の姫イグリット様です。

 あの臓腑まで凍えそうな視線で射抜かれたい。形のいい唇から紡がれる、心地良い声で罵ってもらいたい。そしてヒールで踏んで欲しい…ぽっ。

 けれど親しい人の前では、無邪気な少女のように笑うんです。そのギャップに天に召される輩が続出。俺も何度か逝きかけて、その度にひい祖父様に蹴り帰されました。

 ファンは「自分にもその笑顔を向けて欲しい!」勢と、「あそこは自分が足を踏み入れてはいけない神聖域だ!」に二分されています。俺は後者。




 そろそろ始まるかな…。特設ステージの前に、多くの男が集まって今か今かと待ちわびる。

 数分後…綺麗にドレスアップした女性達が入場した!

 次々に自己紹介をしていくが、とある1人がマイクを握ると観衆が沸いた。



 わああああああっ!!!



「……こんにちは、イグリットと申します」


 キターーーッ!!ああ、今日も不機嫌絶好調…!

 そして本日の装い!島のドレスはコルセットを使わない、自然派らしいんだけど。今日は程よく締められ、胸や腰回りを強調し…適度に筋肉のついた健康的な腕や足を見せてくださり、とっても素敵です。

 髪は女性にしては短めだけど、似合ってるのでオッケーです。むしろ俺、短い子のほうが好きかも。


 …俺もユリシーズ君の葬儀には参列した。そこで泣き腫らした顔のイグリットさんが、自分の髪を棺に入れているのを偶然見た。彼らは…本当にただの幼馴染みだったのかな…



 いいや、それは俺が知っていい事じゃない。




 俺にできるのは応援だ!今すぐ叫びたい、こっち向いてー!!思いっきり睨んでー!!罵ってー!!とお願いしたい!!


 まあ不可能なんですけどね。



「……チッ…。あぁ…予想通りだ。あ゛~…耳障り…」

「まーまー。でも確かに、この大声は耳がいてーや」


 ……………………。


 俺の真横に…推しの旦那様である、トア君が立っております。その隣にイケメンオーラ全開のギリアム君。身長俺と同じくらいなのに、足長え…

 可愛い系のトア君、妖艶なギリアム君の組み合わせパねえ。と騒ぐ女子をよく見掛けます。

 トア君は不機嫌を隠そうともせず…腕を組んで指をトントンしています。しかも頭の上に超デカイ蜘蛛が…ギリアム君はサソリ、怖いです。


 意図して隣になった訳じゃないんです。成り行きというか…人の波に押されて、あれよあれよと。

 気付けば人混みの中にぽっかり空間があり、そこに俺と2人が。周囲が俺に、同情的な目を向けている気がする。

 逃げればって?いや無理。人垣に塞がれてるし…何よりここはステージの真ん前!!特等席で、声は出せないけど心の中でエールを送ります!!



「…あれ?ジャンヌは?」

「ここよ~…」


 1人増えた。とっても気の強い美少女ジャンヌさんだ。フラフラ歩いてきて、ギリアム君の隣に立った。高身長彼氏と小柄彼女…お似合いすぎです、ご馳走さまです。


「ちょっと…!」

「んー?」

「……んもう」


 ギリアム君は自然にジャンヌさんの腰を抱いた。

 はわぁ~、イケメンは行動もイッケメェ~ン。頬を染めて、もじもじしながら彼にもたれるジャンヌさんもかわえぇ~。


「ジャンヌは出なかったの?」

「だって…ミスコンで、マスクは駄目って言われて…」

「「ああ~…」」


 マスク?ああ、今も3人が付けてる黒マスクね。そんな彼らの視線は…イグリットさんの隣に注がれる。



「アウロラ・ファロンでーす♡ファロン公爵家の娘でぇーす!」


 …ふくよかな彼女が隣にいるせいか…益々イグリットさんが細く華奢に見える。

 俺は参加者のアピールを聞く傍ら、獣人3人の会話が耳に入る。



「ハアアァ~…!やっぱりイグリットの美しさはレベルが違うね。彼女が視界に入るだけで、世界の全てが輝いて見えるよ」


 その気持ち分かるわー。トア君はうっとりとイグリットさんを見つめている。


「評価は投票数で決まるのよね?」

「イグリットがダントツなのは目に見えているけどね。1億万点を送りたい」

「ちびっ子が使いたがる単位じゃねえか」


 …ぶふっ…ゲフンゲフン。彼らはイグリットさん以外興味無いようで、世間話をしている。


「ちなみにトア、私は?」

「うーん…90点」

「は…?おいトラ…ジャンヌが100,000,000点中90点って言いてえのか…?」

「違うよ、100点満点中。それとトア」

「そうか…ならいい」


 結構高得点だ…


「他の女子は違いが分かんないから、全員50点。まあ女性に点数を付けるのは悪趣味だし、テキトーだよ。

 僕にとっては有象無象でも、誰かにとっては掛け替えの無い1人なんだから」


 いい事言ってるのに、有象無象は酷いんじゃないですかね。


「ふーん。アウロラは?」

「マイナス273点」


 絶対零度じゃん。つまり彼にとって最低の評価…という事は分かりました。



 そうこうしているうちに、イグリットさんのアピールタイム!彼女が一歩前に出ると。


「イグリットー!僕はここだよ、頑張って!」

「イグリットかわいー!!もう優勝だわっ!」

「頑張れよー!綺麗だからな、自信持て!!」


 3人が元気いっぱいに声援を送る。すると…ずっと無表情だったイグリットさんが、こっちに照れたような微笑みをくれた…!



 あ、俺死んだわ。

 魂が肉体を離れると、ひい祖父様に「80年早いわ!!」ってビンタされた。

 戻ってみればイグリットさんのアピールが終わっている。聞けなかった…残念。


 が。次の人が前に出ると、ニコニコだった3人がスンッ… となった。


「アウロラの可愛いとこは全部!だってパパがいつも言ってるもの、いっぱい食べるところも魅力的だって!!それとそれと」


「今何時?今日の舞踏会も昨日と同じ時間だっけ」

「そだね。まだ2時だから余裕あるよ」

「じゃあ昨日食べれなかったクレープのリベンジよ!」

「オレはバナナカスタードかな」

「私はいちご系」

「僕はどうしよ。メニュー見ながら決めようっと」


 すげえ堂々と、ファロン嬢のアピール無視しとる。自由っつーか…公爵家を恐れる必要が無い…少し、羨ましいかも。



 ミスコンは進み、お次は…女性達がランダムに渡されたカンペのセリフを読む。心を込めて…面白そう。

 みんな「もうっ、お寝坊さん!」とか「あのね…大好きだよっ!」といった胸キュンなセリフを…考えたの誰ですかね?ちょっと…ビミョー…


 イグリットさんはその間…カンペを睨んでる?なんだろう、そんなに恥ずかしいのかな…?

 順番が回ってきたイグリットさんが、こほんと咳払いした。そして…


 ヒールをカツン!!と踏み鳴らし、腕を組み。まるでゴミを見るかのような表情で、観客を見渡した。すうっと息を吸ったかと思えば…



「跪きなさい、この豚野郎」



 ザンッ!!!


 えーーーっ!?一瞬にして、観客の半数がその場に膝を突いた!!なんてこった、隠れ豚野郎がこんなに!!!

 俺?そりゃ反射で腰を落とす寸前だったけど。隣をずっと意識していた緊張からか、辛うじて立っています。


「え、何こいつら?僕のイグリットに敬意を示すってんならまあ、いいけど。

 それ、下心だよね?まさかイグリットに…直接触れたいとか、思ってる…?」

「ひいいいいっ!?め、滅相もございませんっ!!自分はただ、イグリット様のお姿を拝謁する以上は望みませんっ!!(本当はビンタして欲しいけど…)」

「ねえ、誰が名前を呼んでいいって許可したの?イグリットの神聖な名前が穢れるじゃん」


 あわわぁ。トア君が、近くで跪く男子生徒の手を踏んづけてグリグリしてるぅ。俺、ギリギリセーフ!



 ミスコンはついに最終局面、投票のお時間です!


「ま、イグリットが優勝なのは目に見えてるけどね~?」


 トア君の独り言が周囲に響く。書け…と言われている。まあ俺は、最初からそのつもりですけど。

 では…ん?


「……………………」


 ……見られてる。トア君が…じいいいぃ…っと俺の手元を。『イグリット』と書きかけて。さっきの彼の発言を思い出し。考えた末、俺は…


『テルトラント夫人』と書きました。

 横目でチラッと見ると、トア君がにこーーーっ!と弾ける笑顔を見せた。俺、またしてもセーフ!

 友人からよく「空気が読めない」と言われる男だが、やる時はやるんだぜ、俺。



 結果は…イグリットさんの優勝!

 観客が歓声を送り、獣人3人は大はしゃぎし、ファロン嬢は地団駄を踏んでいます。ステージ抜けそう。

 イグリットさんがエスコートに指名したのは、当然トア君。永遠に幸せでいてください。





 そんな舞踏会で…


「あっ」

「きゃっ!?ごめんなさい!」

「いえ、大丈夫ですよ」


 あちゃあ。すれ違った令嬢の飲み物が、俺の服にこぼれちった。丁度いいから、そろそろ帰ろっかな~と思っていたら。


「これ、どうぞ」

「へ?あ、ありがとう…ございます…?」

「いいえ。返していただかなくて結構ですので」


 これは夢ですか?なんとイグリットさんが…俺にスッとハンカチをくれた。そのまま4人で連れ立ち、会場を後に…



 俺はハンカチを手に、呆然と背中を見送った。やり取りを見ていた全員、ポカンと口を開いていた…






「ねえイグリット。なんで彼にハンカチを?」

「……()()に数度、顔を合わせた事があってね。名前は忘れてしまったけど、彼は完全なる傍観者だった。

 アウロラに肩入れして、私を酷い扱いする事もなく。ユリシーズのように、唇を噛んで耐えるでもなく。あの人にとっては…私もアウロラも有象無象だったのよ。それでね…

 私がアウロラに、ドレスにジュースを掛けられた事があったの。アウロラは大袈裟に泣いて「ごめんなさい!わざとじゃないの!」って謝るから、まるでそこに立っていたイグリットが悪い、って空気になってね。

 居た堪れなくなって、逃げようとしたんだけど。その時」



『どうぞ。なんの役にも立たないかもしれませんが』



「ってハンカチを差し出してくれたの。それが彼」

「……………」

「ドレスが汚れて泣きそうになっている女の子がいる…ってだけで、動いてくれたの。嫌われ者を助けて、自分が仲間外れにされる…とかどうでもいいみたいだった。

 反対に、私がどれだけ周囲から冷遇されても庇ってくれるでもない。目の前で暴力とか受けていたら、やめろと言ってくれたかもしれないわね。

 そういう人なのよ。味方じゃないけど敵でもない。

 私は1度助けてもらった。だから…私も1度だけ助けた。…それだけよ。

 私にとって。嫌いじゃないけど好きでもない。けど無関心でもない…そんな相手」

「……そっか」





 俺は自室に戻り、ハンカチを見つめる。

 なんとなく…使わず、そっと引き出しに仕舞った。


 間近で見れてラッキーだったな~!と喜ぶ気分にもなれず。とっとと布団に潜りました。


周りから見た4人はこんな感じ、な回


イグリット:ケモサーの姫

トア:イグリットが関わるとヤベー奴

ジャンヌ:ドーベルマンの魂を持つチワワ

ギリアム:抱かれたい男No.1(男女問わず)


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