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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第3章
33/36

狂気と執着、そして欲望

最終章、開幕



 新学期が始まった。…数ヶ月前までは、ユリシーズのいた机が…とても寂しい。

 そしてトアも、原因は教えてくれないけど…右目を失った。まだ距離感が掴みきれず、度々どこかにぶつかっているわ。

 2週間程学校を休んで静養に専念したお陰で、大分マシにはなったけど。その間は私も付きっきりで支えたわ。


 念の為、島に手紙を出しておいた。近いうちに返事か、お父様辺りが来ると思う。



「やっと来れたか」

「トア!もう平気なの?」

「ありがとうギリアム、ジャンヌ。すっかり回復したよ」


 トアの返答に、2人はほっと息を吐いた。トアは…眼帯に加えて、学校では常に黒いマスクをしているから。なんだか…すごい不審者になってしまったわ…

 …留学終了まで、あと半年。これ以上…何もありませんように。



 *



 10月になり、寄宿学校では2日間に渡り学園祭が開催された。それは単にお祭りみたいなもので、生徒は楽しむだけ。

 劇団の演劇、オーケストラの演奏、プロのシェフによる屋台…とっても賑やかで楽しそう!夜は舞踏会もあるのよ。

 私達はいつも通り、4人で行動。本当だったら、ここにユリシーズも……いえ、駄目よイグリット。前を…前に進まないと!!


「ねえイグリット!クレープ食べま……やっぱやめましょ」

「?」


 ジャンヌは何を…あっ。


「全部のメニューを作ってちょうだい!」

「か、かしこまりました…」


 ああ…アウロラが、クレープ屋さんを占拠している。作る端から胃袋に…まあ売上には貢献してるわね。他のお客さんが一切近寄れないけど。



 さて、パンフレットを見ながら広い校舎を歩く。ふうん…お昼過ぎに、グラウンドで剣の試合があるんですって。参加は男子のみ。


「優勝者は…今夜の舞踏会で、最初に踊るレディを指名できるんですって。レディは断れないそうよ、まあダンスくらいなら…」

「よし、行けギリアム!」

「絶対優勝しなさいよ!」

「任せろ」

「なんで!?」


 別にそんな事しなくても、貴方はジャンヌと踊るでしょ!?だというのに、3人はメラメラ燃えているわ!


「ふう…いいかいイグリット?他の誰かが優勝して…イグリットを指名する可能性があるんだよ?ジャンヌもだけど」

「んな気ぃ使わなくていいわよ。でもそういう事!トアはまだ本調子じゃないから見学ね」

「はぁ…そういう…」


 大袈裟ね…とは思うけど。トアが


「他の男がイグリットの手や腰に触れる…?駄目だ…殺す…!」


 と呟いているので、可能性は摘んでおかないとね!

 まだまだ試合まで時間はあるので、色々食べて回っていたら。




「うぐおおぉ…!」

「何やってんのよ、ばかーーーっ!!!」

「アホ!もう…!ダアホ!!」

「大丈夫ー…?」


 ギリアムがお腹を壊した。本人曰く、冷たい物を食べ過ぎるとこうなると。カキ氷1杯なのに…時期が悪かったか。


「す…すまねえ…」


 やっとトイレから出て来たギリアムは、フラフラあっちこっち…こりゃ駄目ね。なんか10歳老けた?ってくらい萎んだわ。ま、こんなハプニングも醍醐味よね。

 ギリアムが出ないんなら、試合を見る必要は無い。そう判断して…私達は教室でおしゃべりしていたら。




『剣術トーナメントの優勝者は…!テオフィル・ホワイト君でーす!!!』


「「「「……………」」」」


 アナウンスが…校舎全体に響く。

 い…いやな予感…


『ホワイト君、今夜のレディーは誰にしますか!?』

『僕は…イグリット様を指名します』


「「「「ブーーーッ!!!」」」」


 全員で噴き出した。なんでよ!!!


「ギリアムーーーッ!君が、君が出ていればーーーっ!!!」

「わーーーっ!!悪い、マジで悪かった!!」


 ああ…トアとギリアムが、取っ組み合いを始めたわ。


「ねえイグリット。あの男、そんなに強かったの?」

「ええ。一応ファロン騎士団で、鍛錬に混じったりしてたし…」


 でも…回帰前はそれ程じゃなかったような?いっつもアウロラにべったりで、たまーに振る程度。

 試合には騎士の家系である男子も参加していただろうに…それらを下すなんて、少しだけ評価を変えるわ。



 *



 夜になり、憂鬱な舞踏会の始まり。ま…最初だけ我慢すれば、後はトアとくっ付いていようっと。

 4人で会場入りをして、仕方ないからテオフィルを探したら…後ろから声を掛けられた。


「イグリット様。僕と踊っていただけますか?」

「……ハァ。喜ん…でっ!?」


 くるっと振り向きざまに手を出すと…そこには。

 左の頬を大きく腫れ上がらせたテオフィルが、私に手を差し伸べている…!


「ど…うしたの、その顔…」

「……いえ。アウロラお嬢様に…「どうして自分を指名しないのか」と、扇子で叩かれまして…」

「うわ…」


 確かに…あの性格なら、そうなるわよね…分かりきっていた結末だわ。

 最初から試合に参加しないか、途中で負ければよかったのに。


 丁度演奏が始まったので、不安そうな3人から離れて中央に躍り出る。



 〜♪ 〜♫


「……どうしてアウロラでなく、私を指名したの」

「こうでもしなければ、僕は貴女に…君に近付けないじゃないか」


 っ!まるで…昔の仲が良かった頃のように振る舞うわね?


「無礼よ。私を誰だと思っているの?貴方は元男爵令息の平民。ジャンヌに言われた事を、もう忘れたのかしら?」

「…君は僕を、大切にしてくれたじゃないか…イグリット」

「……………」


 ええ、そうね。それをぶち壊したのは…誰かしらね?この時間軸の貴方は関係無い…なんて思えないわ。

 セヴラン殿下とルーシャ殿下は…もう私に関わって来なければ、気にしない事にした。けど彼は違う。私を見下ろすその瞳に…狂気と執着が垣間見えている。


 昔猛特訓したお陰で、余計な考え事をしていても身体は自然と動く。華麗にターンを決めると、周囲から小さい歓声が上がった。



「見てみて、麗しい従者とお嬢様…物語みたいじゃない?」

「あの2人、幼馴染なんでしょう?息ぴったりだわ」

「でもイグリット様は既婚者よ」

「きっとホワイト君は、彼女を忘れられないのよ…!」


 …外野は好き勝手言ってるわね。誰が、こんな男と。

 視界の隅に…顔を紫色にして憤るトアと、彼を羽交い締めにするギリアムが見えたような…


「もう貴方は、私の友人でも従者でもないわ」

「……なら。もう1度、公爵家に戻りませんか?」

「は…?」


 何を…?私が頷くって、本気で思ってる?


「旦那様も仰っていました。あの夜…王宮で、美しく成長した貴女と再会した時。貴女こそが、公爵家に相応しいと…」

「………はは…私の意思は、そこに要らないのね…」


 本当に、ふざけている。握る手に力を入れると、テオフィルは僅かに顔を歪ませた。


「…大丈夫ですよ、何も離婚しろとは言いません。

 トア様が公爵家に養子入りし、次期公爵となってくださればいいのです。そして貴女は公爵夫人…」


 だから、そこに私の意思が無いっつってんのよ。

 ああ…早く、曲が終わらないかしら…!


「!?」

「そうしたら…ねえ、イグリット」


 イライラしていたら、テオフィルがずいっと顔を近付ける。今にもキスしそうな距離に、逃げようにも腰を掴まれていて離れられない!!



「その時は、僕を君の愛人にしてね?この身も心も…君にだけ捧げるよ」


 ヒュッ…と喉が鳴ってしまった。私は…この言葉を知っている。

 あれは13歳。もうイグリット(わたし)とテオフィルの関係が、修復不可能な程にひび割れてしまっていた時。夜の公爵邸で、偶然聞いてしまった会話。

 月が出ていなくて、満天の星空の下…密会するように、2人は花壇の側で抱き合っていた。



『僕の愛するアウロラ。僕達は決して結ばれない立場だ…けれど。

 君がどんな男性に嫁ごうとも、僕はついて行きます。この身も心も…君にだけ捧げます』

『テオフィル…!ええ、わたしもあなたが1番好きよ。誰と結婚しようとも…わたしの心の真ん中にはいつも、あなたがいるわ』

『アウロラ…!』



 そして2人は、咲き乱れる薔薇をバックに熱い口付けを…

 …当時は「見ちゃいけない!」って罪悪感ばかりだったけど。よくよく思い返せば、割と最低な会話じゃない…?



 じゃなくて!私が、あの時のアウロラの立場になっている!?逃げないと…と本能が囁く。

 タイミングよく演奏が終わり、彼の腕が緩んだ瞬間、私は礼もせず逃げた。トア…トア!!


「トアッ!!」

「イグリット!!大丈夫、変な事言われたんでしょ!?待ってて、今喉を引き裂いてくるね!」

「それは後にして!お願い…側にいて…!」

「イ…イグリット…」


 愛するトアをぎゅっとした。人目なんてどうでもいい!

 まだ舞踏会は始まったばかりだけど、私とトアは退場する。




 寮の談話室で、ソファーに抱き合って横になった。

 トアの大きくて柔らかい尻尾が…私を癒やしてくれる…


「……って言われたの…」

「……………へぇ(殺そう…)」


 ふう…話すと落ち着いたわ。

 テオフィルや公爵がなんて言おうと…私はもう、戻らない。



 トアと時折キスをしながら、互いの温もりを堪能する事1時間。

 ギリアムとジャンヌが戻ってきて、その後を少し教えてくれた。


「トド女がめっちゃキレててさ。ストーカー従者に「なんであんな女に触れるの!あなたはわたしの物でしょ!」って。んで…こっそり聞き耳立てたら、従者の返事が」



『大丈夫です。旦那様の指示で…「ファロン家にお前の居場所は無い。無駄な期待をするな」と釘を刺しただけですので』



「…って、い〜い笑顔だった。トド女も満足して、片っ端から男をダンスに誘ってた」

「ギリアムにも声を掛けるから、あのデカい鼻にスプーンぶっ刺してやったわ!」

「…………グッジョブ…」



 …テオフィル。貴方一体、何を考えているの…?



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