狂気と執着、そして欲望
最終章、開幕
新学期が始まった。…数ヶ月前までは、ユリシーズのいた机が…とても寂しい。
そしてトアも、原因は教えてくれないけど…右目を失った。まだ距離感が掴みきれず、度々どこかにぶつかっているわ。
2週間程学校を休んで静養に専念したお陰で、大分マシにはなったけど。その間は私も付きっきりで支えたわ。
念の為、島に手紙を出しておいた。近いうちに返事か、お父様辺りが来ると思う。
「やっと来れたか」
「トア!もう平気なの?」
「ありがとうギリアム、ジャンヌ。すっかり回復したよ」
トアの返答に、2人はほっと息を吐いた。トアは…眼帯に加えて、学校では常に黒いマスクをしているから。なんだか…すごい不審者になってしまったわ…
…留学終了まで、あと半年。これ以上…何もありませんように。
*
10月になり、寄宿学校では2日間に渡り学園祭が開催された。それは単にお祭りみたいなもので、生徒は楽しむだけ。
劇団の演劇、オーケストラの演奏、プロのシェフによる屋台…とっても賑やかで楽しそう!夜は舞踏会もあるのよ。
私達はいつも通り、4人で行動。本当だったら、ここにユリシーズも……いえ、駄目よイグリット。前を…前に進まないと!!
「ねえイグリット!クレープ食べま……やっぱやめましょ」
「?」
ジャンヌは何を…あっ。
「全部のメニューを作ってちょうだい!」
「か、かしこまりました…」
ああ…アウロラが、クレープ屋さんを占拠している。作る端から胃袋に…まあ売上には貢献してるわね。他のお客さんが一切近寄れないけど。
さて、パンフレットを見ながら広い校舎を歩く。ふうん…お昼過ぎに、グラウンドで剣の試合があるんですって。参加は男子のみ。
「優勝者は…今夜の舞踏会で、最初に踊るレディを指名できるんですって。レディは断れないそうよ、まあダンスくらいなら…」
「よし、行けギリアム!」
「絶対優勝しなさいよ!」
「任せろ」
「なんで!?」
別にそんな事しなくても、貴方はジャンヌと踊るでしょ!?だというのに、3人はメラメラ燃えているわ!
「ふう…いいかいイグリット?他の誰かが優勝して…イグリットを指名する可能性があるんだよ?ジャンヌもだけど」
「んな気ぃ使わなくていいわよ。でもそういう事!トアはまだ本調子じゃないから見学ね」
「はぁ…そういう…」
大袈裟ね…とは思うけど。トアが
「他の男がイグリットの手や腰に触れる…?駄目だ…殺す…!」
と呟いているので、可能性は摘んでおかないとね!
まだまだ試合まで時間はあるので、色々食べて回っていたら。
「うぐおおぉ…!」
「何やってんのよ、ばかーーーっ!!!」
「アホ!もう…!ダアホ!!」
「大丈夫ー…?」
ギリアムがお腹を壊した。本人曰く、冷たい物を食べ過ぎるとこうなると。カキ氷1杯なのに…時期が悪かったか。
「す…すまねえ…」
やっとトイレから出て来たギリアムは、フラフラあっちこっち…こりゃ駄目ね。なんか10歳老けた?ってくらい萎んだわ。ま、こんなハプニングも醍醐味よね。
ギリアムが出ないんなら、試合を見る必要は無い。そう判断して…私達は教室でおしゃべりしていたら。
『剣術トーナメントの優勝者は…!テオフィル・ホワイト君でーす!!!』
「「「「……………」」」」
アナウンスが…校舎全体に響く。
い…いやな予感…
『ホワイト君、今夜のレディーは誰にしますか!?』
『僕は…イグリット様を指名します』
「「「「ブーーーッ!!!」」」」
全員で噴き出した。なんでよ!!!
「ギリアムーーーッ!君が、君が出ていればーーーっ!!!」
「わーーーっ!!悪い、マジで悪かった!!」
ああ…トアとギリアムが、取っ組み合いを始めたわ。
「ねえイグリット。あの男、そんなに強かったの?」
「ええ。一応ファロン騎士団で、鍛錬に混じったりしてたし…」
でも…回帰前はそれ程じゃなかったような?いっつもアウロラにべったりで、たまーに振る程度。
試合には騎士の家系である男子も参加していただろうに…それらを下すなんて、少しだけ評価を変えるわ。
*
夜になり、憂鬱な舞踏会の始まり。ま…最初だけ我慢すれば、後はトアとくっ付いていようっと。
4人で会場入りをして、仕方ないからテオフィルを探したら…後ろから声を掛けられた。
「イグリット様。僕と踊っていただけますか?」
「……ハァ。喜ん…でっ!?」
くるっと振り向きざまに手を出すと…そこには。
左の頬を大きく腫れ上がらせたテオフィルが、私に手を差し伸べている…!
「ど…うしたの、その顔…」
「……いえ。アウロラお嬢様に…「どうして自分を指名しないのか」と、扇子で叩かれまして…」
「うわ…」
確かに…あの性格なら、そうなるわよね…分かりきっていた結末だわ。
最初から試合に参加しないか、途中で負ければよかったのに。
丁度演奏が始まったので、不安そうな3人から離れて中央に躍り出る。
〜♪ 〜♫
「……どうしてアウロラでなく、私を指名したの」
「こうでもしなければ、僕は貴女に…君に近付けないじゃないか」
っ!まるで…昔の仲が良かった頃のように振る舞うわね?
「無礼よ。私を誰だと思っているの?貴方は元男爵令息の平民。ジャンヌに言われた事を、もう忘れたのかしら?」
「…君は僕を、大切にしてくれたじゃないか…イグリット」
「……………」
ええ、そうね。それをぶち壊したのは…誰かしらね?この時間軸の貴方は関係無い…なんて思えないわ。
セヴラン殿下とルーシャ殿下は…もう私に関わって来なければ、気にしない事にした。けど彼は違う。私を見下ろすその瞳に…狂気と執着が垣間見えている。
昔猛特訓したお陰で、余計な考え事をしていても身体は自然と動く。華麗にターンを決めると、周囲から小さい歓声が上がった。
「見てみて、麗しい従者とお嬢様…物語みたいじゃない?」
「あの2人、幼馴染なんでしょう?息ぴったりだわ」
「でもイグリット様は既婚者よ」
「きっとホワイト君は、彼女を忘れられないのよ…!」
…外野は好き勝手言ってるわね。誰が、こんな男と。
視界の隅に…顔を紫色にして憤るトアと、彼を羽交い締めにするギリアムが見えたような…
「もう貴方は、私の友人でも従者でもないわ」
「……なら。もう1度、公爵家に戻りませんか?」
「は…?」
何を…?私が頷くって、本気で思ってる?
「旦那様も仰っていました。あの夜…王宮で、美しく成長した貴女と再会した時。貴女こそが、公爵家に相応しいと…」
「………はは…私の意思は、そこに要らないのね…」
本当に、ふざけている。握る手に力を入れると、テオフィルは僅かに顔を歪ませた。
「…大丈夫ですよ、何も離婚しろとは言いません。
トア様が公爵家に養子入りし、次期公爵となってくださればいいのです。そして貴女は公爵夫人…」
だから、そこに私の意思が無いっつってんのよ。
ああ…早く、曲が終わらないかしら…!
「!?」
「そうしたら…ねえ、イグリット」
イライラしていたら、テオフィルがずいっと顔を近付ける。今にもキスしそうな距離に、逃げようにも腰を掴まれていて離れられない!!
「その時は、僕を君の愛人にしてね?この身も心も…君にだけ捧げるよ」
ヒュッ…と喉が鳴ってしまった。私は…この言葉を知っている。
あれは13歳。もうイグリットとテオフィルの関係が、修復不可能な程にひび割れてしまっていた時。夜の公爵邸で、偶然聞いてしまった会話。
月が出ていなくて、満天の星空の下…密会するように、2人は花壇の側で抱き合っていた。
『僕の愛するアウロラ。僕達は決して結ばれない立場だ…けれど。
君がどんな男性に嫁ごうとも、僕はついて行きます。この身も心も…君にだけ捧げます』
『テオフィル…!ええ、わたしもあなたが1番好きよ。誰と結婚しようとも…わたしの心の真ん中にはいつも、あなたがいるわ』
『アウロラ…!』
そして2人は、咲き乱れる薔薇をバックに熱い口付けを…
…当時は「見ちゃいけない!」って罪悪感ばかりだったけど。よくよく思い返せば、割と最低な会話じゃない…?
じゃなくて!私が、あの時のアウロラの立場になっている!?逃げないと…と本能が囁く。
タイミングよく演奏が終わり、彼の腕が緩んだ瞬間、私は礼もせず逃げた。トア…トア!!
「トアッ!!」
「イグリット!!大丈夫、変な事言われたんでしょ!?待ってて、今喉を引き裂いてくるね!」
「それは後にして!お願い…側にいて…!」
「イ…イグリット…」
愛するトアをぎゅっとした。人目なんてどうでもいい!
まだ舞踏会は始まったばかりだけど、私とトアは退場する。
寮の談話室で、ソファーに抱き合って横になった。
トアの大きくて柔らかい尻尾が…私を癒やしてくれる…
「……って言われたの…」
「……………へぇ(殺そう…)」
ふう…話すと落ち着いたわ。
テオフィルや公爵がなんて言おうと…私はもう、戻らない。
トアと時折キスをしながら、互いの温もりを堪能する事1時間。
ギリアムとジャンヌが戻ってきて、その後を少し教えてくれた。
「トド女がめっちゃキレててさ。ストーカー従者に「なんであんな女に触れるの!あなたはわたしの物でしょ!」って。んで…こっそり聞き耳立てたら、従者の返事が」
『大丈夫です。旦那様の指示で…「ファロン家にお前の居場所は無い。無駄な期待をするな」と釘を刺しただけですので』
「…って、い〜い笑顔だった。トド女も満足して、片っ端から男をダンスに誘ってた」
「ギリアムにも声を掛けるから、あのデカい鼻にスプーンぶっ刺してやったわ!」
「…………グッジョブ…」
…テオフィル。貴方一体、何を考えているの…?




