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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
31/36

運命の分岐点



「ふう…」


 寄宿学校の入学式まで、あと1週間。誰も手伝ってくれないので、私は1人で荷物を纏めた。…なんで私は…こんなに惨めなのかしら。

 ううん、愛らしいアウロラが優先されるのは当然よ。大丈夫、私は1人でなんでもできる。……だい、じょうぶ…



 ガチャッ


 ベッドに座って休憩していると、いきなり部屋の扉が開いて驚いたわ。犯人はメイドで、冷たい目で私を睨む。


「旦那様がお呼びです」


 返事も聞かず、バタン!!と閉めた。ノックもしない…もう、慣れたわ。

 本日何度目かのため息をつき、私はお父様の書斎に足を運んだ。



 そこで今日。私の運命が大きく変動する事になる。



 *



「お呼びで……えっ?」


 中に入ると、お父様とアウロラと…彼女の肩を抱く、セヴラン殿下がいる。

 困惑していたら、今まさに私の通った扉から、王立近衛騎士団の制服を着た騎士が押し入ってきた!?

 その中の1人、殿下の親友が…私に、腕を伸ばし…──



「死ねえええええっ!!!!」

「ぐあっ!!?」

「ひっ!?」


 私に届く前に。マスグレイヴ卿の腕がへし折れて、壁に叩き付けられた!?何々なにが起きてるの!!?


「この不届き者めが!!!貴様は今、我が娘に何をしようとした!!?」


 むす、め?私の肩を優しく抱く…美しく格好よく、凛とした背の高い女性は誰?状況的に、この方がマスグレイヴ卿をぶちのめしたようだけど…一瞬すぎて何も見えなかった!?


「お前達、制圧せよ!!!」

「「「はっ!!!」」」




 それはまるで、現実味の無い光景だった。

 精鋭揃いの近衛騎士が…女性の後に入ってきた人達に、簡単に取り押さえられている。

 甲高い悲鳴を上げるアウロラも、口を塞がれて縛られて。お父様と殿下は、窓の外に逆さ吊りにされている…(静かなところを見ると、気絶している?)



「なんだこの、屋敷全体に漂う悪臭は!!話に聞いてはいたが、とても耐えられぬ…!」


 ?完了すると女性達は、黒いマスクを装着。そして…部屋の隅で震える私に向き直った。


「!!な、なんですか…!?わた、わたし、殺されてしまい、ますか…?」


 強盗には見えないけれど。騎士にも勝てない相手に…私が敵うとは思えない!!

 腰が抜けて動けない、必死に後退りし…壁に当たってしまった!何故か私だけ被害が無いけれど、怖い…!

 大柄な人達が私を囲んで見下ろしている。ぎゅっと目を瞑り、手を組んで祈った。



「あ…泣かないでおくれ…

 私は其方の味方だ。悲しませたくはないのだ…ほらっ」


 …?いつまで経っても、何も無い。そろ…と目を開けると。


「……お耳が…獣人…?」


 私の前に膝を突く女性の頭には、耳と…腰から長い尻尾が。猫耳…?いえ、この斑点はヒョウ…?モフモフしてそう…

 冷静に見てみると、後ろにいる人達も…ニコニコと私を見つめている。みんなケモミミや尻尾があったり、顔は完全に動物だったりする。



「ぅ…貴様ら、何者だ…!そこに吊るされているお方が、どなただと思っている…!」


 額に汗を滲ませるマスグレイヴ卿が、ヨロヨロと立ち上がる。そうだ、モフに気を取られていたけどこの人達誰!?

 近衛騎士を攻撃したのだから敵!?どうにか離脱を試みたけど…男の人に抱っこされてしまった!!


「きゃああああっ!!いや、離して!!」

「ごめんね、俺はキーフォ。君のお父さんだよ」

「違う!!………おおう…モファ…」


 私の父は1人しかいない!!は、ず、だけ、ど。

 可愛いお耳…そしてフワッフワな尻尾。無意識に尻尾を撫でると…キーフォ様は穏やかに微笑んだ。なので私は調子に乗って、尻尾をぎゅっとしてみた。心が落ち着く…お日様の匂いがする…



「イグリット!!まさか…本当に殿下が…!」

「!ユリ、シーズ?」


 非日常の中、聞き慣れた声に安堵する。正気に戻った私はキーフォ様の腕から逃れて、ユリシーズに抱き着いた!


「っ!も、もう、大丈夫だ。この人達は、お前を助けに来てくれたんだ」

「どういう事…?貴方は何か知っているの?」

「ああ。とりあえず今は、ここを離れよう」

「貴様!!罪人をどこに連れて行く気だ!!」

「罪人…?」


 え…マスグレイヴ卿が睨むのは、私?なんで…?


「その女は、殿下の恋人であるアウロラを嫉妬心から苦しめた!殺人未遂までしているんだ、言い逃れはできない!!

 殿下はそいつとの婚約を破棄し、断罪する為にここへ来た!貴様は国を裏切るのか、キッドマン!!」

「なに…それ…?」


 私…知らない。殿下は、私を…そこまで疎ましく思っていたの…?

 目に涙を滲ませると…ユリシーズが、私を強く抱き締めた。



「うるっせえよアウロラの金魚のフンが!!!いい事を教えてやる、アウロラと身体の関係があるのはお前だけじゃねえぞ!!」

「なっ!?」

「ほ?」


 ユリシーズはブチ切れながら叫んだ。そういえば彼って、結構口が悪いのよね…じゃなくて。

 からだの、カンケイって…つまり。え、アウロラ…え?呆然とアウロラに目を向けると、床に転がりながら顔が真っ青になっているわ。


「そこの売女と寝てんだろうテメエは!!」

「な…!売女だと!?それは違う、俺達の関係はもっと清いものだ!

 彼女は本当は俺を愛しているが…殿下の寵愛からは逃げられない。だからこそ、俺を心の拠り所に…」

「そのクソ女は色んな男に同じ事言ってんだよ!!テオフィルなんぞ毎晩奉仕してる、自分だけの特権だ!って聞いてもねえのに自慢げに言ってたぞ!!!」


 え。この屋敷で…日々そんな事が起きてたの…?



「はいコレが証拠。いやあ、僕も初めて見た時は驚いちゃった。人間ってすごいねー、見境ないね」


 ?扉から、私達と同じくらいの男性がひょっこり顔を出して…何か紙の束をばら撒いた。なにこれ…手紙?


 アウロラの特徴的な字で、『本当に愛しているのはあなただけ』『また会いたい…』などなど…

 もっと直接的な表現もあったけど、とても言葉にできないわ…!あなたの(※※※(ピーーー))が(※※※(ピーーー))で、すっごく気持ちよくて(※※※(ピーーー))…♡とか。何これ、官能小説?顔が熱くなってきたわ。


 男性からの愛の手紙もあった。極め付けは…アウロラの、堕胎手術の証明書が、2枚。本当に…?

 アウロラは殿下とマスグレイヴ卿、テオフィル、あと3人と関係を持っていて。他にも…必要であれば身体で籠絡させてきて…相手は数え切れない、とか。



 現実を突きつけられたマスグレイヴ卿は崩れ落ちた。みんなに愛されるアウロラは…こんな裏の顔を持っていたの…?



「逃げてユリシーズ!ここは僕達に任せて、彼女を安全な場所に!」

「ああ。感謝する、トア!」

「きゃっ!?」


 トア、と呼ばれた男性は私に、にっこりと微笑んでくれた。次の瞬間…私はユリシーズに横抱きにされて、窓から飛び降りた!!?


 あ。庭に…ファロン騎士団のみんなが縛られている。あの騒動でなんで誰も来ないのかと思っていたら、そういう…




「…っ!………わあ…」


 落ちて…ない。そうだった…ユリシーズは…

 まだ冷たい風が、私の髪とドレスを靡かせる。すごいわ、巨大な首都が一望できる高さまできている…

 髪を手で押さえながら、その幻想的な風景に目を奪われる。不思議と恐怖は無い…ユリシーズの温もりが、すぐ近くにあるからかしら?




「……昔、約束したよな。こうやって…お前を抱えて、飛んでみせるって。果たせて…よかった…」

「あ…そう、だったわね」


 私はもう、そんな約束も忘れてしまっていたのに。貴方は…覚えていてくれたのね…


 暫く無言で景色を眺めていたけれど。下降しながらぽつぽつと…私達は話をし始めた。まるでさっきまでの騒動が無かったかのように、ただの雑談。

 ふと思う。もう何年も…ユリシーズとこんな風に、会話をしていなかったな…と。


「この間ね、面白い本を読んだのよ」

「平民はスイカを棒で割る事があるんだ」

「知ってる?虹の根元には、宝物が埋まっているんですって!」

「くしゃみをする時は、誰かに噂されているらしいぞ」

「もうやだ、あははっ!」

「…ははっ」


 それは些細なやり取りなのに…ひどく心が落ち着く。

 殿下とお話する時は…失礼がないように!彼を退屈させないように!下品に大笑いしちゃ駄目!と…常に気を張っているからかしら。

 ユリシーズの私に触れる手が、低い声が、穏やかな視線が…私に安らぎをくれる。


 私が、私らしくいられるのは…ユリシーズの前でだけ。虫を愛でても、彼だけは受け入れてくれる。



「………………」

「……ん?俺の顔に何か付いてるか?」

「ううん…」


 なんだろう、この胸の高鳴りは。彼の顔をじっと見ていたら…また1つ、思い出した。



 おれのがイグリットをすきなのに!

 え、ほんとう?わたしもね、ユリシーズがすきよ。



 幼い日の…恋心を。



「……好き…」

「え…」


 どうして忘れてたのかしら。

 殿下の最悪な計画と、逆さ吊りされている情けない姿を見て…彼への愛情は氷点下まで冷めた。


 昔から全然変わらない、ユリシーズの目を見ていると…私は涙が溢れてきた。


「……ユリシーズが。私の旦那様だったら…よかったのに…」

「!!!」


 ユリシーズは私を凝視して、じわじわ頬を染めた。

 ……今私、口にしてた!!?


「わああっ!?ごめん、忘れて!」

「だーーーっ!!危ない、暴れるな!!!」


 きゃあ、きゃあ!!ここが空中なのも忘れて、私はユリシーズから離れようともがいた!

 ユリシーズが急いで降りたのは、どこかの宿…の屋根。ここに獣人の皆様が滞在しているんですって。



「……イグリット」

「な…に?」


 恥ずかしくて、彼の顔を見れないぃ…!両手で頬の熱を冷ましていたら…その手を取られてしまった。

 向かい合うユリシーズは私を真っ直ぐ見つめて…あぁ、逸らす事ができない…


「……俺、お前が好きだ。大好きだ、愛してる」

「…………ひゃ?」

「毎年…お前と蛍を見たい。一緒にお爺ちゃんお婆ちゃんになりたい。だから…お、俺と、結婚してくれ!!」

「ふぁ…」

「絶対大事にする、約束する!だからこのまま…俺と逃げよう!俺が守る、獣人のみんなも手伝うと言ってくれた。

 何も心配しなくていい。俺はただ…お前の苦しげな顔を、これ以上見ていたくない!!」


 彼の必死な告白に…私の心はガッタガタに揺れる。

 私…ユリシーズも、アウロラの事が好きなんだと思ってたけど。さっきの態度から、それは無いって分かったわ。なら…



 ……いいの、かなあ?もう…王家と公爵家の婚約なんて…どうでもいいわよね?



「……うん。私も貴方が好き。大好き…!貴方と…一緒に生きたい!!」


 それが、私の素直な願い。

 私の返事にユリシーズは破顔して、お互い強く抱き締め合った。ぎゅうっと、これまでの隙間も埋めるように…


 そして数秒後。そっと離れて…2人の顔が近付いた、瞬間。




「…貴方達ー。水を差すようで悪いけど、降りてきたらどうかしら…?」

「「……………」」



 どこからか、懐かしい声がする。私達はゆっくりとそちらに顔を向ける。

 あ、下に久しぶりのお母様が…他にも、ギャラリーがたくさん。

 通行人が、私達のやり取りを見ていたらしい。少なく見ても30人はいる…



 ………穴があったら入りたい。けど。


 今、私は。とっても幸せだと…胸を張って言えるわ。


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