運命の分岐点
「ふう…」
寄宿学校の入学式まで、あと1週間。誰も手伝ってくれないので、私は1人で荷物を纏めた。…なんで私は…こんなに惨めなのかしら。
ううん、愛らしいアウロラが優先されるのは当然よ。大丈夫、私は1人でなんでもできる。……だい、じょうぶ…
ガチャッ
ベッドに座って休憩していると、いきなり部屋の扉が開いて驚いたわ。犯人はメイドで、冷たい目で私を睨む。
「旦那様がお呼びです」
返事も聞かず、バタン!!と閉めた。ノックもしない…もう、慣れたわ。
本日何度目かのため息をつき、私はお父様の書斎に足を運んだ。
そこで今日。私の運命が大きく変動する事になる。
*
「お呼びで……えっ?」
中に入ると、お父様とアウロラと…彼女の肩を抱く、セヴラン殿下がいる。
困惑していたら、今まさに私の通った扉から、王立近衛騎士団の制服を着た騎士が押し入ってきた!?
その中の1人、殿下の親友が…私に、腕を伸ばし…──
「死ねえええええっ!!!!」
「ぐあっ!!?」
「ひっ!?」
私に届く前に。マスグレイヴ卿の腕がへし折れて、壁に叩き付けられた!?何々なにが起きてるの!!?
「この不届き者めが!!!貴様は今、我が娘に何をしようとした!!?」
むす、め?私の肩を優しく抱く…美しく格好よく、凛とした背の高い女性は誰?状況的に、この方がマスグレイヴ卿をぶちのめしたようだけど…一瞬すぎて何も見えなかった!?
「お前達、制圧せよ!!!」
「「「はっ!!!」」」
それはまるで、現実味の無い光景だった。
精鋭揃いの近衛騎士が…女性の後に入ってきた人達に、簡単に取り押さえられている。
甲高い悲鳴を上げるアウロラも、口を塞がれて縛られて。お父様と殿下は、窓の外に逆さ吊りにされている…(静かなところを見ると、気絶している?)
「なんだこの、屋敷全体に漂う悪臭は!!話に聞いてはいたが、とても耐えられぬ…!」
?完了すると女性達は、黒いマスクを装着。そして…部屋の隅で震える私に向き直った。
「!!な、なんですか…!?わた、わたし、殺されてしまい、ますか…?」
強盗には見えないけれど。騎士にも勝てない相手に…私が敵うとは思えない!!
腰が抜けて動けない、必死に後退りし…壁に当たってしまった!何故か私だけ被害が無いけれど、怖い…!
大柄な人達が私を囲んで見下ろしている。ぎゅっと目を瞑り、手を組んで祈った。
「あ…泣かないでおくれ…
私は其方の味方だ。悲しませたくはないのだ…ほらっ」
…?いつまで経っても、何も無い。そろ…と目を開けると。
「……お耳が…獣人…?」
私の前に膝を突く女性の頭には、耳と…腰から長い尻尾が。猫耳…?いえ、この斑点はヒョウ…?モフモフしてそう…
冷静に見てみると、後ろにいる人達も…ニコニコと私を見つめている。みんなケモミミや尻尾があったり、顔は完全に動物だったりする。
「ぅ…貴様ら、何者だ…!そこに吊るされているお方が、どなただと思っている…!」
額に汗を滲ませるマスグレイヴ卿が、ヨロヨロと立ち上がる。そうだ、モフに気を取られていたけどこの人達誰!?
近衛騎士を攻撃したのだから敵!?どうにか離脱を試みたけど…男の人に抱っこされてしまった!!
「きゃああああっ!!いや、離して!!」
「ごめんね、俺はキーフォ。君のお父さんだよ」
「違う!!………おおう…モファ…」
私の父は1人しかいない!!は、ず、だけ、ど。
可愛いお耳…そしてフワッフワな尻尾。無意識に尻尾を撫でると…キーフォ様は穏やかに微笑んだ。なので私は調子に乗って、尻尾をぎゅっとしてみた。心が落ち着く…お日様の匂いがする…
「イグリット!!まさか…本当に殿下が…!」
「!ユリ、シーズ?」
非日常の中、聞き慣れた声に安堵する。正気に戻った私はキーフォ様の腕から逃れて、ユリシーズに抱き着いた!
「っ!も、もう、大丈夫だ。この人達は、お前を助けに来てくれたんだ」
「どういう事…?貴方は何か知っているの?」
「ああ。とりあえず今は、ここを離れよう」
「貴様!!罪人をどこに連れて行く気だ!!」
「罪人…?」
え…マスグレイヴ卿が睨むのは、私?なんで…?
「その女は、殿下の恋人であるアウロラを嫉妬心から苦しめた!殺人未遂までしているんだ、言い逃れはできない!!
殿下はそいつとの婚約を破棄し、断罪する為にここへ来た!貴様は国を裏切るのか、キッドマン!!」
「なに…それ…?」
私…知らない。殿下は、私を…そこまで疎ましく思っていたの…?
目に涙を滲ませると…ユリシーズが、私を強く抱き締めた。
「うるっせえよアウロラの金魚のフンが!!!いい事を教えてやる、アウロラと身体の関係があるのはお前だけじゃねえぞ!!」
「なっ!?」
「ほ?」
ユリシーズはブチ切れながら叫んだ。そういえば彼って、結構口が悪いのよね…じゃなくて。
からだの、カンケイって…つまり。え、アウロラ…え?呆然とアウロラに目を向けると、床に転がりながら顔が真っ青になっているわ。
「そこの売女と寝てんだろうテメエは!!」
「な…!売女だと!?それは違う、俺達の関係はもっと清いものだ!
彼女は本当は俺を愛しているが…殿下の寵愛からは逃げられない。だからこそ、俺を心の拠り所に…」
「そのクソ女は色んな男に同じ事言ってんだよ!!テオフィルなんぞ毎晩奉仕してる、自分だけの特権だ!って聞いてもねえのに自慢げに言ってたぞ!!!」
え。この屋敷で…日々そんな事が起きてたの…?
「はいコレが証拠。いやあ、僕も初めて見た時は驚いちゃった。人間ってすごいねー、見境ないね」
?扉から、私達と同じくらいの男性がひょっこり顔を出して…何か紙の束をばら撒いた。なにこれ…手紙?
アウロラの特徴的な字で、『本当に愛しているのはあなただけ』『また会いたい…』などなど…
もっと直接的な表現もあったけど、とても言葉にできないわ…!あなたの(※※※)が(※※※)で、すっごく気持ちよくて(※※※)…♡とか。何これ、官能小説?顔が熱くなってきたわ。
男性からの愛の手紙もあった。極め付けは…アウロラの、堕胎手術の証明書が、2枚。本当に…?
アウロラは殿下とマスグレイヴ卿、テオフィル、あと3人と関係を持っていて。他にも…必要であれば身体で籠絡させてきて…相手は数え切れない、とか。
現実を突きつけられたマスグレイヴ卿は崩れ落ちた。みんなに愛されるアウロラは…こんな裏の顔を持っていたの…?
「逃げてユリシーズ!ここは僕達に任せて、彼女を安全な場所に!」
「ああ。感謝する、トア!」
「きゃっ!?」
トア、と呼ばれた男性は私に、にっこりと微笑んでくれた。次の瞬間…私はユリシーズに横抱きにされて、窓から飛び降りた!!?
あ。庭に…ファロン騎士団のみんなが縛られている。あの騒動でなんで誰も来ないのかと思っていたら、そういう…
「…っ!………わあ…」
落ちて…ない。そうだった…ユリシーズは…
まだ冷たい風が、私の髪とドレスを靡かせる。すごいわ、巨大な首都が一望できる高さまできている…
髪を手で押さえながら、その幻想的な風景に目を奪われる。不思議と恐怖は無い…ユリシーズの温もりが、すぐ近くにあるからかしら?
「……昔、約束したよな。こうやって…お前を抱えて、飛んでみせるって。果たせて…よかった…」
「あ…そう、だったわね」
私はもう、そんな約束も忘れてしまっていたのに。貴方は…覚えていてくれたのね…
暫く無言で景色を眺めていたけれど。下降しながらぽつぽつと…私達は話をし始めた。まるでさっきまでの騒動が無かったかのように、ただの雑談。
ふと思う。もう何年も…ユリシーズとこんな風に、会話をしていなかったな…と。
「この間ね、面白い本を読んだのよ」
「平民はスイカを棒で割る事があるんだ」
「知ってる?虹の根元には、宝物が埋まっているんですって!」
「くしゃみをする時は、誰かに噂されているらしいぞ」
「もうやだ、あははっ!」
「…ははっ」
それは些細なやり取りなのに…ひどく心が落ち着く。
殿下とお話する時は…失礼がないように!彼を退屈させないように!下品に大笑いしちゃ駄目!と…常に気を張っているからかしら。
ユリシーズの私に触れる手が、低い声が、穏やかな視線が…私に安らぎをくれる。
私が、私らしくいられるのは…ユリシーズの前でだけ。虫を愛でても、彼だけは受け入れてくれる。
「………………」
「……ん?俺の顔に何か付いてるか?」
「ううん…」
なんだろう、この胸の高鳴りは。彼の顔をじっと見ていたら…また1つ、思い出した。
おれのがイグリットをすきなのに!
え、ほんとう?わたしもね、ユリシーズがすきよ。
幼い日の…恋心を。
「……好き…」
「え…」
どうして忘れてたのかしら。
殿下の最悪な計画と、逆さ吊りされている情けない姿を見て…彼への愛情は氷点下まで冷めた。
昔から全然変わらない、ユリシーズの目を見ていると…私は涙が溢れてきた。
「……ユリシーズが。私の旦那様だったら…よかったのに…」
「!!!」
ユリシーズは私を凝視して、じわじわ頬を染めた。
……今私、口にしてた!!?
「わああっ!?ごめん、忘れて!」
「だーーーっ!!危ない、暴れるな!!!」
きゃあ、きゃあ!!ここが空中なのも忘れて、私はユリシーズから離れようともがいた!
ユリシーズが急いで降りたのは、どこかの宿…の屋根。ここに獣人の皆様が滞在しているんですって。
「……イグリット」
「な…に?」
恥ずかしくて、彼の顔を見れないぃ…!両手で頬の熱を冷ましていたら…その手を取られてしまった。
向かい合うユリシーズは私を真っ直ぐ見つめて…あぁ、逸らす事ができない…
「……俺、お前が好きだ。大好きだ、愛してる」
「…………ひゃ?」
「毎年…お前と蛍を見たい。一緒にお爺ちゃんお婆ちゃんになりたい。だから…お、俺と、結婚してくれ!!」
「ふぁ…」
「絶対大事にする、約束する!だからこのまま…俺と逃げよう!俺が守る、獣人のみんなも手伝うと言ってくれた。
何も心配しなくていい。俺はただ…お前の苦しげな顔を、これ以上見ていたくない!!」
彼の必死な告白に…私の心はガッタガタに揺れる。
私…ユリシーズも、アウロラの事が好きなんだと思ってたけど。さっきの態度から、それは無いって分かったわ。なら…
……いいの、かなあ?もう…王家と公爵家の婚約なんて…どうでもいいわよね?
「……うん。私も貴方が好き。大好き…!貴方と…一緒に生きたい!!」
それが、私の素直な願い。
私の返事にユリシーズは破顔して、お互い強く抱き締め合った。ぎゅうっと、これまでの隙間も埋めるように…
そして数秒後。そっと離れて…2人の顔が近付いた、瞬間。
「…貴方達ー。水を差すようで悪いけど、降りてきたらどうかしら…?」
「「……………」」
どこからか、懐かしい声がする。私達はゆっくりとそちらに顔を向ける。
あ、下に久しぶりのお母様が…他にも、ギャラリーがたくさん。
通行人が、私達のやり取りを見ていたらしい。少なく見ても30人はいる…
………穴があったら入りたい。けど。
今、私は。とっても幸せだと…胸を張って言えるわ。




