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地獄からの脱出



「駄目だ!!イグリットを連れて行くことは許さん!!」

「それを決める権利は貴方ではなく、イグリットにございます」


 お母様と公爵は私の親権で揉めた。面倒くさい…


「公爵様。何故私は出て行っては駄目なのですか」

「イグリット、お前は騙されているんだよ。いつものようにお父様と呼んでごらん?」

「はい公爵様。私はお母様について行きます」


 変わらぬ私の態度に、公爵は「うっ」と怯んだ。


 貴族が離婚することは珍しいがあり得る。

 親権は子供の意思が尊重されるが、私が男児だったら跡継ぎとして確実に公爵家に残される。

 だが嫁入りが決まっていたし、公爵はいずれ養子を迎える予定だったはず。



「お母様…イリアの実家は伯爵家だ、今のような贅沢はできないよ?」

「構いません」

「し…使用人と離れ離れになってしまうよ?」

「そうですね」

「兄弟が欲しいと言っていただろう!?可愛い妹ができたんだよ?」

「要りません」


 どれもこれも、今の私の心を動かせるものはない。

 アウロラはお父様の後ろに隠れて、ずっと口論を見ていた。

 スッと視線を向ければ、何故かにっこり笑った。


 早く終わらないかな…荷造りしたいし。

 私がため息をつくと、公爵の口元が醜く歪んだ。



「イグリット。公爵家を出たら…王太子殿下との婚約がなくなってしまうよ?いいのかい?」


 そうして伝家の宝刀(殿下だけに?)を持ち出す。そうすれば私が従う、と考えてのことだろう。


「はい。婚約解消の書類を作成していただきましょう」

「「「え…」」」


 これにはお母様や使用人も驚いた。

 だって私がどれだけ殿下を慕っていたか、みんな知ってるもの。


 今までの私は、彼が来たら全ての予定を蹴って出迎え。

 たとえ体調不良でもベッドから根性で起き上がり。

 贈り物はその辺で摘んだ花1輪でも心より喜んで。

 他の令嬢とちょっとお話するだけで、嫉妬で泣いてしまう子供だったから。



「お話は以上ですか?ではこれで失礼します」


 私はドレスの裾をつまみ、頭を下げてその場を後にした。

 誰も追ってこな…テオフィルがついて来る足音が。我慢よイグリット。

 もうじき、彼ともお別れなんだから。




 公爵や殿下から貰った宝石も、ドレスも何も要らない。

 お母様がくださった物だけ大事にカバンに詰める。


「イグリット。本当に出て行くの…?」

「ええ。貴方はきっとアウロラ付きの従者になるわね、おめでとう」


 これからは邪魔者のいない、楽しい生活が待ってるわよ?

 そう考え…ぴたっと手が止まる。


 テオフィル…貴方あの時、アウロラに惚れた?

 お父様がアウロラを紹介したダイニングに、テオフィルもいた。

 不安そうにお父様の袖を掴むアウロラ。その小動物のような姿に、テオフィルは真っ赤になって心を奪われたはずなのに。


「ねえ。貴方、アウロラをどう思った?」

「どう、って…旦那様が連れて来た、お嬢様?」


 は…?それだけ?


「可愛いとか、守ってあげたいとか、好きになっていないの?」

「な、無いよ?なんでそんな…

 まさかイグリット、僕のこと…?」


 テオフィルは頬を染めてなんか言ってる。

 どういうこと…なんで惚れなかったの?


 まさかとは思うけど。お母様の言動が強すぎて…アウロラのインパクトが消えた?


 …ううん。彼らはあれから何度も顔を合わせている。互いに自己紹介だってしてるし、惚れるタイミングはいくらでもあった。



 沈黙が落ちる室内に、コンコン とノックの音が響いた。


「誰?」

「ア…アウロラ、です」


 は?


 テオフィルが扉を開けると(許可してないわよオイ)、ひょっこりと顔を出すアウロラ。


「お…お姉さま?お話したくて…」

「私はこの家を出るの。姉でもなんでもないわ」


 彼女は何を勘違いしていたのか、本気で私を姉だと認識していたらしい。自分の味方だと、思っていたのだろう。

 みるみる青褪めていくアウロラ。はあ…


 私を裏切ったのは…あんた達でしょう?


「ああ、これからは私の代わりに公爵令嬢だったっけ。

 ではファロン令嬢、お引き取りを。私は忙しいので」

「え?え?え…」


 出て行かないなら別にいい、無視するだけ。

 荷造りが終わる頃にはもう、アウロラの姿はなかった。

 テオフィルが残っているのは内心驚いた。本当に…アウロラを愛してないの?


 私を止められないと悟ったのか、テオフィルは眉を下げて口を開く。


「奥様の実家…ベックフォード伯爵家だよね?僕も一緒に…」

「貴方の雇い主は公爵よ」

「じゃ、じゃあ…手紙書くね」

「どうぞ」


 私は返さないけどね。



「イグリット、終わったかしら?」

「お母様。はい、もう出れます」


 貴金属やドレスは、売るか捨てるかアウロラにあげるか好きにすればいい。

 お母様は多くの物が残された室内を見渡すも、何も言わずに私の手を引いた。



 私は一旦、お母様の実家であるベックフォード家に身を寄せる。

 3日後には王宮で、陛下も交えて婚約について話し合う。

 公爵は私が心変わりすると信じているのだろう、余裕のある態度で送り出した。



 廊下を歩いていると、多くの使用人に声をかけられた。中には涙ぐむ者も…全て無視する。

 私の心は、不自然なほどに落ち着いていた。

 煩わしいとも、悲しいとも思えない。

 同じ生き物に見えない、小説の登場人物にだってもっと感情移入するわ。


 騎士も挨拶に来た。私はよく、差し入れを持って騎士団に顔を出していた。

 家族や領民を守ってくれる、頼もしい騎士達。彼らも例外でなく、私を裏切った。


 ああ、彼は私の靴を池に投げ捨てた騎士だっけ?

 あっちの彼はアウロラに恋心を寄せた見習い騎士。

 そっちも、彼も、みんな…私の敵。



「奥様、お嬢様。お元気で!」


 メイド長をはじめ、多くの別れを惜しむ声がする。

 中には涙声のテオフィルも…



 私は一切振り返らず。お母様の手をぎゅっと握り、馬車に乗り込んだ。




 *




 私は今王宮の応接間にいる。ソファーの隣には公爵が座り、向かいにはセヴランが。その隣は…


「イグリット…婚約解消なんて、嘘よね?私達、姉妹になるんだって約束したじゃない!」


 涙目で私を見つめ、胸の前で手を組む少女。

 セヴランの妹で、私の親友で。


 アウロラの証言を保証する!と豪語して。

 社交界に嘘の噂を流して、私を孤立させた張本人。

 ルーシャ・オートレット王女だ。


「嘘ではございません、王女殿下」

「なんで…」


 なんで?それはこっちが聞きたい。


 貴女のせいで、私がどんな目に遭ったと思ってるの?

 セヴランに捧げるはずだった純潔も散らされ、肉体的にも精神的にも追い詰められたのは、誰のせい?


 でもいいの、どうでもいいの。

 これからはどうぞ、アウロラと親友ごっこを楽しんで頂戴。



「こほん…公爵、そちらの事情は伺っている。奥方と離縁し、イグリットは公爵籍を抜けると…」

「いいえ陛下、イグリットは私の娘です!だろう?」


 公爵は私の肩を抱き、必死にアイコンタクトを送ってくる。


「いいえ。私はイグリット・ベックフォード。

 本日は私と王太子殿下の婚約解消について参りました」


 そう断言すると、陛下と王妃殿下は息を呑んだ。

 公爵は狼狽し「何かの間違いです!」と言うし。

 ルーシャは両手で顔を覆って泣き崩れる。

 セヴランは唇を噛み締め…早く話を進めて。


「この婚約は『王家』と『ファロン公爵家』で結ばれるものでしょう?

 公爵家には愛らしいアウロラがいるのです、私ような悪女は国母に相応しくありませんわ」

「悪女…?君は何を言っている?誰がそんな…!」

「まあ!まさか誰かに唆れたのでは!?」


 兄妹が勝手に妄想しているが…

 誰でもない、セヴランの言葉よ。


 しくじった、一気に私が騙されている!という話に。

 終いには隣のソファーに座るお母様が犯人だと…ふざけるな。


「私は誰にも騙されていません。殿下と結婚したくない、それだけです」

「どうしてだい?私は君を想っているし、君も私を慕ってくれたじゃないか」

「はあ…」


 貴方の想いって薄っぺらいのね。



「王太子殿下。1つお聞きしたいことがございます」


 私は扉付近に立つ近衛騎士を指差した。

 指名された騎士は「え、俺?」と言って戸惑っている。


「もしも、例えばのお話です。

 私が彼に…階段から突き落とされたとか、暴力や暴言を浴びせられた。

 母を殺された。純潔を奪われた…そう貴方に訴えたら。どうしますか?」


 瞬間、部屋中が凍りついた。

 騎士は顔面蒼白で首をブンブン振っている。

 セヴランは1度騎士を睨んでから、私に向かって声を上げた。


「もちろんイグリットの言葉を信じる!世界中の誰が敵に回ろうと、私だけは味方になる。

 そして騎士に厳罰を与えよう。ただ処刑するだけでは生温い、苦しめてから刑を執行するよ」

「わ、私もよ!貴女を信じるわ!」


「……はは…」



 駄目だ、この兄妹。なんにも分かってない…



「イグリット…?」


 なんだか一気にどうでもよくなった。


 今のは多分、最後の確認。無駄に終わったわね。

 ソファーを立ち上がり、1人室内を歩く。

 復讐するのもめんどくさいとか、これからの新生活に期待するとかいう考えも吹っ飛んだ。



 コツ コツ コツ と。窓を両手で開け放つ。

 新鮮な風が入り、窮屈なドレスが舞い上がる。

 部屋の男性陣が礼儀で私から目を離した、瞬間。



「きゃあああああああっ!!?」



 神聖な王宮を(つんざ)くような、王女の悲鳴が響き渡った。


 私は窓から飛び降りたのだ。



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