表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
29/36

トアの選択



 イグリットが眠ったのを確認して、僕は部屋を出た。


「坊っちゃん、こんな時間にどちらへ?」

「神殿。ついて来なくていいよ」

「まさか。お供します」

「…わかった」


 途中ヴォルフに見つかり、仕方ないので連れてった。





 僕はあの日、ユリシーズに真実を聞いてから。足繁く神殿に通っていた。別に祈っている訳ではない。ただ…僕らと神々が最も近いこの場所で、ずっと考えていた事があったからだ。


 夜中ではあるが、神殿は開放されている。特に今から僕が訪ねる神は、夜が最も力を発揮出来る時間だから。



「ヴォルフ。君はここで待ってて」

「……(まあ…礼拝室に危険は無いか…)かしこまりました、では俺はここに」


 うん。礼拝堂を素通りして僕は1人、静まり返った部屋に足を踏み入れる。




「………ふぅ…」


 窓も無い、ただ祈りを捧げるだけの場所で。僕は膝を突き胸の前で手を組んで、深呼吸。


 ユリシーズに聞いた、異能の真実。それは一般に伝えられるものではなく、本当にその力が必要になった時のみ、神直々に言葉が下る。

 僕は偶然知ってしまった。それを…利用させてもらう。



「……僕の異能…夢渡り。それは眠り…夜を象徴する月の女神マールより授かったもの」



 僕に何が出来るんだろう。獣人は人間と違って単純で、綿密な計画なんかも立てられない。復讐だって、相手を殺すくらいしか出来ない。いや、今はそれは置いといて。


 ユリシーズの寿命を延ばせる訳でもない。誰を犠牲にしても…

 彼のように時間を遡る事も出来ない。


 ……時間を…?



 と、僕は足りない頭で考え抜いた。今、僕の選択が上手く行くか…証明しよう。




「月の女神マールよ。当代神官、トアの名に於いて。ここに授かった異能…夢渡りを返上します」



 僕には、夢を渡る事しか出来ない。それを使ってここ数週間は、イグリットの敵に悪夢を見せる嫌がらせをしてきたが…もういい。精々寝不足にさせるくらいしか効果無かったし。


 僕の言葉に…閉め切った部屋の中に、ふわりと風が流れた。

 …感じる、重苦しい気配…圧倒的な存在が、僕の頭上にある。




〈如何にした 我が子よ〉


 たった、その一言で。僕は全身から汗が噴き出し…震えが止まらない。生身で神と対峙するって…とんでもないな…

 すごいなあ、古代の僕。


 …じゃなくて!喉が引き攣って、とてもじゃないが声など出ない。ならば…心の中で語り掛ける。



「(女神マール。僕の異能を使い…()()()の僕と、夢を繋げてください)」



 そしてその僕が、囚われる前のイグリットと出会い。イグリットとユリシーズ…2人を救い出す!!


 ユリシーズの失った寿命は戻らない、生き返らない。イグリットの心の傷も、癒える事は未来永劫ない。どう足掻いても変えられない…それなら、せめて。

 悲劇が起こる前に…もう1人の彼らだけでも、幸せになって欲しい。



 これは完全なる僕の自己満足だ。誰も望んでいないし、この世界は何も変わらないんだから。

 でも、嫌なんだ。ユリシーズが…僕の愛しい人の為に、命を懸けた大好きな友人が。本人は報われたと言っても…こんな最期を迎えるのを、認めたくない!!!



〈ふむ 可能ではあるが 繋がるのは()()お前だ

 この時間の 並行世界では 全て終わった後となる それでよいのか?〉


「(よくありません。ですから…ユリシーズ同様、代償を払います。

 今より数ヶ月前。僕が王国に到着するより以前に、夢を繋げてください!)」



 つまり。次元を超えるのは、僕の奥の手を使って。

 時間だけ遡るのを…神々に叶えてもらうのだ。



〈それは 時の神の仕事だな では 代償を〉



 これが1番悩んだ。

 ユリシーズはあの時、魂だけの存在だったから。回帰後の自分の寿命と、イグリットの感情しか…差し出せるものが無かった。


 でも僕は違う。寿命は駄目だ、イグリットが悲しむ。僕は1分1秒でも、長くイグリットの側にいたい。そして一瞬でも早く、先に死にたい。


 感情は?それも駄目だ。イグリットを愛しているが…他の人はどうでもいい訳でもない。ギリアム、ジャンヌ、家族…領地のみんな。僕の大切な人達。失いたく、ない。


 ならば別のもの…そう。僕はユリシーズと違って、五体満足でここにいる!



「(僕の手足でも、身体の一部を、命に関わらない程度に…捧げます)」


〈それで よいのか〉


「(はい。失った時の苦痛…今後の暮らしへの影響を考えれば。充分代償になるのではありませんか?)」



 怖いけど…僕に出せるのはこれだけ。更にイグリットの時間を数年遡ったユリシーズより、数ヶ月分の僕のほうが、代償は少なくて済むのではないか…と思う。


 どうか、どうか…!!両手をぎゅっと握り、女神の回答を待つ。




〈よかろう 我が子よ その願いを聞き届けよう〉


「(…!ありがとう、ござ……ぁ)」



 歓喜した、瞬間。頭部に激痛が走った……あ、ああぁ…!



「あ゛あ゛あ゛あああぁっ!!!?」



 同時に右の頬を流れる、生温かい液体。

 僕の手を真っ赤に染める…血、だ。



〈代償に お前の右目を貰う 安心しなさい 命は保証する〉


「あ゛…りが、と  う……ご……」


「坊っちゃん!?今の声はなんですか、坊っちゃん!!」


 激しい痛みと、抗えない睡魔に襲われ…僕は。床に倒れた。

 焦った声を出すヴォルフが、扉を破壊する勢いで、開けて……



〈さあ 時の神 我が子の願いを 聞き届け給え〉






 待ってて…ユリシーズ、イグリット。今…君達を、助け出す…!






 □□□□□□□□□□□□□□□






 いつもの…夢を渡る感覚だ。暗闇の中に、いくつもの光が浮かび。その人の匂いがする光に触れると…夢に入れる。


 でも今は、導かれるように…たった1つの光に、吸い込まれる…!!




「……う…」



 ここは…草原に僕は立っている?風が気持ちいい…痛くないと思ったら、右目もまだある。

 夢の主…並行世界の僕はどこだろう?周囲を見渡すと…




「ふんっふ〜ん♪ 僕たちゃ獣っ人 野生のオトコ〜♪

 今日も今日とて〜 ワイルドに生きるのだ〜♪」



 ズザザザザッ!! 思わずスライディングしてしまった。僕が…変な歌を歌いながら、麦わら帽子を被り釣り竿を手にスキップしている。

 なんて夢を見てるんだ僕!!



「ウォウウォウ イエ〜♪ そろそろ彼女が 欲しいんだぜぇ〜♪

 運命の女性はどこかしら〜♪ 僕にも早く はーるよ来いっ♪」

「やめんかーーーいっ!!!」

「おぐっ!!?」


 誰も見ていないけど、恥ずかしくて堪らない!!!僕に思いっきり飛び蹴りを喰らわすと、面白いくらいに吹っ飛んだ。



「何っ!?…あれ、僕?なんで?」

「ああもう、説明が難しい…!

 とにかく僕!ここは夢の中だって、分かってるよね?」

「え?もちろん。今日は変な夢だなー」


 なんだこの、のほほんとした僕は。夢の知識もあまり無さそう…

 恐らく…異能を磨いていないから、自由に夢を渡れない僕なんだろう。



「今現実ではどの辺?もう王国に旅立った?」

「いや?来週の予定だけど」


 来週…まだテルトラントにいるかもしれない。僕らが王国に着く日の朝に、イグリットは囚われる。なら1日早く出発すれば…?



「ええい受け取れ僕!!」

「ほ?」


 夢の中で僕に不可能は無い!!!僕…ややこしい!トアの頭を鷲掴みにして、僕の記憶を共有させる!




「……………………」



 トアは虚ろな目で微動だにしない。体感的に…30分後。ようやく動いた。



「……分かったよ、僕。出発を早めるよう伯父さんに言ってみる!」

「よっし!それで、これを使って」


 僕が念じると、手の中に書類サイズの封筒が現れた。これはあの時。



 ユリシーズの記憶の中で。彼が必死に集めた証拠の複製だ。ユリシーズとイグリットには干渉出来なかったが、これだけは彼が落とした隙に回収しといた。



「夢の外には持ち出せない。だから僕は王国に着くまでの間に、毎回夢の中でこれを読んで」

「それで目を覚ましたら、忘れる前に書き写す、だね」

「そう。細かい事は…僕が言いたい事は分かるね?」

「当然、僕だからね。

 …ユリシーズとイグリット、さんは。僕が絶対助けてみせる…!」


 トアは封筒を握り締めて、顔を歪めて約束してくれた。頼んだよ…最悪2人を連れて、島に逃げればいいんだから!



「…でも」

「?」


 何?トアが…地面に両肘と膝を突いた。



「ずるいずるい!!僕だって絶対、出会ったらイグリットさんを好きになっちゃうじゃん!!!」

「あー…」


 僕の記憶を読めばまあ、そうなるよね…

 トアは「わああああんっ!」と叫ぶ。


「でもこんなん、ユリシーズの邪魔できないじゃん!!2人には結ばれて欲しいって思うじゃん!!でも僕もイグリットさんと結婚したいいいいっ!!!」

「あの…ほら。番になってなければ、まだ引き返せるし…」

「そりゃ結婚した僕はなんとでも言えるよねえっ!!いいなあああーーー!!でもユリシーズだけは死んでも応援するううううっ!!!」


 ああぁ…トアはついに突っ伏して大泣きする。

 仕方ない、ここで切り札を投入しよう。


「ふ…僕とユリシーズ、どちらもイグリットの夫になる手はあるだろう?」

「なん…だと…?」


 掛かった!トアはゆらりと顔を上げた。



 そう、島の法律では。直径の王族と地方領主のみ…複数の伴侶を迎える事が認められている!!


 ただ獣人の番という性質上、あまり意味は無いのだ。

 獣人同士の夫婦なら、互いしか見えないし。

 片方が人間でも、伴侶の獣人が嫉妬して絶対に受け入れない。最悪殺し合いに発展する。

 故に、人間同士の夫婦でしか有り得ないんだけど…



「ユリシーズだけは…僕もイグリットと結婚してもらいたい。他の男だったら殺す、伯父さんだろうとギリアムもヴォルフもハルも全員。

 つまり、イグリットがテルトラント領主になって!」

「ユリシーズと、僕が求婚する…!完璧だ!!」


 僕達はぐっと握手を交わす!

 まあ…イグリットがトアを受け入れるか、知らんけど。



 これ以上長居する理由は無い。僕はもう、帰らなきゃ。愛するイグリットの元へ。



「…僕は異能を失うし、こっちの世界の結果を知る術は無い」

「………………」

「だから…信じてるよ、僕。必ず」

「必ずやり遂げる。僕…ありがとう」

「…うん」



 僕はもう、祈るだけ。

 集中すると…意識が溶ける。最後にトアと肩を叩き合い。僕は…──




 ******




「……!トア、トア…!?」

「…………?」


 この、声は。

 うっ!頭が…右目、があった場所が。熱を持ち、ズキズキと痛む…


 左目をゆっくり開けると…憔悴しきったイグリットが、涙を流して僕を見下ろしていた。ここは、王都の邸宅…?



「トア…!!よか、よかった…!貴方まで…失ってしまう、かと…!」


 イグリットは布団に顔を埋めて、声を上げて泣いた。心配掛けて…ごめんね…




 どうやら神殿で倒れて、5日も眠っていたようだ。

 イグリットを始めとして、みんなに何があったのか訊ねられた。もちろん、答えないけど。


 それよりヴォルフが…自主的に謹慎していると。彼は全く悪くないので、出て来てもらった。


「坊っちゃん!!お守りできず…申し訳、ございません…っ!」

「ううん、いいの。分かってたからさ。こっちこそ…ごめん」


 泣きながら額を床に擦り付ける姿に胸が痛む。

 神殿も大パニックだったようなので、回復した、そちらに責任は一切無いと伝えてもらった。




 半月程で…片目の生活にも慣れた。ヴォルフとイグリットの過保護がすごいけどね。




 どうか…もう1人の僕達が、穏やかに過ごしていますように。澄み渡る青空を見上げて、僕はそう願った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ