やくそく
懐かしい、夢を見た。
私達がまだ…5歳にも満たない頃。
「ねえイグリット。おおきくなったら、おれのおよめさんになってね」
「んえ?」
私と、ユリシーズは。私の部屋で…積み木で遊んでいた。
ユリシーズはニコニコと、私の頬にキスをしてくれた。
「むりー」
「なんでえ!?」
「だってわたしは、おーじさまのおよめさんになるんだって、パパがいってたもん」
「だれ!?」
「しらないひとー」
ユリシーズは…「やだーーーっ!!!」と大声で泣いていた。
あの頃から。私は顔も名前も知らない「王子様」と結婚するしかないんだって、漠然と思っていた。
「しかたないのよー。それがレディのぎむなんだって」
「ううう〜…!おれのがイグリットをすきなのに!」
「え、ほんとう?わたしもね、ユリシーズがすきよ」
「そうなの?でもケッコンはしないの?」
「できないの」
「え〜…じゃあ、おーじさまとリコンしてね」
「わかった!そのあとケッコンしようね」
「うん、やくそく!ぐすっ…ぜったいだぞ!」
ユリシーズは泣き止み鼻をすすりながら、私達は指切りをした。
今にして思えば…なんて会話だろうか。メイドが苦笑いするのも無理はない。
だけど…そうだ。私はユリシーズが好きだった…はずなのに。どうして忘れていたんだろう…?
初恋は確かにユリシーズで。でも…成長するにつれ、彼と結ばれる事は無いと…理解してしまって。
ならば私は、王子様を愛そうと決めた。政略結婚でも、愛の無い関係は嫌だった。
どうにか王子様の良いところを見つけて…ユリシーズを忘れようと必死になった。それは一種の呪いのようにも思える。
その甲斐あってか…私は気付けば、セヴラン殿下に夢中になっていた。ユリシーズとの、この幼い約束は。胸の奥深くに封じた…
好き…大好き。そんな感情は、互いに苦しいだけだから。
だから…
「…………あ…」
目を覚ました私は…両目から涙を溢れさせていた。
「…おはよう、イグリット」
「トア…」
トアはそんな私の頬を拭い。優しく抱き締めてくれた。
ユリシーズの葬儀から、もう2週間が経った。それから私は、毎日泣きながら朝を迎える。
死因は病気としか…詳細は誰も教えてくれない。
葬儀には多くの人が来た。セヴラン殿下やルーシャ殿下、マスグレイヴ卿。アウロラに…テオフィルも。
アウロラが、何か喚いていた気がする。ユリシーズに対して…セヴラン様がダメだった時の保険なのに、なんで死んじゃうの!?と…。
それと私の姿を見て、なんでアンタがここに、ユリシーズを殺したわね!?とか。私が覚えているのはそこまで。
公爵令嬢といえど、その場でつまみ出されていた。テオフィルが居た堪れない、恥ずかしげに顔を伏せていたけど。同情もしなければ、ざまあみろとも思えなかった。
あれからトアは何も言わず、私を支えてくれる。そんな彼の優しさが…苦しい。
だって、もしも…もしも回帰した時に、この恋心を思い出していたら。私は…ユリシーズの必死の告白に応えて、ベックフォード家に残り島に渡らなかった可能性もある。
そうしたら…トアとは出会わず、ユリシーズと…
無意識に、右の手首をさする。ユリシーズの爪痕は…綺麗さっぱり無くなっている。気付いたのはユリシーズが…息を引き取った、翌日だった…
そして短くなった髪の毛を撫でた。私は腰まであった白髪を、肩の上でばっさりと切り。ユリシーズの亡骸と共に…燃やしてもらった。家族でもないのに…ご両親も、ありがとうと言ってくださった。
その時に…私が今まで彼に送った手紙も一緒に。彼は全て、宝物のように保管してくれていたと…おば様から聞いた。
ユリシーズの遺品もいくつか貰った。私がそう望んだから。
葬儀が終わり、キッドマン家を後にする日。最後に…ユリシーズの部屋を訪れた。
トアも、ジャンヌも、ギリアムも。ヴォルフ、ルプス、レオ、ティアも。私を気遣って…1人にしてくれた。
大切な人の死って…こんなに辛いものだったのね。声が枯れるまで泣いたのに、まだ溢れてくる。
そっと机を撫でる。彼はこの机で…私への手紙を書いてくれていたのだろうか。
「……?」
何、これ。書きかけの手紙?
いけないと思いつつ、手を伸ばした。
『イグリットへ
ずっと言えなくてごめん。俺はもう長くない…その時が来たら優しいお前は、泣いてしまうかもしれない。
けど俺は、お前には笑顔でいて欲しい。だから…
俺の事は忘れて。それでお婆ちゃんになっていつか、思い出してくれると嬉しいな。どうかトアと幸せに。そう約束してくれ。
ユリシーズ』
短いけれど…ユリシーズの人柄が滲み出ている手紙だった。
私はそれを大事に折り畳み、仕舞おうとして…裏側に書かれた小さな単語を見つけた。
『愛してる』
「…………ユリシーズ…」
私はあの時、どうして貴方を信じなかったのだろう。回帰前も、その後も…後悔は尽きない。
ご両親や屋敷のみんなにお礼と別れを告げて、私達は王都に戻った。
そして現在。私は無気力になってしまい…日々をぼー…っと過ごしていた。
「イグリット。少し、外を歩かない?」
「…うん、行く…」
ジャンヌに手を引かれて、私は立ち上がる。
「…トア。お前、知ってたんだろう?どうしてイグリットに伝えなかった」
「………ユリシーズが、望まなかったから」
「だからって…!覚悟もできないまま別れるなんて、彼女が苦しむと思わなかったのか!?」
「…ギリアムはさ。最期に見るのが…ジャンヌの笑顔と泣き顔。どっちがいい?」
「!!」
「…そういう事。死にゆく者の自己満足だってのは、僕だって分かってる。けど…
ユリシーズは僕に、イグリットを託したんだ。悲しみに暮れる彼女を、僕なら支えられると…だから」
「……そうかよ…」
庭を歩く私達を、屋敷の中から2人が見守っていた。
…駄目、このままじゃ。元気を…出さないと。みんなにも心配かけちゃうし、ユリシーズだって望まない。
あと数日で、休暇が明ける。ユリシーズのいない学校が、始まる。
それまでは。貴方を想っていても…いいかな?
「ねえ、イグリット」
「?」
ある日の夜。私はトアの腕の中で、眠気を待っていた。元気になるには、沢山食べて沢山寝ないと。
「君は、ユリシーズが好き?」
「…好きよ」
「結婚したかった?」
「…私が愛しているのはトアよ。本当に、でも…
貴方と出会う事がなければ…いえ。私は幼い頃、彼の事が好きだったの。それをもっと早く思い出していたらきっと、ユリシーズを愛していたかもしれない…」
夫であるトアにこんな事を言うのは、背徳行為だと分かっているけれど。彼には…嘘をつきたくなかった…
トアだってユリシーズの死を悲しんでいたのに、私のケアばかり気にしてくれた。うん、彼が一緒にいてくれるから…私はきっと、頑張れる。
私達は唇を重ねて…眠りにつく。
ねえ、ユリシーズ。私は…貴方のいない世界を、これからも生きる。
だから、さようなら。絶対に忘れないわ。
私達…いくつもの約束を、破ってきたわよね。
でも今度こそ。幸せになる約束と…お婆ちゃんになっても貴方を忘れない、という約束を。守ってみせるからね。
「…うん。僕もこんな結末、嫌だ。ユリシーズは幸せにならなきゃいけない。だから…」
トアが何か、呟いている。けれど…私の意識は…そこまでだった…




