夏期休暇
殿下の足が治る頃。
私達は学校にも大分慣れて、知人以上友人未満の人もチラホラ。それでもやっぱり…私は笑えないけど。うーん、表情筋おかしくなりそう。
ギリアムは社交的で、そこそこクラスに打ち解けている。トアは男子を睨みまくってるし、ジャンヌは…私にべったりだけど。
1学期ももう終わり、テストの結果が出たが…
「わっ、イグリット2位!?すごいじゃない!」
「ありがと、ジャンヌ」
こんなもんかしら。他のみんなは…と。
「俺は7位だった」
「うわ、ユリシーズもすごいね。僕は…真ん中よりちょっと下…」
「オレは28。ジャンヌは?」
「………下から…3番目…」
あらら…。ちなみに1年生は大体70人くらいよ。最下位は…結果を床に叩き付けて「なんでアウロラがビリなのっ!?」って叫んでる人かなぁ…
夏期休暇が目前に迫る今日この頃。私達はいつもの5人で集まって、どこに行こうなど計画を立てていたんだけど…
「失礼致します。イグリット様に…こちら、ファロン公爵よりお手紙がございます」
「…………」
突然談話室の扉がノックされ、顔を出せばテオフィルがいた。その手には封筒が…燃やしていいかしら?
「…ありがとう」
一応受け取りそう言って、扉を閉めようとしたのに。
「あ…っ!だ、旦那様より、返事をその場で聞くようにと命じられてます!」
「…………」
彼は私を潤んだ瞳で見つめる。気持ち悪…断って居座られても面倒だし、ソファーに腰掛けて読むか。
「ふむ…」
「イグリット、なんだって?」
トアは私にぴったり密着している。暑いけど、可愛いのでよし。
ただ、テオフィルがトアを睨んでいる気がする。いい度胸ね、貴方。
「ねえ、僕の顔になんか付いてるの?不愉快なんだけど。それとも…僕の妻を見ているの?」
「!い、いいえ…失礼しました。大変仲睦まじいのだな、と思いまして…」
「まあね」
トアったら、もう。
手紙は要約すると。「久しぶり、元気そうだね。夏期休暇の間は帰って来ないか?」です。
「公爵様に伝えて。「お断りします」と」
「…かしこまりました」
彼はそれ以上何も言わずに出て行った。鍵しとこう…
私の帰る家はテルトラントにある。それか…お母様の実家、ベックフォード家。
ファロンは私の人生に、いらないの。
それからは特に接触も無く休暇を迎える。
***
咎人がいないお陰で、トア達はマスクをしなくて済む!と笑っていた。
休暇中は寮ではなく、王都にある島の屋敷に滞在する。この後夜会があるのよね…最低限の社交は必要よね。
王宮からの招待状は、全て断るけど。
「今日はコルセット無しにしましょうか。島の文化もアピールしないと」
「本当!?よかった~、あれ苦しいのよ」
ジャンヌは本当に嬉しそう、気持ちは分かるわ!ラクなドレスを知ってしまったらもう、戻れない~。
ただ…どうにも視線を感じる。ラクな服が羨ましいのかしら?と思ったけど、耳を澄ませば…
「見て…あんなに太い腰、恥ずかしくないのかしら?」
という事でした。ふ…言ってろ。私は太いんじゃなくて、健康的って言うのよ。
私達を笑う令嬢は、いずれも異様に腰が細くて顔色が悪い。厚化粧で誤魔化しているけどね。
「イグリット、今日は無駄なコルセットをしていないから、沢山踊れるよね?」
「ええ、ご飯もいっぱい食べられるわよ」
「よかった。この国の女性は細い人が多くてちょっと、気味悪いよね」
ト、トア!!!
「無駄にドレスやアクセサリーにお金を掛けて、食費が足りないのかな…?ゾンビに囲まれてる気分だよ」
トアーーー!!!
「王国に生まれなくてよかった。随分と変わった性癖が広まってるみたいだし。この会場で、僕の妻以上に美しい人はいないねえ」
どうしたんですかトアさん!!!
令嬢達が額に青筋を浮かべて、次々と扇をへし折っている!
「でも君のコルセット姿は美しかったよ。あれ以上絞めてたら止めたけどね。
君は自然体が1番魅力的なんだ。それが分からない人は可哀想だねえ…僕には好都合だけど。みんながイグリットに夢中になってしまったら、僕は嫉妬心に殺されてしまうよ」
ニコニコと、トア節が止まらない!
そうだった、彼は私の敵だったら男女関係無く牙を剥くタイプだ!今も笑顔を武器に、ジャンヌの出番が無い程に暴れている!!
「あらあら?わたくし達は別に、貴方に好かれたいなどと思っておりませんことよ?」
「当たり前でしょう?僕には世界一愛する妻がいるんだから、悪いけどお断りするよ。可愛い妻を裏切る真似、死んでも出来ないし。僕を愛してくれる女性はイグリットだけでいいんだ、ずうっとね…」
「なんでわたくしが振られたみたいになってますの!?」
令嬢達は「ふん!」と怒って散らばった。トア強い!
***
観光をして、ベックフォード家に遊びに行って。
今日から1週間…私達はキッドマン家に滞在する。ここに来るのは子供の時以来だわ…
「いらっしゃい」
「ユリシーズ、お招きありがとう」
キッドマン領は自然が多く、獣人のみんなは目を輝かせていたわ。
「私川に行きたい!ほら、イグリットも!」
「ふふ、今行くわ」
ジャンヌと手を繋ぎ、きゃっきゃと水を足で飛ばして遊ぶ。
ギリアムがスイカを冷やしてくれて、休憩の時にルプスが斬ってくれた。
「いやルプス、剣で斬っていいの?」
「イグリット様のお役に立てるのです、剣も本望でしょう」
剣が泣いてる気がするわ。大きく切り分けて…そうだ!
「ねえユリシーズ!島ではね、スイカはかぶり付くんですって。わざわざ小さく切ったりしないのよ」
「そうなのか?」
「ええ!私はまだ下手だけど…ターニャって子はね、種を飛ばすのが上手なの。
口でこう…ププッとね。どっちが遠くまで飛ばせるか勝負しましょう!」
「お前それ、俺以外に勝てそうな相手がいないんだろう?」
うぐ。バレてた…だって、獣人はみんな上手いんだもの…!彼と並んで大きな岩に腰掛け、いざ勝負!
なのに。ユリシーズにも負けたー!!?なんでよ、悔しい!
「コツを掴めば簡単だったな。…スイカってさ、もっと小さいと思ってたんだ、俺」
「あ、私も!もっとリンゴくらいの大きさだと思ってたの」
「…俺も」
?なんでそこで…寂しそうに笑うの。
「ねえトア、貴方本気?あの2人、いい雰囲気よ…?」
「いいから。みんな、あの2人の邪魔は絶対しないでよ。絶対だ、キスしようともね」
「「…………」」
どうしてか、トア達は離れた所にいる。不思議だな〜と内心首を捻ると…
「ユリシーズ!?」
「…だい、じょうぶ」
ユリシーズが、心臓の辺りを押さえて背中を丸めていた。すぐにやめたけど…まだ具合悪いんじゃないの!?
額には汗が浮かび、顔色が悪い。夏だというのに私は、身震いする程の寒気に襲われた。
猛烈な不安に駆られ、居ても立っても居られず、すぐに屋敷に帰って彼を寝かせる。
ベッドで横になるユリシーズが退屈しないよう…私は横で沢山しゃべった。トアが積もる話もあるだろう、と2人きりにしてくれた。
島の暮らし、トアや家族について。小さい頃の…思い出。たくさん、たくさん。
「で、あの時…ユリシーズってば泣いちゃったわよね」
「忘れてくれ…イグリット?」
「ん?」
ふいに、ユリシーズが私の頬を撫でた。あれ、濡れてる。私…泣いてる…?
「どうした?」
「……わかんない。なんだか…とっても、怖くて。胸が痛い…」
そう答えると…ユリシーズは逡巡した後、私を優しく抱き締めてくれた。その温もりが、一層涙を溢れさせる。なんで…?
最終日の夜。寝ようとしていたら…ユリシーズが、私とトアの部屋を訪ねてきた。
「イグリット…今から、蛍を見に行かないか?」
と。嬉しいけど、トアにも声を掛けないと…今部屋にいないのよね。
「いいよ、2人で行っておいで」
「え、トア?」
彼はユリシーズの後ろにいた。顔は見えないけれど、なんだか泣いてない…?
「…行こう」
「うん…」
後ろ髪を引かれる思いだったけど、ユリシーズと手を取り歩き出す。
私達を見送るトアは…強く拳を握っていた。




