王の器
「イグリット、トア」
「「?」」
ダンスが始まりそうなので、私達も立ち上がる。トアは人間に変化して、輪の中に入ろうとしたら。
ジャンヌが手招きをするので、そちらに進む。すると…
「さり気なく見て。私の斜め後ろ…ファロン公爵で間違いない?」
「え。…!ええ、間違いないわ」
「よし、逃げるぞ。トア、踊りながら反対側に移動しろ」
「分かった、曲が終わったら合流ね」
かつての私と同じ髪、元父親だわ。
関わりたくない…ギリアムの言う通り逃げる!
〜♪
踊りながら、少しずつ移動を…
…トア、意外とダンス上手い…?
「あはは、意外なの?」
「だって…島ではダンスの文化って、あまり無いし…」
「(そりゃ…こっそり猛特訓したからね~)」
パーティーは飲み食いがメインで、宴会って感じだし。
トアのリードに身を任せ、ステップを踏みドレスを靡かせ私は舞う。すごく…楽しい…!
「…イグリット。君は今…幸せ?」
「?何を当たり前の事を…とっても幸せよ?」
「(その幸せは…ユリシーズが守ったもの。だから、僕は)…そっか。愛してる、イグリット」
「?」
変なトア。
楽しいダンスはもうお終い。よし…上手く公爵から逃げたわ!彼は人混みの反対側にいる、アウロラが近くで暴飲暴食してるので、そこから離れられないでしょう。
「じゃ、次はオレな」
「むー…!」
「むくれてんじゃないわよ。ほら、トアは私と!」
「ふふっ」
パートナーを交代、私はギリアムと手を取った。
「ねえ、よく考えたら…私達が2人きりになるの、初めてじゃない?」
「ん?そういや…そうかも?だってトアが、すっげー睨むんだもん…ジャンヌのお陰で、完全には排除されないけどさ」
もう、トアったら。ギリアム…トアと友達になってくれてありがとう。
「んでもトアってさ、ユリシーズは例外っぽいんだよな」
「そうなの?」
くるっと回りながら、最近のトアについて思考する。
ん〜…ユリシーズが私に近付いても、確かに怒らない。なんでかしら?
「まあ、それより。さっきジャンヌとキスしてたでしょ」
「見てたか…」
「ええ!貴方達も、お幸せにね!」
「…おう。サンキュ」
にへっと笑う彼は、本当に幸せそうに見えた。
ギリアムとのダンスも終わり、ジャンヌ達と合流…あら?
「おい、トア…!」
「イグリット、ユリシーズが君をダンスに誘いたいんだって。…行っておいで」
え、珍し。ユリシーズはトアに背中をバシッと叩かれ、「おとと…」と私の前によろめきながら立った。
「(あの馬鹿…!)あー…イグリット。俺と踊ってくれますか?」
「はい…喜んで」
トアがいいって言うのなら、私に断る理由は無い。
彼は大分健康的になってきたし…1曲くらい平気よね?
…こうしてユリシーズと手を繋ぐと、幼い頃を思い出す。
「私達、よく手を繋いだわよね。そうして水溜りを飛び越えたり…ホタルと戯れたり」
「ああ。俺が転んで…泣きそうになった時。お前が手を差し伸べてくれたの、覚えてるか?」
「わ、懐かしい。あの時の貴方は可愛かったわね〜」
「…お前は今も昔も可愛いよ」
「え…?」
ユリシーズが、穏やかに微笑んで私を見つめている。
私は顔に熱が集中し、胸が高鳴った。可愛いって…嬉しい事言ってくれるじゃない…
触れ合う手が熱い、気がする。…これからも、ずっといいお友達でいたいな…
「ねえトア、ユリシーズとイグリットが仲良くしてて平気なの?」
「………………」
「お前にしちゃ珍しいよな。今までイグリットに近付いた男には牽制してたくせに」
「……僕は。もしも…イグリットが…」
「「?」」
「彼女が…僕から逃げたら、地の果てまでも追い掛けて連れ戻すし。唆した男は、殺すけど」
「「おおう…」」
「…ユリシーズと、駆け落ちするんなら…許す」
「「…………っは?」」
あら?ギリアムとジャンヌが、マスクをしても分かる程に大きく口を開いている。なんの話をしているのかしら?
「ふう…やっぱ体力落ちてるな」
ダンス終了後…ユリシーズは額の汗を袖で拭った。こら、ハンカチ使いなさい。
「仕方ないわね…苦しくはない?」
「疲れただけだ、休んでれば治る。…ありがとう」
ならいいんだけど…
ユリシーズの顔にハンカチを当てると、彼は照れくさそうに笑った。
……回帰前は、気付かなかったけど。ユリシーズって…よく笑うのね。いつも険しい顔をしているイメージだった…
でも、なぜかしら。彼の笑顔がどこか…壁を作られているように感じる。
腕を組んだままトア達と合流。ジャンヌとギリアムがなんだか、ソワソワしてる…?
「じゃあな、みんな。俺は一足先に失礼するわ」
ユリシーズはそう言って、小さく手を振りながら帰って行った。
私達は…どうする?と顔を見合わせていたら。
「テルトラント夫人」
この、声は。
背中越しに呼ばれただけで寒気がする…身体が硬直して、手に汗が滲む。
ゆっくり…振り返ると。
「セヴラン殿下がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「……マスグレイヴ卿…」
彼は礼儀正しく、右手を胸に当てて頭を下げているというのに。
怖い…嫌だ…来ないで…!と、無意識にトアの腕を掴んだ。
「確か…ブラッド・マスグレイヴ卿?僕の妻に何かご用ですか?」
トアは私の肩を抱き、満面の笑みで言い放つ。
マスグレイヴ卿は微妙に、眉間に皺を寄せた。
「王太子殿下がお呼びとの事ですが、まさか妻だけではありませんよね?
友人でも ない。家族でも ない。仕事の用事でも ない。夫がいる 女性を。個人的に呼ぶとは…どういった理由からでしょうか?」
「……自分はただ、命じられただけですので」
ト、トア…!強いわ、頼もしい!そうよ、いくら王族とはいえ失礼だわ。こういう事態になると…先に結婚しておいて本当によかったと思うわ。
「(イグリット、よかった…震えが止まっている。そんなに…この男が怖いの…?)お呼びでしたら、僕も同行しますがよろしいですよね?」
「…確認して参ります。少々お時間をいただきたく」
マスグレイヴ卿は深々と頭を下げ、一旦離脱。
今のうちに逃げたい。
「大丈夫だよ、見た感じ…そんな強そうじゃないし」
「へ…?マスグレイヴ卿は騎士団長の息子で、本人もとても腕が立つという話よ…?」
「へーきへーき。確かに剣の勝負じゃ負けるかもだけど…総合力で言ったら、トトのが上だぜ?」
「うん、僕のほうが強いよ。なんなら決闘申し込もうか、絶対勝つよ?」
「あ…いや…。島と違って、王国の決闘は…本気の殺し合いだから…」
「え、いいの?トア、殺っちゃいなさい!」
「いやいやいや」
違う、そうじゃないの。
でも…トアってそんなに強いの…?パッと見細身だし、筋肉も無さそうだけど。
「獣人だからね。多分殴り合いなら…ジャンヌでも勝てるよ?」
「え゛」
「あら、譲ってくれるの?うふふ、張り切っちゃおうかしら!」
超笑顔で両の拳を突き合わせるジャンヌ。そんなに…?カンガルーだから…?
聞けば、ジャンヌは徒手空拳。ギリアムは鞭。トアは双剣が得意なんですって。ちょっと…見てみたいわ…?
そんな風に、4人で盛り上がっていたら。
「イグリット」
私を呼ぶ…懐かしい声がした。
かつては心から愛し…生涯を共にすると信じて疑わなかった、ひと。
「王太子殿下…」
「……………」
セヴラン・オートレット。その後ろには、王女殿下とマスグレイヴ卿もいる。
彼らは2階の王族席にいたはず…わざわざ降りてきたのね。
令嬢がきゃあっと弾んだ声を上げている、離れたい。
「…よかったら、私と…」
「申し訳ございません、殿下。僕達はもう帰りますので…お引き取り願います」
殿下はスッと手を差し出してきたけれど、トアが素早く私の前に立ち両断。トア、背中しか見えないけど…怒ってる…?
「殿下と踊りたい、と熱い視線を送る令嬢は多くいますよ。僕の妻を誘うより、彼女達のお相手をしてさしあげたらよいのでは?
用事がそれだけでしたら、失礼致します」
「……そうか…」
殿下は見目麗しい男性な上、婚約者もいない。王太子妃の座を狙う令嬢は多いでしょう。私には、全く関係無いけど。
トアが私の肩を抱き、殿下に背中を向けようとしたら。
「…!答え合わせを、してもいいか?」
「…?」
王太子殿下は決して大声を出していないのに、賑やかな会場に一瞬の静寂が。それもすぐに音を取り戻したけど、周囲の関心を引いてしまったわ…
無視すると後が面倒、適当に合わせよう。
「答え合わせ、とは?」
「…5年前。君が私に問い掛けた事について」
?……ああ。あの…「私があの騎士に、酷い扱いを受けたと訴えたら」の事?
答え合わせって…何言ってるの、この人?私の疑問をよそに、彼は勝手に言葉を続ける。
「私はあの時…君の荒唐無稽な言葉に、君を信じると答えたね」
「ええ…そうですね」
私の前にはトアが。隣にはジャンヌが、斜め後ろにギリアムがいてくれる。
そのお陰で、こうして臆する事なく対峙できるの。
「私は…間違っていた。いずれ国を治める者として。どちらか一方の言葉を鵜呑みにするなど、言語道断…そういう事だろう…?」
「………………」
何、言ってるの。この人?
まさか…そんな当たり前の答えを導き出すのに、5年も掛かったの…?
私が絶句しているのも気にせず、殿下は言葉を続ける。
「当時の私は…分かっていなかった」
え、この国大丈夫?貴方あの時13歳だったわよね?
「世界中が君の敵に回ろうと、私だけは信じる!と言えば喜んでくれると思ったんだ…!もちろん、そう考えたのも事実だ」
「「「………………」」」
あんぐり。味方のはずの妹と親友も、信じられないモノを見る顔をしているわよ。
ははあ、つまり。私に対して…「この私がここまで言っているんだ、嬉しいだろう?HAHAッ☆」って言いたいのね?馬鹿にしてんのか。
「貴方のお気持ちはよく分かりました。ですが残念ながら、正解ではございません」
だってそれ、正解以前の問題だし。
ついでに私があの時飛んだのは、呆れ半分衝動半分。
「…!じゃあ…どうすれば…」
「…私がお答えしたら。今後一切、個人的に接触しないと誓ってくださいますか?」
「……もう私に、チャンスは無いという事か…」
殿下は歯を食い縛って俯き、拳を震わせた。
え…チャンスあると思ってたの?私既婚者なんだけど…その考え怖い。
私はくるっと背を向けて、トアと手を取り歩き出す。
「簡単ですよ。殿下は…私よりも好きな女性ができたら。
私を簡単に切り捨てる。そういう男だって自分で宣言してるんですよ」
「………は?そんな、もしもの話…」
「ええ、もしもです。では、さようなら」
ほら、後ろからドレスをたくし上げて、鼻息荒く走って来るアウロラが見えるわよ。既婚者の私より、未婚の公爵令嬢と踊りなさいよ。
カツン カツン と足音をしっかりと響かせて。私達は会場を後にした。
あんな馬鹿男を…一時でも愛していたなんて。私って面食いだったのかしら…はあ。
今度は4人で馬車に乗り、私は肘を突いてため息が出るわ。
「イグリット。あの王子はどうする?」
「…無視でいいんじゃない?私は彼を死んでも許さないけど…意識するのもアホみたいだわ」
必要以上に接触してきたら、潰すけど。
でも…それでいいのかしら。あの馬鹿王子のせいで…私は苦しんだ末に死んだ。今の私はともかく…もう1人の私は、それじゃ救われないんじゃ…
葛藤していたら、私の手に大きくて温かい手が重なった。同時に腰に、モフモフの尻尾が巻き付く。
「トア…?」
「イグリット。僕は…どんな君の考えも尊重したい。あの王子を恨むのも疲れるんでしょう?」
え、バレてた。
「(やっぱりユリシーズの言う通りだ。悔しいなあ…)大丈夫だよ、僕がその分を背負うから。君は…自分の直感を信じて」
「……いいの、かしら」
過去を水に流す気は無い。
未来永劫許さないし、仲良くなんてしない。
上手い具合に事故で死なないかな、とか。考えるけれど。
「もう…路傍の石扱いでも…いいかしら…」
「いいよ。邪魔な小石を蹴飛ばして、僕らは未来に進むんだ」
ねえ、私。私は…前に進んでいいかなあ。
ごめんね…もう、疲れちゃったの…
「よく分かんねえけど。あの王子に出来る事なんてたかが知れてんだろ。相手にしないってのは賛成だ」
「ギリアム?随分と酷評ね」
彼はジャンヌと腕を組んで、彼女の頭に頬を寄せた。
「ちょっと、もう!」
「まあまあ。なんつーか…覇気の無い男?
例えばさ、オレらの女王陛下はどうよ。威風堂々としていて、王者って感じの風格を醸してんだろ。アイリーン王女だってそうだ、自然と頭を垂れてしまう」
「ああ…確かに」
比べ物にならないわね。陛下は威厳に満ちているけれど、恐ろしいだけの方ではない。
「つまり貴方…王太子殿下の事、わりと舐めてる?」
「おう。だってアレ…王の器じゃねえよ。優秀な臣下や妃に恵まれなきゃ、ただの愚王として歴史に名を残すだろうな」
「王の…器」
そっか。なんか腑に落ちた。
振り返って考えれば。彼は自分の王子という地位を使わなければ…何も出来ない人だった。本当に…なんで好きだったのかしら…?
馬車の外を眺めながら、私達は寮に帰って行く。
翌日…
「ご存知?昨日の夜会で…王太子殿下とファロン令嬢のダンス。令嬢が転んで、殿下を潰してしまったのですって」
「ええ、私ちょうどその場にいましたの!それで殿下、足を折ってしまったようで…。とても痛そうでしたわ、見ていて辛かったです…」
「まあ、なんて不憫な…!」
「でも…ちょっと……んふふっ」
「殿方を、潰して、骨を折るって…っ!」
「ふ、ふふふ。レディとして、どうなのかしら?」
教室にてそんな話が耳に入り。獣人3人は人気の無い所で笑い転げて。
私もこっそりと「ざまあみさらせ」と笑ってしまったのだった。




