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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
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王の器



「イグリット、トア」

「「?」」


 ダンスが始まりそうなので、私達も立ち上がる。トアは人間に変化して、輪の中に入ろうとしたら。

 ジャンヌが手招きをするので、そちらに進む。すると…



「さり気なく見て。私の斜め後ろ…ファロン公爵で間違いない?」

「え。…!ええ、間違いないわ」

「よし、逃げるぞ。トア、踊りながら反対側に移動しろ」

「分かった、曲が終わったら合流ね」


 かつての私と同じ髪、元父親だわ。

 関わりたくない…ギリアムの言う通り逃げる!




 〜♪


 踊りながら、少しずつ移動を…

 …トア、意外とダンス上手い…?


「あはは、意外なの?」

「だって…島ではダンスの文化って、あまり無いし…」

「(そりゃ…こっそり猛特訓したからね~)」


 パーティーは飲み食いがメインで、宴会って感じだし。

 トアのリードに身を任せ、ステップを踏みドレスを靡かせ私は舞う。すごく…楽しい…!


「…イグリット。君は今…幸せ?」

「?何を当たり前の事を…とっても幸せよ?」

「(その幸せは…ユリシーズが守ったもの。だから、僕は)…そっか。愛してる、イグリット」

「?」


 変なトア。

 楽しいダンスはもうお終い。よし…上手く公爵から逃げたわ!彼は人混みの反対側にいる、アウロラが近くで暴飲暴食してるので、そこから離れられないでしょう。



「じゃ、次はオレな」

「むー…!」

「むくれてんじゃないわよ。ほら、トアは私と!」

「ふふっ」


 パートナーを交代、私はギリアムと手を取った。



「ねえ、よく考えたら…私達が2人きりになるの、初めてじゃない?」

「ん?そういや…そうかも?だってトアが、すっげー睨むんだもん…ジャンヌのお陰で、完全には排除されないけどさ」


 もう、トアったら。ギリアム…トアと友達になってくれてありがとう。


「んでもトアってさ、ユリシーズは例外っぽいんだよな」

「そうなの?」


 くるっと回りながら、最近のトアについて思考する。

 ん〜…ユリシーズが私に近付いても、確かに怒らない。なんでかしら?


「まあ、それより。さっきジャンヌとキスしてたでしょ」

「見てたか…」

「ええ!貴方達も、お幸せにね!」

「…おう。サンキュ」


 にへっと笑う彼は、本当に幸せそうに見えた。




 ギリアムとのダンスも終わり、ジャンヌ達と合流…あら?


「おい、トア…!」

「イグリット、ユリシーズが君をダンスに誘いたいんだって。…行っておいで」


 え、珍し。ユリシーズはトアに背中をバシッと叩かれ、「おとと…」と私の前によろめきながら立った。


「(あの馬鹿…!)あー…イグリット。俺と踊ってくれますか?」

「はい…喜んで」


 トアがいいって言うのなら、私に断る理由は無い。

 彼は大分健康的になってきたし…1曲くらい平気よね?



 …こうしてユリシーズと手を繋ぐと、幼い頃を思い出す。


「私達、よく手を繋いだわよね。そうして水溜りを飛び越えたり…ホタルと戯れたり」

「ああ。俺が転んで…泣きそうになった時。お前が手を差し伸べてくれたの、覚えてるか?」

「わ、懐かしい。あの時の貴方は可愛かったわね〜」

「…お前は今も昔も可愛いよ」

「え…?」


 ユリシーズが、穏やかに微笑んで私を見つめている。

 私は顔に熱が集中し、胸が高鳴った。可愛いって…嬉しい事言ってくれるじゃない…


 触れ合う手が熱い、気がする。…これからも、ずっといいお友達でいたいな…




「ねえトア、ユリシーズとイグリットが仲良くしてて平気なの?」

「………………」

「お前にしちゃ珍しいよな。今までイグリットに近付いた男には牽制してたくせに」

「……僕は。もしも…イグリットが…」

「「?」」

「彼女が…僕から逃げたら、地の果てまでも追い掛けて連れ戻すし。唆した男は、殺すけど」

「「おおう…」」

「…ユリシーズと、駆け落ちするんなら…許す」

「「…………っは?」」




 あら?ギリアムとジャンヌが、マスクをしても分かる程に大きく口を開いている。なんの話をしているのかしら?





「ふう…やっぱ体力落ちてるな」


 ダンス終了後…ユリシーズは額の汗を袖で拭った。こら、ハンカチ使いなさい。


「仕方ないわね…苦しくはない?」

「疲れただけだ、休んでれば治る。…ありがとう」


 ならいいんだけど…

 ユリシーズの顔にハンカチを当てると、彼は照れくさそうに笑った。


 ……回帰前は、気付かなかったけど。ユリシーズって…よく笑うのね。いつも険しい顔をしているイメージだった…

 でも、なぜかしら。彼の笑顔がどこか…壁を作られているように感じる。

 腕を組んだままトア達と合流。ジャンヌとギリアムがなんだか、ソワソワしてる…?



「じゃあな、みんな。俺は一足先に失礼するわ」


 ユリシーズはそう言って、小さく手を振りながら帰って行った。

 私達は…どうする?と顔を見合わせていたら。




「テルトラント夫人」


 この、声は。

 背中越しに呼ばれただけで寒気がする…身体が硬直して、手に汗が滲む。


 ゆっくり…振り返ると。


「セヴラン殿下がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」

「……マスグレイヴ卿…」


 彼は礼儀正しく、右手を胸に当てて頭を下げているというのに。

 怖い…嫌だ…来ないで…!と、無意識にトアの腕を掴んだ。



「確か…ブラッド・マスグレイヴ卿?僕の妻に何かご用ですか?」


 トアは私の肩を抱き、満面の笑みで言い放つ。

 マスグレイヴ卿は微妙に、眉間に皺を寄せた。


「王太子殿下がお呼びとの事ですが、まさか妻だけではありませんよね?

 友人でも ない。家族でも ない。仕事の用事でも ない。夫がいる 女性を。個人的に呼ぶとは…どういった理由からでしょうか?」

「……自分はただ、命じられただけですので」


 ト、トア…!強いわ、頼もしい!そうよ、いくら王族とはいえ失礼だわ。こういう事態になると…先に結婚しておいて本当によかったと思うわ。


「(イグリット、よかった…震えが止まっている。そんなに…この男が怖いの…?)お呼びでしたら、僕も同行しますがよろしいですよね?」

「…確認して参ります。少々お時間をいただきたく」



 マスグレイヴ卿は深々と頭を下げ、一旦離脱。

 今のうちに逃げたい。



「大丈夫だよ、見た感じ…そんな強そうじゃないし」

「へ…?マスグレイヴ卿は騎士団長の息子で、本人もとても腕が立つという話よ…?」

「へーきへーき。確かに剣の勝負じゃ負けるかもだけど…総合力で言ったら、トトのが上だぜ?」

「うん、(トア)のほうが強いよ。なんなら決闘申し込もうか、絶対勝つよ?」

「あ…いや…。島と違って、王国の決闘は…本気の殺し合いだから…」

「え、いいの?トア、()っちゃいなさい!」

「いやいやいや」


 違う、そうじゃないの。

 でも…トアってそんなに強いの…?パッと見細身だし、筋肉も無さそうだけど。


「獣人だからね。多分殴り合いなら…ジャンヌでも勝てるよ?」

「え゛」

「あら、譲ってくれるの?うふふ、張り切っちゃおうかしら!」


 超笑顔で両の拳を突き合わせるジャンヌ。そんなに…?カンガルーだから…?

 聞けば、ジャンヌは徒手空拳。ギリアムは鞭。トアは双剣が得意なんですって。ちょっと…見てみたいわ…?



 そんな風に、4人で盛り上がっていたら。


「イグリット」



 私を呼ぶ…懐かしい声がした。



 かつては心から愛し…生涯を共にすると信じて疑わなかった、ひと。



「王太子殿下…」

「……………」


 セヴラン・オートレット。その後ろには、王女殿下とマスグレイヴ卿もいる。

 彼らは2階の王族席にいたはず…わざわざ降りてきたのね。

 令嬢がきゃあっと弾んだ声を上げている、離れたい。


「…よかったら、私と…」

「申し訳ございません、殿下。僕達はもう帰りますので…お引き取り願います」


 殿下はスッと手を差し出してきたけれど、トアが素早く私の前に立ち両断。トア、背中しか見えないけど…怒ってる…?


「殿下と踊りたい、と熱い視線を送る令嬢は多くいますよ。僕の妻を誘うより、彼女達のお相手をしてさしあげたらよいのでは?

 用事がそれだけでしたら、失礼致します」

「……そうか…」


 殿下は見目麗しい男性な上、婚約者もいない。王太子妃の座を狙う令嬢は多いでしょう。私には、全く関係無いけど。

 トアが私の肩を抱き、殿下に背中を向けようとしたら。



「…!答え合わせを、してもいいか?」

「…?」


 王太子殿下は決して大声を出していないのに、賑やかな会場に一瞬の静寂が。それもすぐに音を取り戻したけど、周囲の関心を引いてしまったわ…

 無視すると後が面倒、適当に合わせよう。


「答え合わせ、とは?」

「…5年前。君が私に問い掛けた事について」


 ?……ああ。あの…「私があの騎士に、酷い扱いを受けたと訴えたら」の事?

 答え合わせって…何言ってるの、この人?私の疑問をよそに、彼は勝手に言葉を続ける。


「私はあの時…君の荒唐無稽な言葉に、君を信じると答えたね」

「ええ…そうですね」


 私の前にはトアが。隣にはジャンヌが、斜め後ろにギリアムがいてくれる。

 そのお陰で、こうして臆する事なく対峙できるの。



「私は…間違っていた。いずれ国を治める者として。どちらか一方の言葉を鵜呑みにするなど、言語道断…そういう事だろう…?」

「………………」


 何、言ってるの。この人?


 まさか…そんな当たり前の答えを導き出すのに、5年も掛かったの…?

 私が絶句しているのも気にせず、殿下は言葉を続ける。



「当時の私は…分かっていなかった」


 え、この国大丈夫?貴方あの時13歳だったわよね?


「世界中が君の敵に回ろうと、私だけは信じる!と言えば喜んでくれると思ったんだ…!もちろん、そう考えたのも事実だ」

「「「………………」」」


 あんぐり。味方のはずの妹と親友も、信じられないモノを見る顔をしているわよ。


 ははあ、つまり。私に対して…「この私がここまで言っているんだ、嬉しいだろう?HAHAッ☆」って言いたいのね?馬鹿にしてんのか。



「貴方のお気持ちはよく分かりました。ですが残念ながら、正解ではございません」


 だってそれ、正解以前の問題だし。

 ついでに私があの時飛んだのは、呆れ半分衝動半分。


「…!じゃあ…どうすれば…」

「…私がお答えしたら。今後一切、個人的に接触しないと誓ってくださいますか?」

「……もう私に、チャンスは無いという事か…」


 殿下は歯を食い縛って俯き、拳を震わせた。


 え…チャンスあると思ってたの?私既婚者なんだけど…その考え怖い。



 私はくるっと背を向けて、トアと手を取り歩き出す。



「簡単ですよ。殿下は…私よりも好きな女性ができたら。

 私を簡単に切り捨てる。そういう男だって自分で宣言してるんですよ」

「………は?そんな、もしもの話…」

「ええ、もしもです。では、さようなら」


 ほら、後ろからドレスをたくし上げて、鼻息荒く走って来るアウロラが見えるわよ。既婚者の私より、未婚の公爵令嬢と踊りなさいよ。



 カツン カツン と足音をしっかりと響かせて。私達は会場を後にした。




 あんな馬鹿男を…一時でも愛していたなんて。私って面食いだったのかしら…はあ。

 今度は4人で馬車に乗り、私は肘を突いてため息が出るわ。


「イグリット。あの王子はどうする?」

「…無視でいいんじゃない?私は彼を死んでも許さないけど…意識するのもアホみたいだわ」


 必要以上に接触してきたら、潰すけど。


 でも…それでいいのかしら。あの馬鹿王子のせいで…私は苦しんだ末に死んだ。()の私はともかく…もう1人の私は、それじゃ救われないんじゃ…


 葛藤していたら、私の手に大きくて温かい手が重なった。同時に腰に、モフモフの尻尾が巻き付く。


「トア…?」

「イグリット。僕は…どんな君の考えも尊重したい。あの王子を恨むのも疲れるんでしょう?」


 え、バレてた。


「(やっぱりユリシーズの言う通りだ。悔しいなあ…)大丈夫だよ、僕がその分を背負うから。君は…自分の直感を信じて」

「……いいの、かしら」



 過去を水に流す気は無い。

 未来永劫許さないし、仲良くなんてしない。

 上手い具合に事故で死なないかな、とか。考えるけれど。



「もう…路傍の石扱いでも…いいかしら…」

「いいよ。邪魔な小石を蹴飛ばして、僕らは未来に進むんだ」



 ねえ、私。私は…前に進んでいいかなあ。

 ごめんね…もう、疲れちゃったの…



「よく分かんねえけど。あの王子に出来る事なんてたかが知れてんだろ。相手にしないってのは賛成だ」

「ギリアム?随分と酷評ね」


 彼はジャンヌと腕を組んで、彼女の頭に頬を寄せた。


「ちょっと、もう!」

「まあまあ。なんつーか…覇気の無い男?

 例えばさ、オレらの女王陛下はどうよ。威風堂々としていて、王者って感じの風格を醸してんだろ。アイリーン王女だってそうだ、自然と頭を垂れてしまう」

「ああ…確かに」


 比べ物にならないわね。陛下は威厳に満ちているけれど、恐ろしいだけの方ではない。


「つまり貴方…王太子殿下の事、わりと舐めてる?」

「おう。だってアレ…王の器じゃねえよ。優秀な臣下や妃に恵まれなきゃ、ただの愚王として歴史に名を残すだろうな」

「王の…器」


 そっか。なんか腑に落ちた。

 振り返って考えれば。彼は自分の王子という地位を使わなければ…何も出来ない人だった。本当に…なんで好きだったのかしら…?



 馬車の外を眺めながら、私達は寮に帰って行く。






 翌日…


「ご存知?昨日の夜会で…王太子殿下とファロン令嬢のダンス。令嬢が転んで、殿下を潰してしまったのですって」

「ええ、私ちょうどその場にいましたの!それで殿下、足を折ってしまったようで…。とても痛そうでしたわ、見ていて辛かったです…」

「まあ、なんて不憫な…!」

「でも…ちょっと……んふふっ」

「殿方を、潰して、骨を折るって…っ!」

「ふ、ふふふ。レディとして、どうなのかしら?」



 教室にてそんな話が耳に入り。獣人3人は人気の無い所で笑い転げて。


 私もこっそりと「ざまあみさらせ」と笑ってしまったのだった。



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