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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
23/36

願いの代償



 それからの騒ぎは、どこか遠い世界の出来事のようだった。俺はまるで観客になって、演劇の舞台を観ている気分だ。


 大勢の人間が、慌ただしく走っていた。


 あ…持ってきた書類、どこいったかな。でももう、いらない。

 イグリットがいなければ…なんの意味も無い…




「えー?違うもん、アウロラそんな事言ってないもん!セヴラン様ぁ〜、みんながアウロラをいじめる〜!

 セヴラン様は信じてくれるでしょ?あいつら懲らしめてくださあい!」


 嘘泣きをする女がいた。だが、流石の殿下も鵜呑みにはしなかった。

 イグリットの世話に関わった全員が…「アウロラに命じられた」と吐いた。

 食事も与えず、過酷な環境にさせ、痛め付けるよう指示をされたと。



「もうっ、バラさないでよっ!そーよ、わたしがお姉様を閉じ込めるよう言ったの!

 だって…居心地のいい場所にいたら、出て行かなくて困るでしょ?早く地下牢から出ればいいのに、居座るお姉様が悪いんじゃない。

 追い出してって言っても、みんなが「罪を認めるまで許さない」なんて言ったんじゃん!

 え、死んだ?やったあ!セヴラン様、これで今度こそ邪魔者はいません!アウロラを、あなたのお嫁さんにしてくださあい♡」



 その発言に、誰もが耳を疑っていた。俺にはどうでもよかった。






 俺は…イグリットの遺体が安置されている場所へ向かった。

 そこには夫人と、警備の為騎士が2人。キーフォ殿やトアは、イグリットの死に憤って関係者を処罰する為動いている。


「………あ…ユリシーズさま…?」

「……………」


 イグリットは…棺桶の中に寝かされている。目は閉じられ、白いドレスを纏い色とりどりの花に囲まれて。

 夫人は棺桶に縋って泣いていた。俺の足音に気付き、顔を上げたが…憔悴しきっている様子だ。



 ですが、申し訳ございません。俺は今から、貴女を再び悲しませるだろう。



 俺は棺桶の側まで歩み寄り…腕を伸ばして。そっとイグリットを抱き上げた。


「キッドマン様。おやめください、何をなさって…!」

「……どいてくれ…」


 当然騎士は止めようとする。夫人も困惑気味だが…邪魔しないでくれ…


「ユリシーズ様…?」

「夫人。俺はイグリットを愛しています。ですから…

 彼女を1人にはしません」

「…!貴方、まさか」


 タン と床を蹴り、俺は飛ぶ。騎士達も、剣が届かなければ何もできまい。イグリットがいるから手荒な真似もしないしな。



「駄目よ、やめなさいユリシーズ様!!」

「お戻りください!!」

「早く、人を呼んで!!」


 後ろから騒がしい声がする。弓や銃を持って来られる前に…遠く、高く。







 巨大な王都を一望できる程、高い位置へ。



「なあ、イグリット。約束を覚えているか?いつか、俺が大きくなったら…お前を抱えて空を飛んでみせるって」


 返事は無い。


「遅くなってごめんな。ほら…夕日が綺麗だろ?こんな景色を見て欲しかったんだ」


 西の空に日が沈む。強い風が、彼女の長くて美しい髪を靡かせる。

 俺は彼女の額に頬を寄せた。イグリットはとても軽くて、冷たい。



「そうだ、夏になったら…また蛍さんを一緒に見ような。蝉さんの声を聞きながらアイスを食べて、カブトムシさんとクワガタさんを捕まえるんだ。


 知ってるか?スイカってさ、デカイんだよ。もっと小さい、リンゴくらいの大きさだと思ってたんだ、俺。食べる時はカットされてたり、シャーベットになったスイカしか見た事なかったからさ。

 それで平民は、大きく切り分けたスイカにかぶりつくんだって。一昨年くらいに俺も真似して食べてみたんだけど、口の周りがベタベタになってな…あれはコツが要るぞ。

 で、種を口で飛ばして遊ぶんだ…やってみないか?勝負しよう、手加減しないからな。

 

 そして…夏が過ぎて、秋になったら…

 な…った、ら…」


 俺の涙が、イグリットの顔に伝い落ちる。




 子供の頃…初めて空高く飛んだ俺は、世界の広さに驚愕した。

 気分が高揚して、人間なんてちっぽけな存在に思えて…不可能なんてないんじゃないか!?とすら錯覚した。


 だが実際…身分階級に囚われた俺達は、華やかな世界に見えて、あらゆるモノに雁字搦めにされていた。




「…行こう」



 もっと、静かな場所へ。





 そこは王都を少し外れた渓谷。俺は川の近くに降り…イグリットを膝に乗せて、ぎゅっと抱き締めた。


「苦しかったよな…怖かったよな」



 俺が…殿下なんて信じなければ。

 不貞の噂なんざ気にせず、彼女に想いを告げていれば。

 ああすればよかった、こうするべきだった。


 後悔なんて果てがない。だから…俺も罰を受けよう。



 持ってきた瓶の蓋を開け、俺は頭の上から中身を浴びた。


「イグリット。愛してる。だから…」


 俺も、お前と一緒に…

 瓶を投げ捨て、ライターを取り出すと。




「……ろ…ユリシーズ!!やめろっ!!!!」




 誰かの声が聞こえたけれど。次の瞬間…


 俺とイグリットは、激しい炎に包まれていた。








 ■■■■■■■■■■






 熱い 苦しい 痛い


 いいや イグリットは それ以上の 苦痛を味わった



 俺の命が消える時 ふと 何かに触れた


 それはきっと、人々が神と呼ぶモノ。何か、言っている…?



〈遥か 高く 遠く 飛び立ちなさい〉



 飛ぶ?異能…空中浮遊の事か?そんなもの、今更……


 直後。俺の頭に…膨大な量の知識が流れ込んできた。それは、異能の真実と…隠された力。

 ……あ。分かった…

 俺には最期に、できる事があった。



 …天空神ハイデルリングよ。当代能力保持者、ユリシーズの名に於いて。

 ここに…授かりし異能・空中浮遊を返上する。代わりに…


 ()()()()()()()()()()()()()()()()





 もう俺はカタチも無い存在だったが。失ったはずの心臓が、強く跳ねた気がした。






 ******





「おい…おいっ!!ユリシーズ!?」

「………?」


 あれ…ここは…?

 俺は眠っていたようで…トアが、大粒の涙を流しながら、俺の肩を揺さぶっていた。


「トア様!お、おやめください!ユリシーズ様は本調子ではないのです!」


 トアの後ろで、オロオロしつつも意見を主張するのは。

 キッドマン家の使用人で…イグリットの疑いを晴らす為、俺に協力してくれたカールだ。

 俺は体調を考慮して、特例で使用人を連れて来ているんだ。いや…今は、それはいい。



「カール。少し…部屋を出てくれ」

「…分かりました」


 うん。彼はスッと頭を下げて、静かに退室した。これで…トアと2人きり。


「そうか…お前は【夢渡り】の保持者だったか。今俺は、夢を見ていたんだな…」

「そうだよ。君が倒れた後、医者に見せたが異常は見つからず…この部屋に連れて来た。

 イグリットも心配していたけど、それぞれの部屋に帰って眠っていたのに。

 僕の夢が…どこかの世界に繋がって。そこで…君は…!!」



 俺はチラッとベッドサイドにある置き時計を確認する。まだ日付は変わっていない…



「全部…思い出した。そうだ、今日は俺とイグリットの命日…だった」


 トアが、息を呑む気配がした。



 イグリットが息絶え、絶望した俺は自らランプ用のオイルを浴びて、火を放った。

 あの時…最後にやめろと叫んでいたのは、もしかしてお前か?


「ああ…夢の世界なのに、僕は何故か君達に干渉できなくて。それで普段の夢とは違う…君の追体験のようなものだと理解した。

 僕はずっと…見ている事しかできなかった。なんで…あんな事を…!」

「……俺は弱い。イグリットを失って、殿下達を糾弾する気力も無かった」



 だから、逃げた。イグリットがいない以上、彼女の名誉回復や関係者の断罪より…彼女と一緒に逝く道を選んだ。


 そして…異能を使って、魂を過去に飛ばした。




「遥か昔。世界を司る神々には、それぞれ心を通わす人間…神官や巫女がいた。神々はそんな人間に、自分の力の一部を譲渡…加護を与えた。

 それが異能、数にして99。異能者は100万人に1人とか言われているが…実際はずっと少ないんだ」

「……………」


 俺の話を、トアは椅子に座って聞いてくれた。


「同じ時代に、同じ異能者が生まれないのも当然だ。異能は魂に刻まれた力だから…

 俺もお前も、かつて神の側にいる人間だったんだ。前回の【空中浮遊】保持者は、俺の前世という事だ」


 ただその異能には秘密がある。

 たった1度だけ…能力以上の奇跡を起こせる。その代わり異能は返上され、異能者はただの人間となる。

 失われたという異能は、そうやって使われたからだろう。


「言うなれば…奥の手かな。俺はその奥の手を使ったから、次に生まれ変わったとしても、なんの力も無いただの人間になる」

「…でもなんで、君はそれを覚えていなかった?どうしてイグリットが、記憶を持ったまま回帰したんだ?」



 ……それは。



「俺はその時、更に2つ願った。

 神々は人間に対して、残酷なまでに公平だ。声が届けば悪人も善人も、対価さえ払えば願いを聞いてくださる。

 俺は天空神ハイデルリングの神官として、神に謁見する資格を持っていた。そこで」



 異能を使い、過去に飛ぶ。俺は全てが始まる前…アウロラが公爵家に来る前に決めた。

 でも、それでは足りない。だって…イグリットは殿下を愛していたから。俺がどれだけ言葉を尽くして行動しても、イグリットの心を変えられる保証は無かった。


 だから…俺ではなく、イグリットの魂を過去に飛ばした。これが1つ目の願い。



 そしてもう1つ。俺は…イグリットに、彼女を守る術が欲しいと願った。

 彼女がアウロラから逃げるにせよ、復讐するにせよ。無力なままでは、再び悲劇を繰り返してしまうかもしれないから…


「その願いを聞いてくれたのは、虫の神イリエトビスだった。イグリットは昔から、虫を慈しむ子だったから。過去に返上された【蟲使い】を、新たにイグリットに授けたんだ」

「……君の話は分かった。じゃあ…願いの対価は?君は何を差し出したんだ」



 トアは膝の上で、強く拳を握り顔を歪めた。俺の代償がなんなのか、おおよその見当はついているんだろう。



「……………」

「なんで、黙る」

「…………誰にも言うなよ?」


 トアは頷いた。俺が支払える物なんて…決まっている。



「1つは寿命。俺はもうじき、この命を終えるだろう」

「……っ!!」

「それと…イグリット。の、感情。

 イグリットは何があろうと、俺を愛する事は無い。イグリットを助けたくて異能を使ったが…俺達は決して結ばれない。俺にとって…何よりも残酷な代償だよ」

「……!ふざけんなっ!!!」



 !トアに胸ぐらを掴まれ、俺の上半身が浮かぶ。彼は止まっていた涙を再び流し、声を荒げた。



「ふざけんな、ふざけんなふざけんな!!!

 イグリットを殺した連中はのうのうと生きているのに、君はこのまま死ぬだと!!?おかしいだろ、そんなの!!!」

「……なんでお前が、そこまで怒るんだ?」

「悔しいからだよ!!!そん、な…!」


 彼は俯き、手を震わせる。言葉に詰まっているようなので…大人しく待った。



「……君の、お陰で…僕はイグリットに出会えて。とても…幸せなのに。

 その君が…こんな。報われないまま、死ぬなんて…

 そんな不条理…受け入れられない…よ…」

「……………」


 布団の上にポタポタと、トアの涙が落ちている。

 不条理か…そうかもしれない。けど…


「俺は…報われたよ」

「は…?」

「イグリットが笑顔で、元気に生きている。それだけで…充分だ。

 そりゃ本音を言えば、彼女と通じ合えたら…と思うけど。

 …トア」

「なに…」



 イグリットを…幸せにしてくれて、ありがとう。

 こうして俺の為に泣いてくれる優しいお前なら、俺も何も不安は無い。


 そう素直な想いを伝えると、トアは何も言わなかった。



 数分の沈黙の後、彼は口を開いた。


「……君は、どうしても死ぬのか…?」

「ああ。正直、このまま目覚めないと思ったけど…神々の慈悲かな。もう少しだけ、イグリットと過ごす時間が与えられたようだ」

「……………」

「分かってると思うけど…イグリットには何も言うなよ?」

「……当然だよ」



 トアはゆっくりと立ち上がり、俺に背を向ける。

 あ…もう1つ、言っておきたい事がある。


「イグリットは多分今、苦しんでる」

「…?」

「…ルーシャ殿下を、恨むのをやめたいと思っているんだろう」

「は…?なん、で」


 俺の見た限り、だけど。

 セヴラン殿下とルーシャ殿下…あの兄妹はなんだか変わった。その上でこの時間軸では、イグリットに何もしていない。だから…



「まさかイグリットは、あいつらを許すっての…?」

「違う、死ぬまで許す事はないだろう。ただ…遺恨と海容は別の感情だろ?

 誰かを恨むって、結構疲れるんだよ。相手が何もしてないなら尚更、でも。

 イグリットは…もしも自分が彼らを受け入れたら…死んでしまった自分に申し訳ないと思うだろう。

 だから、お前はそんな彼女を包んでやれ。そして彼女の分まで、殿下達を恨み憎しみ続けろ」

「………(まるで…僕なんかより、彼女を理解しているじゃないか…)分かった」



 うん。俺に出来るのは…ここまでだ。

 本当に…トアがいてくれてよかった。



 トアは振り返る事なく、部屋を出て行った。俺は目を閉じて…もう1度眠る。





 あと何回、イグリットの笑顔を見れるだろう。

 俺が死んだら…悲しんでしまうかな。それは嫌だけど…忘れられるのも寂しい。



 全く…我ながら、我が儘な男だな、俺は。



イグリットとユリシーズの死後については、いずれ

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