表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
19/36

ファロン公爵家の現状



「イグリット!帰って来てくれたんだね…!」


 テオフィルは身分は低いが、見目麗しい男性だ。一言で表すなら、常に背中に花を咲かせているタイプ。故に令嬢から多々声を掛けられていた。

 それら全てを蹴って、アウロラを献身的に支え…私を追い詰めた男。それが本来の彼。


 昔の私は彼を従者として、本当に大切に思っていたし…友人だとも思っていた。一方的だったみたいだけどね。



「イグリット…会いたかった…!お願い、僕を置いて行かないで…」


 はらはらと綺麗な涙を流し、私に腕を伸ばすテオフィル。

 私は情けない事に…恐怖で硬直し、逃げられずにいた。


 や、やだ…。迫る手が、あの地下牢で。私を好き勝手嬲った男達と重なり…足が竦む…

 ジャンヌの腕にしがみ付き、ぎゅっと目を閉じると。



「無礼者!!イグリットは我が国における上級貴族の娘にして、次期領主の妻!貴方如きが手を触れていい相手ではないわ!!!」


 バシッ! と大きな音を立てて、ジャンヌが彼の手を叩いた。

 ジャンヌは私よりも小柄で、可愛らしい少女なのに…私を背に隠してくれた。勇ましくて、心強い…!惚れちゃいそう!


「そこの者、名乗りなさい!!」

「…っ!失礼致しました、レディ。僕は…テオフィル・ホワイト。アウロラ・ファロン公爵令嬢の従者でございます。

 そちらの…イグリット様とは、旧知の仲にございます」


 テオフィルは涙を拭いて膝を突き、私をチラッと見上げた。ああ…



『違うのよテオフィル!貴方なら分かるでしょ、私はアウロラを虐めてなんかいない!』

『離してください!僕はアウロラの従者、僕に触れていいのは彼女だけです!!』



 いつだったかな。貴方は…泣いて縋る私を突き飛ばし、床に転がる姿を冷めた目で見下ろしていたわよね。

 あの時の貴方も、こんな感覚だったのかしら?私に救いを求めるその姿が、醜くて悍ましい。



「…そうね、知り合いと言えるでしょう。だけど、私に触れる許可を与えた覚えはないわ」

「え…?」


 何、その「僕絶望してます」な表情。ジャンヌのお陰で恐怖心が小さくなると…途端に彼がどうでもよくなってきた。


 その時…テオフィルの後ろから、バタバタと複数の足音が近付いてくる。



「イグリット!!」

「ジャンヌ、こっちに!」


 トアと、ギリアムだ…。トアは私を正面から抱き締め、ギリアムはジャンヌの肩を抱いて一歩下がらせた。

 温かい…トア、トア…


「お前、オレの友人と婚約者に何をした?」


 ギリアムが珍しく、額に青筋を浮かべてテオフィルを睨む。テオフィルは怯み、頭を下げた。


「誤解でございます。僕は…以前お仕えしていたイグリットお嬢様にご挨拶を致したく、お声を掛けさせていただきました。

 ですが…再会できた嬉しさのあまり、手を伸ばしてしまいました。申し訳ございません…」


 ギリアムが、私をチラッと見た。ええ…テオフィルの言葉に偽りはない。ここであらぬ疑いをかけて、彼を追い詰める気はないわ。

 だって…私まで同じ外道に落ちたくないもの。


 小さく頷いてみせると、ギリアムは鼻を鳴らす。


「ふん。次は無い、もう下がれ」

「…はい、ありがとうございます。失礼致します…」


 彼は最後に私を見た後、男子寮へと消えた…



「もうギリアム、来るのが遅いわよ!…ありがと」

「どういたしまして。イグリットを守れて、偉かったな」

「子供扱いしないでっ!」

「ははっ」


 ジャンヌは可愛らしく頬を膨らませている。本当に…ありがとう。


「ごめんねイグリット、やっぱり女子寮の直前まで送るべきだった…!」

「ううん、大丈夫。ジャンヌが守ってくれたし…トアはこうして来てくれた。それでいいの…」

「イグリット…」


 どうして彼の手は、こんなにも温かくて心地いいのかしら?ずっと…こうしていたい…


「みんな、ありがとう。さっきのテオフィルは…私の元従者。それだけよ」


 今の私にとっては、それ以上でも以下でもない。ただトアは、私を抱く腕に力を込めた。


「あいつが…そうか…どう始末してやろうか…」


 何かブツブツ言っているけど…聞こえないフリをしよう。





「さて、と…」


 ギリアムが女子寮に続く廊下を見て、微妙に顔を顰めた。


「くっせえな…」

「ここまで漂ってるね…」

「でしょ。私は今からこの先に進むのよ…」


 そこまで…?私人間でよかった、とこっそり安堵した。


「うう…マスクをしたいけど、それじゃ意味無い…ええい女は度胸っ!!じゃあねトア、ギリアム!私は行くわ!!」

「「頑張れ!!イグリットも、気を付けて!」」


 何この会話、私達は戦場へと赴くのかしら?

 でも…今度は、私がジャンヌを守るわ!!



「うぅ…段々臭くなってきた…」


 進むにつれて、ジャンヌの顔色が悪くなる。何もできない自分がもどかしい…せめてと思い彼女と腕を組んだ。



「……、…!〜〜!」

「「?」」


 遠くから、誰かが叫ぶ声がした。あっちは…食堂?行ってみると…



「こんなんじゃ足りないわ!もっとお肉を持ってきなさい!!」

「で、ですが…!すでに沢山召し上がられています…」

「うるさいわね、口答えしないで!パパに言い付けるわよ!?」

「ひ…っ!申し訳ございません!!」


「「……………」」



 食堂で…1人の女生徒が、4人掛けのテーブルを占拠して喚いている。

 テーブルいっぱいにお皿が並び、まだ足りないと他の女子に持って来させている…使用人か付き人か、知らないけど。


 ただ…その人物が。大変失礼なのは承知で言うけど…とても…ふくよかです。

 顔はパンパンに丸く、首が見当たらず。制服ははち切れんばかりで、椅子が悲鳴を上げている…

 ただ私は…彼女の輝く金髪に見覚えがあった。いや、気の所為かもしれないけど、ね?



「何アレ!?トドの獣人か何かなのっ!!?

 海洋系獣人は存在しないのに、新種!?」


 ブーーーッ!!!

 ジャンヌの遠慮無い感想に、私含め食堂にいた全員が噴き出した。

 金髪の女子は、それが自分に向けられたものと気付き…元から赤い顔を、限界まで染めて憤った。


「誰よアンタ!?わたしがアウロラ・ファロンと知っての暴言よね!?」

「はんっ!それが何、私はキハンナのジャンヌ!……ん?アウロラ?」


 ジャンヌは目をまん丸にして…私とアウロラを見比べた。


 あー…やっぱりアウロラだったかぁ〜…

 どうしてあんな、悲惨な成長を遂げてしまったのかしら…?可憐で儚げで、庇護欲をそそる美少女はどこへ…?


()()がアウロラ!?嘘でしょ、イグリットと本当に血が繋がってるの…!?」

「ええ…半分は…ね」

「うっそーーー!!?人間ってすごい…!生命の神秘だわ、突然変異だわ…!

 って…くっっっさ!!!あの子よ、咎人!間違いないわ!!」


 ジャンヌはアウロラを指差して宣言した。やっぱりか…妙に納得してしまう。

 確認もできたので、いそいそとマスクをするジャンヌ。さて…これからどうする?



「は?今イグリットって言った?あらまあ…元お姉様じゃない。うふふ、今頃公爵令嬢の地位が惜しくなって、帰って来ちゃった?

 ざーんねん♡全部アウロラの物だから、お姉様にあげる物は庭の小石も無いわよ!」

「あ、結構です。というかお姉様と呼ばないでください。私の妹は、天使なミュリエル1人ですので…」


 これは強がりでなく、紛れもない本心です。

 ジャンヌと目配せして、私達の部屋に逃げた。

 後ろから「何よー!」と叫ぶ声がするが…完全無視して走った。




 *




 夜。私達は、ユリシーズを談話室に招いた。


「俺が入っていいのか?」

「ええ、私の幼馴染だもの」


 彼は戸惑っていたが、ギリアムとジャンヌともすぐ打ち解けた。

 で…聞きたいんだけど。


「はは…ファロン家についてだろう?ん〜…どこから話したもんか」

「あ、無理はしないで。喉とか辛くなったらやめてね」

「大丈夫だ、心配してくれてありがとう」


 彼は目を閉じた後…知っている事を全て教えてくれた。




 私とお母様が島へと旅立った後。

 まず…王家と公爵家の婚約は白紙。アウロラは婚約したがっていたけど、王太子殿下は拒絶した。

 王女殿下は最初、社交界の右も左も分からないアウロラを支えようとした。けど…


 アウロラは我が儘放題で、マナーも何もありゃしない。お友達にと集められた令嬢も王女殿下も皆、彼女に関して匙を投げた。今残っているのは、家格が低く逆らえない令嬢のみ。

 公爵令嬢じゃなきゃ、とっくに社交界から追い出されてる程に。


 それでも公爵は、アウロラを甘やかした。

 勉強が嫌だと言えば、教師を解雇して。

 欲しいと望む物は、宝石もドレスも全て買い与え。

 気に入らない使用人はすぐに解雇して。

 テオフィルは我が儘お嬢様に手を焼いて、辞めたいのに…顔を気に入られてるから、逃げられない。

 彼女が一目惚れした男性には、婚約の打診を…流石にこれは、お相手に断られたら引くようだけど。

 で…当然食べ物も、好きなだけ与えた。その結果があれ…ね。



「それがどうにも…公爵閣下はイグリットが家を出たのは、厳しく育てた所為だと思い込んでいるようで。

 ならばアウロラには、望むもの全てを与えよう…これ以上、家族を失わないように…と考えているらしい」

「はあ…」


 ここまで聞いた私の感想は…「ばっかじゃないの?」だった。

 厳しいのが嫌だったら、お母様について行く訳無いじゃない。そこまで考えが及ばなかったのかしら…?


「俺にも婚約の打診があったんだがな、断った」

「そうなのね…ありがとう、話してくれて」



 そっか。時間が戻る前は…私もアウロラを甘やかしていたけれど。最低限の教育は受けさせていたし…食事だって私と同じ物を食べていた。

 何より、問題行動を起こしても…妹可愛さに、私が密かに尻拭いをしていたのよね。私がいないだけで、ああなるのか…


 咎人の性質で人間に好かれやすくても。問題児すぎて普通に嫌われているのね。




 よし。ミュリエルは甘やかしながらも、立派なレディに育て上げよう!



 もう夜も遅い、私達はともかくユリシーズを休ませないと。

 私とジャンヌは途中までトアが送ってくれる。ギリアムには念の為、ユリシーズと一緒に帰ってもらう。途中で倒れないように、ね。


「おやすみユリシーズ、ギリアム」

「…なあイグリット」

「ん?」


 談話室の前で別れたけれど。ユリシーズの呼ぶ声に、後ろを向く。



「夏になったらさ。また…蛍を見に来ないか?」

「ホタル…?」

「ああ。もちろんトアも一緒に、よければギリアムとジャンヌも遊びに来てくれ」



 ホタル…

 何故だろう。この時私は…酷く胸が痛んだ。



「……ええ、行くわ。

 ねえ…ユリシーズ」

「?」

「…私達は沢山生きて…お爺ちゃんお婆ちゃんになるのよね?」


 これから何度でも、ホタルの輝きを一緒に見れるわよね?

 私の問いかけに、ユリシーズは。



「……おやすみ」



 にっこりと笑って、私に背中を向けて…歩いて行ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ