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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
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聖者と咎人



 今日は入学式。私達は途中で留学生として紹介される為、最前列に立っている。お父様は貴賓席に。

 この講堂のどこかに…アウロラとテオフィル、王女殿下もいるのでしょう。ユリシーズは特別席にいる。学校は3年間だから、王太子殿下はもう卒業しているわ。


 だけど私の関心は、別のところに向いている。


「「「「……………」」」」

「だ、大丈夫…?」


 お父様も含めた獣人4人の顔が土気色なの。具合悪いの…?



『ではここで、本年度の交換留学生をご紹介します』


 あ、出番だ。4人は足取りも覚束ない。ギリアムなんて口元を手で覆って…ねえ本当に大丈夫!?

 お父様も一緒に壇上に立つ。これは、私が全員分紹介するべきか…と脳内でシミュレーションをしていたら。


「…もーだめ!限界!!!」

「きゃーーーっ!!?」


 何事っ!?ジャンヌが、私の胸に顔を埋めた!!


「ごめん僕も!!」

「オレも!殺さないでねトア!」

「俺も…!」

「ひょええっ!?」


 首にトアが、背中にはギリアムが。頭にはお父様が顔をくっ付けて「す〜… は〜…!」と深呼吸を繰り返す。

 ちょっと恥ずかしいんだけど!?フェロモンキメてない!?生徒達もドン引きしてるわ!


「おじ様、アレ持ってないアレ!?」

「待ってくれ、今…!」


 お父様が、ゴソゴソとポケットから何か取り出し、みんなに配った。

 それは…鼻と口を覆う、黒いマスクだった…



「ふう…落ち着いた。えー…ご機嫌よう、王国の皆さん」


 マスクを装着したジャンヌが、涼しい顔でマイクの前に立った。意味が分からないわ…



「…ご機嫌よう、皆さん。私はイグリット、ご存知の方もいらっしゃるかと存じますわ」


 私の挨拶に、会場のあちこちからどよめきが。それでも私は、無表情で淡々と口を動かす。

 あ…ユリシーズと目が合った。彼は微笑み、小さく手を振ってくれたわ。私も微笑みで返す。



 …ところで。みんなの前に立って気付いたけど…テオフィルが私を泣きそうな顔で見ている。彼は予想通り、美しく成長していた。きっとアウロラの従者として入学したのでしょう。

 ただ…多分ね、彼の隣に立つ…金髪の少女が、アウロラだと思うのだけれど。あの…思ってたのと違う成長してる…




 *




 入学式後…私達は学校の応接間にいた。他の人はいないわ。


「あー死ぬかと思った!!」


 ジャンヌがマスクを外し、私の腕にしがみつく。みんなも気が抜けたのか、ソファーにだらしなく座る。私1人ついて行けてないので、説明を求めた。


「あの会場に異臭が漂ってたのよ!人間には分からない…フェロモンね」


 ん?色んな人のフェロモン(におい)が混じって、気持ち悪くなったって事?これからの生活大丈夫かしら。


「いんや。恐らく1人…どぎついのがいるんだわ」


 ギリアムがソファーの後ろに回り、私の髪を1房掬い匂いをかぐ。そしてトアにシバかれている。


「あいたっ!」

「ったく…イグリットのフェロモンは特別で、獣人ならみんな惹かれてしまうって言ったよね?」

「うん」

「そして同様に…稀に人間の中に、『全ての獣人から嫌われるフェロモン』の持ち主も存在するんだ。多分その人が、あの中にいる」

「え…?」


 驚きのあまり、私は開いた口が塞がらない。

 でも…ありえなくはないのか。可哀想ではあるけど、人間の国で暮らすなら障害は無いわよね。

 さっきはそのフェロモンがキツ過ぎて、私のフェロモンで中和を図った…と。


「不思議なもので、その人間は『同じ人間からは好かれやすい』傾向にあるんだ。まるでバランスを取るように…原理は何も分かっていないんだけど。魅了の異能とも違うし」

「………?」


 お父様の言葉に…まさか?と1人の顔が浮かぶ。



 アウロラ・ファロン。ただ愛らしいというだけで…多くの人を魅了して、私を陥れた元凶。

 彼女がそうならば、色々と辻褄が合う。最初から…勝てる訳がなかったんだ…



「じゃあその人は…人間社会じゃ無敵じゃない…」

「「「「いや?」」」」

「え」


 そんな、食い気味に否定しなくても。私がちょっと不貞腐れていたら、トアが優しく肩を抱いた…


「ねえイグリット。僕が君を好きになったの…フェロモンが全てだと思ってる?」

「…きっかけ、でしょ?」

「その通り。何よりも君と同じ時間を過ごして、君の脆いけれど優しい、清らかな人柄に惚れたんだ。

 だから君のフェロモンが普通でも、言葉を交わして触れ合っていたら…僕は必ず恋に落ちた。そういう事だよ」

「あ…」


 トアの私を見つめる瞳が、熱を帯びている。目で訴えている…キスしたいって。

 い、今はちょっと…みんないるので!彼の顔面を手でぐいっと押して距離を取った。


「つまりっ!私が悪い人だったら、普通に嫌われるって事ね!?」

「(残念…でも真っ赤になって可愛い〜)そういう事。獣人に嫌われるフェロモンの持ち主…ねえ、長いから仮称決めない?」



 話し合いの結果。

 獣人に好かれるフェロモンの持ち主を聖者。

 嫌われるフェロモンの持ち主を咎人と仮称する。別に罪人じゃないけど…ノリで。



「で、話を戻すけど。咎人と獣人は相容れないから…どれだけ容姿端麗・品行方正でも僕らにとっては意味が無い」


 ふむふむ。彼らの黒いマスクは、特別製で全ての匂いを遮断する物。


「そのせいで、イグリットの匂いも分からないよう…咎人が誰か突き止めなきゃ、生活もままならないよう」

「ちょ、トア…!」


 トアはぐすんと鼻を鳴らしながら、私を膝に乗せた。そして強く抱き締め、私のうなじに顔を寄せて…くすぐったい!


「んもう…!あのね、みんな。もしかしたら…だけど。咎人の候補がいるの」


 


 *




 本日の日程は全て終了して、私達は寮へ向かう。

 お父様とはここでお別れ。


「次に会うのは1年後か…お母様とミュリエル、みんなをよろしくね」

「うん。イグリットも元気で…留学を楽しんで。ルプス、ヴォルフ、ティア(※ジャンヌの護衛、虎の女性騎士)、レオ(※ギリアムの護衛、ライオンの男性騎士)。子供達を頼んだよ」

「「「「はいっ!!!」」」」


 お父様は最後に、私の頬にキスをして。島へと帰って行った…





 大きな建物の寮は、男女別で2人部屋。私とジャンヌ、トアとギリアムで同室。

 護衛達は基本的に、外出する時しか側にいない。その為普段は警備の寮に身を置く事になる。


 談話室は共用スペースで、毎年来る留学生専用の部屋があるの。そこに一旦集まったわ。

 それぞれの番同士、並んでソファーに座る。はあ…暫くはこの部屋でしか、トアのモフモフを堪能できないのね…。悲しいけれど、他の女性に触られるよりマシだわ!



「男子寮は普通だった、マスクも要らんな」

「女子寮はやっぱ臭ってたわ」

「で…去年留学した先輩達は、何も言ってなかったから。咎人は今年の新入生、更に女子で確定か…」


 そこは私には分からないけど、段々絞れてきたわね。



「で…イグリットの言うアウロラっての?そいつも何、敵って考えていい?」

「敵どころじゃない、元凶だ。もしイグリットに近付いたら…容赦しないで」

「オッケー。貴方達は一応男性だものね、腐っても女性に手を上げられないでしょう。私に任せて、息さえ残せばいいわよね!」

「「やったれ!」」


 うーん、獣人達の殺意が。止める気は無いけど。

 まず…本当にアウロラなのか確認する為、私とジャンヌは談話室を出た。その直後…



「イグリット!!…お嬢様っ!」


 悲痛な叫びが廊下に響く。足を止めて…ゆっくりと振り向けば、そこには…



「テオフィル…」



 私の元従者で。真っ先にアウロラに靡いた裏切り者がいた。




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