聖者と咎人
今日は入学式。私達は途中で留学生として紹介される為、最前列に立っている。お父様は貴賓席に。
この講堂のどこかに…アウロラとテオフィル、王女殿下もいるのでしょう。ユリシーズは特別席にいる。学校は3年間だから、王太子殿下はもう卒業しているわ。
だけど私の関心は、別のところに向いている。
「「「「……………」」」」
「だ、大丈夫…?」
お父様も含めた獣人4人の顔が土気色なの。具合悪いの…?
『ではここで、本年度の交換留学生をご紹介します』
あ、出番だ。4人は足取りも覚束ない。ギリアムなんて口元を手で覆って…ねえ本当に大丈夫!?
お父様も一緒に壇上に立つ。これは、私が全員分紹介するべきか…と脳内でシミュレーションをしていたら。
「…もーだめ!限界!!!」
「きゃーーーっ!!?」
何事っ!?ジャンヌが、私の胸に顔を埋めた!!
「ごめん僕も!!」
「オレも!殺さないでねトア!」
「俺も…!」
「ひょええっ!?」
首にトアが、背中にはギリアムが。頭にはお父様が顔をくっ付けて「す〜… は〜…!」と深呼吸を繰り返す。
ちょっと恥ずかしいんだけど!?フェロモンキメてない!?生徒達もドン引きしてるわ!
「おじ様、アレ持ってないアレ!?」
「待ってくれ、今…!」
お父様が、ゴソゴソとポケットから何か取り出し、みんなに配った。
それは…鼻と口を覆う、黒いマスクだった…
「ふう…落ち着いた。えー…ご機嫌よう、王国の皆さん」
マスクを装着したジャンヌが、涼しい顔でマイクの前に立った。意味が分からないわ…
「…ご機嫌よう、皆さん。私はイグリット、ご存知の方もいらっしゃるかと存じますわ」
私の挨拶に、会場のあちこちからどよめきが。それでも私は、無表情で淡々と口を動かす。
あ…ユリシーズと目が合った。彼は微笑み、小さく手を振ってくれたわ。私も微笑みで返す。
…ところで。みんなの前に立って気付いたけど…テオフィルが私を泣きそうな顔で見ている。彼は予想通り、美しく成長していた。きっとアウロラの従者として入学したのでしょう。
ただ…多分ね、彼の隣に立つ…金髪の少女が、アウロラだと思うのだけれど。あの…思ってたのと違う成長してる…
*
入学式後…私達は学校の応接間にいた。他の人はいないわ。
「あー死ぬかと思った!!」
ジャンヌがマスクを外し、私の腕にしがみつく。みんなも気が抜けたのか、ソファーにだらしなく座る。私1人ついて行けてないので、説明を求めた。
「あの会場に異臭が漂ってたのよ!人間には分からない…フェロモンね」
ん?色んな人のフェロモンが混じって、気持ち悪くなったって事?これからの生活大丈夫かしら。
「いんや。恐らく1人…どぎついのがいるんだわ」
ギリアムがソファーの後ろに回り、私の髪を1房掬い匂いをかぐ。そしてトアにシバかれている。
「あいたっ!」
「ったく…イグリットのフェロモンは特別で、獣人ならみんな惹かれてしまうって言ったよね?」
「うん」
「そして同様に…稀に人間の中に、『全ての獣人から嫌われるフェロモン』の持ち主も存在するんだ。多分その人が、あの中にいる」
「え…?」
驚きのあまり、私は開いた口が塞がらない。
でも…ありえなくはないのか。可哀想ではあるけど、人間の国で暮らすなら障害は無いわよね。
さっきはそのフェロモンがキツ過ぎて、私のフェロモンで中和を図った…と。
「不思議なもので、その人間は『同じ人間からは好かれやすい』傾向にあるんだ。まるでバランスを取るように…原理は何も分かっていないんだけど。魅了の異能とも違うし」
「………?」
お父様の言葉に…まさか?と1人の顔が浮かぶ。
アウロラ・ファロン。ただ愛らしいというだけで…多くの人を魅了して、私を陥れた元凶。
彼女がそうならば、色々と辻褄が合う。最初から…勝てる訳がなかったんだ…
「じゃあその人は…人間社会じゃ無敵じゃない…」
「「「「いや?」」」」
「え」
そんな、食い気味に否定しなくても。私がちょっと不貞腐れていたら、トアが優しく肩を抱いた…
「ねえイグリット。僕が君を好きになったの…フェロモンが全てだと思ってる?」
「…きっかけ、でしょ?」
「その通り。何よりも君と同じ時間を過ごして、君の脆いけれど優しい、清らかな人柄に惚れたんだ。
だから君のフェロモンが普通でも、言葉を交わして触れ合っていたら…僕は必ず恋に落ちた。そういう事だよ」
「あ…」
トアの私を見つめる瞳が、熱を帯びている。目で訴えている…キスしたいって。
い、今はちょっと…みんないるので!彼の顔面を手でぐいっと押して距離を取った。
「つまりっ!私が悪い人だったら、普通に嫌われるって事ね!?」
「(残念…でも真っ赤になって可愛い〜)そういう事。獣人に嫌われるフェロモンの持ち主…ねえ、長いから仮称決めない?」
話し合いの結果。
獣人に好かれるフェロモンの持ち主を聖者。
嫌われるフェロモンの持ち主を咎人と仮称する。別に罪人じゃないけど…ノリで。
「で、話を戻すけど。咎人と獣人は相容れないから…どれだけ容姿端麗・品行方正でも僕らにとっては意味が無い」
ふむふむ。彼らの黒いマスクは、特別製で全ての匂いを遮断する物。
「そのせいで、イグリットの匂いも分からないよう…咎人が誰か突き止めなきゃ、生活もままならないよう」
「ちょ、トア…!」
トアはぐすんと鼻を鳴らしながら、私を膝に乗せた。そして強く抱き締め、私のうなじに顔を寄せて…くすぐったい!
「んもう…!あのね、みんな。もしかしたら…だけど。咎人の候補がいるの」
*
本日の日程は全て終了して、私達は寮へ向かう。
お父様とはここでお別れ。
「次に会うのは1年後か…お母様とミュリエル、みんなをよろしくね」
「うん。イグリットも元気で…留学を楽しんで。ルプス、ヴォルフ、ティア(※ジャンヌの護衛、虎の女性騎士)、レオ(※ギリアムの護衛、ライオンの男性騎士)。子供達を頼んだよ」
「「「「はいっ!!!」」」」
お父様は最後に、私の頬にキスをして。島へと帰って行った…
大きな建物の寮は、男女別で2人部屋。私とジャンヌ、トアとギリアムで同室。
護衛達は基本的に、外出する時しか側にいない。その為普段は警備の寮に身を置く事になる。
談話室は共用スペースで、毎年来る留学生専用の部屋があるの。そこに一旦集まったわ。
それぞれの番同士、並んでソファーに座る。はあ…暫くはこの部屋でしか、トアのモフモフを堪能できないのね…。悲しいけれど、他の女性に触られるよりマシだわ!
「男子寮は普通だった、マスクも要らんな」
「女子寮はやっぱ臭ってたわ」
「で…去年留学した先輩達は、何も言ってなかったから。咎人は今年の新入生、更に女子で確定か…」
そこは私には分からないけど、段々絞れてきたわね。
「で…イグリットの言うアウロラっての?そいつも何、敵って考えていい?」
「敵どころじゃない、元凶だ。もしイグリットに近付いたら…容赦しないで」
「オッケー。貴方達は一応男性だものね、腐っても女性に手を上げられないでしょう。私に任せて、息さえ残せばいいわよね!」
「「やったれ!」」
うーん、獣人達の殺意が。止める気は無いけど。
まず…本当にアウロラなのか確認する為、私とジャンヌは談話室を出た。その直後…
「イグリット!!…お嬢様っ!」
悲痛な叫びが廊下に響く。足を止めて…ゆっくりと振り向けば、そこには…
「テオフィル…」
私の元従者で。真っ先にアウロラに靡いた裏切り者がいた。




