ユリシーズとの再会
王国に到着した私達は、王宮に向かう。入学までの数日間は、ここで過ごすのだ。
「よく来たね、我々は君達を歓迎する。
…久しぶりだな、イグリット嬢…」
応接間にて、数年ぶりに見る陛下。私と目が合うと気まずそうにしている。
隣には王妃殿下、そして…王太子殿下と王女殿下が。2人は私から目を逸らさず、何を考えているのか分からない。
私は別に…どうでもいい。なんだか王国に来てから、昔の…感情が壊れてしまった頃に戻ってる…?
おかしい、顔が糊で塗り固められたみたいに動かない。礼儀でも笑えない…なんで。
やっぱり私…乗り越えた訳じゃなかったんだ…
「…ご無沙汰しております、陛下。ですが…私はもう嫁いだ身。これよりはミスではなくミセスとお呼びいただきたく存じます」
ドレスの裾をつまみ、挨拶をする。結婚は知らなかったのか、王国側が軽く狼狽えた。
陛下が「そうか…おめでとう」と言葉を放つと。王太子殿下が一歩前に出た。
「イグリット。結婚、したんだ」
「…はい、王太子殿下。こちらの…テルトラント小領主、トアと婚姻を結びました」
隣に立つトアの腕を取る。彼と目を合わせると…私は自分でも微笑んでいるのが分かる。
よかった、笑えなくなったんじゃなくて。
「………!」
王太子殿下が息を飲んで拳を握った。私には関係無いけど。
「イグリット、久しぶり。…後で、2人になれない…?」
今度は王女殿下が兄の隣に並び、胸の前で手を組んで私に言う。
断る理由も無いので…わかりましたと了承。
みんな自己紹介をして、顔合わせは無事に終わった。
*
「ふう、息が詰まるわ。でもこの制服素敵ね!」
お父様は陛下とお話をされていて、私の部屋に4人で集合している。
ジャンヌは用意された制服を手に取り、着るのが楽しみ!と笑っている。島の学校って私服だものね〜。
「イグリット、顔が死んでたぞ。あの王子達がそうなのか?」
ギリアムはソファーに足を組んで座っている。彼ってなんていうか…色気みたいのあるのよね。座ってるだけで絵になるわ。
「そう…よ。でも何もしないで…向こうが動かない限りは」
「…りょーかい、いざという時以外は傍観に徹する。オレは空気の読める男、有事の際王女はジャンヌに任せる」
「任せて!半殺しでいいかしら?」
わー、頼もしいカップル。護衛達が苦笑しているわ。
私はトアと並んでベッドに座り、尻尾をモフりながら今後の事を考える。ユリシーズに会いに行きたいな…アポ取らなきゃ、とか。
「いいかみんな。イグリットに親しげに近寄ってくる者は、男女問わず敵だと思っていい。それ以外は…要警戒。
例外はユリシーズ殿という彼女の幼馴染だけ。彼の家族もギリギリセーフかな」
「「了解!」」
「「「「はい!!」」」」
トアったら…もう。
それから数分後、扉がノックされた。ここは代表して私が返事をする。
「どちら様ですか?」
「…ルーシャ、よ」
「……お入りください」
ルプスが扉を開けると…暗い顔の王女殿下が立っていた。
「っ!」
彼女は部屋に入る事はせず、狼狽えた表情を見せる。ああ…全員が、私の敵に鋭い視線を向けているからか…
「イグリット。さっきも言ったように…2人きりで話したいわ」
「…分かりました。みんな、一旦出てもらえる?」
「いいえ、私はイグリット様のお側に控えております」
ルプスは警戒心を隠そうともせず、ベッドと扉の間に立った。
「いいの。貴女は廊下で待機していて」
「ですが…!」
「……お願い」
私が上目遣いで懇願すると、ルプスはうっと怯み…渋々了承。ふう、この手は使えるわね。
トアも最後まで粘ったけど、ギリアムに引き摺られて行ったわ。
ぱたん、と扉が閉まる。
「「……………」」
改めて…立ち上がりルーシャと対峙する。
「……イグリット。私…貴女がいなくなってから、ずっと考えた」
「…何をでしょう」
ルーシャはドレスを握り締めて、なんとか言葉を絞り出しているようだ。側から見れば、健気な女の子かもしれないが…私の感情は揺れない。
「どうして貴女が変わってしまったのか。私達は、何を間違えたのか」
「…………」
いえ…少しだけ驚いたわ。
殿下は昔から、自分の非を認めない人。絶対に彼女が悪いという場面でも、「それが悪い事だと教えてくれなかったみんなが悪い」と責任転嫁をする。
王侯貴族というのは、簡単に謝罪なんてしないけれど。彼女は親しい友人間でもこうなのよね。
それでも…同じ事は繰り返さないし、根は素直な子だった。だから私も、親友として好きだったの。
私の予想では、殿下は「私達は何もしていないのに、急にイグリットが変わった。酷い、お兄様や私を裏切った。絶対許さない!」と…私を恨んでいるのだとばかり…
「でも…どれだけ考えても、本当に答えが分からないの。お願い…教えて。私、知らないうちに、貴女を傷付けた…?」
殿下は目に涙を溜めて、真っ直ぐに私を見据える。
でも…答えられる訳がない。
「………お引き取りください、殿下」
「イグリット!!ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」
…!それは、何に対しての謝罪なの?別の未来の貴女が…何をしたのか知らないくせに。
私への仕打ちを知っても尚、同じ事を言えるの!?
「出て行って」
「イグリット…!」
「出てって!!!もう、何よ一体!!貴女はアウロラと親友ごっこでもしていればいいでしょ!!?」
「イグリット!どうしたの、大丈夫!?」
「お嬢様っ!!」
「イグリットー!半殺しにするっ!?」
私は感情が昂り、声が大きくなってしまった。それを聞き付けて、廊下からトア達が雪崩のように転がり込んで来た。
「は…?アウロラ…?どうして私が、あの令嬢と…?」
「は…?」
私達の間に、みんなが立ちはだかって壁になった。だが…殿下はそれより、私の発言に違和感を感じているようだ。
トアの可愛い耳を押さえつけて、殿下を見るとポカンとしている。なんで?
「だって…王太子殿下は、アウロラと婚約してるんじゃ?」
「いいえ…?お兄様は貴女と別れて以来、誰とも婚約していないし恋人もいないわ」
「は?」
ファロン公爵家との婚約は?なんだか、思っていたのと違う…?
殿下も「何言ってんのコイツ?」な顔をしている。演技には見えないけど…この数年で何かあったのかしら?
とにかく…もう彼女と話せる状況じゃない。もう1度お引き取り願うと、何度も振り返りながら出て行ったわ。
*
それ以上王太子も王女も接触してくる事はなく、夜を迎える。トアの部屋は別だけど…
「お願い、トア。一緒にいて…今夜は、離れたくない」
「イグリット…?」
私は、1人になるのが怖い。トアの服をつまんで、行かないでと呟く。
ジャンヌ達も最初は、熱々ね!なんて揶揄ってたけど…私の様子にただ事ではないと察したよう。
寒気がして、全身が震える。私は顔色も悪いのでしょう、トアが優しく背中をさすってくれた。
「あのね…今日なの。私が、投獄された日…」
トアはそれだけで全て理解してくれて、みんなを部屋から出した。
ベッドに横になり、私はトアと密着して泣いた。
「トア…私を抱き締めて、どこにも行かないで」
「うん、僕はここにいる。君がやめて、嫌だと泣いても…離せないよ?」
ありがとう…私を慰める為だとしても、嬉しい。
あの時の…床に叩き付けられた感触が、鮮明に蘇る。いや…嫌!!私は、最悪の未来から抜け出したんだから…!
夜が深まり、日付が変わっても眠れず。トアも眠いだろうに、私に合わせて沢山の話をしてくれた。
そしてようやく眠りについたのは…もう明け方近くの事だった。
***
入学式の3日前。私とトアはユリシーズに会いに、キッドマン邸にやって来た。
「イグリット嬢…!いや、今はテルトラント夫人、だったか?」
「お久しぶりです、おじ様。はい…彼が私の旦那様です」
「お初にお目に掛かります。僕はテルトラント小領主、トアと申します」
出迎えてくれたのは、キッドマン夫妻。私にも、とてもよくしてくださったのよね。
うん…私、ちゃんと笑えてる。昨日はお母様の実家、ベックフォード邸にも行ったけど。そこでも笑顔でご挨拶できたし。
ところで肝心のユリシーズは?そう訊ねると、おば様が言葉に詰まった。
「…部屋にいるわ。会いに行ってあげて」
「?はい…」
胸がざわざわする。一抹の不安を抱きながら、自然と小走りで彼の部屋を目指す。
「ユリシーズ…?久しぶり、私よ。イグリット」
コンコン とノックをするも、反応が無い。いえ…弱々しい足音が近付いて来る。
内側から扉が開き…唯一再会を心待ちにしていた、幼馴染が……え?
「イグリット…!?久しぶり…会いたかった」
貴方…ユリシーズ、よね?思わず確認してしまった。
だって…彼の頬は痩けて、全体的に細く杖を突いていて。顔色も悪く、綺麗な黒髪も全く艶が無い!!
変よ、本来の貴方はもっと健康的なのに!これも未来が変わった影響なの…!?
「ああ…これ。気にするな、大した事じゃないから」
「大した事よ!ほら横になって、休んでいて!!」
その姿に私の胸は締め付けられた。咄嗟に正面から抱き着いて、ベッドに誘導したけれど。トアも驚きのほうが勝っていたのか、不機嫌にならずむしろ手伝ってくれたわ。
「悪い…ありがとう」
「いいのよ。ユリシーズ…どこか具合が悪いの…?」
「………少し、な。それより…そちらが?」
彼は私の後ろに立つ、トアに視線を移した。ええ…貴方にだけは、友人としてきちんと紹介したかったの。
「彼が私の旦那様、トアよ」
「初めまして。君の事はイグリットから聞いている。よかったら、トアと呼んで欲しいな」
「ありがとう。俺はユリシーズ、気軽に呼んでくれ」
トアがそっと手を出せば、ユリシーズも応えてくれた。彼は島での暮らしを聞きたがったから…トアと2人で語った。
平民の子達と一緒に冒険した、とか。
私に異能が発現し、蟲使いとなった。
可愛い妹が生まれた等々。すでに手紙で話していた内容も多いけど、ユリシーズは時には声を上げて笑い、喜んでくれた。そして…
「このトアと、少し前に正式に結婚したの」
「そっか…おめでとう。…そこの机の上、箱を取ってくれるか?」
ユリシーズが指す先…トアが動いて持って来てくれた。
それは長方形の化粧箱。促されるままに開けると…
「わ…素敵…」
入っていたのは、アクアマリンのブレスレット。2つある…まさか私達に…?
「手紙で聞いてから、どうしても何かお祝いをあげたくて。でも好みも分からないから、無難な物にした」
「ありがとう…嬉しい…!」
体の奥底から、形容し難い感情が込み上げてきて…ブレスレットを胸に抱く。
トアと一緒につけてみせると、ユリシーズは「似合ってる」と微笑んだ。大切にするわ…絶対に。
ユリシーズの体調も考えて、もう帰る事にした。
別れ際、彼はトアを呼び止める。
「トア…イグリットを、頼んだ」
え。そういえば私、彼に告白されたんだっけ…若干気まずいわ。
対するトアの反応は…?
「…うん。絶対に、幸せにする」
トアは…何かを堪えているように、険しい顔で拳を握っている。反対にユリシーズは笑顔で…男性の心理は分からないわ…?
帰る前に、ご両親から少し話を聞く。
ユリシーズは…数ヶ月前から原因不明の体調不良に見舞われた。国内外からあらゆる名医を呼んでも、一向によくなる気配が無い…と。
それでも本人は、寄宿学校に行くと言って聞かない。なんで…そんな事に。
馬車の中で、流れる景色を見ながら思考する。
どうしてこんなにも、未来が変わっているの。私という障害が無いんだから、アウロラと王太子殿下はとっととイチャついていればいいのに。
いや、そっちはどうでもいい。ユリシーズ…元気に、なるよね…?今は杖を突いているだけで、歩行には問題無いって言うけれど。今はって…
私の不安を悟ったのか、トアがそっと手を握ってくれた。
「ユリシーズ…予想通りの人だったよ。彼は今も、君を愛しているんだね」
「そうなの…?」
「間違いない。そして彼は愛する人の幸せを、心底願える人物なんだろうね。僕とは大違いだ…」
「トア…」
そんな悲しい顔をしないで。私は、貴方を愛しているんだもの。
彼の肩に頭を預け、小さく「好きよ」と呟いた。
「…再会しても、ユリシーズに心動かされなかった…?」
「ええ。具合が悪いのは心配だけど…異性としてときめく事はなかったわ」
「(…そういうものなのかな。女性の心理は難しい…)」
ふと、右の手首が目に入った。貰ったブレスレットの下にある…未だ消えないユリシーズの爪痕が。
それ以降どちらも口を開かず、王宮へと帰った。




