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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第1章
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結婚式



 領地に帰り、お母様に結婚の報告をして。

 お母様もお屋敷のみんなも、領民もとても喜んでくれた。


「小領主様、お嬢様。おめでとうございます!!」

「ええ…ありがとうみんな」


 一緒に野山を駆け回った子供達も…ささやかな贈り物や、色とりどりの花束をくれた。

 嬉しい…どんなに高級な宝石やドレスより、ずっと胸が温かくなるわ。


 そこで、キリエとヒルダも結婚するのだと聞いて、とても驚いたわ。まるで自分の事のように嬉しくて、大きな声で「おめでとう!」と言っちゃった。何かお祝いしたいなあ…



─ケッコン?おめでト!ワタシも イケカニとであいたいナあ。デキレば ムチッとしたケガニがイイナ…♡─


 みそちゃんも祝福してくれた…今度毛蟹も飼おうかしら…




 それと先日ミュリエルの生後100日、祝福を受けた際。なんと…彼女にも異能があると神託が降りた。

 一説では異能者は自然と集まる、と言うので驚きは少なかったけれど。その内容が…なんと。


 異能は【千里眼】、異名は『世界の観測者』。とても珍しく、また素晴らしい能力だと聞く。神殿もお祭り騒ぎで、すでにミュリエルは聖女なんて言われているわ。

 この子はその眼で…どんな世界を視るのだろう。どうかそれが、輝かしいものでありますように…そう切に願う。




 ***




 沢山の人に祝福され、ついに私とトアの結婚式当日。

 貴族だけでなく、お屋敷の外に領民も集まって…一目でも私達を見たい!と言ってくれて。

 この日の為に仕立てたドレスと礼服で、トアと腕を組んで外に出る。

 みんなが笑顔で、中には涙を流してお祝いの言葉を沢山くれて。私も目頭が熱くなって…いけない!堪えないと、メイクが落ちちゃうわ。


 そんな時、トアが私の両肩にそっと手を置いて。予告も無しにキスをしてきた!

 どわあああぁっ!!と領民が湧き、冷やかしの声も聞こえる。


「もうっ馬鹿!恥ずかしいじゃないの!」

「あはは、ごめんね」


 私がポカポカ叩いても、トアはノーダメージで笑うばかり。もう…!


 領民には何度もお礼を言って、お屋敷に入る。寒いから早く帰ってねと言ったのに…いつまでも外は騒がしくて。

 こんなにも私達は愛されている…それがたまらなく嬉しくて、同時に怖い。


 …ううん。大丈夫、この人達は私を裏切らない!もし…そうなっても…

 トアが私の隣にいてくれるから、きっと頑張れるわ。




「すまない、遅くなったかな?おめでとう、君達の未来に幸多からん事を」

「ありがとうございます。光栄ですわ」


 陛下ご一家も来てくださり、賑やかな会場が更に騒ついた。

 彼女らだけでなく、ジャンヌにギリアムも…遠くからお祝いに来てくれた。


「2人共おめでとう!イグリット、とっても素敵…私も惚れなおしちゃったわ!」

「ありがとう…?ジャンヌもいつも以上に可愛いわ」

「……あれ?ねえ、君達まさか…」

「?」


 何?トアが目を見開いて固まった。ジャンヌは可愛らしく、両手で赤く染まった頬を覆っているわ。

 そんなジャンヌの腰に腕を回すギリアム。あれ、いつの間にそんな距離が近く…?


「そう。オレら番になったんだ」

「だよね、匂いがするもん」

「え…えええっ!!?」


 そうなの!?と詳しく聞けば。

 彼らは首都で滞在中から、互いを意識し始めていたらしい。それぞれ帰った後も…キハンナ地方とグリーノ地方は割と近く、何度か会っていた。

 そしてついに、ギリアムから告白して。ジャンヌが受け入れて…ですって!


「ふん。こんな適当な男、私くらいしっかりした女性じゃないと支えらんないでしょ!」

「との事です。お前らもオレらの結婚式にも来てくれよー」

「もちろんよ!」


 ふんっ!と腕を組むジャンヌを、ギリアムは微笑んで見つめている。確かに…お似合いのカップルだわ。ちょっと気が強い彼女と、穏やかで懐の深い彼氏…アリだわ!!


 あ…ちなみにだけど。ジャンヌはヒュールのカンガルー、ギリアムはアニスのパンダだったわ。

 初めてギリアムの本当の姿を見た時、思わず頭を撫でそうになって…

 トアが血走った目でギリアムを睨んでいたので、急いで手を引っ込めたのよね。



 私とトアはお客様に挨拶を終えた後、ジャンヌとギリアムと4人で集まって談笑する。

 何だか横目に、トングとレードルで殴り合うお父様と陛下が…気の所為ねきっと!


「そうそう。交換留学ね、私達も行くわ!」

「そうなの!?」

「おう。あれって枠4人じゃん。オレらも丁度番になったし…陛下に直談判しに行った。

 詳しく聞いてないけどさ、王国には…イグリットを苦しめた奴らがいるんだろ?」

「あ…」


 そんなに、分かりやすかったのかな。彼らの前では、いつも微笑んでいたつもりだったのに。


「違うの…留学の話をしている時、イグリットはいつも拳を握っていたのよ」


 ジャンヌがそう言って、今まさに握られていた私の手を取った。全然気付かなかったわ…


「そんでオレが、トアに聞いたんだ。本当はイグリット、留学したくねーんじゃねーの?って」

「迷ったんだけど…僕が簡単に説明したんだ。ごめんね…君に確認もせずに」

「……ううん。トアだもの…私を想っての事だって、分かってるわ。

 でも…なんて言ったの?」

「…イグリットの心を傷付けて捨てた連中が王国にいる。だから僕らは、見返す為に王国に行くんだって」


 …そっか。本来なら今頃私は…社交界でも家でも孤立していて。それでも…僅かな希望に縋り付いていたはず。

 もっと言えば。セヴラン殿下とこうして…沢山の人に囲まれた結婚をするはず、だった。



 それらは全て、粉々に打ち砕かれたけど…



 …違う。私の旦那様はトア。優しくて可愛くてモフモフで、絶対に…私を大事にしてくれる…!

 あんな、最悪の未来は訪れない!!!



「大丈夫よ!確かに嫌いな人達がいるけど、もう吹っ切れたもの!心配してくれてありがとう、嬉しいわ!留学、みんなで楽しみましょうね」



 と…言おうと思ったのに。

 言葉が詰まって出てこない。「あ…わ、えと…」と、声が漏れ出るばかり…


 様々な感情が入り乱れ、私は俯いてしまった。すると…ジャンヌが繋ぐ手に力を込めた。

 トアには肩を抱かれて、ギリアムは頭をポンっと撫でてくれた。


「安心してイグリット!貴女をいじめる奴は、私が殴って蹴飛ばしてあげるわ!」

「おう。オレも全員握り潰してやるよ」

「僕だって!イグリット、嫌な事があったらすぐに教えてね?全員埋めるからね!」

「……はは…」


 みんな…報復が力技…

 それを嬉しいと思う自分がいる。


「…ありがとう。頼りにしてるわ…私の大切な旦那様と、お友達…」


 寄宿学校に行けば、否が応でも知り合いと顔を合わせる。でも…この4人なら、きっと楽しいわ。





 最終的に、乱闘騒ぎもあったりした結婚式は無事終わり。

 しょ…初夜、な、訳ですが!トアを愛しているとはいえ…少し怖い。


「イグリット」

「!!!」


 お風呂とか全部済ませて、ベッドの上で正座をしてトアを待っていたら。

 彼はゆったりとした寝巻き姿で現れた。そして私がガチガチに緊張している姿を見て、小さく笑った。


「大丈夫、何もしないから」

「へ?」


 反射で気の抜けた返事をしてしまう。トアはさっさと横になり、こっちおいでと布団を叩いた。



「君がどれだけ男に傷付けられたのか、僕は知っている。だから無理強いしたくないんだ」

「トア…」


 彼の腕に収められ、モフモフな尻尾が私の腰を撫でる。気付いてたんだ…私の恐怖心に。

 キスやハグは問題無いけど、身体を重ねるのは…もう1つの未来を、どうしても思い出してしまう。

 トアが相手だから大丈夫!ぎゅっと目を瞑っていればいい。怖くない、怖くない…!と自分に言い聞かせていた。


「…ありがとう。ごめんね、私がこんなだから…」

「謝らないで、僕のイグリット。君の準備ができるまで、いつまでも待つよ。僕はほんの少しでも君を怖がらせたくないんだ」


 トアは本当に…何よりも私を優先してくれるのね…

 けど待って、それってつまり…?


「その時は…私から誘う、って事…?」

「うん。ずっと待つけど…その時が本当に楽しみだなあ。熟成期間が長ければ長いほど、喜びも極上のものになるんだろうなあ」

「……………」



 なるべく早く誘おう。私はそう決意した。


 おやすみ…とキスをして、私は目を閉じる。

 トアの鼓動が聞こえる…彼の体温、匂い、モフの全てが私を穏やかにする。

 さっきまでの緊張は消え去り、私はすぐに寝入ってしまった。




 ***




 トアと毎晩抱き合って眠るのは、とても幸せな日々だったけれど。この日…私達は王国に向けて出発する。

 寄宿学校に入ったら男女で寮は別だから…夜寂しいなあ…



「行ってきます、お母様」

「…行ってらっしゃい、イグリット。辛かったら…すぐに帰って来るのよ?」


 お母様…本当に辛そう。心配かけてごめんなさい、私は行くわ。

 ハグをすると…私とお母様の背丈が、ほとんど変わらない事に気付いた。

 昔はお母様を見上げるのが怖かったけれど。こんなにも…細い肩をしていたのね。


「ミュリエルも、次に会う時はもう歩いているのかしら。その時はお姉ちゃまって呼んでね」

「う〜?うきゃっ」


 愛する妹を腕に抱き、ほっぺを突つくと笑ってくれた。ああ…成長過程を見れないのは悲しい…!



 テルトラントのみんなに挨拶をする。必ず…戻って来る、と1人決意をしながら。



「うーんいい風!ふふっ、待ってなさいよ王国のやつら!!」

「ジャンヌ、風邪ひくぞ」

「あ…ありがとギリアム…」


 あらあら。船の甲板で肩を寄せ合って、海を眺めるあの2人。いい雰囲気…邪魔しないでおこうっと!

 彼らは留学を終えてから結婚をするらしい。今は恋人期間か、それも楽しいわよね!


 王国に向かうのは…私、トア、ジャンヌ、ギリアム。それぞれの護衛が1人ずつ。寮生活に、メイドなんかの使用人は連れて行けないの。

 そして監督役としてお父様。すぐに島に帰るけどね。



 ユリシーズにも、手紙で留学する事は伝えてある。また会える日を心待ちにしている…と言ってくれたわ。

 にしても…彼の手紙には、何も書いていないけれど。やっぱりアウロラはセヴラン殿下と婚約してるのかしら。

 ルーシャと親友になって。テオフィルを始めとして、多くの男性を虜にして。ああ、女性にも囲まれてたっけ。


 ま…どうでもいいわ。私達も負けないくらい、ラブラブなところを見せつけてやるんだから!



「そっか。じゃあ…練習しとかないとね?」

「きゃあっ!?ト…トア!」


 拳を突き上げ、気合を入れていたら。後ろからトアに抱き締められた。やだ、声に出てた…!?


「ラブラブっぷりを見せるんだよね?じゃあ…まず、僕の事を「あなた」って呼んで欲しいな?」

「あ…!?」


 彼は蕩ける瞳で熱視線を送ってくる。そりゃ…夫婦なんだし。そのくらい、いいけど…


「…あなた」

「……………いいね、これ…」

「っ!」


 私達はキスをして、幸せを噛み締める。

 あなた…あなた、か。ふふ…新婚さんって感じ!




 1ヶ月の船旅を経て、私は再び王国に戻ってきた。

 そして…その日は。



 奇しくも本来の未来において。私が拘束され、投獄された日だったのだ。



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