誓い
お久しぶりです、すみません!
「私には…見届ける義務があるのかもしれない」
お父様は私の言葉に、唇を結んで拳を強く握った。
ひらひらと、大きく真っ白な蝶が飛んできた。
銀色の鱗粉が舞い落ちる…月光と重なってこの世のものとは思えない美しさ。
指を差し出せばゆるりと止まり。
「こんばんは、初めて見る種類ね」
─ワタシ ツキノオウジンチョウ─
「えっ?」
今何か、頭に声が浮かんだわ。もしかして…
「……伯父さん。ちょっと席を外してくれる」
「…分かった」
お父様は何も聞かずに会場内に戻ってくれた。
トアと2人きりになると、彼は私の正面に立って上着を掛けてくれた。温かい…
「…ありがとう」
「ねえ、イグリット」
次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。尻尾が出ていて、私の腰に巻き付けられている。
「どうして…断らないの。あそこには、君を苦しめた悪魔が大勢いるんだよ…!?」
「……トア。私ね、ずっと不安なの」
「不安…?君はこの国で幸せに生きればいい、何を憂いているの?」
それは…なんて甘美な誘い。
少し身を捻って背伸びをし、両腕をトアの首元に伸ばした。
ぎゅうっと抱き着けば、互いの心臓の鼓動がよく聞こえる…
「…どこまで逃げても、やっぱり未来は変わらないんじゃないかって。
濡れ衣を着せられ拘束されて……最終的に、殺され…」
「させない!!僕だけじゃない、テルトラントが許さない!!」
「ありがとう…貴方達を信じているけど、でもね。
怖いの…」
「………!」
耳元で、歯を食いしばる音がした。
「だから…見届ける」
「イグリット…?」
離れようとしたのに、私の腰と後頭部に回した腕を緩めてくれない。
私が消えるんじゃないかって、不安なのね。
「どこにも行かないわよ、安心して。
…私が本当に安心できるのは…きっと、死んだ瞬間を乗り越えた時」
「……!!」
トアの身体が硬直した隙に抜け出す。
「(死…。夢で見た…痩せ細り冷たくなったイグリットが…どうして、今の彼女に重なる…!?)」
?そんな見つめられたら、私穴だらけになっちゃうわ。
「時間の経過が分からないから、命日は知らないけど。あの食事量と待遇から…投獄後何ヶ月も生きていたとは思えない。
だから恐らく、私の死亡は4月くらいかな。捕まったのが入学前の3月末だから…」
「もうやめて、言わないで!
…大丈夫、復讐したいなら僕がする。
留学には僕だけ行くよ。そこで…ユリシーズ殿以外の全てを殺す。流石に王族はバレるとまずいから暗殺にするね。
平和ボケした人間なんて、混乱を起こして乗じてしまえば簡単だよ。ね…?」
トア…それは紛れもない貴方の本心ね。
真実を知ったあの日から。殺意と憎しみが貴方を支配している。
それを…嬉しいと思う自分がいる。トアもだけど、私も大概ね。
怒り狂う彼が愛おしくて、そっと頬に口付けをした。
「嫌よ、私のせいで貴方が殺人鬼になるなんて」
「君の為なら、鬼でも悪魔でもなれるのに?」
「私はね…私を貶めてくれた奴らに、見せつけてやりたいの」
「え…?」
「この国に来て、毎日が楽しい!美味しいご飯、豊かな自然、素敵な家族・領民…何より」
彼の両手を取り、目を見つめる。
私を見下ろす瞳には…狂気と慕情が混ざり合い、囚われたらもう逃げられない。
「私の愛するトア。格好良くて可愛くて、モフモフで優しい私のトア。
こんな素晴らしい恋人がいる私!を見せつけてやるわ。貴方を利用するようで気が引けるけどね…」
「ううん…見せつけてやろう!
王国に…お前らの捨てたイグリットは、唯一無二の珠玉の宝なんだと教えてやる。
幸せいっぱいな僕らを、指を咥えて眺めていればいい。
大丈夫、僕が必ず守る。一緒に行こう、王国に!」
「うん。頼りにしてるわ、トア…きゃあっ!?」
いきなり横抱きにされ、落ちないよう慌ててしがみ付く。
「だけど…その前に」
トアは私を見上げ、眉を下げて頬を染めた。
「イグリット。僕と…結婚してくださいませんか?」
「え…え?」
「僕の妻として…一緒に留学に行って。
帰って来たら、家族を持って…そして。
僕と一緒に、死んでくれますか?」
「トア…」
なんか…アピールが凄すぎてとっくに結婚した気になってたけど。
改めてプロポーズされると、胸がドキドキして頭がぼうっとしてしまう…!
「はい…はい!私が成人したら、すぐにでも。
貴方の赤ちゃんを産んで、一生懸命毎日を過ごして。
最期の刻を…一緒にいさせて」
「イグリット…!嬉しいよ、イグリット!」
満月が照らす中、私達は誓いのキスをした。
なんだか幸せすぎて照れくさくて、心の中で小さく笑ってしまった。
彼と強く抱き合うと、周囲を沢山のツキノオウジンチョウが舞っていた。
私はこの瞬間を…生涯忘れないだろう。
*
まずはお父様と、成人式に親として参加していたトアのご両親に報告。
「そうか…分かった。では年明け、領地に帰ったら式を挙げよう」
「トア。今更何を言っても意味は無いだろうが…イグリットをきちんと守りなさい」
「イグリット。こんな息子だけど…お願いね」
みんな心より祝福してくれて、私達は手を繋いで「絶対幸せになる」と声を揃えて誓う。
陛下に謁見を…と思っていたら。
「聞いたわよイグリット!すぐにでもトアと結婚するのね、おめでと!」
「おめっとさん、お前ら」
「ジャンヌ…ギリアム。ありがとう!」
友人になったばかりの彼らだが、笑顔で祝福してくれた。
でもジャンヌ?貴女…トアを好いていたんじゃ…?
「え?いえ別に?互いに異能者だから、私に釣り合うのはこの男くらいかしら~って思ってただけ。
それよりイグリット、貴女とお友達になれた…それだけで充分だわ!!」
「そ、そう?ありがと…」
ってジャンヌも異能者だったのね。詳しく聞きたいけど、それは後日…と。
「でもニアって束縛強そ~」
「トアだって。そんなことないよ、ねえイグリット?僕は君の自由を奪いたくないもの」
トア…!
嬉しい、貴方は…何より私を尊重してくれるのね。
「君を縛るんじゃなくて…君を囲む男を始末する。
君に色目を使う男の目を潰して、君に触れる手を切り落として、それで…」
「束縛よりタチわりい…」チラッ
ト、トア!貴方、そこまで私を…!?
喜びに身体がぶるりと震える。両手で口元を覆い、顔に熱が集中してしまう。
「何その顔。こいつら相性ピッタリやべえ…」
そんな、相性だなんて…ギリアムってばお上手!
こんなにも私だけを真っ直ぐに愛してくれる男性がいて…なんて幸せなのかしら!
この時点でもう、留学に対する不安はほぼ無くなっていた。
今度こそ陛下に結婚の許可を貰いに行くと、当然のように快諾してくれた。そして留学…トアと共に行くと宣言する。
「その…いいのだな?」
「はい。トアと一緒なら…私は強くなれます」
「イグリット…」
指を絡めて手を繋ぎ、互いに頬を染めて微笑む。
私達の様子を見た陛下は、それ以上何も言わず…行ってらっしゃいと笑ってくれた。
***
そんな成人式から数日、私達は社交活動に精を出していた。ほぼお父様にくっ付いていただけだが。
「ああ、目が疲れたわ。ねえイグリット、ちょっと気分転換にショッピング行かない?」
首都にある邸宅に、ジャンヌは頻繁に遊びに来た。今は私の部屋で一緒に刺繍をしているわ。
「あら、楽しそうね。わたくしもいいかしら?」
そして王太女殿下…アイリーン様。この人もしょっ中アポ無しで来る、自由ね…。
「はー、疲れた。トロ意外にやるなぁ」
「トアだっての。僕はイグリットを守れる強さが欲しいんだ」
そこに剣を持ち、疲れた表情のトアとギリアムがやって来た。特訓してたのかしら…お疲れ様。
気付けばこの5人で過ごす事が多くなり、毎日が充実している。
でも…領地にいるお母様やミュリエル、みそちゃんは元気かしら。早く会いたいなあ…と窓の外を眺めて思いを馳せる。
「ところで…ジャンヌの異能ってなんなのか、聞いてもいい?」
「私?いいわよ!異能は【惑わしの声】、異名は『歌姫』よ。歌わなきゃ発揮できない能力だから…あまり使わないのよね」
「歌…?」
「ええ、見てて!」
ジャンヌは刺繍を一旦テーブルに置き…すうっと息を吸った。
〜♪ ──♫
わあ…!彼女の声は透き通るように美しく、歌姫の名に恥じない歌唱力。思わず聴き入ってしまう…その時。
バタッ!
「「え?」」
私と、アイリーン様が同時に声を上げた。今の音は…あっ!?
トアとギリアムが、重なるように倒れてる!慌てて駆け寄ると…
「「zzz...」」
「寝て…る?」
「──ふう…そうよ!この2人を対象に、眠るよう思いを込めながら歌ったの」
え…すごい能力じゃない!でも使い道が少ない〜とジャンヌは笑った。
2人はそのうち起きると言うので、ヴォルフにお願いしてトアの部屋に運んだ。
「もちろん万能の能力じゃないわ。
それより私、貴女の能力見たいわ!」
「わたくしも!」
あら…キラキラとした目で迫られる。
うーん…ちょっと女の子にはキツいかもしれない。じゃあ、軽めに…
「みんな、おいで」
窓を開けて語り掛けると…アキアカネ、赤トンボが姿を現した。
最初は1匹。徐々に増えて…10匹以上が私の体に止まった。
─ヨんだ?おうサマ─
─うれしい、うれしいなァ─
─どうかイッショにあそびまショ─
「ふふ…いい子達ね」
あの夜ツキノオウジンチョウの声を聞いてから、虫達の言葉を理解出来るようになったわ。
私にとって虫は、可愛いお友達なのだけれど。やっぱ引かれるかな…と覚悟していたら。
「すごいわっ!ねえねえ、言葉も通じるの!?」
「え…ええ。今はみんなに「こんにちは」って言ってるわ」
「まあ、こんにちは。素敵なお友達ね」
「あ、そうだ!折角だから、トンボの刺繍をしようっと。モデルになってって、お願いしてくれる?」
「いいわね。わたくしもそうしましょう。秋らしくて素敵だわ」
「………………」
2人共…ありがとう。
もしかしたら無理しているかもしれないけど…嬉しいわ。
そうして3人で赤トンボの刺繍をしていたら…
「「ぎゃーーーーーっ!!!」」
トアとギリアムが絶叫しながら部屋に飛び込んで来た。いたた、びっくりして指に針刺しちゃった…
「なんでオレら一緒のベッドで寝てたのっ!?目え開けたらトアの顔面があって超ビビったんだけど!!!抱き合っちゃったよ、きっしょい!!!」
「トアだっ……合ってるね。
こっちのセリフだよっ!イグリットー!お願い僕を癒してー!!」
「きゃあっ!?」
トアが私にがばっ!と抱き着き、髪に顔を埋めて匂いを…ちょっと恥ずかしい!!
それを見たジャンヌが「ずるいわ、私もっ!」とトアを突き飛ばして。アイリーン様もこっそり私にくっ付いて。
それを見たトアが「ぐぬぬ…!」と唸って。そんな彼の肩を、呆れながらギリアムが叩いて。
エマ、パール、サファ、ハルが笑いを堪えていて。
ルプスやヴォルフも穏やかに微笑んでいる…
…こういう時。私は今…とっても幸せなんだなあ…って実感する。
ジャンヌとアイリーン様の温もりを感じていたら、お父様が訪ねて来たわ。
「お、揃ってるね。ジルベールが美味しいケーキを持って来たから、みんなでお茶にしようか」
「「「「「はーい!!」」」」」
こんな風に賑やかな毎日はあっという間で。
首都での生活は過ぎていった。




