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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第1章
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誓い

お久しぶりです、すみません!



「私には…見届ける義務があるのかもしれない」



 お父様は私の言葉に、唇を結んで拳を強く握った。


 ひらひらと、大きく真っ白な蝶が飛んできた。

 銀色の鱗粉が舞い落ちる…月光と重なってこの世のものとは思えない美しさ。


 指を差し出せばゆるりと止まり。


「こんばんは、初めて見る種類ね」

─ワタシ ツキノオウジンチョウ─

「えっ?」


 今何か、頭に声が浮かんだわ。もしかして…



「……伯父さん。ちょっと席を外してくれる」

「…分かった」


 お父様は何も聞かずに会場内に戻ってくれた。

 トアと2人きりになると、彼は私の正面に立って上着を掛けてくれた。温かい…


「…ありがとう」

「ねえ、イグリット」


 次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。尻尾が出ていて、私の腰に巻き付けられている。


「どうして…断らないの。あそこには、君を苦しめた悪魔が大勢いるんだよ…!?」

「……トア。私ね、ずっと不安なの」

「不安…?君はこの国で幸せに生きればいい、何を憂いているの?」


 それは…なんて甘美な誘い。

 少し身を捻って背伸びをし、両腕をトアの首元に伸ばした。

 ぎゅうっと抱き着けば、互いの心臓の鼓動がよく聞こえる…



「…どこまで逃げても、やっぱり未来は変わらないんじゃないかって。

 濡れ衣を着せられ拘束されて……最終的に、殺され…」

「させない!!僕だけじゃない、テルトラントが許さない!!」

「ありがとう…貴方達を信じているけど、でもね。

 怖いの…」

「………!」


 耳元で、歯を食いしばる音がした。


「だから…見届ける」

「イグリット…?」


 離れようとしたのに、私の腰と後頭部に回した腕を緩めてくれない。

 私が消えるんじゃないかって、不安なのね。


「どこにも行かないわよ、安心して。

 …私が本当に安心できるのは…きっと、死んだ瞬間を乗り越えた時」

「……!!」


 トアの身体が硬直した隙に抜け出す。


「(死…。夢で見た…痩せ細り冷たくなったイグリットが…どうして、今の彼女に重なる…!?)」


 ?そんな見つめられたら、私穴だらけになっちゃうわ。


「時間の経過が分からないから、命日は知らないけど。あの食事量と待遇から…投獄後何ヶ月も生きていたとは思えない。

 だから恐らく、私の死亡は4月くらいかな。捕まったのが入学前の3月末だから…」

「もうやめて、言わないで!

 …大丈夫、復讐したいなら僕がする。

 留学には僕だけ行くよ。そこで…ユリシーズ殿以外の全てを殺す。流石に王族はバレるとまずいから暗殺にするね。

 平和ボケした人間なんて、混乱を起こして乗じてしまえば簡単だよ。ね…?」


 トア…それは紛れもない貴方の本心ね。

 真実を知ったあの日から。殺意と憎しみが貴方を支配している。


 それを…嬉しいと思う自分がいる。トアもだけど、私も大概ね。

 怒り狂う彼が愛おしくて、そっと頬に口付けをした。



「嫌よ、私のせいで貴方が殺人鬼になるなんて」

「君の為なら、鬼でも悪魔でもなれるのに?」

「私はね…私を貶めてくれた奴らに、見せつけてやりたいの」

「え…?」

「この国に来て、毎日が楽しい!美味しいご飯、豊かな自然、素敵な家族・領民…何より」


 彼の両手を取り、目を見つめる。

 私を見下ろす瞳には…狂気と慕情が混ざり合い、囚われたらもう逃げられない。


「私の愛するトア。格好良くて可愛くて、モフモフで優しい私のトア。

 こんな素晴らしい恋人がいる私!を見せつけてやるわ。貴方を利用するようで気が引けるけどね…」

「ううん…見せつけてやろう!

 王国に…お前らの捨てたイグリットは、唯一無二の珠玉の宝なんだと教えてやる。

 幸せいっぱいな僕らを、指を咥えて眺めていればいい。

 大丈夫、僕が必ず守る。一緒に行こう、王国に!」

「うん。頼りにしてるわ、トア…きゃあっ!?」


 いきなり横抱きにされ、落ちないよう慌ててしがみ付く。


「だけど…その前に」


 トアは私を見上げ、眉を下げて頬を染めた。


「イグリット。僕と…結婚してくださいませんか?」

「え…え?」

「僕の妻として…一緒に留学に行って。

 帰って来たら、家族を持って…そして。

 僕と一緒に、死んでくれますか?」

「トア…」


 なんか…アピールが凄すぎてとっくに結婚した気になってたけど。

 改めてプロポーズされると、胸がドキドキして頭がぼうっとしてしまう…!



「はい…はい!私が成人したら、すぐにでも。

 貴方の赤ちゃんを産んで、一生懸命毎日を過ごして。

 最期の刻を…一緒にいさせて」

「イグリット…!嬉しいよ、イグリット!」



 満月が照らす中、私達は誓いのキスをした。

 なんだか幸せすぎて照れくさくて、心の中で小さく笑ってしまった。



 彼と強く抱き合うと、周囲を沢山のツキノオウジンチョウが舞っていた。

 私はこの瞬間を…生涯忘れないだろう。




 *


 


 まずはお父様と、成人式に親として参加していたトアのご両親に報告。


「そうか…分かった。では年明け、領地に帰ったら式を挙げよう」

「トア。今更何を言っても意味は無いだろうが…イグリットをきちんと守りなさい」

「イグリット。こんな息子だけど…お願いね」


 みんな心より祝福してくれて、私達は手を繋いで「絶対幸せになる」と声を揃えて誓う。

 陛下に謁見を…と思っていたら。


「聞いたわよイグリット!すぐにでもトアと結婚するのね、おめでと!」

「おめっとさん、お前ら」

「ジャンヌ…ギリアム。ありがとう!」


 友人になったばかりの彼らだが、笑顔で祝福してくれた。

 でもジャンヌ?貴女…トアを好いていたんじゃ…?


「え?いえ別に?互いに異能者だから、私に釣り合うのはこの男くらいかしら~って思ってただけ。

 それよりイグリット、貴女とお友達になれた…それだけで充分だわ!!」

「そ、そう?ありがと…」


 ってジャンヌも異能者だったのね。詳しく聞きたいけど、それは後日…と。



「でもニアって束縛強そ~」

「トアだって。そんなことないよ、ねえイグリット?僕は君の自由を奪いたくないもの」


 トア…!

 嬉しい、貴方は…何より私を尊重してくれるのね。


「君を縛るんじゃなくて…君を囲む男を始末する。

 君に色目を使う男の目を潰して、君に触れる手を切り落として、それで…」

「束縛よりタチわりい…」チラッ


 ト、トア!貴方、そこまで私を…!?

 喜びに身体がぶるりと震える。両手で口元を覆い、顔に熱が集中してしまう。


「何その顔。こいつら相性ピッタリやべえ…」


 そんな、相性だなんて…ギリアムってばお上手!

 こんなにも私だけを真っ直ぐに愛してくれる男性がいて…なんて幸せなのかしら!



 この時点でもう、留学に対する不安はほぼ無くなっていた。

 今度こそ陛下に結婚の許可を貰いに行くと、当然のように快諾してくれた。そして留学…トアと共に行くと宣言する。


「その…いいのだな?」

「はい。トアと一緒なら…私は強くなれます」

「イグリット…」


 指を絡めて手を繋ぎ、互いに頬を染めて微笑む。

 私達の様子を見た陛下は、それ以上何も言わず…行ってらっしゃいと笑ってくれた。




 ***




 そんな成人式から数日、私達は社交活動に精を出していた。ほぼお父様にくっ付いていただけだが。


「ああ、目が疲れたわ。ねえイグリット、ちょっと気分転換にショッピング行かない?」


 首都にある邸宅に、ジャンヌは頻繁に遊びに来た。今は私の部屋で一緒に刺繍をしているわ。


「あら、楽しそうね。わたくしもいいかしら?」


 そして王太女殿下…アイリーン様。この人もしょっ中アポ無しで来る、自由ね…。



「はー、疲れた。トロ意外にやるなぁ」

「トアだっての。僕はイグリットを守れる強さが欲しいんだ」


 そこに剣を持ち、疲れた表情のトアとギリアムがやって来た。特訓してたのかしら…お疲れ様。

 気付けばこの5人で過ごす事が多くなり、毎日が充実している。


 でも…領地にいるお母様やミュリエル、みそちゃんは元気かしら。早く会いたいなあ…と窓の外を眺めて思いを馳せる。



「ところで…ジャンヌの異能ってなんなのか、聞いてもいい?」

「私?いいわよ!異能は【惑わしの声】、異名は『歌姫』よ。歌わなきゃ発揮できない能力だから…あまり使わないのよね」

「歌…?」

「ええ、見てて!」


 ジャンヌは刺繍を一旦テーブルに置き…すうっと息を吸った。



 〜♪ ──♫



 わあ…!彼女の声は透き通るように美しく、歌姫の名に恥じない歌唱力。思わず聴き入ってしまう…その時。



 バタッ!


「「え?」」


 私と、アイリーン様が同時に声を上げた。今の音は…あっ!?

 トアとギリアムが、重なるように倒れてる!慌てて駆け寄ると…


「「zzz...」」

「寝て…る?」

「──ふう…そうよ!この2人を対象に、眠るよう思いを込めながら歌ったの」


 え…すごい能力じゃない!でも使い道が少ない〜とジャンヌは笑った。

 2人はそのうち起きると言うので、ヴォルフにお願いしてトアの部屋に運んだ。


「もちろん万能の能力じゃないわ。

 それより私、貴女の能力見たいわ!」

「わたくしも!」


 あら…キラキラとした目で迫られる。

 うーん…ちょっと女の子にはキツいかもしれない。じゃあ、軽めに…



「みんな、おいで」


 窓を開けて語り掛けると…アキアカネ、赤トンボが姿を現した。

 最初は1匹。徐々に増えて…10匹以上が私の体に止まった。


─ヨんだ?おうサマ─

─うれしい、うれしいなァ─

─どうかイッショにあそびまショ─

「ふふ…いい子達ね」


 あの夜ツキノオウジンチョウの声を聞いてから、虫達の言葉を理解出来るようになったわ。

 私にとって虫は、可愛いお友達なのだけれど。やっぱ引かれるかな…と覚悟していたら。


「すごいわっ!ねえねえ、言葉も通じるの!?」

「え…ええ。今はみんなに「こんにちは」って言ってるわ」

「まあ、こんにちは。素敵なお友達ね」

「あ、そうだ!折角だから、トンボの刺繍をしようっと。モデルになってって、お願いしてくれる?」

「いいわね。わたくしもそうしましょう。秋らしくて素敵だわ」

「………………」


 2人共…ありがとう。

 もしかしたら無理しているかもしれないけど…嬉しいわ。



 そうして3人で赤トンボの刺繍をしていたら…



「「ぎゃーーーーーっ!!!」」



 トアとギリアムが絶叫しながら部屋に飛び込んで来た。いたた、びっくりして指に針刺しちゃった…


「なんでオレら一緒のベッドで寝てたのっ!?目え開けたらトアの顔面があって超ビビったんだけど!!!抱き合っちゃったよ、きっしょい!!!」

「トアだっ……合ってるね。

 こっちのセリフだよっ!イグリットー!お願い僕を癒してー!!」

「きゃあっ!?」


 トアが私にがばっ!と抱き着き、髪に顔を埋めて匂いを…ちょっと恥ずかしい!!

 それを見たジャンヌが「ずるいわ、私もっ!」とトアを突き飛ばして。アイリーン様もこっそり私にくっ付いて。

 それを見たトアが「ぐぬぬ…!」と唸って。そんな彼の肩を、呆れながらギリアムが叩いて。


 エマ、パール、サファ、ハルが笑いを堪えていて。

 ルプスやヴォルフも穏やかに微笑んでいる…



 …こういう時。私は今…とっても幸せなんだなあ…って実感する。

 ジャンヌとアイリーン様の温もりを感じていたら、お父様が訪ねて来たわ。



「お、揃ってるね。ジルベールが美味しいケーキを持って来たから、みんなでお茶にしようか」

「「「「「はーい!!」」」」」



 こんな風に賑やかな毎日はあっという間で。

 首都での生活は過ぎていった。




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